第6話 芒種~アメノチアメノチクモリノチアメ~

 しとしとしとしと、しとしとしとしと。

 梅雨入り後、雨の続く日があったが、先週までは中休みで晴れ続きだったので、すっかり油断していた。梅雨前線よ、帰ってきたのか。

「ヒロカワさん、洗濯物乾きましたよ」

「おお、悪いな。急いで片付けるからな」

「慌てなくて大丈夫ですよ。それより時間も時間ですし、よろしければ夕食ご一緒にどうです?」

「お、今日のオオゾラ亭のメニューは何かな?」

「それは出来てからのお楽しみです」

「りょ~かい!」

 立夏の頃のあの日、この家を訪れてから早や1ヶ月を過ぎ、すっかり馴染んでしまっている。いかんいかん、特定のやつと必要以上に馴れ合うのは、自分のライフスタイルのNG項目じゃあないか。

 だが、何故かこの家に足が向いてしまうのだ。居心地の良い日本家屋と美味い食事に酒、そしてオオゾラ氏とお婆様との付き合いの距離感。今まで他人と深く関わる事など無かったので、何とも不思議な状況だ。そして、本当に不思議な事に…この状況をとても好ましく思っている自分がいるのである。

 まあ、こいつら月から来た謎人物なのだ、案外なんらかの方法で洗脳されているのかもしれないな、はははは、ははは…いや、笑えねぇよ…


「おぬし、縁側の方はのぞかれたかの?」

 洗濯物を片付け終わった頃、お婆様に声を掛けられた。猫人間のお姿も、すっかり見馴みなれたものだ。…それって、一般小市民の感覚としてどうなんだ?

「いいえ、今日はまだ縁側の方へは行っていませんね。洗濯物を干させてもらってからは、ずっとこの部屋で読書をしていましたので」

 そう、今日この家を訪ねた用事は、この雨続きの日々で溜まった汚れ物の衣類をもて余していた所、オオゾラ氏に連絡を頂いたのだった。いつもの勘の良さ(で片付けてしまっていいのか?)で何かを察したのか、「洗濯物は溜まっていませんか?うち、乾燥機能付きのバスルームなので、よろしければ…」とか何とかな流れで、今に至る。オオゾラ邸の書斎で読書をして…読んでいるのは漫画だが…乾くまでの時間をつぶしていたのだった。ってか、漫画とラノベだらけだよこの書斎、オオゾラさんよ…

「今は紫陽花あじさい見頃みごろじゃぞ」

「それは是非。夕食まで、見学の時間とさせて頂きます」

 お婆様と共に縁側へ移動した。確かに、雨の中咲き誇る手鞠てまりの様に愛らしい紫陽花は、見事だった。淡いピンクからピンク、赤紫、紫、青紫、と最後は青。綺麗なグラデーションに植えられてある。

「完璧に計算された美しい色合いですね。これも月のパワーってやつですか?」

「ククク、お主も月人つきびとジョーク(?)をたしなめるようになったの。だが残念、この庭は我々が来る前からこの星に居る、とある知人に整備して貰っておるのじゃ」

「そ、そうですか」

 月人ジョークってなんだよw普通に疑問を口にしたつもりなんだがな。しかし、この2人の他にも月から来た者が判明した訳だが、一体、どのくらいの月人がこの星で暮らしているのだろうな。侵略出来るレベルで、沢山いたりして、な。

「そうじゃな」

「!?」

 っと、一瞬心の中を読まれたのかと思ったが、先程の自分が発した言葉の返事…だよ、な?お婆様はなんかニヤニヤしているが、それはいつもの事だ。チェシャ猫かよ。


「どうです、紫陽花。丁度、今が見頃ですよ」

「ああ、目の保養をさせて貰っているよ。いつ来てもいい庭だな」

「わ~、ヒロカワさんに誉めて貰って、嬉しいな~」

「なんだ、そのわざとらしいリアクは。いつも誉めているだろうが、色々と」

「こういうのはですね、1つ1つの幸せを言葉に出して主張する事が大切なんですよ」

「なんだその押し付けがましい幸せは」

「いいじゃないですか、幸せは幾つあっても困るものでは無いし。飛沫しぶく雨の中咲く紫陽花をこう、まったりと眺めるだけでも良いものですよ。好きな人と同じ景色を見て、同じように綺麗と感じる。それはとても素晴らしい事だと思いませんか?」

