第2話 清明~春の小川に~

 アイツ、今頃どうしているのだろうか。任務の為旅立ってからもう一月が経つが、何の連絡も無い。上司には報告等入れてるらしく、無事に着いて元気にしている様だが。

 別に職務を問題なくこなしているのであれば何も心配しなくてよい。粗相を仕出かして、こっちに迷惑かかるとか尻拭いせねばいけないとか、そういった事態も起こって無いようだ。

 いや、だがしかし…実は何か困ってる事があるのだが責任感が強く人一倍仕事が出来る故、自分独りで背負い込んでしまっている…のかも知れない。現地はこっちと比べて何かと厳しいと聞く。色々とままならない事もあるはずだ。

 …そういった時はまあ、あれだ、相談に乗ってやらない事もない。ひとつ、メールでも入れておいてやろう。

「新規プロジェクトの星外勤務お疲れ様です。不慣れな場所での任務は大変かと思案しております。何か不都合な事がありましたら何時でも相談にのりますので、連絡下さい」

 只、同僚として気を遣っただけだ、万が一つでも任務が失敗する事があってはならない、その為だけだ。

 …しまった!「体調に気を付けて下さい」を入れるの忘れた!!


 今日は何故か知人のアカネヤに誘われて、花見に参加する事となった。アカネヤの職場の定例会ということなので丁寧にお断りしたのだが、酒を沢山飲ましてやるから是非来い、と強く誘われたのでわざわざ休日の午前中から出て来た。のだが…

「何だよ、葉桜じゃねーか」

「ええやん、桜は桜やで。十分花見出来るて」

「そうですよヒロカワさん。葉桜の方がピンクと緑のコントラストが美しく、風情がありますよ」

「ほとんど緑じゃねーか、探さなきゃピンク見つからねえぞ!」

 いや、突っ込むところはそこじゃない

 何 故 こ い つ が 居 る ・・・

「いや~オオゾラさん、偶然ですかねぇ、ぐ・う・ぜ・ん!!まさかこんな所でお会いするなんて!」

「はい。偶然ヒロカワさんの波動を感知して、偶然こちらまで出向いた訳です」

「お前、偶然の意味分かってんのか?」

「あはははは、オモロいな~この人。おいヒロカワ、いつの間にこんなええ友達捕まえたんや、やるな~!」

「別に友達じゃねーぞ。それよりいいのかアカネヤ、どこの馬の骨だか分からんヤツを参加させて」

「オッケー、全然問題ないで。オオゾラさん、ゆっくり飲んでいきや~」

 ったくアカネヤのやつ、調子のいい事ばっか言いやがって…まあ、気のいいヤツではあるのだが。こいつとは友達の友達みたいな感じで知り合って、なんとなく仲良くなって、だらだらとした付き合いが続いて今に至る。エセ関西弁で話すが、関西地方に住んだ事は無いそうだ。なんだそりゃ。

 それより何故オオゾラ氏がここに居るのだ!?家からは勿論、前に会った公園からもかなり離れた場所なのだが。今日は最寄り駅から電車で15分掛けて現地までやって来た。多分、こいつの住んでいる所からもそう近くはないはずだ。

 この場所に着いてアカネヤを見つけようときょろきょろしている所でいきなり後ろから声を掛けられたのだった。驚いて頭がブッ飛んでる隙に相手から「今日はどうされましたか」と聞かれ、ここで花見だと答えると何の躊躇ちゅうちょも無く付いて来たのだ。

「で?本当はなんでここに居たんだ?」

 自ら差し入れに持参した、有名店の持ち帰り唐揚げをパクつきながら聞いてみた。最近評判の店だけあって、かなり旨い、ビールがすすむ。

「さっき言ったじゃないですか、ヒロカワさんを感じたって」

「気色悪い言い方はやめろ…そして真面目に答えろ‼」

「私は何時でも真面目ですよ。また会ってお話がしたいと思ってたんです、ダメですか?」

「まあまあ、2人共痴話喧嘩は止めて、鍋が煮えたで~」

「何処が痴話喧嘩だよ、ったく…って、鍋?」

 向こうの方でカセットコンロに大鍋乗っけて作ってるらしい。アカネヤが甲斐甲斐しく使い捨ての深皿に、2人分取り分けて持って来てくれた。こういう所はほんと気が利くいいヤツだ。中身は赤みを帯びたスープの、ハイカラな香りのする…

「これは、何鍋だ?」

「ふふふ、トマト鍋っちゅうやつやぞ、食うた事無いやろ~。春野菜たっぷりで、ヘルシーかつ美味いで!!」

 確かに、トマト鍋とやらは食った事ないな。どれどれ、先ずは健康的にキャベツから。

「お、甘い!そして柔らかい!」

 あまりグズグズになってない所を見ると、少し火に通した位か。だとすれば、これは春キャベツだな。次はもう少し緑の濃いやつ、ブロッコリーいってみるか。おお、程好い固さなのに味浸み浸み。

