勇者ガチャで召喚されたゴミレア勇者

弱腰ペンギン

勇者ガチャで召喚されたゴミレア勇者

 いたるところで炎が上がり、剣が金属に触れる音と、血の匂いに満ちている。

そんな空気で満ちた、でっかいお城の中。小さな物置小屋の中に隠れていた女の子を見つけたのは夜になってからだった。

「逃げますよ」

「……へ?」

 キョトンとしたままの少女を抱え、部屋を飛び出す。幸い暗くなったおかげで、人に見つかるリスクは減っている。好都合だった。

「っちょ、おろしなさい! 私はお父様を置いてくわけには」

 冷たくなった父親の体のそばで、震えながら俺に剣を向けていた女の子。

 割れたシャンデリア。足を一本失った椅子と机。

 王族とは思えない質素な食器が詰まった棚はなぎ倒され、カーテンからは火が出ていた。

 俺が物置部屋と間違えた部屋で震えていた少女は、この国のお姫様だった。

 ヌメっとした風が顔にまとわりついてくるたび、血の匂いが充満していることを思い出して嫌になる。

「離しなさい、お父様を、パパを殺した勇者のくせに!」

 女の子が俺の手から逃れようと暴れる。何度かバランスを崩してしまうが。

「いやぁ。俺じゃないんで。ここはもう、言い訳しまくってとりあえず逃げますから」

 そう言って女の子を抱えたまま、城を脱出した。

 俺は異世界に呼ばれた勇者のくせに、脱走兵となった。


「ぶぁっはっはっはっはっはっはっは、げぇほげほ」

「おいジジイ。笑いすぎだろ」

「それで、逃げ出してきたというわけか。クエストが始まってからようやくきな臭さに気づいて! 調べたらこういう状況だったからと!」

 俺は師匠に脱走した経緯を話していたのだが、大爆笑された。

長い白髪を後ろで束ね白いひげを蓄えた、世が世なら『ナイスミドル』なんて言われる風貌のジジイの笑顔。しごき続かれた地獄の日々を思い出し、久しぶりの殺意が湧いた。

 つっても剣だろうが魔法だろうがこのジジイに傷一つ負わせらんない。

 まぁ、俺は魔法、使えねえけどな!

「これが笑わずにいられるかっ、うぇっほ。ちょっと調べればわかる程度の謀略にまんまと乗せられおって。愚か者が」

 しかし、このジジイを天国に送還する方法があったみたいだ。死ぬほど笑わせてやろう。

 剣も槍も弓も魔法も毒も自然現象だってはねのけるこのジジイでも、これならいける。かもしれない。

「年寄にゃんですから、無理しちゃだめですにゃー」

 テーブルの上にミィナが二人分のお茶をのせる。

 ミィナは俺の家で働く……いや、働くとかなんかこう、変な意味ではなく。

 行き倒れたところを助けたことがきっかけで、家で働くようになったネコミミメイド。

 正確には猫人族という、亜人種の女の子で、はた目にはネコミミとしっぽでコスプレをしているように見え、とてもかわいい。

 だが、ぴこぴこと動く耳やしっぽが、本物ですよと主張している。

「おお、ありがとう。ミィナさん。こんなしみったれた所より、うちに来ませんかな? 苦労はさせませんよ」

「嫌ですニャー。女性勇者に『標準装備』とか言いながらミニスカスパッツを支給する変態さんの所はお断りですにゃー」

「おい、バカ弟子。何を吹き込んどる」

 ジジイの殺気が飛んでくる。

「事実だろジジイ。テメェの性癖を他人に押し付けるんじゃねえ」

 それで何人の勇者がテメェのところから去っていったと思ってんだ。

「老い先短いジジイの楽しみに付き合ってもばちは当たらんわ!」

「今当たりましたー。ミィナに断られましたー」

「貴様の所為だろうが! 訓練所へ出ろ! 鍛えなおしてやる!」

「断っ固、拒否するっ!」

 頭に血が上ったジジイの要求をはねのけたところで、二階から人が下りてきた。

 うさぎ柄のパジャマを着た少女。城から救出したお姫様のサラだ。

 俺たちのやり取りを見て頬を引きつらせているな。

「えっと……いろいろ状況が呑み込めないのですが、何がどうなったのでしょう?」

 俺が挨拶ついでに説明しようと口を開いたところで、疾風のごとき速さでジジイが通り過ぎた。

 サラの前に跪くと胸に手を当て、頭を垂れる。こなれた動きは優雅で、さすが元勇者だと思う。

「おはようございます、サラ姫。昨晩はよくお休みになれましたでしょうか?」

 そういわれても、アホみたいな速さで迫りくる白髪のジジイにどう反応していいかわからんだろうに。

「え、えぇ。大変心地よかったです。まるでお城のベッドのようでしたけど……」

「おお、それは良かった。亡き妻がこだわった最高品質のベッドでして。すべてオーダーメイドで作らせたものですから。私に」

「あなたが作ったのですか!?」

「えぇ、大変でした。羽毛は不死鳥の羽が温かくてよいと聞けば狩りに。木は神樹の森にあるもので作れと言われれば、森を守る大狼を狩り。縫うための糸は千年蚕の繭がふさわしいと言われれば、狩りに行ったものです」

 狩りばっかりじゃねえか。

「そのような……すばらしい品でしたのね」

「はい。私にとって二番目に大事な思い出でございます」

 そういうとジジイが優しく笑った。おい。あんな顔が出来るなら訓練の時にもう少し優しくしてくれてもよかっただろう。

「お二人とも、お話はそこまでにして欲しいですにゃ。お飲み物が覚めてしまいますにゃぁ」

 ミィナはそういうと、メイド服の端をつまんでサラにお辞儀をする。

「サラ姫様、お初にお目にかかりますにゃ。ミィはミィナと言いますにゃ。ご主人……佑人様のお家でメイドとして『心から』お世話をさせていただいていますにゃ。今はお家に兵隊がやってきてしまったので、こちらに避難してきましたにゃ」

 なんか心から、って所を強めに言っていたような気がする。

「そうですか。私は……え? 佑人のお世話?」

 おいやめろ。なんで今そこに食いつくんだ。

「そうですにゃー。こ・こ・ろ・か・ら、お世話させていただいてますにゃ。体はまだですにゃ」

「何を言い出すんだミィナ!」

「不潔……」

 サラの俺を見る目が、ゴミを見る目になった。

「サラ姫!? 俺、そういう目的の為にじゃないですから、大丈夫ですから!」

 何がだろう。テンパって訳が分かんなくなっている。

「バカだバカだと思っておったがお前……畜生ではないか。やはりミィナさんは家に来るべきですな」

「絶対嫌ですにゃー。身の危険を感じますにゃー」

「本当に、不潔……」

「なんで俺を見るんですか! 違うから。違うんだから!」

 この後、誤解であることを伝えるのに小一時間かかった。


「新しいお茶が入りましたにゃ」

 サラが着替えに戻っている間にミィナがお茶を入れなおしていた。

 先ほどまで身も心も凍りつく視線にさらされていたため、カップのぬくもりが心地いい。

「それにしてもサラ姫様。女子にゃんですから、寝間着姿を男子に見せちゃダメですニャ」

 ミィナに言われ、サラはうつむいて少し照れたような仕草をする。

「そうですけど、なんていうかこういう環境ですから、平気になってしまったというか。それに佑人にはもっとすごいものを見られてしまいましたし」

 そしてものすごいものをブッコンできた。

 ミィナのこっちを見る目がすごい。何かに目覚めてしまいそうなくらいすごい怖い。

「姫様。その話詳しくお願いしますにゃ」

「え、えぇ? その、恥ずかしい話ですし出来れば……あと姫というのも、もう国は……ですから普通に接してくれると嬉しいです」

「じゃぁミィのこともミィナって呼んで欲しいにゃ。あと、さっきの話詳しく」

 ミィナの追及が止まらない。

「そうですな。ことと次第によってはバカ弟子の命もあと数分となりますから。で、どのような?」

 ジジイまで話に入り込んできた。こっちはすごいウキウキしてやがる。

「あ、あの。やめてほしいと言ってるのですが!」

「ミィは普通に接してるのにゃ。サラも普通にしてほしいにゃー。で、続きは?」

「え、えぇ?」

 すげえ。強引に話を捻じ曲げようとしてやがる。

 こうしてミィナが色んな話をゴリゴリ押し通し。

「ふむふむ。そしてご主人様が着替えを覗いたと。お仕置きですにゃ」

「そうですな」

 サラはなるべくお友達として接すること。お友達なのだから特別扱いはいらないということを、ミィナに約束させられていた。

 そして俺は逃走中、小屋で調達してきたサラの着替えを覗いてしまったことや、血を落とすために水浴びしているときに、裸を見てしまったことを暴露された。警戒してただけだからね?

「違うから、あれは事故だから!」

「ご主人様は乙女の柔肌を見ておいて事故だと。それで済まそうというのですかにゃ?」

「死刑ですな」

「あ、あれは私も不注意で」

「それはそれ、これはこれですにゃ」

「磔ですな」

 ジジイ……楽しんでやがる。

「ご主人様にはお仕置きが必要ですにゃ。ミィだってまだ着替えを覗いてもらってにゃいのに、サラだけずるいですにゃ」

「え、何それ。わざわざ俺の目の前で着替えようとしてたのはわざとだったの?」

「そこまでアピールされておいて、手を出しておらんとは。お前まさかソッチか?」

「どっちだよ!」

「いや、みなまで言うまい。サラの裸を見てもなお……っく」

「節度の問題だろ! そんなんで手を出したとか最低だろうが!」

「お前、今、小生のことをバカにしたか?」

「ジジイのなれそめなんて聞いてねえよ!」

 は、話が進まない。とりあえず俺は無実だと……いや、見ちゃったのは事実なんだけど。思わず脳内保存とか浮かんじゃったのも事実だけど。

「も、もうその話題はやめて、欲しいんだけど」

 サラが、顔を真っ赤にしていた。

「しょうがにゃいにゃー。この辺にしておくにゃー」

「命拾いしおったな」

 長い尋問が終った。……後でサラに謝っておこう。そしてこの話は外に出さないようにお願いしよう。

 そう心に誓った時だった。

 ミィナがここまでの旅路を『頑張ったのにゃ!』とねぎらってくれていたのだが。

「あ、いえ。その後に疲れからか気を失ってしまったみたいで。途中で何度か気づいたんですけど、すぐに意識を失ってしまって。ですから状況をよく把握してなくて」

 爆弾を放り込んだ。

 俺は全力で逃げようと椅子から立ち上がろうとしたのだが。

「どこへ、行くのですかにゃ?」

 音もなく背後に回り込んだミィナに取り押さえられ、取り調べが再開されたのだった。


 俺がこの世界に来たのはいつ頃だったか。

 ジジイ――師匠に聞いた限りでは、この世界は日本と同じように四季があるみたいなんだが、こう……俺は修行と称していろんなところに飛ばされてたからわかんない。一年以上はたってると思うが。

 16歳の誕生日を迎えたその日に来たはずなのだが、記憶が定かではない。

 向こうでの最後の記憶は『川でおぼれている犬を助けようとして自分がおぼれた』というもの。

そんで気が付いたとき、目の前には玉座にふんぞり返って偉そうな人と、キンキンキラキラの豪華な鎧を着た騎士が俺を見下ろしていた。

 のちに偉そうな人は王様で、となりの騎士は勇者アズマだと判明した。

だが当時、混乱している俺の目の前でコソコソと何かを確認する仕草をしたと思ったら。

「せっかく召喚してやったというのに、スキル一つ持っておらんゴミではないかあぁぁ!」

 と王様に怒鳴られ。

「アズマよ。これは一体どういうことなのじゃ。ゴミに用は無いぞ?」

 隣の騎士、勇者アズマは笑いをこらえながら。

「そうですね。私もまさかこんなゴミ……失礼。ハズレを引くとは思っておりませんでした。必ず付与されるはずのスキルすら無いなんて、逆にレアですよ?」

 などと言っていた。

え、バカにされてる? とは思っていたが、なんのこっちゃかわからなかったので呆然としていた。

 ただ、あの目は間違いなくバカにしていたということはわかる。

 高校でクラスの女子がこっちを見ながら『気持ち悪い』とつぶやいた時と同じ目をしていたから。

 ちょっと顔がかわいくて、黒髪ロングのメガネっ子だったのだが、何の気なしに視線を向けただけで蔑まれたのだ。理由はわからない。

「レアだろうが何だろうが、ゴミに用はない。失せろ!」

 こうして、訳が分からないまま城から放り出された。

 普通は『どうのけん』とか『200ゴールド』とか餞別をもらえるものだと思うが、現実はかくも厳しかった。

 どうしたらいいのかわからず呆然としている俺に、王の補佐官『だった』という人が声をかけてくれた。

 のちにわかったことだがよくあることらしい。

さすがにスキルゼロっていうのは初めてだったらしいが。

補佐官の人から各種ギルドで得られるスキルの説明。異世界の常識が書かれたハンドブックをもらった。能力値はギルドで専用の設備を使うと見ることが出来るらしい。

 何より驚いたのは『勇者はすべての職業のスキルを覚えられる』ということと『成長速度が速い』という特徴があるということ。

 ついでに『勝手に人のうちに入ってタンスを開けたらつかまる』ということも言われた。

 ハンドブックにも大きく注意書きが書かれていたが、読んでもらえることの方が少ないらしく、初めて街に来た勇者たちに必ず説明するようにしているんだそうだ。

 最初は所持スキルに合わせてギルドに入るんだが、俺はスキルが無かったため、初心者勇者がこの世界に慣れるための場所である『訓練所』へ行くことになったのだが。

俺はこの時まで、いわゆるチュートリアルというやつだと思っていた。


そこからの毎日は地獄だった。

「よく来たな小僧。ここでは小生のことを師匠と呼ぶがいい!」

 訓練所にいたのはのちに師匠と呼ぶことになる『伊達志郎』という、紳士の皮をかぶったセクハラおやじ、もとい『元世界最強』の勇者だった。

訓練所の教官が師匠一人だけなのだが、女子にはセクハラを。男子にはスパルタをするもんだから、人がどんどんいなくなる。

 みんな一度は基礎を学ぶために訓練所に入るのだそうだが、スキルを持っているからさっさとギルドに行ってしまうのだ。楽しそうですよね。

 出入りしていく人を見ていていふと思ったことを師匠に聞いたことがある。

「勇者って俺だけじゃないんですか?」

 俺の純粋な疑問に、気づいていなかったのかという顔をした師匠は。

「小生も元とはいえ勇者であるし、訓練所に来た勇者だけでもざっと500は居るな

 勇者のバーゲンセールだった。安売りにもほどがある。

「まあ、せっかく異世界に転生したんだ。二度目の人生、悔いなく生きよ」

 ここでさらに疑問がわいた。

「二度目……?」

 俺が何のことかわからずにぽかんとしていると。

「お前、女神の説明を聞かなかったのか?」

「え、女神って?」

 俺が首をかしげると、師匠はかわいそうなものを見る目をした。

 師匠曰く、元の世界で『死んだ』人間がこの『異世界』に『勇者として転生』してくるのだそうだ。

 勇者はすべからく転生者で、一度死んでいる。

 現代で死んだ時に、一面真っ白な空間に飛ばされて、学校の理科室にあるような四角い椅子に座っている状態で気が付くらしい。

 上下左右どこも白一色で、地面に足をつけているとは感じるのだが、ふわふわと宙に浮いているような不思議な感覚になるんだそうで。

 そこで女神さまから『このまま輪廻の輪に戻るか、異世界に転生するのかどちらを選びますか?』と聞かれるそうなんだけど。

「俺、聞かれてないどころか女神様すら見ていないんですが」

「……嘘だろオイ」

 師匠が俺を見る目つきが、不審者へのそれに変わった。

 どんなに疑われたところで、川でおぼれたことしか覚えておらず、気が付いたら王様が居たということを説明したら。

「う、嘘だろオイ!」

 同じ言葉で今度は大爆笑しやがった。

「犬を、助けようとしておぼれっゲホ! お前、ゥエッホ! 才能あるぞ!」

 えづくほど師匠に笑われた後、修行することになった。地獄のフタが開いた瞬間だった。

 まず修行が始まる前の検査で重大な事実が発覚。魔法が一切使えない。

『魔法が、一切、使えない』ことが発覚しました。大事なことなので二回言いました。

炎とか氷だとかそういう魔法があるって聞いたんですけど。俺、すべてのスキルが使えるって聞いたんですけど。

 結局、訓練所で習ったのは師匠が磨き続けた剣術で、効率よく対象を無力化する方法だった。

 ……はっきりと言ってしまえば『効率よく殺す方法』だ。

 ゲームではゴブリンと呼ばれるような小鬼や悪魔。それに盗賊のような人間を、効率よく。

 修行中、何度も師匠から『剣を振る意味を考えろ』と言っていた意味を理解したのは、初めて挑むことになったクエストで。

 街道を荒らす盗賊退治のクエストに意気揚々と出かけて行った俺が、初めて敵を斬って生き延び、自宅に帰った時だ。

 震える手を抱きしめるように帰宅すると、あばら屋同然の家に師匠が一人でコーヒーを飲みながら、俺のことを待っていてくれた。

 それまではせいぜいリアルなゲームという、遊びの延長線上という感覚だった俺に。

「よくやった。お前は小生が教えた中で一番出来が悪いが、勇あることを確と理解した者だ」

 そう言って帰っていった。

 肩に置かれた手の温かさが、心まで冷え切っていた俺には熱く感じた。

 俺はその時、勇者をやるということを「命を奪うことの意味を知ること」だと教えられた気がした。


「さあ、吐け。貴様。どこまでやった」

 これまでの走馬灯がよぎるくらい、強烈な尋問だった。わりと感動的な走馬灯だったと思う。思い出したら泣いてしまうほどに。

 俺を椅子に縛り付け、ジジイの容赦ない腹パンとミィナの給水。このチームプレイ、本当にたちが悪かった。

 ジジイの手の冷たさが、本当につらい……。

「無茶はいけないですにゃ、おじいちゃん師匠。はい、ご主人様。お水ですにゃ」

「いや、もう水はいらながふ」

 ミィナが水を無理やり飲ませようとしてくる。

 水が腹にたまってる状態でパンチを受けるとすごく痛いんですよ。苦しいんですよ!

