第6話おまけ

 喉が渇いた。

 梅を使ったメニューは全体的にあっさりさっぱりしていたので、調子に乗って沢山食ったはいいが塩分多めだよなぁ、やっぱ。アルコールもたっぷり摂取したし、そりゃ夜中に起きて水分を欲するわけだ。

 ちょっと外へ飲み物でも買いに行きたいが、今の恰好は寝間着用の浴衣、温泉旅館でしか着た事ない的なやつだ。わざわざ着替えるのは面倒だしなぁ。冷えた麦茶でもあるのかも知れないが、人ンの冷蔵庫を勝手にあさるのは気が引ける…

 2人を起こさないようにそっと台所に行き、食洗器に伏せてあったグラスを借りて水道水をいただく。ごくごくごくごく、とコップ一杯の水を一気に飲んでしまった。渇ききった喉が、体が、満たされていく。さて、部屋に戻ってもうひと眠りするか。


 中途半端な時間に目を覚ましたせいか、今更ながら人の家で就寝する状況に対する緊張感と高揚感のせいか、全く眠れない。

 自分の家ならば、諦めて起きて、眠気が訪れるまで時間潰しを行うのだが。書斎の本でも借りてきて読みたいところだが、よもや不都合な事が起こった場合を予測して、いらぬ行動は起こさない方が得策だ。スマホの画面を見るのもよろしくないと聞く。しばらく考え事でもして、眠りに落ちるのを待とう。


 寝よう、眠ろうと焦れば焦る程目が冴えてくるもので、あれから少しも眠気が来ない。考え事の内容も、なるべく考えまいと思っていた件…泊まらせて貰っているこの家の人達のあれやこれ…にまで及ぶ。

 どうやって、何の目的で、この様な場所にやって来たのか。そもそも月から来たというのは本当か。本物の月とは何なのか。謎現象の正体は。お婆様は何故猫なのか、ニンゲンver.にはならないのか、巨大化して虎の様に変身したりはしないのか、逆にオオゾラ氏が猫にならないのか、巨大化しないのか…

 だんだん、怪しい妄想しか思い浮かばなくなってきたぞ…そろそろおねむがやって来たかな?


 バタンっ!!!


「な、なにごとっ!?」

 寝室としてあてがわれたこの部屋の引き戸が、いきなり物凄い勢いで開けられた。まだ夜中だぞ、何が起きたんだ!?

 入り口に誰かが立っているのがぼやっと判る。誰か、と言ってもそのシルエットから察するに、オオゾラ氏だろう。そうでなければめちゃめちゃ怖いのだが…が、オオゾラ氏が何故?まさか夜這よばい!?・・・って、そんなまさかwwwちょ、ちょ、おいぃぃぃぃぃ!なんかこっちにフラフラと近付いて来るぞ、やばいやばいやばい!!

 ・・・?

 こっちを見向きもせずに、窓の所へ行った!?カーテンを開けたが、外は真っ暗だぞ。

「スコ#ノズノズクチマギネエジェアエネア%カオチカハサシイェノ%」

 !?!?!?!?!?!?!?

 何かを叫んでそのまま立ち去って行ったオオゾラ氏を呆然と見送って、それから後は眠れたのかどうかも覚えていない。

 気が付けば朝だった。


 朝御飯は昨日しこたま飲み食いした私を気遣ってか、山芋と豆腐の味噌汁にチリメンとワカメの雑炊という、身体に優しいメニューだった。

 飲んだ次の日の味噌汁って、どうしてこう、美味いんだろう…身体中に染み渡ってゆくようだ。火を通した山芋はホクホクとしていて粘り気が胃に優しい。豆腐はつるん、とした食感で無理なく食せるのが有難い。雑炊はこれまた、あっさりと食べやすい。チリメンとワカメから出た出汁と塩気を生かして、醤油等で軽く味を調ととのえている感じだ。

うたげの翌日にピッタリの朝食でしょう、ヒロカワさん」

 オオゾラさんは何事も無かったかのように、いつも通りであった。なので、こちらも何も見なかった、聞かなかった事にせねばなるまい。


 朝食を終えて、廊下を歩いていたところ、

「おい、おぬし」

「ひゃ、ひゃい!?」

 いきなりお婆様に声を掛けられたせいで、変な反応をしてしまった。

「何か様子が変じゃの」

「す、すみません、ぼーっとしていたので驚いただけです」

「いや…昨晩何かあったのではないか?ほれ、儂に言うてみいの」

 この人、いやこの猫…どっちでもいいや…には隠しておける気がしないので仕方なく、かくかくしかじかと昨晩の出来事を報告した。

「その様な事があったのかい、ククク…」

「大丈夫なんですか、オオゾラさんは」

「うむ、気にせずと良い。ここ最近月が隠れておるので、精神的に不安定なのじゃろうて」

 ・・・やっぱ、大した影響あるんじゃねーか!!

「…ぼちぼち帰ります」

「ヒロカワさん、もう帰られるのですか?お送りします!」

「お、オオゾラさん!?お構い無く、1人で帰れるから、お世話になりましたっ!」

「そう遠慮なさらずに、送りますよ」

「いや、ホント、1人で大丈夫だって…」

「送 り ま す よ」

 ナチュラルな笑顔なのに、なんでこんなに圧を感じるのだろうか…抵抗虚しく送られる事となった。


「沢山世話になった上に見送りまでしてもらって、ほんと悪いな」

「いえいえ、これは私の義務ですから。気付いてないとは思いますが、ヒロカワさん、貴方1人ではあの家を行き来出来ないのですよ」

「う"ぇ!?」

「今までうちに来訪した事を思い返してみて下さい…あ、すみません、多分覚えていませんね、ははは」

「んな訳ねぇ…ん?」

 これまで数回訪れている筈なのに、何処をどう通って行ったか帰ったか。何故か思い出せないのである。そして、必ずオオゾラさんと一緒だった気がする。そう、確か…

「はい、ここ迄送れば大丈夫です。あとは気を付けてお帰り下さい」

 ここは…例の公園!?春に初めてオオゾラさんと会った場所じゃあないか。ってそういえば、オオゾラさんの家を訪れる時も、いつもこの辺まで迎えに来てくれてて、それから…

「まじ…かよ…」

 何故、今まで疑問に思わなかったのだろうか。なんか、こう…狐に包まれた…じゃない、狐につままれた気分って、こういう事を言うんだな…

「なあ、オオゾラさん…あれ?オオゾラさん!?」

 いつの間にか居なくなってしまいやがったよ、アイツ…よし、次行く時は絶対この謎を解明してやるぞ!!

 今朝は雨が止み、うっすらと日も差している。折角乾いた洗濯物を湿らせる事無く帰れそうだ。と、思った瞬間、また降りだしてきた。陽射しを残したままの雨、お天気雨ってやつだ。仕方ない、傘を差して足早に帰途につくとするか。

 梅雨はまだまだ、続く。

 

 




 

 

 

 

 

 

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