 う"…なんと言うか…オオゾラ氏はどうしてこう、全身がこそばゆくなる事を平気でおっしゃられるのか。いや…確かにそう思うけど…

「ちょいと、そんな恥ずかしい台詞なぞ言いおったら、ヒロカワさんが固まってしまったではないか。さあさあ夕飯にしようぞ、儂は腹が減ってしもうたでの」

 有り難う、お婆様。危うくその恥ずかしい台詞に同意を示す所でした。

 

「本日は梅雨の季節にピッタリの、梅尽くしメニューにしてみました!」

「何のひねりも無い!?」

「まあそう、手厳しいツッコミをおっしゃらずに。まずは食前酒をどうぞ」

 梅…食前酒…導き出される結論は…って、間違いなくアレだろうな。小洒落こじゃれたアペリティフグラスに入った琥珀色こはくいろの液体をじんわりと飲んでみる。うん、思った通り。梅酒だ。何年か置いて熟成させた物なのか、まろやかで口当たりの良い逸品だ。

「これは…自家製か?」

「そうじゃ。件の知人が酒を扱っておる商売をしておっての、色々と分けて貰う事もあっての」

「気に入って頂いたのであれば、食後にまた、ロックでやりましょうか」

「お、それ賛成。やろう!」

「取り敢えず、食事中はビールでいいですね?」

「OK!」

 梅尽くし、といっても結構種類あるぞ。では、このサラダ的な物から。ん…これは大根のサラダ?この時期は旬も過ぎて辛みの強いハズレもあったりするのだが、これは瑞々みずみずしくてイケる。短冊に切った大根に、素揚すあげしたちりめんじゃこと梅干しの刻んだの、それと細かく千切った海苔を青じそドレッシングで和えてある。さっぱりとしているがクセになる、無限に食える系のサラダだ。

「ピクルス用に頂いた大根が今の時期にしてはとても良い出来でして、サラダにしてみたのですが、どうです?」

「コレいいな。幾らでもいけるぞ」

「チリメンのアクセントがええ感じじゃの~!」

「揚げ物も熱いうちにどうぞ」

「ビールといえば、やっぱ揚げ物だな。この、くるんっと巻いた、可愛いヤツは何だ?」

いわしの大葉梅肉巻きです。そのままで頂いて下さい」

 三枚おろしにした鰯に、大葉と梅肉を巻き込んで揚げてあるのか。ぱくっ。脂の乗った青魚らしい旨味と、梅シソ風味が見事にマッチして、会心の一品となっている。外はカリッ、中はふわっ、の食感もいい感じ。

「ウマっ!ウマっ!ウマっ!ウマっ!」

 やばい、お婆様が物凄い勢いで召し上がっておられる…こちらも負けじと食わねば!!

「2人共、こちらのささみのチーズフライも食べて下さいね」

 うむ、ぱくっ。こっちは淡白なささみとチーズの濃厚さに添えられた、梅と大葉の酸味が心地好い一品だ。これまた、お婆様が…以下略。

 他にも煮物や和え物等、全てのメニューに梅が使われているそうだが、少しも飽きがこない。最初梅尽くしと聞いて、絶対口の中酸っぱくなって、甘いのとか辛いのとか要求するだろうなと思ったのだが、何も問題無かった。

 そして本日のメインは、豚の冷しゃぶ。さっと湯通しした薄切りの豚肉を、たっぷりの野菜と共にタレで頂くアレだ。

「今回、ゴマだれと梅だれの2種類用意してあります」

 ほぉ~、ぽん酢の代わりに梅だれにしたか~。ま、ゴマだれによる味変は必須だからな。ずは初の梅だれから。

「酸っぱ!!今日の献立で一番ウメが効いてるな、おい!」

「はい。最後にがっつり梅を味わって、という事で」

 おおおお、これぞ始めに想像していた通りの料理だ。ガツンと存在感のあるタレは、豚との相性が良く、野菜も進む。そして適宜てきぎゴマだれで口内の酸味を中和する。ぽん酢派には申し訳ないが、いい組み合わせだ。

「こいつは…何か、やられたな」

「でしょう?作った甲斐があるってもんです」

「調理したのはほぼ儂じゃがの」

 オオゾラ氏、今すげえドヤ顔してたんだが。

 

 こうなると、シメはやっぱ梅干しおにぎりとか、かな?