「おみず、ですにゃ」

 目が怖い目が怖い!

「飲んだか? 飲んだな。よし尋問を再開しよう。気絶したサラ姫を、どうしたって?」

 ジジイが片手で俺の服をつかんで椅子から引っ張り上げようとする。

 しばりつけられているので立ち上がれるはずがないのだが、半分宙づりになった状態で立たされてしまう。

「何もしてませんってば! 小屋に運んで休んでからここに一直線で」

「ごきゅーけいは、したんですにゃ?」

 怖い怖い怖い!

「そりゃ夜通し逃げてきたんだから休まないと死んじゃ、いたたたたたた」

「しっかり立たないか。そんなんだから厄介ごとに巻き込まれるんだアホが」

「縛られてるんだから立てるわけないでしょ! っていうか手が椅子に食い込んでいたいんですってば!」

「手、だけだろ?」

 足も痛いっていえば解放してくれるんだろうか?

「サラは心も痛いのにゃ。ご主人様との初めての、夜。覚えていないなんて、残酷にゃ」

「っちょっとまって。俺、何もしてないからね? ほんとだからね!?」

っていうか飲みつぶれた師匠を抱え色町を歩き続けた俺の童貞力をなめるなと言いたい。

美少女と接近したくらいでは揺らがない心を手に入れるまでに高まっていて、今や水着より布面積の少ないナイスバッデェーのお姉さんの誘惑にも耐えられる。

 そんな俺を、弱みに付け込んで襲う師匠みたいな鬼畜と一緒にしないでほしい。

「あのー」

「サラ。大丈夫にゃ。ご主人様から聞いたらミィも同じことしてもらうにゃ。じゅるり」

「じゅるりってなんだオイ!」

「どんな鬼畜プレイだったのかと、想像しただけですにゃ?」

「鬼畜プレイとかしてないし。血がついてたりしたから軽く拭いたくらいで……」

「吐いたな」

「自白ですにゃ」

「いやいやいやいや。だって血が付いたままだったからそのままだと目立つし、さすがに着替えさせるわけにはいかなかったから……」

「拭いたって、どこを、ですか?」

 おっと、サラも参戦してきた……まずい。まずいぞこの流れは。

「どこって足とか手とか……ついたままだとまずいかなって」

「「「足とか手とか……ね」」」

 三人に声をそろえて復唱されると怖いね。うん。また走馬灯が見れそうなんですけど。

「死刑かにゃ」

「死刑だな」

「それは重すぎますよ。せめて百叩きくらいじゃないでしょうか。剣で」

「それ死ぬやつだよね。みねうちでも死んじゃうやつだよね!」

 金属の塊で殴られるのってかなり痛いんだからな!

「ふ、ふふふ」

「にゅふふ」

 サラとミィナが突然笑い出した。

「ごめんなさい。二人が楽しそうにしてるものだから、ちょっとからかいたくなって」

「ご主人様はいじられキャラですからにゃ」

「この幸せ者め」

「なにこれ、納得いかない!」

 でもサラが楽しそうにしているからいいということにしようか……。


 尋問の後、サラとミィナはお昼ご飯を兼ねて街に散策へ出かけた。

 俺はパンッパンになった腹を抱え、テーブルの上でグッタリしていたのだが。

「ほれ。今のうちに飲んでおけ」

 師匠が目の前に真っ黒な丸薬が入った袋を置く。大きさは豆粒ほどなのだが、魔力と体力が補充される、いわゆる回復アイテムというやつだ。

「……俺、腹がすごいことになってましてね」

「いいから飲め。そして聞け」

 師匠がテーブルの上にもう一つ、今度は紙の束を置く。

「……冗談ですか?」

「バカ者。簡単に足が付くヘマをしおって」

 紙にはでかでかと『ウォンテッド デッドオアアライブ 中堅勇者 ユウト』と書かれていた。あまり似ていない似顔絵と共に書かれている賞金額は1000G。この丸薬の値段が100G。水の値段が10G。安かった。

「俺、もう少し高額の賞金首でもいいとおも」

「冗談で言っておるのではない」

 師匠が紙をスライドさせると、別の手配書が出てきた。

「……すんません」

 そこには同じような文言に加え『魔王の娘 サラ』と書かれていた。

 賞金額は1億G。

「詰めが甘いというのだ。小生は情けなくて涙が出たわ」

「いや、これには――」

「やんならちゃんと足がつかないようにしろと言っておるのだバカ者!」

 えー、そっちー?

「過去に、小生も賞金を懸けられたことがある。その時は100億だったと思うが、ちゃんとねじ伏せたわ」

 このジジイ、どれだけ伝説作れば気が済むんだ。

「足がつかないようにするってことはな。お前だけではなく、周りを守ることにもつながるのだ」

「……すんませんでした」

 確かに、これではサラを守れたとは言いがた……い。

「っちょ、じゃあなんでサラを行かせたんだ!」

 あれをサラが見たら、違う。賞金稼ぎに狙われでもしたら!

「お前、本当に頭を打ったのか? だからミィナ殿についてもらっているのだろう」

「あぁ、そういえば……」

 ミィナは猫人族。いわゆる亜人種で、普通の人間……というか職業軍人ですら敵わないほど強い。たぶん、俺よりも強い。

 勇者なんだけどなぁ。肩書だけは。自身なくすわ。


 それからしばらくして、ホクホク顔の女子二人がご帰宅。

 俺は、師匠にアイアンクローをくらいながら。

「この、バカ弟子がぁ!」

 って言われていた。

「てめぇ、バカ弟子って言いたいだけだろ」

 右手の握力だけで人の頭を握りつぶそうとするジジイの手から逃れようとするも、一向に離れようとしてくれない。

「バカにバカと言ってなぁにが悪い!」

「タイミングが悪い!」

 女子二人が引いてるんだよ。

 ミィナはあきれてるけど、サラは明らかに引いているんだって!

「っちょ、やめっ。割れる! 頭部が割れるから!」

 今、頭蓋骨がミシって言った!

「ふん。軟弱ものめ」

 アイアンクローから解放され痛む頭部をさすっていると。

「お、お二人は一体何をしているんですか! それともこの町の人たちはみんなこうなんですか! さっきもいろんな男の人がからんできて……ミィナさんがいなければ大変だったんですからね!

 あぁ、そうなのか。

「ご主人様ー。ミィナ頑張ったのにゃ。褒めて欲しいのにゃ」

「おう。がんばったー。えらいなー」

 いつもの癖で、ミィナの頭をなでてしまう。そして突き刺さる視線に気が付くのが少し遅れた。

「……私の質問をスルーしてそういう。不潔です」

「さすがの小生でも人前でそういうプレイはせんかったぞ?」

「プレイちげぇし!」

「ご褒美にゃ」

 誤解を解くのに小一時間ほどかかったが、二人の街での様子を聞くことが出来た。

 やっぱり賞金稼ぎが潜り込んでいるようだ。

「それというのも、このバカ弟子があちらこちらに痕跡をばらまきつつ逃げてきたからだ」

「しょうがないでしょ。血で汚れたドレスとか下着とか持って歩けないって!」

「ご主人様。汚れた下着とか、デリカシーマイナスにゃ」

「そういう言い方、不潔です」

「ねぇ。二人ともわかっててやってるよね。絶対理解しているよね!」

 確かに痕跡残しまくってきたのは不手際だったけど。

「そもそも、あの距離を俺たち以上に早く移動できる人間なんてそうそう居ない――」

「小生」

「ミィ」

「魔法使いであれば可能かと」

 三人がいじめるよ。

「そうですね。俺、遅いですよね」

 馬でも三日はかかる距離を一日で踏破したことをほめて欲しい。いや、野生馬捕まえて移動してきたんだけどね。その技術含めて褒めて欲しいもんだよね。

「まぁ、やってしまったもんは仕方がない。ほれ、自首して来い」

「ミィはいつまでもご主人様を待って、操を守るにゃ」

「なんで二人とも俺を憲兵に引き渡そうとするのかな?」

 敵なのかな?

 それともそういうプレイなのかな?

「ふむ。新たな性癖に目覚めたりはしないようだな」

「ホント、お前は何なんだジジイ」

 ジジイのウザさについて真剣に考える必要があると思う。具体的にはコンクリの作り方を思い出すべきだと。

 海中に沈めてやる。

「さて。弟子をからかうのはこれくらいにして。サラ。今後のことについてお話をせねばなりません。出来ればここにいつまでも滞在していただきたいのですが、弟子がやらかしまして。そこで小生の故郷に移っていただきたい」

「故郷なんて、転生勇者にとって遠いかなたぐはぁ」

「名をゼペストという辺境の街ですが、海運陸運双方に力を入れた交易の街でしてな。人通りが多く、素性の判らぬものが一人二人混じっておっても不自然ではありません」

 ジジイ、人のボディにパンチを入れておいて平然としゃべってやがる……。

「そこにおります親戚を頼ってくだされ」

 これが紹介状ですと、ジジイがサラに封筒を渡す。

「おともに弟子を付けましょう。なあに、寝込みを襲う根性もない童貞ですが御身の安全を確保するくらいは出来ましょう」

「人を童貞扱いとか――」

「安心しろ。貴様が童貞だということは皆が知っている」

「そうにゃ。むしろ童貞じゃないほうがおかしいにゃ」

 ミィナまでうんうんと首を振っている。なんなの。俺が童貞だって言いふらしてるやつがいるの?

「ど、どうていって、なんのことですか? 道の程ですか?」

「人の、道のほどにおいて、女性と親密になったことが無い男、という意味ですよ、サラ」

 何を丁寧に説明してやがる、このジジイ!

「大丈夫にゃ。ご主人様の初めてはミィが奪ってあげるにゃ」

「何を言ってるんですかアンタたちは!」

 戦争がしたいのか!

 ……違った。

「あの。佑人が一緒なのはいいのですが、お二人は……?」

「そうだ。ジジイが居れば紹介状なんて――」

「だから貴様はアホなのだ。家に入ってくるなりサラ姫の名前を口走り、手配書が出回ることに気を配らぬ。小生のもとで何を学んだのだ」

「いや、手配書については迂闊だったけど、師匠の家で」

「いつ、小生が味方だと錯覚した?」

 その言葉に身体が動いた。

 一足で壁にかけていた剣を取るとサラを椅子ごと退かせてその前に立つ。

 剣を抜く準備をしたところで。

「その動きだけは褒めてやる」

 単なる質問であったことに気が付いた。

「っはぁー。もう。脅かすなよ、ジジイ……」

 そして、気を抜いた瞬間、目の前に剣が突き付けられていた。

「……何をしているジジイ」

「油断するなと教えられた直後に油断をするな。見知ったものでも逃亡中には敵と思え。敵ではなくても操られている前提で動けと教えたはずだが?」

「ジジイを操れるほどの能力者が後ろに控えてるんなら、俺ごときでは抵抗も出来ないはずだが違うか?」

 悔しいが、ジジイがどうにかされるレベルの相手は、世界最強レベルの敵だ。つまり俺じゃ倒せない。

「……まぁ、そうでもあるか」

 ゆっくりと剣を収めるジジイ。ゆっくりと席を外すミィナ。

 ん? っと思ったのは一瞬で。

「っこの。お二人は、いつもそんなことをなさっているんですかっ!」

 俺とジジイはサラからお説教をくらうことになった。


「先ほどもそうですが、いつもいつもケンカばかりしているのですか? 私を放っておくのは良いとしても、知らぬ人が見たら心臓に悪い光景ばかりですよ!」

「あ、いや。はい。申し訳ありませぬ」

 俺とジジイは正座させられ、サラからものすごい勢いで怒られていた。

 隣のジジイがオロオロとしているのが面白い。正直ザマーミロだ。

「佑人も、わかってるんですか!」

「はい。すみませんでした」

 そんなことを思っていたら怒りの矛先が変わった。

 ミィナはといえば、俺たちが怒られている間も荷造りをしてくれた居たらしく。

「サラ。そこらへんにするにゃ。おじいちゃん師匠もご主人様も激しいスキンシップが好みってだけにゃ」

「その誤解を生みそうな表現やめてくれないかな!」

 俺にアブノーマルな趣味はない。

「はぁ。ミィナに免じてこれくらいにしておきますけど。本当に危ないことはしないでくださいね!」

「「申し訳ありませんでした」」

 二人で頭を下げることで何とか許してもらうことが出来た。


 ミィナがまとめてくれた荷物を玄関に置いて、師匠から言われた街の場所を確認する。

 結構遠そうだけど、十日もあれば着きそうだ。馬を使えばもっと早く着くだろうな。

 キッチンで沸かしたお湯を、荒く引いたコーヒーの粉にそそぐ。こし布を通して出てくる黒い液体を口に入れると苦みが広がった。

 師匠がこの世界に来て必死に探し回ったコーヒーは、最近この町で流行しているものだ。

 おかげで安く飲めると言っていたが、よくこんなのを好んで飲むものだ。

「まぁ、あの『勇者の名をかたるバーサーカー』の!」

「はは、そう呼ばれたこともありましたな」

 テーブルで談笑をするジジイとサラの声が聞こえる。

「……もう少しましな二つ名は無かったのかよ」

 師匠曰く『現代で言うと日本円で月々三万八千円くらいの家賃って感じだな』という家は、割と広めな二階建て。一階はリビングとキッチンに客間。二階は寝室と物置だ。

 師匠たちが居るのは、キッチンから扉一枚挟んだ向こう側で、今は扉が開いているので声が聞こえてくるというわけだ。

 入り口近くにキッチンがあるのもこの町、帝都では一般的な間取りだ。

 っていうか、首都に近いここでこの値段って安すぎないだろうか?

「ご主人様。コーヒー……おいしいのにゃ?」

 キッチンで家事をしているミィナがすごい顔でこっちを見てくる。

 顔をしかめて舌を出して、信じられないものを見ている顔だ。

「いや、うまくはないけどね」

 たまに飲みたいなとは思う。なんていうか、こう、珍味的なやつだ。

「ミィはダメにゃ。飲めないにゃ。泥水の方がおいしかったにゃ」

「泥水って」

 家の前で行き倒れているくらいだから、泥水を飲んだこともあるのかもしれないけども。

 ジジイが聞いたら泣くだろうな。コーヒーを探し出すのに苦労したらしいし。

「そういや、ジジイってミィナの所でも有名なのか?」

 本当に信じられないことなんだけど、師匠は有名な勇者、っていうかマジで最強の勇者っていう称号を持っていたらしい。

 サラの故国であるフィリア国だけでなく、世界中にとどろくほどの名声を持っていたそうで。

「見たことはなかったけど知ってたにゃ。ミィの国も何度か助けてもらったらしいにゃ」

 ……すげえな。

「ミィは生まれてなかったから知らにゃいけど、何人ものメス猫がおじいちゃん師匠を性的に襲ったらしいにゃ。みんなバッチコーイって受け入れてたらしいにゃ」

「おいジジイ。今すぐ死にさらせ!」

 人様の国に迷惑かけてんじゃねえよ!

 単なるスケベジジイじゃねえか!

「なんだバカ弟子がー。小生はまだまだ生きるのだー」

 リビングからアホな声が聞こえてきたのでコノヤロと思って乗り込むと、不自然な表情で固まったままのジジイと。

「さきほど、ケンカをしないでくださいと言ったばかりだと思うのですが?」

 身も凍るほどの笑顔を浮かべたサラが居た。


 それからしばらく正座をすることとなり、サラに怒られつつ、いかにしてこの窮地を脱出しようか考えていたのだが。

「おいバカ弟子!」

 ジジイは怒鳴ると同時にたちがあると、きょとんとするサラをしり目に、俺の荷物をこっちに投げた。一瞬でこの距離を駆け抜けるジジイとか、ホント妖怪だよな。

「助かった」

 荷物を担ぎ、武器を身に着ける。

「ご主人様」

 ミィナがおにぎりを持たせてくれた。ありがたく受け取り、戸惑うサラの手を引いて裏口へ向かう。

「え、え?」

 とっさのことに何が何だかわからない様子だが、説明している時間はない。

「突然で申し訳ありません。今はバカ弟子に従い、ゼペストまでお急ぎください」

 その言葉にどうするのか理解したのだろう。

「お、お二人は?」

 不安そうに尋ねるサラの手に、ぎゅっと力が込められた。

「小生は残ります」

「ミィも残るにゃ」

「な、なんでですか!」

「小生たちがこのまま逃げればどうなると思いますか?」

「どうって……」

「少なくとも、姫とのつながりは確定します。留守だったなどという言い訳は通用いたしませんでしょうな。連中の頭は『姫の居所がココだと思って突入したら誰もいない。つまり、一緒に逃げたのだ』と変換されるでしょう。つまりお尋ね者が二人増える」

「でもミィナまで残ることは」

「ご主人様の家に騎士たちが入ってったのは留守の時だったのにゃ。だからミィは事が起こる前に師匠のお家へお使いに行ってたことにするのにゃ。一応つじつまは合うのにゃ」

 ……それだと、俺の家にいなかったことでミィナも手配されるんじゃ?