「このブロッコリー、いい煮え具合だな」

「せやろ。それな、いっぺん固めに茹でてから鍋に入れてん。したら、ちょいと炊いただけでも味がよう浸みるん」

「へー、そうなのか。お、この鶏肉もウマい、口の中でホロホロ砕ける。コレも何かコツが有るのか?」

「いーや、それはスーパーで買ってきたヤツを切ってぶち込んだだけw」

「…それはそれで、すげえな。っと、ビール無くなったぞ、おかわりは、と」

「次はこれ行くで、同じくスーパーで買った白ワイン!安うてウマいから、ようさん買うてきたで~」

「ほんと、よく冷えてて美味しいですよ。ヒロカワさんも、はいどうぞ」

「うむ、やや辛口であっさりとした飲み口がトマト風味の出汁に良く合う!特にアツアツに煮えたプチトマトとは温度差も相まって意外とイケる!」

「こちらはもっと意外な組み合わせですよ、どうぞ」

 綺麗な緑色を帯びた、和え物のようだ。ぱくっ。

「これは…木の芽和えか?具材は筍とスナップエンドウと蛸だな。美味い!」

 シャキシャキした歯応えの中に蛸の弾力のある柔らかい食感が程好く、爽やかな青臭さが鍋の箸休めにピッタリだ。

「それ、私が持ってきました。喜んで頂いて幸いです」

「やるな~オオゾラさん。気の利いたモン、作れるんやなあ」

「有り難うございます。でもそれ、お婆様に作ってもらったんです」

「!?!?!?!?!?…ゲホッゲホッ…お〝ばあ〝ざま〝!?」

「何むせとんねん?」

「大丈夫ですか、ヒロカワさん?」

「ちょ、ちょっと話がある。一緒に来い」

 とてもじゃないが、ここで聞ける内容ではないので連れ出す事にした。

「おーいお二人サン何脱け出しよんね、怪しいなあ」

「すまん、直ぐ戻ってくるから気にするな!」

「肝心のシメがまだやで~はよ戻りよ!」


 少し離れた所に川沿いの小径がある。酔い醒ましも兼ねて、そこを散歩しながら話すとするか。

「なあなあオオゾラさんよぉ、あんた確か月からやって来たっ言ってたよな?」

「はい、そうですよ」

「その、お前の婆さんも一緒に月から来たのか、遥々と」

「すみません、少し誤解があったようです。私の祖母ではなく子供の頃から馴染みの、近所のお婆様です。どうしても地球へ行きたかったそうなので、私の世話役として連れてきました」

「そんな、どっかの温泉地に観光旅行に行くノリで、いいのかよ…ってか、何で地球に来たんだ?そういや、この前は酔っ払って突っ込んだ話、何にも出来なかったよな。まさか本当に観光で来た訳じゃあねえよな。調査か?外交か?まさか、侵略か!?」

「申し訳ありませんが、それはちょっと言えません。ただ…」

「ただ?」

「最初に会ったあの時、貴方が少しでも敵意を見せていたら…色々とアウトでしたねwww」

「い、色々アウトって何だよ、おい!!」

 笑いごとじゃねーよ、何それ怖い…

「あの時はとても親切にして頂きました。改めてお礼を言わせて下さい、有難うございました」

「そ、そんな改めてお礼を言われるような事してねーよ!」

 照れ臭くなって思わず川の方を眺めた。今日は天気が良いので水面がキラキラと光っている。今では葉っぱだらけになった桜並木が映り、その上を所々散ったピンクの花弁が彩っている。

「春の小川、か」

「春の小川ですね」

 !?

 台詞が被ってしまった!

「いい風景ですよね。日本は四季の美しさが格別と聞いてましたが、ほんと、日々の移り変わりが楽しみです」

「まさか観光が目的でしたとかいうオチじゃあるまいな…でもな、春の小川って本当はもっと田舎の方の、自然の中を緩やかに蛇行してるイメージがあるんだがな。こんな中途半端な街の外れを流れてるんじゃ無く、日本の原風景的な場所にあるやつ」

「それは見てみたいですね。今度是非、連れてって下さい。やはりヒロカワさんはいい人ですね、私のような月人つきびとに色々と教えて下さって」

「だ、だからそんなに誉めても何にも出ねえぞ」

 顔が赤らむのを誤魔化す為、ひたすら川の方を向く。

「初めて会った時も、この星の重要機密を惜し気もなく話してくれましたし」

 ん?

「あの情報は非常に有難かったですよ」

 んんん?

「こちらへ来て程無く手に入るとは、はははは」

「おい。重要機密ってなんだ?あの時、何を話したんだ?」

 全身から血の気が引いて、視界が狭まるような感覚に襲われた。私は何を言ったんだ、私は何を言ったんだ…

「そんな、顔面蒼白になって心配しなくても大丈夫ですよ、ヒロカワさんには一切ご迷惑お掛けしませんから」

「いやいやいやいや、絶対ヤバいだろ!!どう考えたってヤバいだろ!!」

「本当に大丈夫ですって。嘘ついたら針千本飲みま…あ、ちょっとすみません、あちらから連絡が…」

「え、なに、何だよ、れ、れんらくう?」

 なんかもう、囚われの小動物の如くビクビクモードに成り下がってるし。

「…何だあの人ですか。ああ、ヒロカワさん、個人的な連絡でしたので気になさらず。全く、こんなタイミングでメール送ってくるとかほんと間の悪い、だいたい苦手なんですよね、この人」

 こいつにボロクソに言われる相手って一体…

「まあ、これからも末長くお付き合い宜しくお願いしますね、ヒロカワさん!」

 ・・・などと、半ば脅迫紛いのご挨拶にて、オオゾラ氏との交友関係が始まったのであった…前途多難の4文字を脳裏に浮かべて…





 


 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る