第4話 立夏~夏待ちの夕涼みは意外と肌寒い~
オオゾラさんにお
そして私は今、猫と2人きりだ。言葉の誤用ではなく、2人きり、だ。
話は3日前に
例の、あの公園の前で。
「お久し振りです、ヒロカワさん。この様な所で会うなんて、偶然ですね!あ、お仕事帰りですか、お疲れ様です!!」
…こいつ、実はこの公園に住んでるんじゃねえか?
「今週末、予定は空いていますか?」
「お、おう、なんだいきなり。まあ何も予定は無いが」
「お婆様が夕食をご一緒したいと申してまして、うちに来て頂ければと」
「え"…なんで!?!?!?」
「ヒロカワさんのお話をした所、是非家に招待したいと言われまして」
おいおい、どんな話をしたらそうなるんだよ…お婆様ってのも
「あ、そんな深く考える事では無いですよ。ただ、私に友達が出来たのが嬉しいのでしょう、一緒に食事をしたいだけですよ、きっと」
などと言われて断るに断れず、今日に至る…までは良いのだ、別に。
そして当日。夕食と聞いていたが、約束の時間は午後の3時だった。
待ち合わせ場所はいつもの公園。一応、手土産に菓子折りを持って。立夏を過ぎて良く晴れた日の午後は日差しが強く、汗ばむ暑さだ。
「こんにちは。今日はいい天気で何よりです」
「あ、ああ。なんて言うか…本当に行っても大丈夫なのか?お互い、まだ身元があやふやな
なんだ、この身持ちのお堅いお嬢様みたいな反応は、我ながら気色悪っ!
だがあまりにも互いの事を知らなさ過ぎる。オオゾラ氏が月から来たというのが本当であろうがなかろうが、どちらにしても普通で無い事は確かだ。このままノコノコと付いて行けば拉致されたり消されたりの可能性もあり得る。逆にオオゾラ氏側も、普通に考えれば危機感を持つものでは無いのだろうか。私が何処かに通報するとか、「こいつら月から来ました!」などとネットに晒すとか思わないのか?まさかその様な事態も考慮して、邪魔者は何時でも消せるようスタンバってるとか…
「着きました。ここが私の家です」
いつの間に!?考え事をしながら歩いてたので、何処をどう通って
広い庭の向こうに旧き良き日本の古民家的な建物が見える。
「只今戻りました」
昔ながらの細かい木の格子の引き戸を開けると、中は広く
「こんにちは、おじゃまします」
「どうぞ。急に御呼び立てして、すまんの」
廊下の奥から声がした。いえいえ、と軽く返事を返してオオゾラさんに付いてそちらへ向かう。突き当たりを曲がって直ぐ、大きく開けた和室があった。そこにオオゾラさんが言う所のお婆様が居た。居たのだが。
「ね、猫!?」
上品に和服を着こなした年配(と見られる)のご婦人の、首から上は
「会うなり失礼な奴じゃな。だが、正しい反応であるのだろう、まあ良い。ヒロカワさんとやら、初めまして。この家の主じゃ。お婆様と呼んで貰ったのでよいぞ」
「まあ、暑い中歩いて喉乾いた事ですし、先ずは冷たい物でも頂きましょう」
そう言ってオオゾラさんがいつの間にか持って来ていたのは、スイカだった。5月にもうスイカ!?
「おお、初物だよ。気が早いな、それとも月ではこの時期に食べるのが当たり前なのか?」
「え?
「え?まだ夏じゃあねえぞ」
「え?何日か前に夏になったとか言ってましたよ。確か立夏とか」
う~ん、何て説明すればよいものやら…まずこの人達、季節の概念とかどこまで解っているのか…
「ああ、何となく解りました、では温くなる前に頂きましょう」
何なんだ!?まだ何も説明して無いんだが…
「まあまあ気になさらず、ヒロカワさんも早く召し上がって下さい。折角ですので縁側に行きましょう」
「お、おう…」
聞いたところで、のらりくらりとはぐらかされるのがオチだろう。大人しく頂こう。
こんな早い時期からスイカを食べるのは初めてだ。ひんやりとして瑞々しく、まだ熱が籠った体に心地好い。本当に夏が来た様だ。
「おっと、聞きそびれるとこだったぞ。その…お婆様は一体…」
「ふふふ、気にしないで下さい。色々と訳有りなもので」
聞くだけ無駄だった様だ。
気を取り直して縁側から見える庭を眺めてみる。様々な草木が植えられているようだ。今の季節は藤が美しい。ってか、藤棚のある庭ってすげえな…
「いい庭でしょう。日々移り変わるので、毎日見ても飽きないですよ。ヒロカワさんも、何時でも見に来て下さい」
「う、うん…」
ほんと、この気安さはどういう意図なのか、まだ判りかねる。だが、たまに眺めに来るのも良いものかな、と。
「そろそろ
「では、私が用意してきます」
で、冒頭に戻る。猫と2人きりになってしまった。
「ヒロカワさんとやら」
「は、はい!?」
「儂らの事、どう思っておるのかの」
どうって…コレって、選択肢間違えたらアカンやつか!?