「おいジジイ。それだと――」

「お前っ、一からぜぇーんぶ説明せんといかんのか? いるかもと思って突入したお前の家と、いるという情報をつかんで突入した小生の家では状況が違うだろう。刑事が犯人の家に乗り込んでいってもぬけの殻。でも窓が開いていたら?」

「逃げたなーっと」

「ところが話を聞こうと思って大家にカギを開けさせたら?」

「戸締りをして出かけた、と?」

「そうだ。『納得できる』状況というのが、人は最も受け入れやすいのだ。だから疑わない。つまり逃げる隙が生まれるわけだ。『いる』と『いるかも』の違いだ」

 やべ。理解できねえ。

「……それは私たちの逃走を助けるための犠牲となるということではないですか!」

「犠牲ではありませんよ、姫。むしろ小生たちが助かるために必要なことでもあります」

「でも!」

「まだまだ話していたいのですがな。時間はありません。さすがに包囲されれば発見されずに逃げることはできません。今ならまだこのストーカー気質なバカ弟子の技能で脱出できます」

「オイジジイ」

「さぁ、お早く」

 ジジイは俺をドアから蹴りだし、サラを優しく外へ促した。

 家から俺たちを追い出すと、心配ないと言うかのように微笑み、扉を閉めた。

「サラ」

「ええ……」

 後ろ髪をひかれる思いであろうサラの手を取り、再びの逃亡生活が始まった。


「もうずいぶん離れましたけど……大丈夫でしょうか?」

 サラが歩いて来た道を振り返り呟いた。

 帝都――師匠の家がある方向だ。

「さすがに二日も馬に乗って走り続ければ、大丈夫だと思いますよ」

 複数の街を経由しながら、馬を何度も乗り換えて走り通して二日たった。

 残念ながら直前の街では馬が調達できなかったので、今は徒歩となっている。

 まぁ、焦ることはない。

 一般人が最速で二日かかる距離だ。軍馬がいかに健脚だろうと、二日間走りっぱなしとか現実的じゃない。

 何より、ケツが痛くなるしな。人間の。

「そろそろ本日の野営地を探さないといけませんよね……。私、今日は見張りを――」

「俺が不安で起きちゃうんで。意味が無いんで」

 っていうかお姫様に見張りをさせる勇者とかさすがにどうかと思うし。

「もう。何度も言ってるじゃないですか。私だって野宿も戦闘もちょっとくらいなら平気だって――」

「一か月間、イノシシと野犬とクマがひっきりなしに襲ってくる山でサバイバルして生き延びたっていうなら、お任せします」

「……佑人はずるいと思います」

 そう言われてもなぁ。

 とりあえず今、夜は俺が見張り。朝はサラに見ててもらって、俺が仮眠。何かあったら起こしてもらう手はずで過ごしてる。

 ゼペストまで……あと何日か正確には覚えてないけど、たぶん三日くらいのはず。

 ……着いたらいいなぁ。あまりにも昔の話だから覚えてないんだよなぁ。

 それにあの時は馬車移動だったし、一週間以上かけた気がす……。

「あ」

「どうしたんですか?」

 サラが不思議そうな顔でこっちを覗き込んでる。ヤバイ。馬車があったの忘れてた。

「い、いや。なんでもないです」

「そう、ですか。とりあえず野営地、探しましょう」

「ソウデスネ」

 あ、これやらかしたな、馬車があったらもっと楽に……。

「あ、いやいや。これでいいんじゃないか。あぶねぇ」

 そうだよ、馬車を使ったら簡単に行き先がバレるだろ。おまけに馬を単体で借りるより足は遅い。

 素早く、痕跡をたどれないようにしなきゃいけないんだから、これでよかったんだよ。

 ……疲れてるなぁ、俺。

 明日立ち寄った街で、カモフラージュ入れておいた方がいいなぁ。いやでも不自然な動きをするとかえって目立つしなぁ。

 そんなことを考えながら野営地探しをしていたらサラに怒られてしまった。


 師匠と別れてから一週間ほどが経った。

 あれから立ち寄った街で馬を借りて、ようやくゼペストに到着した。

ここは辺境でありながら交通の要所となっている場所で、人込みに紛れ込んで入るのは簡単だった。

舗装された石畳をゆっくりと進むキャラバンを横目に、街に潜り込んで驚いた。

「前より栄えてやがる……」

 絶対王都より人が多いだろ。

 体中を鱗が覆う蜥蜴族。小っちゃい身長と同じくらいの長さを持つ兎族など、行きかう人々の種族も多様だった。

 おまけに建物も増えてるし、静かだけど人が多い王都と違って、騒がしくて人も建物も多いという、何ともカオスな光景だ。

 ここゼペストは、自治区というよりも『王国でも管理が面倒』なため『勝手に自治してね』と放置されているような村だった。

それでも自分たちでどうにかしてやろうともがいた結果が。

「安いよ安いよ! 新鮮な野菜と果物がなんと10Gだ!」

 これだ。

 活気が溢れすぎて、通行人が引いてるよ。

「観光のお土産にアクセサリーはいらんかね! 一つ100Gでいいよ!」

 露天商が赤や青色の宝石が使われた指輪やネックレスを売っている。

 色とりどりの宝石類は確かにこの自治領の特産品かもしれない。だがこのアクセサリー屋はパチもんを売りつけてくることを知っている。

 以前ジジイと受けたクエストの報酬にパチもん渡してきたのでシメておいた。主にジジイが。

「護衛はいらんかね! 隊商を守る屈強な護衛はいわんかね!」

 辺境なのに。交通の要所になっているため、街道には隊商を狙った盗賊が出る。なので護衛業も盛んだ。

「……辺境って話でしたよね?」

「ソウデスヨ。一度王国から捨てられて、自分たちで立ち上がろうと改革をし、陸路、海路の輸送路を構築し、港湾都市として変貌を遂げようとしていますが」

「それって、辺境なんですか?」

「辺境ですね。王国からクッソ遠くて、街道が整備されてないときは一週間で通行なんてできやしなかったんですがね。どこぞの英雄様が『実家に帰るのに時間かかりすぎ』と街道整備しちゃたもんだから、奮起した村人たちがこう、頑張ったんですよ」

「……私、そういう無茶をしそうな英雄を、一人知っています」

「奇遇ですね。俺もです」

 おかげで自治領としての力をつけすぎて、最近では『独立するとか言い出すんじゃないか?』と王国に警戒されてはいる。

「だからこそ、俺たちが隠れるにも向いているわけですが」

 人の出入りが激しく、明らかにヤバイ風体でなければとがめられることもほとんどない。

 もちろん門番はいるけれど、発展しだしたのはここ10年くらいだそうで、目まぐるしく変わっていく環境にその場しのぎで対処している状態だ。

 だから、住民がどれくらいいるのか、お隣さんの名前はとか、把握しているほうが珍しかったりする。


 そんな人の流れを把握することが難しいこの街で、師匠の親戚を頼って家を借りた。

 家賃がずいぶん安いなと思ったら、そもそも辺境だったことを思い出す。

 ……安いうちに買えば不動産で一儲けできるかな?

 そんなことを考えながら日々を過ごし、さらに一週間ほどが経過した。

「ヘィ、お二人さん。昨日の晩はお楽しみだったかい?」

 ここ最近、例の親戚が邪魔をしに来る。リビングの勝手口とか窓から。

 今はキッチンの窓から顔を出して下世話な話をしに来ている。

「……黄泉路への準備を済ませて訪問するとは気が利いたババァだな」

「オイオイ、それが訳あり夫婦を迎え入れてやったババアに対する態度かい? あたしゃ耄碌してても、棺桶に片足突っ込んでても、黄泉路への道案内は必要としちゃいねぇよ?」

 まさにあのジジイの親戚だ。

 いや、正確には血がつながっているわけではない。ジジイも異世界に召喚された勇者だし。

 ここは亡くなった奥さんの故郷だから、相手方の親戚ってことになる。

「棺桶に片足じゃあバランス悪いだろ。もう片方と言わず全身突っ込んでやるから窓から首を出せやババア!」

「ババアたぁ、何事かクソガキ。こちとらリンドウ王国直系っていう高貴な生まれのお姫様やってたんだ。女王になった妹をたぶらかしたジジイの弟子にババア呼ばわりされる筋合いは無ぇ!」

「そんであちこちの王子様に嫁いでは骨抜きにして国を滅ぼし回ったんだろ出戻りババア!」

「アタイの美貌に酔っちまうようなガキだったんだからしょうがねぇだろ?」

「止めろ、ポーズを決めるな気持ち悪い。っていうか出戻りし過ぎてこの村に飛ばされたくせに何を」

「その飛ばした張本人が『私は勇者様と添い遂げます!』だなんて後任を決めたら城を飛び出してこの村に住み着いたってんだから、世の中ァ何があるかわからんもんさね……」

 ババアはそういうとふぅとため息をついた。

「そこへ、あのジジイの忘れ形見が転がり込んできたんだ。しかも姫様連れて。感慨深いもんがあるじゃねぇか」

「……いや、ジジイ死んでねえから。殺すなよ」

「そうだったね。嫌だねぇ、年を取ると物忘れだけは激しくなる。残るのはこの美貌だけっていうんだから諸行無常ってぇやつだねぇ」

「残りカスじゃねぇか」

「なんか言ったかい、チェリーボーイ」

「棺桶予約して来いや」

 俺とババアがにらみ合いをしていると、手をたたく音が。

「はいはい、そこまでにしてください。おはようございます、リュシカ様。昨夜もよく眠れましたわ。そんなところで大騒ぎなさらないで、こちらでお茶でもどうです? それと、ゆ、佑人も」

「あ、あぁ」

 一応、ここでは駆け落ちした夫婦ということになっている。

 こういうやり取りがあると、自然と意識してしまうので困っている。

「……あたしゃお邪魔だったね」

 ババアが頬に手を当てて『キャー』って表情をしてやがる。

「リュシカ様! からかわないでください」

「いやぁ、悪かったね。サラがあまりにもかわいいもんでついね」

「もう!」

 ババアと笑いながら話すサラの表情は、最初のころに比べるとだいぶ明るくなったというか、感情を表に出すようになったと思う。

 ジジイの所にいた時はまだ遠慮して……違うか。ババアが同性ってことも関係してるんだろうな。

 戦争がなければ、今頃は城でまばゆい笑顔を振りまいて生活していられたのだろうか。

 村に来てからというもの、のんびりと過ごせる時間が増えて実にうれしい。

 ババアの計らいで借りることが出来たこの家が、郊外に立っているということが、ゆっくりとした時間を生み出しているのかもしれない。

 おまけにババアはこの街の顔役みたいな存在らしく、俺たちについても『駆け落ちしてきた訳あり夫婦』という設定で触れ回りやがった結果、たまに住民に会うと「頑張ってね」とか「奥さんを大事にしろよ」とか言われる。だからか、適度な距離感を保ってくれている。

まぁ、積極的に干渉してくることはないのはありがたかったが、ババアの笑い顔が浮かんでくるのがむかつく。

 しかし、問題もある。

 ある日の夕方のことだ。

「きゃぁ!」

「ご、ごめん!」

 二人暮らしなので、こうしてお風呂や着替えを見てしまうことがある。

 きれい肌をしてるなとかこれから育つであろう、発展途上の胸であるとか、キラキラとした髪だなぁとか観察してないし。

 もちろんサラがお風呂に入ってる時間を狙ったりはしてないよ?

 断じてしていない。

 しかしだ。ババアに紹介してもらった魔物退治の仕事を終えて帰ってきた俺は、師匠と暮らしていた癖で、帰ってきたら一番初めに風呂に入る。

 理由は返り血や泥にまみれて戦っていたためで、汚れたままでは家をうろつけなかったからなんだけど。

「き、気を付けてくださいって言ったでしょ! なんなのよもう、昨日も……あ、もしかしてわざとやってる?」

「違うってー」

 こうして一人暮らしの時の感覚というか、男所帯に慣れてしまった弊害というか、思いもかけずこのような事態に遭遇してしまうのだが……いや、本当にわざとじゃないよ?

 俺は風呂を飛び出すと、なにかいい言い訳が無いかと考えを巡らせる。すると、脱衣所から顔だけ出して睨むサラと視線が合った。

「っていうかなんでサラが風呂に入ってるんだよ。いつもはもっと遅い時間じゃないか」

 これは決して言い訳じゃない。

 いつもはもっと遅い時間に入るはずだから大丈夫だろうと、俺が先に入ろうとしたにすぎないのだ。

 そう。だから、帰ってきて一番にサラの所在を確かめなかったり、ボーっとしたまま風呂に入ってうっかり全裸をさらしたりしたことも俺の責任じゃない。

「きょうはリュシカ様がいらして、祭りだから準備しておいでって……」

「祭り……? 今日は何にもないハズ――」

「なんじゃまだドッキングしとらんのかつまらんのぅ」

「くたばれババァ!」

 なるほど。

 サラとドッキドキのラブコメ展開になるところを肴に盛り上がる祭りか。いい趣味してるじゃねえか!

 俺はババアに向けて、近くにあった鍋蓋をフリスビーの要領で投げる。我ながらえげつない速度が出たと思ったが。

「まだくたばらんわ、チェリーが! これでもあたしゃ志郎おじさんとパーティーを組んでたんだ。簡単に倒せると思うな!」

 あっさり受け止められるから腹が立つ。

「っていうか何普通に勝手口から上がり込んでるんだよババア。こっちの事情知ってるんだろ? 今度は鍋蓋じゃなくて俺が剣で斬りつけることだって――」

「やられんと言っとるだろ愚か者。気配だってろくに読めないくせに偉ぶるんじゃないわ」

「うぐ」

 確かに接近している気配に気づかな……。

 いや、いくら俺でもババアが接近する気配は気づける。ということはこのババア、サラの風呂を覗いて……違うな。

「さてはババア、最初から俺が帰ってきたときにサラと風呂で鉢合わせするのを覗いてやがったな!?」

 でなければ俺が気づかないはずがない!

 と、思いっきり『論破してやったぜ』というポーズを決めていた俺に衝撃の事実が。

「いや、チェリーの後をつけた。だから気づかないんかこのバカと思ってた。お前

後ろからブスリといかれるぞ?」

 恥ずかしかった。

 はたから見ても全力のドヤァだったと思うから。

「というかの。家の外からでもわかるだろうに。煙突から湯気が出てるとか。勝手口に回れば薪が使われてるんだからとか。それにもうすぐ帰ってくるであろう旦那様の為にお風呂を沸かしてあげようという新妻の――」

「っちょ、リュシカ様! 何変なことを言ってるのですか!」

 脱衣所から顔を出していたサラが、つい先ほどまで使っていたであろうカゴを片手に飛び出してきた。すっぽんぽんで。

 隣でババアが『わぁお』という顔で煽っていやがる。

 そしてサラは。

「きゃー!」

 全力で桶を俺に投げつけると、浴室に戻っていくのだった。


 ここでの生活はだいぶ穏やかなものとなった。

 朝起きて朝食を食べ、昼間は自警団の仕事をこなしサラの待つ家へと帰る。

 これを繰り返していると本当に夫婦のような気がしてくる。なにせ、家に帰ると温かいふろとごはんが用意されており、サラが笑顔で出迎えてくれ、今日はどこどこのお宅で子供の面倒を見ていたのとか、夫婦みたいな会話しかしていないんだナニコレ。

 ちょっと意識しだすと収まりつかないというか顔が真っ赤になってしまう。

 それと意外だったのだが、サラは家事全般がうまい。

 料理するときに包丁で指を切っちゃったとか、針仕事で指を怪我したとか、鍋の熱いところを持ってしまい指にやけどしたとかが無い。

 物語では大抵お姫様というキャラは『家事が苦手』というもののはずだ、などと思っていたのがバレたらしく。

「私が何もできない子供だと思われていたとは心外よ。むしろ王族なのに料理も裁縫もできませんだなんて、子供に教育を施すことが出来ませんという宣伝にしかならないわよ?」

 そういう考えもあるんだなと思った、というかそれが普通なのかもしれない。

 いや、だってわからないもの。王族じゃなかったし。俺が暮らしてた時代は戦国時代でもないわけだし。偉い人の、ましてや異世界の教養なんて。

 かろうじて想像できるのは『このエリートである俺様が、なんでこんなことをしなくちゃならないんだ!』と部下にキレる王子とか、そんな程度だ。

 仕事の後に食べるサラの料理はうまいし、この世界では割と珍しい風呂はついてるし、ふかふかのベッドだしで、もうこのまま暮らせればいいやなんて思ったりしたこともある。

 あっちの世界で味わえなかった幸せは、今この時に味わうために取っておいてありましたと言われたら信じるレベルだ。

「佑人? どうしたの変な顔して」

 幸せすぎて変な顔になっていたらしい。

「いや、何でもない。サラの料理がおいしかっただけだから」

「何よ急に。変なこと言わないでよ」

「おいしいと思ったらおいしいって言うよ?」

「そそそ、そんなこと言っても何も出ないわよ。あ、今日ね、お手伝いのお礼にってケーキもらったから、食後に食べる?」

「もらいます」

 本当、ナニコレ。幸せな家庭そのものにしか思えないんですけど。

 今まであっちの世界でも転校初日に理科の実験で薬品爆発させた奴がいて休校になったり、コンビニに行けば強盗に出会ったり。

 銀行に口座を作りに行けば犯罪を疑われたり、漫喫では張り込んでいた刑事に犯人と間違われたり。

 異世界に転生してくれば死んだことすら知らされず。勇者のチートスキルやアイテムなんて無し。初めてのクエストは盗賊退治という血なまぐさい仕事で。

 師匠からは『生き残るためにやるべきことをできるのが本当の勇者だ』なんて教えられ、1か月間、モンスターがわんさと生息している森でサバイバルさせられたり、ドラゴンに一人で挑まされたり、本当ろくなことがなかった。

 だが、それらはすべてこの時の為にあったのだと、そう信じてもいい!