「最後はこちら、梅蕎麦です」

「ウメソバ?」

「はい。梅を練り込んだ麺を梅風味のつゆで頂く、今回のシメにピッタリの一品です」

 見た目からして梅感のある美しいピンクの麺はざる蕎麦仕様で盛られ、刻み海苔が散らされてある。ガラスの器に入っているつけダレは、一見普通のめんつゆに見える。先ずは少量そのまますすってみる。

「お!?」

 でて氷水で締めたのだろう、冷たく喉越しの良い麺は、ほんのり梅の風味がする。次はつけダレで。

 ちるるるるるる、と啜る。

 カツオと昆布を効かせた出汁に、しっかりと梅の味が乗っていて絶妙な味加減だ。暑くなってくると冷たい麺類が食べたくなるものだが、コレはじっとりと蒸し暑いこの時期特有の空気を、爽やかに払拭ふっしょくしてくれる。

「凄いな、麺自体にも風味があるのに、タレをつける事で更に梅が生きてくる。ウマい!」

「ほう、これは幾らでもいけるわい。勿論おかわりはあるのじゃの?」

「はい。沢山茹でてますので、心配なく」

 いやいや、盛られている分食ったらもう、満腹だぞ!ほんと、こいつら底なしに食うよな。

「私はもう、ごちそうさまするぞ。意外といいもんだな、梅尽くし」

「満足して頂いたようで、何よりです。それでは縁側に移動して食後の一杯、やりますか」

「儂はちょっとここで休んでおるぞ。ちと、食い過ぎたかの」

 揚げ物めっちゃ食ってやがったからな、このバーサン。


 降り続いていた雨は、一旦止んだようだ。が、空は雲に覆われていて星一つ見えない。庭は控えめにライトアップされていて、昼間とはまた趣の違う紫陽花を観覧出来る。

「それでは、改めて乾杯、です」

「かんぱ~い!」

「雨、止みましたね」

「ああ。まだ曇ってるけどな」

「そうですね。ここのところずっと、月を見てないなあ」

「何だ、その…やっぱ、月が隠れていると、あまりよろしくないとか、何か…」

「ああ、すみませんヒロカワさん。特に大した影響は無いですよ、ご心配なさらず。勿論、ホームシックになったりもしませんよ」

 悪戯そうな笑みを浮かべてそう返されたので慌てて、

「べ、別に心配はしてないぞ、ただ、いつも世話になっているから、不都合があるかどうか気になって…」

 等と、ツンデレキャラの様なリアクションをしてしまったではないか。

「ありがとうございます」

「いやいや、違うって!」

「いいんですよ、照れなくても」

「だーかーらー、そういうんじゃあ、ないって!!」

 これはらちが明かないな、一寸ちょっと喉を潤して落ち着こう、と思わずロックの梅酒をビールの如く一気にあおってしまった。

「あ、やば…」

 と思った時は既に遅し。

「すまん、水をくれ…」

「はい、どうぞ。だいぶ酔われましたね。今日は泊まっていかれるといいですよ」

「いいや、雨も止んだし、ぼちぼち帰るとするわ」

「あ、雨、また降りだしましたよ」

 え?

「わ~、酷い土砂降りになりました。これ、帰るの無理です。泊まっていきなさいな」

 ええーーーーー!?

 コイツ、また何か謎の月人マジックで、やりやがったのか、どうなのか?すっかり酔ってしまった頭では、反論の言葉も出てこねぇ…

 困惑して固まってる私を放置して、嬉々ききとしてなにやら支度にいそしむオオゾラ氏なのであった・・・ 

 




 


 








 



 

 

 

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