「その…なんて言うか…信じてない、いや信じられない…現実として受け止められない…うーん、要するにあまり深く考え無いようにしています。ホント、自分でもよく分かってませんので。ただ…」
「ただ?」
「オオゾラさんとは良い友人関係でいたいと思っています」
苦し
「ほう…そうかえ」
と言って、お婆様はニヤリと笑った。うん、猫が笑うのは良いものだ。確かに深く考えたって理解出来るものでは無いな、ハハハ。
「こちらで頂くのが宜しいかと思いまして、持って参りました」
何か手伝う事はないかと申し出たが、お客様ですので、とやんわり断られたのでテキパキと準備をするオオゾラさんを大人しく見ていた。やや小さめの丸い
「飲み物は取り敢えずビールで構いませんよね、ヒロカワさん」
「ああ。悪いな、ご馳走になって」
「では、頂きましょう。かんぱ~い!」
「「かんぱ~い!」」
お婆様も飲めるのか…なんかシュールだな。んじゃ、頂くとするか。
おおーーー!!!まるで料亭の様に美しく盛り付けられた料理に目が行く。先ずは
「うん、どれも旨いな」
「ヒロカワさん、ビールこちらに置いておきますね。お手数ですが、お互い
「お、おう。そうだな」
有難い申し出だ、お互い気を遣わずに済む。だがいつの間にかビールの瓶が増えているのは…気にしないでおこう。
次は小鉢に行ってみようか。オクラと山芋と竹輪の煮物だ。ネバネバ食材の滋養感が、これからやって来る夏に向けてのスタミナ源となってくれそうだ。
「竹輪はお婆様の好物なんですよ」
オオゾラさんがこそっと耳打ちしてくれた。成る程…
「何をこそこそしておるのじゃ、ヒロカワよ。この自慢の1品も食ってみよ」
はいはい、これは鰹のタタキか。おっと、これまた初物だな。ポン酢的な付け汁にたっぷり浸けたのであろう細切りした玉葱・大葉、みじん切りの
「お婆様!こいつは凄く美味いです!!」
思わず口に出して褒めてしまった。お婆様も満足そうに微笑んでいる。しかし、猫が玉葱や大蒜を食っても大丈夫なのだろうか。
「ヒロカワさん、こちらも
そう言って出して来たのは冷酒だった。
「やっぱ、刺身系は日本酒が欲しくなるな、ビールもいいけど」
今回は両方有るから、どっちもいっちゃえ。後は…お、肉だ!焼き肉用サイズに切られた物を網焼きにして、タレと
「ヒロカワさん、空豆とタタキはお代わり沢山有りますよ!」
いつの間にか、どでかいタッパーとボールが並んでて、2人は
「意外とこの時間まで明るいものですね」
「もう日が落ちる頃だから、あっという間に夜になるぞ。ってか、寒ッ!!」
急に冷えてきたな。昼間は暑いくらいだったから、薄着で来てしまった。上着も持ってきていない。
「これが夕涼みというものですか。確かに涼しいですね」
「いや、違う。しかも涼しいを通り越して寒いし」
「本当の夏が来たら、またやりましょうね、夕涼み」
「それがなあ、本当の夏が来たら今度は暑すぎて夕涼みにならないんだなあ、今は。地球温暖化ってやつで夏は夜中でも暑いぞ」
「では、毎週うちで食事会をしましょう。そのうち理想の気候に当たる日が来るはずです。そうそう、この前の方…アカネヤさんも呼びましょう!」
「アカネヤはこの前飲みに行ったから、
「えー、ずるいですよ、私も誘って下さいよ!」
「なんでそんな図々しい事さらりと言えるんだよ、連絡先も知らねえし、よう!」
「いいじゃないですか、アカネヤさんいい人ですし」
「儂も是非ご一緒したいものじゃの」
「ネコは黙っておれ!!」
おっと酒が入り過ぎたせいか、調子に乗って暴言を吐いてしまった…ご馳走になったのに…でも気にする事は無かった、2人(?)は何故かアカネヤの話題で盛り上がっている。
「じゃあ、そろそろお暇するわ、ご馳走さまでした。本当に美味しかったです」
「え、もう帰られるんですか?ゆっくりして頂いて構いませんのに」
「いや、かなり冷えてきたからな。ありがとうな。お婆様も、お世話になりました」
「また来るのじゃぞ」
とても良い夕食会だったと思う。すっかり暗くなった夜道を帰りながら思った。オオゾラさんもお婆様もいい人(?)だ。風情のある
ホント、ネコってなんだよ・・・
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