 サラが出してくれたケーキをほおばりながら、幸せをかみしめていた時だった。

〈大変だー! モンスターの群れが襲ってきたぞー!〉

 幸せは長くは続かなかった。


「サラ」

 心の中でがっくりと肩を落としながら、それでも対処するために身体を動かす。

「わかった」

 サラも立ち上がり、戦うために必要な装備を整えていく。

 俺は退治に。サラは避難の為に。

「ババアは大丈夫だと思うが、事態に気づいてない可能性もある。たたき起こして中心部の塔まで避難を」

「リュシカ様なら気づかれていると思うけれど……。佑人も気を付けて」

 装備を確認し、サラに目配せをすると。

「出来るだけ早く片付ける。何かあったら自分の身を守ることを最優先にしてくれ」

「私を誰だと思っているの? これでも中級までの魔法はすべて習得したわ。加えて上級魔法まで操る、魔法の国の……元、王女様よ?」

 そう言って胸を張るサラの目が、少し悲し気に見えた。こんなところで変な強がりなんてしなくていいのに。

「現、王女様な。行ってくる」

 俺はサラの頭に手を置いてそう言った。少し恥ずかしかった。ちょっと後悔してる。

だから笑われてたり、引かれてたりしないかと思って、サラの顔を見れなかった。

 絶対真っ赤になっているであろう俺の顔を、サラに直視されたくないのもあって、視線を逸らしていて。

「バカ」

 その所為か、サラが何か言ったような気がしたが、モンスター襲来を知らせる鐘の音と合わさって聞き取れなかった。

「え?」

 思わず反射的に振り向いて聞き返すと。

「……武運を!」

 サラに背中をバシンとたたかれ送り出された。

 このまま彼女一人にするのも不安だが、まぁ、ババアと一緒に避難できれば大丈夫だろう。

 元勇者パーティーのメンバーだったババアが後れを取るほどのモンスターがそうそういるとは思えないし。

 俺は夜になってだいぶ暗くなった村を駆け、自警団の集会所へと急いだ。

 扉を開けると、中では自警団のメンバーがあわただしく走り回っていた。

「佑人!」

「状況は!」

「城壁到達まで五分。数は計測不能」

「……は?」

「見てみろ。それが早い」

 メンバーに促され、監視窓から外を覗いて見えた景色は、まるでアニメのワンシーンのようだった。

「……なんだあれ」

「魔物の群れだよ」

「知ってる。だから聞いている」

 街を守るための監視所としての役割を果たすため、ギルドは高台に作られている。

 そのため、晴れた日はきれいな稜線が見える眺めの良い場所なのだが。

「ここらへんで魔物が集団で暴れたなんて話聞いたこと無いんだけど」

「あぁ。俺もここに住んで長いが、軍隊が来たことはあっても魔物が来たことなんてほとんどない。なのに今回はこの数だ」

 定期的に森にいる魔物を狩って数の調整をしているはずだ。それなのにこんなに数が……。

「最近、この町と反対側の、大陸の端で魔物が大量発生したとは聞いたことあったけどな。さすがに無関係だよな……」

 俺も聞いたことはあったが、さすがに距離がありすぎる。

「馬を使っても一か月以上かかる距離を、魔物の大群が歩きましたなんてありえないって」

「いや、そうとも限らねえぞ。なにせ、最初は別の国で発生したらしいからな」

 別の、国?

「それはどういう……」

「なんでも魔物の群れが街を襲う事件が多発しているらしい。けど、どこもこことは違う場所だし、発生場所だって規則性はなかった。だから単に気候変動が原因だろうとか自然現象だって思われてたんだ」

 ……これが?

「稜線いっぱいに広がる魔物が、自然現象な」

「あぁ……おかしい。魔物の数だって大体把握しているんだ。急激に増えてもこの数は変だ」

辺り一面、魔物がいないところが見当たらないほどだった。

 月明かりしかないのに、埋め尽くしているとわかるほどの土煙とうごめきが、今も街へと迫っていた。

「幸い、奴らの進行は遅い。あたりかまわず暴れながら向かってきているのかもしれないが、準備する時間はあるんだ」

「……逃げる選択肢は?」

「街道全体を魔物が塞いでる。逃げ道として用意していた場所すら埋め尽くして。だから僕たちにできるのは海に飛び込むか戦うか、魔物の群れに埋め尽くされるかのどれか」

「ろくでもねぇな」

 大陸の端にある辺境の自治区。だからこそ見捨てられ、奮起した住民たちの手によって交通の要所にすべく海と陸を拓いた街。

 想定外の事態を前にして、彼らが必死に築き上げてきた日常が、平凡な日々が終わろうとしている。

 理不尽な暴力にも見えるそれは、あらがう気力さえ奪っていく悪魔みたいだ。

「それでも、守りたい世界があるんだ!」

 腰にはいた剣を握り、決意の表情を作ってみる。

「佑人……」

 隣で俺を見守っていたメンバーが熱っぽくつぶやいたのだが。

「あ、ごめん。ちょっと言いたかっただけだから。気にしないで」

 これはネタであって、本気にしてほしくはない。

 いや、うん。こういう時じゃないと使えないじゃない?

 だから言ってみたかったなぁって。

「佑人……」

 残念なものを見るような、憐みの視線を感じながら外へと向かう。

「土嚢とかで、陣地は敷いてるんだよな?」

「え、あ、うん」

 それならまだマシなほうだ。師匠と旅していた時は、盗賊団1000人に囲まれたこともあるし。師匠手伝ってくれなかったし。あのクソジジイ……。

 ともかく、やれるだけのことはやらないといけないな。最悪、群れを誘い入れたら街ごと焼き払えば全滅だけはさせられるだろう。

中央塔に避難させておけば住民も助けられる……と思いたい。

 俺たち自警団にどれくらいの被害が出るかはわからないが。

「街を救えよ、勇者」

 俺はそう呟くと、外へと飛び出した。


「もう無理かもしれない」

 次第に大きくなる地響きに心が折れそうだった。

 群れは1000とか2000とかのレベルじゃなかった。桁を二つくらい間違えていた。

 稜線の向こう側にも群れているらしく、魔物が一斉に、こちらへ向けて進軍してくる。

 魔物同士でぶつかったりしているせいで、速度は遅いのだが、逆に徐々に迫りくる軍勢は、せっかく上げた戦意を削ぐ役目を果たしてしまっている。

 周りでは心折れた自警団が一人、また一人と城壁の中へと入っていく。

 そうだよね、籠城戦の方が、いいよね。

「でもそれだと被害が大きくなるだけなんだよ……」

 万が一城門を破られたら無傷に近いモンスターたちが街中で暴れることになる。まったく笑えない。

 最終的に外で戦うのが俺一人になったら逃げちゃおうかなという考えがよぎるが。

「悲しいけど、これでも俺は勇者なんだよなぁ」

 自警団の中でも一番の戦力だとは思う。何せ師匠は世界最強の勇者だ。曲がりなりにも。

何もなかった俺は師匠からアホほど基礎をたたきこまれた。そのおかげで、まぁやれることは増えたと思うよ。うん。

魔法は使えないけどなぁ!

 こういう時に極大魔法ーとか、せん滅魔法ーとかが欲しくなってくるなぁ。

 ジジイの戦闘力見たら泣くぞ。俺より早くて重くて鋭い動きをする奴が、引退した勇者だっていうんだから。

 現役の勇者はどれだけ強いのかと、軽く絶望したことすらあったな。

「なんじゃ。残ったのはムッツリだけか」

 人が嫌なこと思い出してたら嫌なババアがやってきやがった。

「何しに来たババア。サラと一緒に避難してろ」

「年寄扱いしている場合か。あたしゃ勇者パーメンだったと何度言えばわかる」

「パーメンってなんだよ。気持ちわりぃ」

「強いつってんだよ。そこらの奴よりはな」

「……もし本当に強いならサラを守ってやってくれよ」

「嬢ちゃんも、ちゃんと強いよ。ムッツリが思っとる以上にはな」

 そういうとババアは銀色に光る短剣を目の前に掲げ、詠唱を始めた。

「『悠久なる風を纏いし光の精霊よ。汝の恩恵を我に授けたまえ。今、闇を討ち滅ぼさん。セイクリッドストーム!』」

 短剣を中心に、魔法陣が幾重にも展開。魔法陣に集まったマナが発光し凝縮。光の渦となって魔物の群れを貫いていった。

「うそん」

 それは勇者ではマスターできない最上級呪文で、魔法使いを極めた賢者と呼ばれる人たちが使う魔法じゃないですか。

「どうじゃ。これでもまだ帰れというかの?」

「イイエ、大丈夫です」

 勇者パーティー、マジでどこかおかしいだろう。

 あぁ、俺も魔法使いたい……。

「あたしの最大呪文が焼け石に水かい。これほどの軍勢は初めてだよ」

 ババアの呪文でだいぶ削られたと思ったのだが、開いた穴は一瞬で埋まっていった。

「どうしろっていうんだコレ。何匹いるんだよ!」

「さあのう。少なくとも一万じゃ足りないだろうね。それでもやるしかないがの。ホレ野郎ども! いつまでもビビッてないで槍の一つでも持って出てきな。小僧とババアを前線に出して引っ込んでて恥ずかしくないのかい!」

 ババアの叱咤で、自警団の連中が飛び出してくる。しかし、全員がガチガチに固まっており、このまま激突したら一息で飲み込まれて終わりだろう。

 プチっと踏みつぶされそうな群れを見て逃げるなビビるなってのは、さすがに酷だと思う。実際、俺も逃げ出せるならそうすべきだと思うから。

「さあ、陣でしっかりと準備おし。幸いにして、群れは正面からしか来ない。城門を破られないように戦えばオーケーさね。破られるにしても、数をへらしゃあたしらの勝ちだよ!」

 ババアが自警団連中を鼓舞している。

 実際には退路は無くて、群れを防げず城門を破られれば全滅する可能性が高い。それでも退いたら確実に滅びる。だから戦わなきゃならない。

 絶望的な状況だけど、奮い立て。俺は勇者だ。

「さぁ、ふんばりな。これを防いだらアンタら、末代までの誉れだよ。大丈夫さ。アンタらは側面からくる敵を門から入れなきゃいい。正面はあたしと小僧でやる。出来るね?」

 ババアがこっちを見てにやりと笑った。

「やるよ。勇者だからな」

「よく言った。後であたしのパンティーをあげようかね!」

「いらねぇー。力が抜けてくー」

「よし。ブラもセットにしてやる。ほら、行くぞ野郎ども!」

 ババアの声に鬨の声が上がる。

野郎どもはオオオ! と叫び、戦意に再び火をつけたようで、次々と戦闘に向かっていった。

「走れ、小僧ぉぉ!」

 剣を握りなおすと、俺はババアとともに走り出した。

 門の前に張った陣から、魔法の援護が飛んでいく。わずかながら敵の勢いを削ぐと、自警団連中がなだれ込み戦闘が始まった。

 群れの速度は遅い。だからと言って、その進軍は防げる圧力じゃない。だから一歩踏み込んでは二歩下がるという戦いになった。

「『地の底より招来せよ、灼熱の業火! 万物を焼き尽くせ、ブレイズウェイブ!』」

 ババアが炎の津波を放った。あれ、確か召喚系の魔法だったと思うんだけど。魔術師じゃなくて召喚士の魔法だったと思うんだけど。

「ほれ小僧、行ったぞ!」

 敵を飲み込む炎の津波を、敵が逆に飲み込んでいく。

津波からあふれた敵は俺の方へ向かってくるが、一体ずつは強力な個体ではない。

 一体ずつ相手にできる環境なら、そうそう遅れはとらない敵だ。

 ただ、壁かと思うほどの圧力を持ってるだけで。

 剣で芋虫型のグリンワームを切り伏せる。後ろから飛び出してきた小鬼型のリトルデモンの攻撃を盾で防ぐと、空いたボディに剣を滑らせる。

 敵が倒れたと思ったらすぐに後ろから手が伸びてくる。羽が、足が、触手が伸びてくる。

 それらはすべて人を、街を滅ぼす圧力となって襲い掛かってくる。

 少しずつ、目に映る敵の速度が遅くなっていく。時間がゆっくり流れるような感覚。

 こっちに来てから幾度となく繰り返した動きを思い出しながら剣をふるう。

大きく動かない。小さく鋭く。一撃与えたら引く。二発目の止めを忘れない。攻撃を盾で受けたら力をいなすように意識する。態勢を崩せたら一撃を入れる。

 そう呟きながら繰り返し繰り返し、流れ作業のように敵を倒し続けた。

 魔物の血を大量に浴び、視界を防がれないよう盾でガードしながら、接近して斬りつける。

 しかし、群れの侵攻はとどまることを知らない。

「くっそキリがねえ!」

 俺は切り伏せ、倒れた敵で壁を作ると、横から漏れるように迫ってきた敵を切り伏せる。だが。

「ピギィィィ!」

 魔物の壁を乗り越え、なだれ込んでくる。ババアの魔法に体を焼かれようとおかまいなしだ。

「ッフ!」

 突撃を盾で受けるも、衝撃で後ろに吹き飛ばされる。

 バランスを崩すことはなかったものの、盾に亀裂が入り、地面にはいわゆる電車道と呼ばれる二本の溝が出来ていた。

 相撲だったら押し出し負けだなぁというのんきな考えが浮かぶ。我ながら余裕あるじゃ

ねえか。

「小僧、下がれ! まとめて吹き飛ばす!」

 ババアの声に、後方へと下がる。振り返り群れを見ると、ババアの砲撃を受けて敵が吹っ飛んでいる最中だった。

 しかし、俺よりはるかに効率の良い魔法は群れを壊滅することなく、空いた穴を埋める

ように敵がなだれ込んできた。

「きりないね。こりゃぁ魔王軍よりもやっかいだよ」

「ま、魔王軍?」

「あぁ、あたしたちが倒した敵だね。シロウが最強の勇者って呼ばれるようになったき

っかけさ」

「……そんなもの相手にしてたのかよ」

 あのジジイ、本当にRPGみたいなことしてたのか。

「あぁ。たしか一万の軍勢だって話だったけど、あたしが魔法で大方吹き飛ばして、シロウたちがつっこんでいったのさ。それでようやく魔王を倒して、シロウはめでたく姉さまとゴールイン。それに怒った父と姉様が喧嘩して移り住んだのがココさ」

