第3話 穀雨~八十八夜と蓬莱の薬~
さっきまでとても気持ちの良い洗濯日和だった筈なのに、曇ってきたな。少し早いが洗濯物を取り込んでおこうと庭へ出ようとした時、声が掛かった。
「話がある。ちょっと部屋まで来い」
「先に洗濯物を入れておきたいので、
話、か。悪い予感しかしないな。致命的な失敗をやらかしてはいないが、何の成果も上げていない…気が重いなあ…
洗濯物を片付けてから言われた通り部屋へ向かった。
「失礼します。お話とは?」
「まあ、そこに座りなさい」
そう言ってお茶を
「任務の定期報告を聞かせて貰おうか。それと、熱いお茶で悪かったの」
「あ、心の声が伝わりましたか、流石ですね」
「その嫌そうな顔をみれば誰でも分かるわ。で、何か進展とかはあったのか?特定の現地人と接触を続けているようじゃが」
「今の所はなんにも無いですね」
「お前さんにしては珍しいの。慎重に進めねばならん様な案件なのかえ?」
「ちょっと言いづらいのですが…どうも調査する場所が違ってる気がするのですよね~、特に根拠は無いのですが」
「何故それを早く言わんのじゃ」
「ですから、何の根拠も無いので私の思い過ごしかもしれませんし。ただ…」
「ただ?」
「今接触している人物が気になりまして」
「ほう。気に入りまして、ではなく、な?」
「はい。気になりまして」
何か含みを持たせた感で押してきたので、涼しげにニッコリと返しておいた。
「ええ、例の施設は確かにこの地区にありました。そしてその人物がそこの職員なので何か情報を探れるか、接触中なのですよ…っと、雨が降りだしましたね。縁側へ行きましょうか」
日に日に草木の緑が濃くなって、庭の景観が鮮やかに変化してゆく。雨が降ると一層美しさが増す。個人的には
「この星の雨という気象は素晴らしいですね。
すっかり飲み頃になったお茶を頂き、傍に有る茶菓子を手に取る。葉に包まれた餡の入ったお餅だ。白いのと緑色のがある。取り敢えず白い方から食べた。
「シンプルな餡餅ですね。そう言えばこちらでは、月では兎が
「いや、兎が
「それは創作の話ですよ、現実とごっちゃになっておりますよ。ならば両方合わさると、この
「おっと忘れておったが、今飲んでおるこのお茶も長寿の効果があるそうじゃ。八十八夜に摘まれたばかりと聞いた」
「八十八夜の初摘みの茶葉ですか。そういった言い伝えがあるらしいですね」
お茶が無くなったので急須からまだ温かいのを注いで飲んだ。雨が降りだしたからか、肌寒くなったので丁度良い。お茶菓子は最後の1つだったが、遠慮なく頂いた。これは確か柏餅とかいう5月5日に子供が食べるものだったのでは?美味しいからまあいいか。
「おぬしはまた!!人の分まで食うではない!」
「あ、すみません。こちらに来てから食事形態が変わったせいか、どうも燃費が悪くて」
「まあ良い。いや、良くはないか、話が中途半端なままなのじゃが…そろそろ食事の支度の時間になってしもうたな、手伝いの者が来るので行かねばな」
「では私も、時間まで調べ物でもしてます」
上手い具合に話が切り上げられて、ホッとした。実は観測地点のズレに対する疑問は少し心当たりがあった。が、それを説明するとなると、ちょっぴりいらぬ行動を取ってしまった事を報告せねばならなくなる、それはマズい。まあ…このお方にはとっくにバレてるだろうが。
「いい匂いがしますね、夕食はなんですか?」
「匂いに釣られてもう来たか、
「今日も素晴らしいメニューが揃ってますね。これも、いつもの方に教わって?」
「ああそうじゃ、ずっと前から地球に来ておるので何かと世話になっておる。何の問題も無くこちらで生活していけるのは、あやつのお陰じゃの」
「有り難いことです。それでは頂きます」
まずは若竹汁から。明らかに筍御飯と合わせてきてるが、それが正解なのだから良しとする。すまし仕立てで、ほんのり筍とワカメの香りが漂う。具材がシンプルなので、お出汁は鰹節と昆布の基本的なやつだ。