 ババアが昔を懐かしみ、遠いところを見るように空中にを仰いでいる。

「あたしも耄碌したね。一万の敵が来たって返り討ちたぁ思ってたけど、それ以上の群れがやってくるとは。ははは。楽隠居させて欲しいもんだよ!」

 そう言いながら群れを次々と吹き飛ばしていく。魔法が通った道に穴が開くが、それも一瞬だけ。すぐに修復されこちらへとなだれ込んでくる。

 魔法が、剣が、少しずつ相手を削ってはいるが、どうしようもないほどの圧力だった。

 ふと、後ろを振り向く。辺境の自治領だというのに堅牢な壁が築かれた街。ここを訪れるもの皆がこれなら大丈夫と安心できる壁は、しかし。

街を飲み込もうと進軍してくる群れに対して、無力な紙の壁に見えた。

 あそこを突破されれば中にいる住民は、サラは、無事では済まないだろう。

 俺の魔法も剣技も物量の前には無力だと、迫りくる波が告げているようにすら思える。

「くっそおぉぉ!」

 再び群れに突っ込むと剣をふるう。魔法を放つ。

 そのたびに敵が弾き飛ばされ、絶命していく。それなのに、俺の勝利が成ったと思えるにはまだまだ……。

 勝てない。

 このまま飲み込まれていく光景が頭をよぎった。よぎってしまった。

 戦場では目の前の戦闘のことだけを考えろ。余計なことはベッドの上で思い出せばいい。そういわれて続けてきたのに。

足が止まってしまった。剣が重くて仕方がない。

 今すぐ引き返して、サラだけでもどうにかして逃がせないだろうかと考え始め。

「小僧っ! 飲まれるな!」

 ババアの声が遠くに聞こえるようになってきた。

 ああ、マズい。これは非常にまずい。初めて師匠に連れていかれた戦闘を思い出す。そのあと初めて一人で盗賊退治のクエストやり遂げた時のことがフラッシュバックしてくる。

 これが、走馬灯か。俺、死ぬのか。

 ぼんやりと、死が迫っているという感覚の所為か、時間が止まっていくような感覚が襲ってくる。

 気が付くと、ワームの口が目の前に迫っていた。盾を構えようと力を籠めるが動かない。

 まるで鉛のようになった体の感覚を、意識を打ち破るように声が響いた。

「だぁから貴様はアホなのだぁぁぁぁぁ!」

 空から大音声で叫び、一人のジジイが飛び降りてきた。

 着地で地面にクレーターを作り、それだけで群れの一部を吹き飛ばすと、目の前にいたワームもどこかへ吹き飛んでいた。

 ジジイは腰に佩いた剣を抜くと、魔力を込めて横薙ぎに一閃。剣閃が群れを吹き飛ばし、進行が止まる。

「こんな老骨引っ張り出して、楽隠居させることもできんとは。我が弟子ながら情けない」

 ヒュっと、ほこりを払うように剣を一振りすると、ジジイが振り向き、笑う。

「さあ、立て。こんなことで折れるほど、ヤワに育てた覚えはないぞ?」

 ああまったく。ウチの師匠は。

「なんで漫画のヒーローみたいに登場してくるんだか」

 頼りになってしまうのだ。

 それに比べて自分はなんとも。

「皆も立て! 折れれば街が消えるぞ!」

「「おおお!」」

 師匠の声に、皆が折れかけていた心を奮い立たせる。

「さて、勇者の名をかたるバーサーカーの異名を、思い知らせてやろう」

 師匠は剣を構えると、全身に目視できるほどの魔力の光を集め始めた。

 息を吸って吐くことが出来れば、呼吸を続けることが出来る。あの技を始めて見せられた時、そんな説明をされたことを覚えている。

 マナを体に取り込み、エネルギーにすることが出来れば動き続けることが出来る、と。

「魔物どもよ。生きて帰れると思うなぁぁぁぁ!」

 そして、光になったジジイが、戦場を文字通り飛び回ることになった。


 あれほど絶望的だと思っていた戦闘は、師匠によってあっさりと解決されてしまった。

 倒した魔物をマナに変え、それを吸収することで次の魔物を倒すという化け物のおかげで、戦場はきれいさっぱり片付いた。

「ふう、いい汗かいたわ」

 師匠の額に汗が光る。

「そんなちょっとした運動みたいに……」

 戦場にいた人間すべてがポカンとしていると思う。

 魔物の群れを前に必死の抵抗を続けていたはずが、目の前に光が走ったとたん、群れがどこかへ消えたのだから。

 いや、師匠が消し飛ばしたのだということはわかるけれど……。

「相変わらずだねぇ、シロウ」

「リュシカ。お前が居てどうしてこうなる」

「……ほんの一時間もかからずあの群れをせん滅するアンタと一緒にしないでおくれよ」

 本当、その通りだと思う

「なんじゃい。姉は渡さんと食ってかかった時の勢いはどこへ行った?」

「年だよ! 言わせるんじゃないよ、まったく」

「二人して一時間くらいで王国一つ滅ぼしかけたというのに、年の流れとは恐ろしいもんだなぁ」

「おかげであたしもリンドウにいられなくなったじゃないか! しかも滅びる原因になっとるから、滅ぼしたも同然だろ!」

 ……何この老人ども。国を滅ぼすほどのケンカしてたの?

「まぁ、小生も全盛期の力は無くなってはいるがな」

「老いたくないねぇ」

 俺が老人どもの思い出話を聞きながら呆然としていると。

「やぁ、君が噂の勇者君だね」

 魔物の残骸を片付ける人の間から、キンキンキラキラした、いかっつい鎧を着こんだ男が近づいてきた。

「……勇者、アズマ」

 サラの、父親を倒した男。


「おや、僕のことを知っていてくれるとは嬉しいね。まぁ、現最強の勇者っていうことでいろんなところで露出しているから、知っていたのかもしれないね」

 さわやかそうな笑顔で、バカっぽいセリフを吐いてやがるこの勇者様は、俺のことなど忘れているのだろう。

 初めて会った時にあれほど笑われたこちらとしては忘れられないがな。悪い意味で。

「僕たちは王国のやり方に疑問を感じていてね。だから志郎さんたちを救出してここに向かっていたんだけど、暴走した魔物の群れが街を襲ってるとは。間に合ってよかった」

 どうやら師匠以外にもつかまっていた連中がいたようで、よく見れば戦場のあちこちから帰還してくる人影が見える。

 師匠が暴れまわったせいで、ほかに人がいたことすら気づいていなかったよ……。

「そうだ。紹介するよ。僕たちをここまで運んでくれたテイマーの勇者、ゴジョウだ」

 ゴジョウと呼ばれた男が、こちらに会釈をする。

 体をすっぽり覆うローブを着込み、余った布で口元を隠すようにしていて、かろうじて男だとわかるが、それ以上はうかがい知れなかった。

「もう一人が……おい、いるんだろザトー!」

「まあな」

「うわっ」

 アズマが声をかけると、俺の後ろから盗賊っぽい身なりの男が出てきた。いつの間に後ろに回り込まれたのかわからなかったぞ。

「こいつがザトーさ。レンジャーの勇者で、まぁなんていうか、潜伏スキルが高い」

「ヒヒッ。よろしくな」

「あ、ああ」

 正直全くよろしくしたくなかったが。

 猫背で足音と気配を消しながら移動している。するどいというか危ない目つきでもあり、盗賊と言われた方がしっくりくる。

 この手の人間は手ごわいと、師匠と盗賊退治してまわっていた時に嫌というほど味わった。

 油断はできないな。

「やっと見つけたにゃ、ご主人様ぁ!」

 俺を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると。

「ミィナと……げぇ!」

「げぇとはなんだ、げぇとは!」

「ミリア……お前なんでこんなところに」

 俺が師匠のところに弟子入りしたタイミングでやってきた騎士候補生で、今は英雄ランキング7位の実力者。

 召喚され過ぎた勇者を管理する目的で作られた英雄ランキングの中で、唯一勇者ではないのにランクインしている努力の人。そして絶世の美女。

 風にたなびく金髪は男どもの視線をくぎ付けに。ひとたび白銀の鎧を脱げば、女性らしいプロポーションで男女問わずに惹きつける。

剣の腕も超一流で、現在は騎士団長様となった。俺とは全く違い才能にあふれた女性。

「はっはっは、久しぶりだな佑人!」

 だが、俺は知っている。

「私が居なくてさみしくなかったか? 佑人は泣き虫だからな。もしよかったら今晩はベッドで一晩中慰めてやるぞ?」

「っちょ、やめろゴラァ!」

 セクハラのクセが強い残念な人なんだ。

「お前、まだセクハラオヤジ癖なってないのか!」

「むぅ。セクハラオヤジとはなんだ。こんな可憐な! 絶世の! 美少女を捕まえて!」

「自分を美少女と呼ぶ騎士団長様に、ぜひとも年を思い出せとお伝えしたいんですがね!」

「年など忘れてしまったよ。まったく佑人はデリカシーが無いなぁ。それに、いい加減君のチェリーを収穫させてほしいんだが」

「お前、マジでやめろって!」

「そうにゃ、やめるにゃ! ご主人様の初めてはミィの物にゃ!」

「それも違うから!」

「そうだぞ、二人とも。バカ弟子は今、女性と一つ屋根の下なのだから、すでに致しているわけでな」

「テメェと一緒にするなジジイ!」

「あん? まだなのか?」

「僥倖にゃ! 誰にも渡さにゃいのにゃ!」

「むぅ。ライバルが増えているとは! これは急がねば!」

 二人ともウザがらみしないで欲しい!

 こ、これは、やばい。あれが、アレが当たって……やわらかっ。じゃない!

 これではジジイの思い通りに……それはなんか癪だ!

 二人を振りほどこうともがいていた時。

「佑人!」

 門を開けてサラがかけてくる。

 これは違うんだと言い訳しようとして、沸騰しかけた頭が一気に冷める。

 まずい!

「ジジイ!」

 近くにはアズマがいる。

サラの、父親の敵だ。あいつと鉢合わせになるのはまずい気がする。

 師匠がジジイと呼ばれたことに顔をしかめるが、素早く反応してサラの進路を防ごうとした、のだが。

「これはこれはサラ姫。こちらにおられましたか」

 一足早く、アズマがサラの前に立ってしまう。

 サラが息をのむのがわかった。

「サラ!」

 俺は剣の柄を握ると走り出し、居合抜きのように鞘を滑らせ飛びかかろうとしたのだが。

「何を、している」

 ゴジョウが割って入ってきた。懐に手を入れて獲物を握っている様子がうかがえた。

 師匠を見ると、ザトーに足止めされていた。

「探しましたよ、サラ姫。お父上のことは残念でしたが、愚かな王の指示のもと、あなたまで殺されることが無くてよかった。その点だけは、彼に感謝しないといけませんね」

 こいつ何を言ってるんだ?

自分が何をしたのかわかって言っているのだろうか。

「あ、あなたは……」

サラの唇が震えているのがわかる。無理もない。こいつが……。

「さぁ、僕と一緒に来てください。そこで新たな国を作り、憎き国王を打倒しましょう!」

 アズマがサラに手を差し出す。

 ほんと、こいつ何を言ってるんだ。国王を打倒する?

 おびえたように、後ろに一歩下がったサラを見て、アズマが強引に引き寄せようとしたのか手を伸ばしたのだが。

「よう、色男。誰と勘違いしてるのかは知らないが、このサラ嬢はあそこにいる優男の連れ合いさね。横からしゃしゃり出てくるんなら、タイミングってもんを考えたらどうだい?」

「リュシカ様……」

 アズマとサラの間に、ババアが割って入った。

 ババアは人当たりのよさそうな笑顔を浮かべてはいるが、目が笑っていなかった。

「おや。この僕が、見間違えると思っているのでしょうか?」

「どの僕ちゃんが、見間違えたりしないのかは知ったことじゃないが、今はほかにすることがあるだろって言ってるのさ」

 やんわりと、優しい口調で取り繕っているが、今にも『おとといきやがれ』と言い出しそうな口調だった。

「そうです、ね。先にやることを終えてしまいましょう。ゴジョウ、ザトー!」

 ババアに押されたわけではないだろうが、アズマが引いた。

 アズマに呼ばれた二人は、こちらを警戒しながら三人で離れていった。

「……小生も、年を取ったな」

 師匠はため息をつくと、俺の所へ来るなり。

「次からだ。今回はこれで良し」

 俺の頭に手を置くと、髪をわしゃわしゃと乱暴にかきまわした。

 それだけで、少し泣きそうになってしまう。

 あぁ、何もできなかったなぁ。


 激しい戦闘が終わり、二日ほどたったある日。

 俺は家の二階で窓にもたれかかりながら復興の様子をぼんやりと眺めていた。

 あの時は気が付かなかったのだが、実は城壁が一部破られていたそうだ。

 破られた壁は、魔物が通れるくらいの大きさがあって、もし侵入していたら大惨事を引き起こしていただろう。

 師匠が現れ、文字通り駆逐したことで魔物たちが大量に入ってくることはなかったが……万が一を想像しただけでぞっとする。

「佑人、またダラダラしているの?」

「うん。平和をかみしめてます」

 二階に上がってきたサラが、頬を膨らませて怒っている。

「今日は移動する日でしょ。さっさと用意しないと、置いていかれるわよ!」

「もってくものはバックパック一つだから平気」

「あなたねぇ……荷物の点検とか、忘れものとかあるかもしれないでしょ?」

「最悪、剣と盾さえあればいいんで、大丈夫ッス……」

 旅慣れた人ほど荷物が少なくなると聞いたことがあるが、俺もだんだん荷物は少なくなっていってる。

 最初は着替えとか食器とかアホほど持っていこうとしたんだが、師匠からアレコレ削られていくうちに、最終的には剣と盾さえあれば良くなった。

 なにせ、旅で一番の障害になるのは荷物なわけで。キャラバンを組んだ場合、一番のネックはこういう日用品になる。

 何かあった時の為に備えることは必要なんだけど、その備えが邪魔になることだって多々ある。というか日用品詰め込んだ荷物抱えて戦闘になり、死ぬ思いをしたことがあるからもうやらないと決めた。

 着替えの服を詰め込んだリュックが邪魔で死にかけるとかなんのコントだよ。

「もう! シロウ様からも何か言ってやってください!」

 サラが一階の師匠に助けを求めているが、こうなった原因はあのジジイなので。

「サラ様。バカ弟子には剣一つだけで旅に出れるよう精進しろと、お伝えください」

 と、二階の外側から声が聞こえてきた。

 こう返ってくると思っていたけど、剣一つだけとは、斜め上をいっていたな。

 師匠のセリフに、サラがまたぷりぷりと怒っている。

「まったく、どうしてこの師弟はそろいもそろって! もういいです。私が用意いたします」

 サラはぷりぷりと怒ったまま、一階に下りて行った。

 ボーっとしてたかったのもあるんだけど、ちょっと扱いがひどかったかなぁ。

「まったく。バカ弟子はレディの扱い方がなっておらんなぁ」

「ジジイは剣の扱い方がなってねぇんだよ。剣で壁を貫いて外壁に張り付くな」

 剣の上に乗るとか、どこの忍者だ。

 一階に居たはずだろう、このジジイ。

「最強勇者108つ奥義の一つ、ピーピーングカリバーだ。覚えておいて損はないぞ?」

「最低な覗き技じゃねぇか。昼間っから下ネタ咲かせてるんじゃねぇ!」

「姫と一つ屋根の下にいたくせに下ネタの一つも無いチェリーが何を言っとる」

 よし、ジジイの剣を叩き落としてやろう。

 サービスで棺桶は用意してやると意を決したところで。

「姫から、目を離すなよ」

 急に会話のトーンがまじめなものに変わった。

「明るくふるまっておるがな」

「あぁ」

 目が赤かった。

「小生たちに悟らせまいと化粧までして……まぁ、何ともけなげな」

「そうだな」

 その原因を取り除けないのも、自分にも原因があることにもイライラする。

 無力感というかなんというか。奥歯にものが挟まったような、なんとも歯がゆい。

「奴は、信用するなよ」

「アズマか」

「取り巻きも含めてな。ゴジョウと言ったか。奴が従えた龍に乗って飛んできたはずなのだが、降りてみたら近くに姿が見えんかった。別の戦場にいたにしては奴ら、汚れも少ない」

 そういえば二人とも戦闘が終わってから現れたような気がする。

 ミィナたちが来たこともあってか、どこに行ってたかなんて気にしていなかったが。

「これから向かう拠点は奴らが用意した場所だ。何かあってからでは遅いぞ」

「わかった」

 魔物が暴れだした原因がわからない以上、サラをここに置いておくにはリスクがある。

アズマたちがそう主張したため、一緒に移動することになったのだ。

 だがなんとも、言いきれない不安がある。

「きゃー、不審者よー」

 壁に剣を突き刺して偉そうに腕を組んでいる変態が、人に見つかったようだ。

「だってよ、不審者」

「むぅ、心外だ」

 ジジイがした不信行動のおしかりを受けた後、俺たちはアズマたちの用意した拠点へと足を運んだのだった。


 勇者アズマ。この世界では有名人だ。

 召喚しすぎた勇者を管理するためにランキングが生まれ、初登場からずっと一位をキープし続け、凶悪なモンスターたちを倒し続ける勇者。

 公開されているスキルは『救世英雄』と書いてエルダーヒーローと呼ぶもので、あらゆる身体機能の向上と、攻撃のほとんどを無効化するチートスキルだ。名前ダセェ……。

 あらゆる魔法、技術を習得し、範囲攻撃スキルも多数。この間の戦闘では師匠が暴れまわったせいか影が薄かったけど、ババアを上回る戦果を挙げていたそうだ。

 ちなみにババアは自治領に残っている。あれでも顔役なので役目があるんだそうだ。

「リュシカ様、残してきてしまって大丈夫でしょうか?」

 拠点へ向かう途中、日が暮れたので野宿することになった。

「大丈夫でしょう。ババアですし。っていうか防衛機能の一つでしょうし」

 気のない返事に怒ったのか、となりに座っているサラが短剣の柄で小突いてくる。

 地味に痛いのでやめて欲しい。

 アズマと言えば、道中しきりに「龍に乗っていけば早いのに」と提案していたが、サラ以外に乗れるのはアズマとゴジョウだけだという。

 ごめんな、この龍四人乗りなんだ! ってか。ふざけるのもいい加減にして欲しい。

それにアズマはサラに何をしたのか……というか避けられていることすら気づいていないのだろうか。

 先が思いやられる。

「あの……」

 サラがなにかモニョモニョしている。

「ん?」

「いえ、あの。やっぱりいいです」

「……なにか、気にしてるのか?」

 サラからの返事はなかった。

 無理もない。いきなり親の仇が目の前に現れたと思ったら、バタバタと移動する羽目になるし。

 おまけに勘違いしたままのアホは「私と一緒に寝ましょう」とか言ってたし。

 僕なのか私なのか一人称くらい統一して来いってんだ。

 じゃないとウチのジジイみたくなる。

「そ、その。佑人は、どうして勇者を続けてるんですか?」

「どうしてって。勇者として召喚されちゃったし、ねえ?」

 それ以外の生き方が出来るとか考えなかったなぁ。

 アハハ。地獄の訓練がよみがえるよ。もうイノシシとオオカミの群れと出会いたくないよ。

「お店を経営される方もいると聞いたので」

「うそ!?」

「聞いたこと、なかったんですか?」

「無いわー。日々生き残るので精いっぱいだったわー……」

 ジジイのしごきに向き合う日々。ハハッ。わかったから巨人と骨とゾンビがいる廃墟に置いてかないでください。

「佑人? どうしたんですか?」

「イエ。ちょっと走馬灯を見そうになっただけです」

 巨人の振り回す斧が顔をかすめた時は死んだって思ったなぁ。

「勇者を続けてる理由か……成り行きッスネー……」

「成り行き、ですか。それならむしろ辞める方法を考えると思うのですが」

「うーん」

 途中で投げ出すのはそういうクセが付きそうでヤダってのもあるし。それに。

「ジジイの言葉でもあるけどさ。やっぱ一人くらい救う力を持ってたいじゃない。それが勇者を続けることで手に入るっていうなら、まぁ」

 悪くないんじゃないかって。そう思う。

「守る、ですか。私は守られてないですけどね。毎日お風呂覗かれたり着替え見られたり。今日だってアホ勇者から守ってくれたのはミィナでしたし?」

「っちょ。毎日覗いたりしてませんし、アホ勇者の時は止めに入って吹っ飛ばされただけですし!」

「毎日じゃなくても覗いてたんですか!? やらしい!」

「覗いてないって! そしてわざとじゃないんだって!」

「わざとじゃなければ覗いても許されるって思ってません?」

「思ってない思ってない!」

「じゃあ、今度は私が佑人の着替えを覗きますね。それでおあいこです」

「……それはおあいこって言うんですかね?」

「あら? それじゃ別の罰がいいんですね。それじゃあ……」

「いえ、覗いてくださいいくらでも」

 最近、ミィナとつるんでるから毒されてきてる気がするな。

「そうですか。それじゃあ今脱いでください」

「……変態ですか? って痛い。殴らないの!」

 またしてもサラが短剣の柄で小突いてくる。硬くて痛いんですよ!

「はーやーくー」

「わ、わかりましたって!」

 とりあえず上から脱いでいこう。下は死守しよう。なんと言い訳してでも。

 だって、絶対どこからかあの二人がピーピングカリバーしてるから!

 そんな予感しかしない!

 軽鎧を外し、上の服を脱ぐ。野営地には焚火もあるし、風よけの壁も設置してあるからそれほど寒くはないはずだけど、裸だとさすがに堪えるな。

 と思っていると、サラの手が俺の背中に触れた。

「ヒェっ」

 いきなりだったのと、ちょっと冷たかったので変な声が出てしまった。始まるのか。始まってしまうのか!?

「……この傷は街を守った時のですね。こっちはさっきのあざ。これはもっと前の、城から逃げるときのでしょうか」

 柔らかくて少し冷たい指が、俺の背中をなぞる。

「おぅっふ。っちょ、サラ。くすぐったいですから」

 たまらず身をよじると、頬を膨らませたさらに背中を叩かれた。

「いった」

「まったく。少しは労わってください」

 なら背中を叩かないで欲しかったんですがそれは。

「ほら。背中をしっかりこっちに向けて。早く」

 サラに言われるがままに背中を向けると、さらにヒンヤリしたものが背中に触れる。

「ヒェ!」

「なんて声出してるんですか。お薬塗ってるんですから動かないの」

 サラに怒られてしまった。

「はい、もう服着ていいですよ」

「あ、ありがとう」

 服を着ると、温かさがここちよ……あれ、かけてあった上着が無い。どこ行った?

「勇者108つの奥義。ハイドアンドシーク!」

 ほっかむりしたジジイが上着を片手に、キメ顔を作っていた。

「往生せいや、ジジイ!」

 俺は剣を抜いて投げつけようとして。

「お二人とも。中がよろしいのは結構ですが、ここは他にも人がいるのです。お静かに願いますね?」

 凍り付くような笑顔を浮かべたサラに、止められることになった。


「サラ姫。ここが僕の拠点、エルダーキングダムです」

 エ、エルダー、キングダム!

 仮設のテントに木の柵が張り巡らされた、牧場みたいな拠点をキングダムだそうだ。

「……ここ、ですか?」

「えぇ! 今はまだみすぼらしいですが、森を開墾してさらに大きくして見せますよ」

 違う。そうじゃない。そうじゃないんだって。

 ワームの突撃ですべてが台無しになりそうな防備って。

平原だったらまだしも森の中って。木々の上から弓矢で総攻撃されたらどうするつもりなんだろうか。

それにエルダーキングダム。っふっはっは。

四方八方からいつ襲われるかわからない状況なのに、アズマが平気な顔をしているのはスキルの所為なのか。

「予想の、斜め下をいっておったな」

「ソウダネ」

 こいつ、マジかよ。

 本気で、これで大丈夫だと思っているのだろうか?

「師匠。これ、どうしよう」

「小生に聞くな……。街にいても被害を大きくするだけだと思えば悪い選択ではない」

「良くもないと思うんだけど」

「だから聞くなといっとる」

 周りを見ればなるほど、簡易的な拠点としては悪くない。

 たとえワームの突撃で壊れようとも、すぐに補修可能であること。

 拠点には『勇者』たちがたくさんいて、ランキング上位の顔もちらほら見つけられるのだから、防衛力は勇者! という割り切り方は悪くない。

 その勇者が倒れたらどうするのかということについては、多分考えられているのだろう。そういうことにしよう。

「ご主人~。ミィたちのお宿、勝手に作っちゃったけどいいにゃ?」

 ミィナに袖を引かれ振り向くと、見事なログハウスが建っていた。

「いつの間に作ったんだ……」

「あっちの丸太使っていいって言われたから、ちゃちゃっと作ったにゃ。二人の愛の巣にゃ」

 ウチの万能メイドはハイスペックすぎると思うんだが、なぜ行き倒れていたのだろう。

「私も手伝ったのだから、一緒に住めるのだろうな!」

 ミリアが上半身薄手のシャツ一枚で頭にタオルを巻いていてログハウスから出てきた。

 さすが、見た目だけは良いミリア。プロポーションは抜群で、目のやり場に困るな!

「いいけど、ミィの次にゃ。初めてはミィの物にゃ」

「よし分かった。致す際にはサポートを務めよう」

「まてまて、何の話だコラ」

 二人が変な話をしだしたので止めようと思っていたら。

「おお! なんてすばらしい家が! さすがは僕の臣下だな。サラ姫と僕の居城にふさわしい!」

 居城ってお前。ログハウスを居城って。

「さぁ、まいりましょう!」

「え、嫌です」

 アズマに手を差し出されたサラが、拒否の意思を示すように数歩後ずさった。

 その様子を見ていて不覚にも、俺と師匠は噴き出してしまった。

「ふ、二人とも笑ってないで助けてください!」

「あぁ、えっと。防衛の観点から見ても頑丈な家っていうのは襲撃に強いから、住む分にはいいと思う」

「ちょっと佑人!」

 俺の意見を聞いて、アズマが『そうだろうそうだろう』と頷いているのがうざい。

「だけど、それはアズマとじゃない。女性や非戦闘員が入るべきだ」

「何を言っているんだ、この三流勇者は。僕が守るんだから大丈夫に決まっているだろ?」

「お前は大丈夫だろうが、守るために範囲スキルでも使うのか? そもそも家に入られた時点で襲撃を受けている。王手がかかってる状態になる」

「僕はスキルを使わなくたって強い。家に侵入してきた敵はすべて襲撃者だと認識して倒してしまえば済む話じゃないか」

「と、油断してサラを人質に取られる危険を上げていくわけだ。侵入者が三流なら撃退して終わりだろうけど、一流なら会敵した時点で仕込みは終わっている。わざわざ不利な状況にする必要はない」

「……何を言っているんだ? 最高戦力である僕が傍にいた方が守りやすいじゃないか!」

「その最高戦力でしか止められない敵との戦闘にサラを巻き込むなと言っている」

「そんなこと言うのは、お前が一緒に寝たいからじゃないのか?」

 こいつ、バカだぞ。ほんまもんのバカだぞ。

「さっきから防衛のためだと言っているんだが。サラの護衛ならミリアとミィナがいる。アズマだってミリアのことは知っているだろ?」

「それじゃ不安だから僕が傍にいるって言っているんじゃないか。何を聞いてたんだ」

「ミリアで不安なやつと、狭い屋内での戦闘をするのか? サラを巻き込んでまで」

 そこまで言うと、アズマは悔しそうにわなわなと体を震わせ。

「どうあっても譲る気はないんだな。まぁいい。今日はここらへんで許してやる。明日からは僕が警護するからな」

 あ、こいつわかってねぇな。

 サラに拒否られたにもかかわらず、タフというのか鈍いというのか。

 去っていくアズマの背中を見送っていると。

「私、何か嫌な予感がするわ」

 サラがそう呟いた。

 そしてその夜、事件は起きた。


「きゃぁぁぁぁぁ!」

 ログハウスからサラの悲鳴が響いた。

周辺で警備にあたっていた俺がとっさに家の中に飛び込んでいくと。

「いだだだだだだだだだ。サラ姫、やめてください!」

「変態、変態! 近寄らないで、気持ちが悪い!」

「女の敵にゃ!」

「死ね、俗物!」

 上半身裸のアズマがサラ、ミィナとミリアの三人に取り囲まれ袋叩きにあっていた。

「……ナニコレ」

「あ、ご主人! この変態が半裸で侵入してきたのにゃ!」

「さすがの私でも女の敵を許すことはないぞ!」

「きもちわるいきもちわるいきもちわるい!」

 いったいどういう経緯でアズマが半裸で侵入することになったのだろうか。

 あぁ、想像するのもめんどくさい。

 こちとら最低限の防御柵しかない村の警備見直し、配置換えでクソ忙しいというのに、問題を増やしやがって。

「ぼ、僕はただサラ姫の愛をだな!」

 アズマが何かをわめいている。とりあえずあれだ。家から放り出そう。

「な、なにをする。男が僕に触るなうわぁぁ!」

 変態はつまみだした。後は外にいる師匠が何とかしてくれるだろう。

「ゆ、佑人。助かったぁ」

「サラ、どこも何ともないか?」

 サラが自分の体を触り、うんうんと頷いて肯定する。よかった。

「佑人。なぜ私の心配はしないのだ?」

「ご主人様。ミィも心配してほしいにゃ」

 ミリアとミィナが上目づかいでしなを作ってくる。なんか嫌な予感がするが、一応聞いておこう。

「……二人は大丈夫だっ――」

「ダメだっ。だから直接触って確認が必要だ。さぁ!」

「ダメにゃー。ミィの心は深く傷ついたにゃ。ご主人の癒しが必要にゃー」

 地雷だったー。

「それだけ元気なら大丈夫だな! それじゃ!」

 戦略的撤退は、兵法書にも記載されていたと記憶している。なので、俺は二人に袖をつかまれる前に、全力で撤退することにした。

 この地雷は絶対に踏み抜いてはいけない奴だ。


 それからしばらくの間、アズマたちはおとなしかった。

 俺と師匠にはアズマたちを慕って集まったとかいう市民を鍛えろとだけ伝えて、アズマたちは作戦があるとかなんとかで、ほとんど拠点にいなかったしな。

結局、俺たちが守ることになるのかと思うと、アイツ本当に……とは思う。

 柵を頑丈にしたり食料の調達や見回りなど、自治領にいたころとほとんど同じことをやっている。

 というより仕事は増えている。

 加えて、拠点に出入りする人数が日増しに増えていき、訓練のに裂く時間は減っているのに手間は増えていった。

 俺と師匠は訓練。ミリアとミィナは食料調達。サラは食事当番をしている。

 中でもサラの仕事は激務になった。食事を作れる奴が少ないのだ。

 集まった市民は老若男女問わずなのだが、3人前後の料理を作るのとはわけが違う。

 市民が10人いて料理作れる奴が2人いれば。一人当たり五人分で済む。

 しかし、日増しに人は増えるのに作れる人数に比例して増加していかない。

 したがって、一人当たりの負担が増していき。

「だれか、だれかいませんか! 手が空いたら手伝ってください!」

 まるで戦場にいるかのようなサラの悲鳴が拠点に響くことが常になった。

 なぜこれだけの市民が居てと思うが、その答えは簡単だった。

 アホ勇者のアズマが戦力になりそうなやつを送っているのだ。

 市民に話を聞いたところによると、各地を巡っているアズマが「正義のためだ」などと触れ回り、ここへ来るように言ってるそうだ。

 ほんと余計なことしかしない。

 俺は訓練をするより料理を手伝うことが多くなっていた。

「サラ、じゃがいもの皮むいたぞ」

 拠点に作られた大きな炊事場のテーブルに、これから調理する具材が並べられている。

 むき終わった大量のじゃがいもをテーブルに置くと。

「佑人、あなた確かお魚も捌けたわよね!」

 若干血走った目でサラが言った。

「あ、うん」

「じゃあこれお願い!」

 テーブルにドンと置かれたのは新鮮な魚の入ったカゴだった。

 カゴの中でピチピチと跳ねる魚は取れたての証拠なんだろうけど。

「……多すぎないか?」

 十匹とかそんなレベルじゃねぇ。どこにこんな大きさのカゴがあったんだというくらい大きく、サラも抱きついて運んでいるくらいの大きさだった。

「これくらい、最近では普通です! それよりも早めにお願いしますね。シロウ様たちが戻られたら作業してる方たちも一緒に昼食ですので!」

「わかった。無理するなよ、サラ。魔力使いすぎて倒れる前に、ちゃんと休憩してくれよ?」

「大丈夫。私こう見えても魔力量だけは多いので!」

 サラは腰に手を当ててえへんと胸をそらすと、またどこかへと駆けていった。

 前に上級呪文だって使えますと言っていた彼女だが、身体強化もお手の物だそうで。

 幼いころから訓練を続けてきた結果、魔力量も鍛えられているんだとか。

それがこうして荷物運びに役立っているわけだが、なにか本来の使い方とは違う気がするのはなんだろう。

「さてと」

 俺は何匹あるかわからない魚をさばき、20を超えたあたりで数えるのを止め無心で下処理を続けた。『魚が1尾、魚が2匹、魚が3枚』とか数えているのを夢で見そうで怖い。

 とりあえず目を見ないようにして処理を続けよう。

 こんな毎日を続けていたおかげか、アズマの存在を忘れかけていたところに、奴がフラっと帰ってきた。

「みんな、話がある! 広場に集まってほしい!」

 奇しくも時刻は昼前。調理場は戦場になっており、アズマの声に耳を貸せるものはほとんどいなかった。全員何かしらしていたからな。

「ちょっと邪魔だよ、どいておくれ!」

 挙句、近隣からお手伝いに来てくれたおばちゃんたちの集団に突き飛ばされる始末で。

 俺はとりあえず、彼がアズマだよ、みんなが慕う勇者様だよと、心の中で呟いておいた。

 しばらくして訓練が終わり、作業の手を休めて戻ってきた連中が席について。

「「いただきます!」」

 と、号令がかかった時に気が付かれた。

「僕、勇者なんだけどな」

 奇遇だな。俺も勇者だ。

 昼食を終えたアズマがさみしそうにつぶやいたのが聞こえた。

 みんなが落ち着いたころにようやくアズマの話を聞くことが出来た。だが、拠点に集まった人数は多く、いくつかの班を作って代表者が残りの人たちに伝えるということになった。


「ということで、この城を僕たちで落とす!」

 アズマが机に広げられた地図に城と書かれたポイントを指して言った。

正しくは砦だと突っ込むのは心の中でだけにしておいてやる。

 ここに来てから何を調べているのかと思えば、隊商にでも聞けば一発でわかるようなことを延々と講釈垂れている。

 自分たちがいかに大冒険をしてきて、必死になってこの情報を持ち帰ったのかと。

 隣にいる師匠は退屈過ぎてあくびが止まらないようだ。

「質問いいか?」

「許可しよう!」

「その砦はどのくらいの敵がいるかわかっているのか?」

 俺は聞かなくても大体の数は把握していたのだが、それでも一応聞いてみた。

「僕たちは命からがら、大冒険を潜り抜けて戻ってきたんだ。数を把握することは難しかったんだよ」

「つまりできてないんだな」

 それなら師匠と落とした時の規模から想像することになるけど、どのくらいの規模になるのか知っておいてもらうべきだな。

 と、アズマに伝えようとしたのだが。

「君は、なんでそういう言い方しかできないんだ!」

「あ?」

 こっちはこれがもし軍事行動で、お前ら偵察部隊だったら解雇レベルの失態だぞと言いたいんだが。

「必死になって帰ってきた戦友に対する態度かと聞いているんだ!」

 戦友じゃねぇし。

「あー、そうだなすまなかった」

「わかればいいんだ。よし話が逸れてしまった。続けよう」

 そして作戦会議という名の自慢話がしばらく続いた後。

「では、以上にて作戦会議を終える。何か質問あるやつは居ないな。よし解さ――」

「あー、いいか?」

 こんなザル作戦では戦えない。ほかに指摘するやつがいないし、隣で寝てるジジイが働かないから仕方がない。

 俺が手を挙げると、アズマがすごく嫌そうな顔でこっちを見た。

 それでも聞いた手前答えないわけにもいかず、めんどくさそうに言う。

「なんだい? もう遅い時間なんだから早くしてくれよ」

 お前の講釈が無ければ3時間は早く終わったけどな。

「作戦っていうのはアズマが突撃隊を率いて敵を倒して、他の、まぁ俺たちが制圧っていうことか?」

「その通りだ。ちゃんと聞いてたじゃないか」

「……敵を倒すことと制圧の違いがよくわからないんだが、つまり俺たちはなにをしろというんだ?」

「君はバカなのか。敵を倒したら制圧するやつが必要だろう!」

「抵抗勢力がある場合に力で押さえつけるために制圧は必要だろう。敵を無力化して勢力下におくというのだから占領――」

「いちいち細かいな! 俺たちが討ち漏らした敵を叩いて制圧しろ! それでいいだろ」

 討ち漏らすなよ最高戦力。

「最高戦力である勇者が偵察時に制圧できないと判断した砦の敵を、残党とはいえ俺たちが制圧しろっていうのか?」

 例えばだが、師匠が逃げ帰るような場所にいる敵を叩くのに、突撃して確保だなんて作戦とは言えない作戦で対抗しろなんて自殺行為だ。

 ……いや、俺は似たようなことはやらされたけどさ。小生、ダルイとか言い出して、盗賊団を一人で壊滅しろとか言われたこともあったよ。でも、敵の人数とか侵入経路とか、しっかりと確認したうえでの突撃だ。