次はポテトサラダを。茹でて滑らかになるまで潰したジャガイモに、
「何を作っておるのかの?」
「芋焼酎を緑茶で割っているんです。本日のお酒にピッタリでしょう」
「緑茶といってもペットボトルじゃがの」
「いえいえ、ペットボトルと侮るなかれ、ちゃんと初摘み仕様なのですよ!」
「おい、初摘み仕様ではなく初摘み風味となっておるぞ…」
「まあまあ、細かい事は気にせず、プラシーボ効果ってやつですよ」
私としては、長寿とか不老不死とか、差程気にしてはいないので、どうでもいいんですがね。それよりも、ポテトサラダと芋焼酎の相性の良さが思った通りなのがよっぽど喜ばしい!クリーミーなジャガイモとそれぞれ相性の良い具、マヨネーズだけでなく酢で漬け込んだ玉葱で追い討ちをかけた酸味が味を引き立てている。緑ハイ、ポテサラ、緑ハイ、ポテサラで無限ループしてしまいそうだ。
「おぬし、刺身はいらんのか?全部頂いて良いのかえ?」
危ない危ない、ポテトサラダに気を取られてしまってた。箸で摘まんだ弾力の感じで新鮮さが伝わる。
「そろそろ筍御飯行きたいですね」
やや小振りの
「ここ最近ずっと、筍料理が続いている気がするのですが、お好きなのですか?」
「おや、知らぬのかえ?筍に
「…それ、何か色々間違ってませんか?」
お婆様は多分、竹から出てきた姫の事を言っているのであろう。
「そのお姫様、月に有ると言われている
「そんな物、有る訳無かろう。まあよい『筍=蓬莱の薬』と思い込んでのプラシーボ効果じゃ、お陰でここの所体調がすこぶる良い」
「私はそんな効能があろうがなかろうが、美味しい筍料理をたっぷりと堪能出来たので良かったですよ」
少数精鋭の具で炊き込まれた筍御飯は薄味であっさりとした中に油揚のコクがほんのり効いてくせになる旨さだ。お焦げの香ばしさがさらに追い討ちをかけて食欲を増幅させる。ほんと、不老不死になろうがなるまいが、どうでもいい。あっという間に無くなってしまった、お代わりをしよう。
「それはそうと、隊員Iがぼやいておったと聞いたぞ、業務連絡送ったのに返事がないと。どうなのじゃ、隊員OO…もとい…おっと危ない、思わず口に出す所じゃった」
「いけませんねえ、じょ…じゃなかった、お婆様」
「おぬし、わざと言おうとしたな。オオゾラさんとやら、と呼んだほうが今後は良かろう。で、業務連絡ぐらいは返してやれ」
「う~ん、業務連絡と言うより社交辞令の挨拶の様なメールでしたので、そのうちに。何かあの人、面倒臭いので」
「そう嫌ってやるな、共に仕事している仲間じゃろうが。お、仕事と言えば…」
ああ、やっぱり昼の話の続きをするのか…
「今度、その接触しておる人物とやらを家に呼ぼうじゃないか」
「え!?それは不味いのでは…なんたって、お婆様のそのお姿、見られてもよろしいのですか?」
「どうせおぬしの正体を知られておるのであろう?いや、言い訳せんでもよい。こちらで味方を作れるに越したことはないからの」
「今更ですがお婆様、何故その様な風体に…」
「さあ、よく分からんが、人前に出るなと言う事なのじゃろう」
「…楽観的ですね。色々とご不自由だと思うのですが」
「そうじゃの。強いて言えば多少、食の嗜好が偏った気がするの。特に魚介類に惹かれる様じゃ」
「それで、この前に可笑しな差し入れを持たされたのですね…お陰で恥をかきました(お婆様が)」
「儂のお気に入りにケチを付けるでない。まあ、招待する日取りは近々決めるでの、ちゃんと呼ぶのじゃぞ」
どうしてこの様な話になってしまったのか…まずはヒロカワさんに来て貰えるには…その前に、次はどのタイミングで再会するか。自然に、そう自然に…
すっかり氷が融けて水っぽくなった緑ハイを、チビチビ飲みながら頭を悩ますのであった。口元には笑みを浮かべて。
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