 全裸で戦車に竹やり一つで突撃して生き残れるのは師匠くらいだ。

 ……酒に酔っ払った師匠の武勇伝の一つで、婚約披露宴にて王様の取り巻き連中にネチネチ言われたことが気に食わなかったので全裸で暴れまわり、騎士団を壊滅寸前に追い込んだことがあるとか。アホだよな。

「お前、本当にバカか。100や200うち漏らすわけじゃないんだ。1人や2人位お前らでも倒せるだろ!」

 討ち漏らすことが前提の最高戦力にいわれたくないんだが。

「まぁ、そうか。わかった」

 俺がそういうと、アズマは露骨に面倒くさそうな顔をし、舌打ちを一回。

「じゃ、解散」

 語気を強めて解散を促すと、全員がねぐらへと返っていった。

正直納得はいかないが、これ以上つついたとして、作戦も何も出てこないだろう。

 最強の勇者が、無策で突撃していって、うち漏らしが1人2人位という状況が作れるということらしい。

 つまり戦力差は圧倒的にこちらが上だということで。

……あいつらが撤退してきた理由が見当たらないのだが。

 隣のジジイを見ると、大きなあくびを一つしていた。

「ようやく終わったか。無駄な時間だったではないか」

「狸寝入りしてただろ、ジジイ」

 途中、笑いをこらえるためか顔を下に向けてたし。肩が若干震えてたし。

「何かあるかと来てみたものの、あまりにもつまらん話だった。ああいう手合いは腐るほど見てきた。つまるところ『俺最強』と言いふらしたいだけだ」

 俺もそう思う。

 誰かの目の前で手柄を立てることが重要な人種ってやつだ。

俺の功績だ、褒めてくれ! と言いたいが言えないので見ててくれということだ。

それでよくもまぁ、人を守るとか言えるな、あの勇者。

それだけ強いということなんだろうが気に食わない。

「さて、あの砦の概要は覚えているな?」

「出来れば忘れたかったんですがね」

 忘れることが出来るなら。

「無理だろうな。間取りは?」

「3階建て、小部屋12。衛兵詰め所が1階と2階に。見張り台は無し。2階に観測所があって見張り台の役目」

「最大人数」

「部屋に余裕を持たせるなら一部屋に4人で48人。すし詰めして最大でも100人。ローテーション組んでギリギリ交互通行できるかな、という広さが理由」

「よく、覚えていたな」

 最初に俺が受けたクエストの、盗賊団のねぐらだからな。

 最初は手に残った命を刈り取るという感触に恐怖したけど、そんなことに思考を取られる余裕がなかった。

必死に敵の気配を探し、一瞬で倒す。それを何回も繰り返して浴びた朝日が、肌を焼いていく感覚を鮮明に覚えている。

 その時の血のにおいと手に染み付いた感触で、今でもたまに飛び起きたりする。

「どうも。さぁ、帰って寝るか。明日に備えないと」

 壊滅してから住み着いたとしても、石垣で組まれた砦の増築改築が進んでいるとは思えないから、マッピングは大丈夫だと思う。

 悪夢を呼び起こす砦か。何事もなく終わるといいが。


「何事もなくって言ったけれども」

 本当に何もなかった。

 潜入したとたん、アズマたちが敵を片っ端から倒してしまった。

 誰だうち漏らしの心配があるとか言ったやつ。

「佑人……」

「大丈夫。アズマたちが暴れ終わるまで待てばいいから」

 砦に侵入後、敵から奪った詰め所を拠点として使っていた。

そこで俺と師匠がサラの警護をしている。

そもそもサラをここまで連れてくることに反対だった。しかしアズマの『最高戦力の僕がいないところに置いておくなんて!』という謎の主張によりここまで連れてくることになってしまった。

もちろんそのまま了承できるわけがないので、俺と師匠のほかにミリアとミィナも護衛という形でついてきている。

「しかし、あちこちガタが来ているな」

 砦には以前相当した奴とは別の盗賊団が詰めていたようだが、手入れがされていた様子はない。

 きれい好きのミィナが半分キレながら詰め所を掃除している。

 サラが不安そうな顔をしているのはたぶん、外から響く怒号や剣戟の音と、詰め所の雰囲気が合わさって、城を思い出すからだろう。

 しばらくすると戦闘が終わったらしく、二階の広間に集められた。

 索敵は終了しているらしく、安全だからと連れ出された。もちろん意味もなく大広間に集まることのリスクを説いたが、これは拒絶された。

「みんなよくやってくれた。君たちのおかげで僕たちは今日、反撃の狼煙を上げる機会を得ることが出来た。ここから、サラ姫の憎き敵であるグエロ王を討伐するのだ!」

 ……グエロってあの王様の名前か? オイ、初めて聞いたぞ。

「さあ、サラ姫。汚いところですが今日からここがあなたの玉座です」

 アズマはサラの前に跪くと、ゆがんでガッタガタになっている木の椅子へ座るように促した。……玉座デスカ。

「私は、そういうのはいりません」

 サラは首を振って断った。

「静かに暮らせるようにさえなればいいのです。玉座も復讐も私には――」

「お父上の復讐を果たしたくはないのですか?」

 アズマがサラの言葉を遮り言った。

「おいアズマ、お前」

「三流勇者は黙っててくれないか。今サラ姫と話をしているんだ。姫、絶好の機会が訪れているのです。この機を逃すと次はありません。さぁ、玉座にお座りください」

 サラが拒否したことが予想外だったのか、アズマが鬼の形相になっている。

「私はいらないと――」

「これだけ僕がお願いしているんですが! 聞けないんですか!」

 アズマが声を張り上げると同時に、取り巻き二人の雰囲気が変わった。なんだ?

 違和感の正体に気づけないでいると、師匠がサラの前に立ち、アズマに言う。

「勇者殿。強引が過ぎますな」

「黙っててくださいよロートル。こっちが下手に出てりゃ好き勝手にべらべらと」

「先ほどから妙ですな。やけにあのオンボロ玉座に座らせたがる。なにかあるのですかな?」

 師匠がアズマの目からサラを隠しながら少しずつ出口へ向け後退している。

 今更ながら気が付いた俺は周囲をサッと見渡した後、ミィナたちに目配せをする。

「何もねえよ。玉座だっつってんだろ。あーもう、こいつらマジで邪魔しかしねぇ」

 アズマが頭をガシガシとかきながら立ち上がる。それに合わせるように、師匠からハンドサインが出た。懐かしいな。

 なになに、三秒後、扉へダッシュ?

「消すか」

「走れ!」

 師匠の声に俺はサラを脇に抱きかかえると、扉を壊して通路へ飛び出した。

 初めてやったけど、案外壊せるもんなんだな、扉って!

「佑人、前、前!」

「へ?」

 前を見ると、武装した勇者たちが通路を埋め尽くしていた。

「わぁ」

 思わず平凡な感想が漏れてしまった。最初からこのつもりだったんだ。

「何しておる!」

 しかし通路を埋め尽くしていた勇者は、部屋から飛び出してきた師匠が剣を一振りしただけで吹き飛ばされてしまった。

「相変わらずでたらめな」

「早く!」

 師匠がアズマたち勇者トップ3を相手に戦っている。援護したいが今はサラたちと安全圏に避難するのが先だ。

「佑人、私走れますから!」

「あ、ごめん」

 抱えていたサラを下すと、砦を走り抜ける。

「うー、にゃ!」

 ミィナと。

「はっはっは。そんな装備で私の前に立って大丈夫か?」

 ミリアが敵を蹴散らし退路を作ってくれている。俺は追ってくる敵を足止めする役回りだ。主にトラップ製造。

 やっていることがこう、盗賊っぽいなと思わなくもないが、適役なのでしょうがないんだよと自分を納得させよう。だってこの砦のこと一番よく知ってるはずだからね!

 例えばここにゴミ捨て装置がありまして。

「ウワー!」

 このように、迂闊に壁際を歩いてきた奴らを外に放り出すことが出来ます。


 1階に降りたところで、取り巻きの二人が先周りをして待っていた。

「こ、ここは通さねぇロロロロロ」

「姫を、置いていォロロロロロロロ」

 ボディに師匠の攻撃を受けていたのか、二人とも吐いていた。

「わー、ばっちぃのニャ」

「だらしがないな!」

 二人はそういうと取り巻きを吹き飛ばして片付けてしまった。

 ……なんだろう、俺必要ない子かも。

 追いすがってきた敵を倒して砦の外に出るが。

「まぁそうだよな」

 砦の外も敵であふれかえっていた。一体いつこの集団を用意したのだろうか。

 これを突破するためには骨が折れるだろうなと思っていると。

「ぐあぁぁぁぁ!」

 砦の壁を破壊してアズマが吹っ飛んできた。

 集団の真ん中に落ちると、しこたま背中を打ち付けたようで苦しそうにもがいている。

 続いて砦に空いた穴から師匠が飛び出してくると。

「それで終わりか現役最強。話にならんな」

「っはぁ、っの、チートがぁ!」

 よろよろと立ち上がるアズマに対して、師匠は汗一つかいていない。化け物だよね。

「黙って寝ておれ」

 師匠は集団を切り裂くように駆けると、アズマを思いっきり蹴り飛ばした。

アズマはきりもみしながら集団に紛れ込むと、それきり動かなくなった。

「さて、いくぞ」

 師匠は俺たちの先頭に立ち、敵の中を歩き始める。

 敵が自然と道を開けていく様はモーゼのようで、本当に自分は必要だったのかと思ってしまう。

 師匠は敵の群れを抜けると振り返り、俺たちが抜け出てからはしんがりとして敵前に立っていた。

 俺とすれ違いざまに師匠が『よくやった』というように頭を軽く手を置くと。

「完全に抜けたら走れ。さすがに黙っておらんだろう」

 と、耳打ちをした。

「わかってる」

 俺がそう答えると、集団の中から。

「ってめ、逃がすなぁ!」

 振り返ると、アズマが取り巻き二人に支えられながらなんとか立ち上がっていた。

 師匠は大きくため息をつくと。

「勇者アズマが一騎打ちで敗れたジジイに挑みたいというならかかってこい。だが、小生は手加減が出来ぬのでな。死んでも知らんぞ」

 師匠が抜刀しただけで、集団がズザっと後ずさる。

「お前らふざけんな! 逃がすな!」

 なおも集団の中で叫ぶアズマに対して。

「小生を止めたかったら1万人規模の騎士団でも用意しておけ。小生の命と引き換えに全員潰してやるがな」

 師匠はそういうと剣を一振り。敵が吹き飛んでいくのを確認すると。

「それ、走れ!」

 楽しそうに走り出すのだった。


 アズマたちの追手を振り切った俺たちは今、ミィナの実家にいる。

「亜人の隠れ里へようこそにゃ!」

 森の中に作られた里で、木々の間から差し込む日差しが心地よい里だった.

 住居は大木の中に作られており、幹の周りに足場をつけて木と木の間に建てられている。

 あっちこっちの木々と連結されている橋や幹に取り付けられた窓を見ると、異世界に来たんだなと思える。

 そしてなにより、あっちを見てもこっちを見てもケモミミ……。

 話には聞いていたけど、ここは天国かっ!

「おや、外からの旅人さんにゃ? ってミィナじゃにゃい。久しぶりにゃ!」

「にゃー、ニャミー! 久しぶりにゃぁ!」

 ケモミミがケモミミとはしゃいでいる。ありがとう、これで思い残すことは――。

「佑人?」

 隣にいるサラにものすごく冷たい目で見られている気がする。なんだろう、悪いことをした覚えはないんだけどな。

「そうかそうか。佑人はケモミミが好きか。よし、今日はケモミミで癒してあげよう。ベッドの中で」

「まて。俺は何も言ってないんだが」

「大丈夫。私も初めてだが、がっついたりしないぞ。優しくしてやるぞ?」

 なぜかここぞとばかりにミリアが体中をまさぐろうとしてくる。

 そしてサラとミィナの視線が痛いものに変わっている。俺の所為じゃねぇ。

「盛っとるなバカ弟子」

「やんならベッドの上にしなよ、ったく。今どきのチェリーはしつけがなってないね」

 ジジイとババアがうるさい……。

「それより、ババアはここに来て大丈夫なのか?」

「平気だよ。街にいる王国軍だって悪さしたいわけじゃないからね」

 あの後、ババアの居る街に王国軍がどっと押し寄せてきたんだそうだ。

 理由は魔物の群れから守る、治安維持目的だということだ。

「奴らにはいい知らせだったのさ。自治領から直轄地にしちまえば、金が入るようになるからね」

 そう。今まで放置していたところの景気が良くなったから慌てて統治します、というのは外聞も悪いし民衆の支持も得られない。

 だが魔物から守るという目的であれば軍隊を置くことだって不自然じゃない。ゆくゆくは国が管理、ということにするのも簡単だとも思っているだろう。

「だから街には戻らないほうがって伝えに行ったら出撃後だっていうし。仕方がないってんで追っかけてったら今度はアズマに追われてるっていうし。なにやってんだい」

 合流したこっちの方が驚いたんだけどな。

「ご主人ー。ミィの実家に来てほしいにゃー」

 ミィナが手を振って俺たちを呼んでいる。

 俺はわかったと返事をすると、皆を連れてミィナの実家に向かった。


「お帰りなさいミィナ!」

 ミィナの実家には、優しそうな笑顔を浮かべたケモミミ女性がいた。

 見た目はミィナと変わらないように見えるほど若く、着ている服も若いというか布が少ないというか胸はタオルを巻いただけ、下は超ミニのスカートという人だった。

 なんて言うか、子供の教育に悪いだろと言われそうな服……服なのかなぁアレ。

「ママー。ただいまにゃ!」

 ミィナが母親に飛びつくと、こう、いろいろこぼれてしまいそうだった。

 タオルの生地に対して胸の量があっておらず、下はミニなので、これもあっておらず。

「佑人?」

 サラが死んだ魚のような目で俺を見ている。意志の宿っていないはずの目が、俺を責めるかのように見つめている。

「な、なにかな?」

「あなたはそういう人なんですか? 所かまわずな人なんですか?」

「何のことだかわからないんだけど取り敢えず誤解だから落ち着いて」

「バカ弟子はスカートの下はスパッツという変態でありますから、所かまわずではありませんよ。ちなみに胸は大きくても小さくてもどちらでもというゲハァ!」

 鞘ごとジジイの頭に剣を叩きつけて黙らせると。

「初めまして。俺は伊月 佑人と言います。よろしくお願いいたします」

「あらあらご丁寧に。私はミィナの母で長をしておりますミミと申します。遠路はるばるようこそお越しくださいました」

 俺たちは一通り挨拶を済ませると里に滞在することを許可してもらい、空き家を一軒借りることになった。

 そこのリビングでこれからのことを師匠と相談していたのだが。

「この家の家具……いいなぁ」

 俺たちが借りたのは、大木の幹の中をくりぬいて作られた家だった。

 空き家というにはもったいないほど広く、家具一式そろっていて、すぐに住むことが出来る家だった。

 というか、家具類は幹をくりぬいた際に加工したのだろう。家に備え付けられていて、文字通り家と同化している。それが何とも言えない雰囲気を作り出していて心地いい。

「……テーブルに頬ずりするな気持ち悪い」

 ジジイがあきれたような声で言うが、正直知ったことではない。

 サラサラとした手触りのいいテーブルに、さっきはベッドにダイブしてきたんだが、ふわふわもこもこの毛布に心地よい木の香りがマッチしていて安眠確実。

 よし、俺ここの里の子になる。

「……本当に大丈夫か?」

「大丈夫だ、問題ない」

 ただただこの家が好きなだけだし。

問題と言えば人里から遠いことと、迷いの森という魔力に満ちた森の所為で、ここにたどり着くのに案内が必要だということくらいだ。

「……そうか」

 はぁー、落ち着く。

「まあよい。とりあえず今後のことだが、おい聞け」

「聞いてます」

 モフモフを堪能しているだけです。

「さて、小生考えた。これからアズマたちを止めて、王国の指名手配を解くにはどうしたらいいのかと。答えはホレ」

 師匠がテーブルの上に紙束を出す。何枚か手に取ってみると調査報告書のようだった。

「奴らの悪事がわかった」

「……え?」

 報告書にはアズマが何をしていたのかが書かれていた。

 他国に戦争を仕掛けたいがために、勇者ガチャを引きまくる。

集めた勇者、つまり戦力がそろったのでサラの国、フィリア国を攻めたこと。

 サラが逃げ出したことを知り行方を捜し、自治領に魔物をけしかけたことまで書かれていた。

 おい。なんだこの自治領に魔物をけしかけたって。

「相変わらず胸糞なんですが師匠」

「そうであるな」

「それに自治領に魔物って……これはマジか?」

「マジだ。正確には何者かによって『魔物を集められ集団を形成された可能性』があった。集められた勇者の中に何人か、魔物を集めるスキルを持っとる奴がいてな。ホレ、アズマと一緒にきた奴おるだろ?」

「あぁ、まぁ、いたな」

 ゴジョウだったっけか。竜に乗ってきてたな……は? 竜?

「おい、なんで直前まで竜の接近に気づかなかったんだ」

「それも含めて、隠ぺいのスキルを持っておる奴らがいる。ほれ、アズマの横にも」

「あぁー、いたなぁそういうの……」

 ホントろくな事しねぇな、あいつら。

「……で、なんでこんなことをしたんですかね?」

「言うておったじゃろ」

「「勇者の言うことが聞けないのか」」

「マジかよ」

 くだらねぇ。え、もしかして王様と喧嘩したとかそういう理由で倒そうとか言ったの?

 じゃあなに。サラの国滅ぼしたのも子供の癇癪かよ!?

「まぁ、大きい子供なんじゃろうな」

「それで済む問題じゃねえだろ」

「それを小生に言われてものー」

 そうだけども。

「なんでいきなり魔物が来たのかは、わかった。ところで、この調査、いつしたんですか?」

「んなこたぁ気にするな。昔なじみの盗賊ギルドの10や20あるくらいだ。それより――」

「それよりじゃねぇよ。なじみの盗賊ギルドなんて持ってるんじゃねえよ、勇者だろ」

「ほら、小生、引退してるし。それより問題はアズマだ」

 ……なんだそれ。

「アズマのやること、やりたいことをただ承認するだけの国王になってしまっとるようだ。戦争したのも手配書出したのも奴が手を回している」

「じゃあ実質王国は」

「奴のもんってことだな」

 結局アズマをどうにかしないことには問題は解決しないということが分かっただけだ。

 それでも目標が出来たと思えばいいのか。

 ……え、ちょっと待って。じゃあなんで王様を倒すとか言う話になってんの?

「さっき、王様と喧嘩したって言ってませんでしたっけ?」

「小生、言ってない」

「……あれ?」

「アズマの行動理由は単純。常に自分が視線を集めていたいわけだ。それが『敵国を滅ぼしたぞー』と喧伝しようとしたら『姫様を逃がしちゃったぞー』になったもんで、注目がそっちに逸れちゃったし、自分が逃したと思われたくないから今のシナリオに変えたんだろうな」

 うわぁ……。

「まぁ、子供の癇癪に違いはない」

「その子供の癇癪に付き合ってた王様は、子供の癇癪で犯罪者呼ばわりですか」

「そういうことに、なるわなぁ」

 どうしようもないな。

「で、結局どうするんですか?」

 アズマを抑えられるのは師匠しかいない。もし討伐するということになれば師匠が先頭に立つことになるとは思うが。

「小生ではアズマ一人を抑えるのが精いっぱいだな。勝てるかどうかもわからん」

「そんなわきゃないだろ」

 殺しても死なないジジイのくせに。

「あの時は油断しておったんだろう。次は万全で来られるだろうな。それに小生の全力を受けてなお生きている相手だ。手ごわいぞ」

「かもしれないけど、そう簡単に———」

「小生は、長時間戦えんからな」

 そう言われてみると、確かに師匠が長時間戦っているところを見たことがない。

 いつも圧倒的強さでバッサバサと切り捨ててるのは見ているが。

「それはどういう――」

「シロウ様はね、魔王の呪いで極端なマナ枯渇症になっておるんだよ」

 うわぁ! びっくりしたぁ!

 ババアがいきなり部屋にいる!

「……なに呆けた顔をしてるんだい」

「いえ、なんでも」

「あれほど気配を配っとけと言ったのに、気づかんかったんかー」

 うるせぇジジイ。

「ともかく、そのイタチの最後っ屁っていうんかね。魔王の奴、呪いだけ放って死んだのさ」

「リュシカ。そのことは」

「よかないさ。あたしをかばって呪いを受けて引退する羽目になったじゃないか」

 ほう。今まで引退の理由を師匠に聞いても答えてくれなかったのはこういうことか。

 そりゃぁ答えないわな。

「なんだ。ジジイが引退した理由を隠したかったのは、最後の最後にドジったからか」

 俺の言葉に、ババアがグラスを握りつぶす音が聞こえた。

「佑人。言葉に気を付けな。いくら弟子だからって――」

「このジジイは。最初っから最後まで全員を守り通すつもりだったのに、油断して怪我をした。そんなの恥ずかしくて言えない。だから誰にも言ってくれるな。そんなところか」

 ババアの動きが止まった。

「ジジイにとっては戦って剣が折れたくらいの認識だから、ババアにも気にしてほしくなないだろうさ。だから、そうだな。気にするなって言われたんじゃないか?」

「……まったくこの師弟はそろいもそろって」

 ババアにあきれられてしまった。中二病のジジイと同じカテゴリにされたくないんだが。

「その辺にしておけバカ弟子。なんでリュシカを責めるようになっとるんだ」

「責めて無いんだが。っていうかむしろジジイの中二病――」

「止めて。本当にやめて恥ずかしいから! 今はアズマについてだろう!」

 よっしゃ。弱み握った。

 ジジイがこんなに慌てふためくことなんて初めてだ。ここは攻め時だな!

「よしやめてやろう。その代わり――」

「いい加減にせんと、上半身と下半身が分かれて動く面白生物にするぞ?」

「アズマですね! 対策しなきゃ!」

 やっぱり対策は大事だよね。

と、そこでババアが大きなため息をついたと思ったら。

「あたしゃもう寝るよ。ごゆっくり」

「明日もちゃんと起きろよババア」

 俺がそういうと、スリッパが光速でスっ飛んできた。

「いでぇ!」

 俺の額をとらえたスリッパは、くるくると回転すると師匠の手の中に納まった。

「お前は余計なことしか言えんのか?」

「ジジイが変な方向に気を使って人間関係こじらせてるのが悪い」

「はぁ。まあちょうどよかったか。アズマの対策についてだが、お前に一つ聞きたい」

 急に改まってなんだろう、気持ち悪い。

「お前、キスはしたことあるか?」

「おやすみ」

「いーから最後まで聞かんか。お前がチェリーだっていうのはみんな知っとるから!」

「どどど、どーていだからってこういう反応してるんじゃねえし」

「……もういいか?」

「うん。正直やりすぎたかなとは思ってる。反省はしない」

「はぁ。小生がマナ枯渇症だというのは聞いたな?」

 さっきババアが話してたしな。引退の原因だってことだ。

「体内のマナが無くなると、衰弱していずれ死ぬ。魔王を倒したのはもうだいぶ昔のことだが、小生は今も生きている。なぜか」

「女勇者へのセクハラをしてマナ供給しているから?」

「そうそう、キスでマナをもらってーって違うわ。小生のスキルだ。いちいち話の腰を折るんじゃない」

 それにノリノリで答えるんだから、腰を折ったのは俺だけの所為じゃないと主張しておきたいな。

「小生のスキルは『マナがうまく扱える』程度の物だった。だが訓練を積んでマナを集めて体力回復、魔力回復や身体強化が出来るようになった。これをスペリオルと名付けた」

 ……さっすが中二病。

「で、このスペリオルを健康な時に使うとこう、理論上永遠に戦えるわけだが」

「そこがおかしいんだって。普通の人間は永遠に戦えたりしないんだよ」

「えー。だって出来たんだもん」

「出来たんだもんじゃない。頬を膨らませるな気持ち悪い」

「まぁ、そういうわけで、体から失われていくマナをスペリオルで補充しながら生きとるわけだが、回復量自体に限界があるわけだ。なので」

「アズマと長期戦になると必ず負けると」

 師匠が頷いた。

 なるほど。それでアホみたいな強さなのに引退したのか。

 一緒に世界を回ってた時は危なくなっても助けてくれなかったのはこういう理由からだったんだな。……いや、鬼畜なだけだな。

「短期決戦しようにも取り巻き連中だっているわけだしな。正直、勝つ見込みが薄い」

 一騎打ちなら可能性はあるかもしれないが、そんな状況を作り出すことが出来るとは思えない。

「なので、お前に強くなってもらわにゃならん」

「と、いわれてもなぁ」

「わかっとる。一応お前の技術自体は限界値に近い。小生がしごき倒したからな。後は身体能力の向上だが、これは一朝一夕にはいかない。ならば」

 こ、これはもしかして!

「小生のスキルを覚えてもらうのが手っ取り早い」

 おぉ……。なんか異世界っぽい。

「ということでキスをしろ」

「だが断る! なぜジジイとキスをせにゃらなんのだ!」

 こいつ、気持ちが悪いぞ!

「小生とじゃないわい! お前のメイドがいるだろ? 亜人種は皆、小生と同じようなスキルが使える。ハルクというのだが、身体強化をすることが出来るので強いのだ」

 たしかにミィナは怪力だったな。女の子と歩いてるだけで生えてた木を掴んで振り回してきたけど。亜人だからそういうものかと思ってたけども。

この里の家を建てるのも幹をくりぬくのも、人間だと一苦労だもんなぁ。

「だからのー。お前がメイドに手を出して居れば話が早かったのだ」

「それとこれとがどうしてつながるんだ」

「亜人種がハルクを使えるようになるトリガーがのー。粘膜接触によるマナ操作感覚の共有だからのー」

 え?

「何度かこう、マナが体を流れるーっていう感覚を体験すると自然と扱えるようになるんだがのー。一から覚えることになると大変だなと」

「それは、つまり」

「ねちっこいキスとかそれ以上の行為を重ねることで強くなれるという」

「話は聞いたにゃ!」

 いつの間にかミィナがリビングの入り口で仁王立ちをしていた。

「ささ、ご主人様。ミィとちゅーするにゃ。強くなるために仕方がないにゃ。なんならそれ以上のことをしてもかまわないにゃ。っていうかしろにゃ」

 ミィナがグイグイと迫ってくる。

 顔が近い、顔が近い!

「待て、そういうのはなんかこう」

「いいからやれや」

「そうにゃ。一回くらい大丈夫にゃ。減るもんじゃにゃいし」

「減る、確実に何かが減る! あー!」


 翌日は朝から稽古となった。

 師匠は木の影で誰かと話しているようだった。だが、年が年なのでボケが始まったりしてないかと心配になる。

「ミト、オウ、モンド。ご苦労だった。小生はこれから稽古があるでな。引き続き情報収集を頼む」

 近寄ると確かに誰かへ話しかけているようだったが、姿が見えない。どういうこと?

「師匠。修行……」

「わかっとるわ。しかしお前にもう少しセンスあるといいんだがなぁ」

「うるせぇジジイ」

 朝から何度も木刀を構えてあーでもないこーでもないとうなっているが、うんともすんとも言わない。

「ご主人様、足りなければもっといっぱいちゅーするにゃ」

「ミィナやめて! 違うんです、そういうんじゃないんです。だから睨まないでくださいサラ姫様。ミリアは面白全部で脱ごうとするんじゃない!」

 朝から稽古となった。大事なことなので二回言った。

 ミィナに飛び掛かられて後ろに転倒した結果、頭を強打して気絶。目が覚めたら朝だった。

 ベッドで目覚めたものの、せっかくのふかふかベッドを堪能できなかっただけではなく横にミィナが寝てるし、起こしに来たサラに見つかって魔法攻撃されそうになるし。

 ジジイ曰く『寝てる間のチューでもOKだからいっぱいしておけと言っておいた』そうなんだが、あとでしばく。

 はじめてのちゅーを覚えてないとかひどすぎる。

「魔法使うときは中から外に出ていくだろ? その出てく感覚を逆再生する感覚だ」

 師匠が簡単そうに言うのだがよくわからない。魔法が使えないからなぁ!

あと握りこぶしを上下するな。

「あぁ、そうか。魔法使えないんだったのー。30までキープして魔法使いになるのかのー」

「ジジイ……。今日が命日だワレぇ!」

「やれるもんならやってみろーい」

 くそが! あたらねえ!

「なぁリュシカ殿。私にもこう、なにかお得なハプニングがあってもいいと思うのだが」

「ミリア。アンタはもう少し淑女になるよう意識したらモテるよ」

 ミリアはミリアで何か変なことをババアから吹き込まれている。

「不潔……」

 ここ最近、ずっとサラの株が下がっていってる気がする。

「今晩は、ご主人ともっと進むのにゃ」

「やめて! 本当にそういうのやめてくれないかな!」

 周りの視線が痛いんだ!

「ッチ。いちゃつくんじゃねぇよ、バカ弟子のくせに」

「テメェの所為だろコラァ!」

 木刀をジジイめがけて思いっきり振り下ろす。

 怒りに任せて振ったせいか、いつもより勢いが付きすぎてしまい、ヤバイと思った時にはジジイに当たってしまったのだが。

「そう。今の調子だ」

 まぁ、止められるよな。片手であっさり止められるとは思わなかったけど。


「ああ、疲れた」

 師匠にこれでもかと殴ら……しごかれた後、温泉で体を癒してベッドへダイブ。

 ようやく、出会えました。このモフみに。

 ちなみに温泉は『各家庭に一つ』です。そう。ウチにもひかれているんです。

 源泉から近くの温泉に供給しているものを、枝分かれさせて各家庭に供給しているんだそうです。

 改めて、ここは天国ですね。

「佑人、起きてます?」

「オキテマス。アトスコシデネムリマス」

 部屋の外からサラの声が聞こえたので反応したけど、ヤベェ。もう意識を保ってられねえ。

「……大丈夫なんですか?」

「ダイジョウブデス……モンダイナイ……」

 体中がバッキバキで痛くなるのは明日だし。アハハ。

「その、もう寝てしまうんですか?」

「ハイ、ソーッスネー……」

 後半はほとんど意識が無かった。と思う。

 それからちょっとして気が付いたら、朝日が上っていたから。

「やっべ。寝過ごしたか! ぁあいってぇ!」

 急に起き上がろうとしたんだが、体中がバッキバキで痛かった。

 久しぶりの感覚だけど、いつもより痛くないのは温泉の効能だろうか。

 時間を確認してみると、単に早起きしてしまっただけのようで、時間はある。ならばとひらめいた。

「よっし。なら今から――」

「致されちゃうにゃ?」

 何か、下から声が聞こえた。

 急に起き上がろうとして、体中の痛みで四つん這い状態になっていた俺の、下から。

「朝から、激しいにゃー」

 そこでようやく気が付く。右手のモフみはベッドのものではなく。

 ミィナのおっぱ――。

「えっち」

「ッキャー!」

 頬を赤らめるミィナ。

 ベッドから飛び上がり、なぜか走り出してしまった俺。

 全力で逃げ出してしまったのだが、冷静に考えてみると普通逆じゃないだろうか。

 婦女暴行罪で逮捕事案だ。

 いやいや。俺に罪はないはずだ。だってベッドにもぐってきたのはミィナだし。

 俺は朝になって起きようとしただけだし。事故だし。

「……まぁいい。とりあえず風呂に入って落ち着こう」

 ミィナが入ってこないようにカギ、は無いからつっかえ棒でもしておこう。

 脱衣所で服を脱いで風呂の扉を開ける。体中が痛くてしょうがない。

 風呂は温泉とはいえ露天風呂みたいに広くはない。それでも平均的な日本の一軒家よりはだいぶ大きい。

 浴槽は5、6人くらい足をのばしてはいれるから、それに従って風呂全体が広い。

 そして何より、常時温かいお湯が流れ込んでいるという幸せ。しかも温泉。

「たまんないよなぁ」

「ッヒ」

 風呂桶に温泉を汲んで体にかける。あぁ、あったかい。

 俺は大きい風呂だと真ん中で足を延ばすより、端の方でじんわりしてるのが好みだ。

 なんていうか、すみっこ落ち着く。

 体を流した後、温泉に足を入れる。お湯が体中のバキバキを取り除いていくようで、心地よい。

 まだ眠気のあった頭も、少しずつ冴えていくようで……?

 何かの気配を感じる。具体的には湯船の真ん中らへんに。このまま顔を振り向いてはいけないような気がする。が、遅かった。

 お湯を揺らす音が風呂に響いたかと思うと。

「この、変態勇者あぁぁ!」

「ごめんなさぁい!」

 サラの魔法が、俺の背中にヒットした。よりによって氷属性でした。

 

 それからしばらくの間は特訓の日々となった。

 師匠は相変わらず謎の情報網を駆使してアズマたちの動向を把握している。

 そして、あれ以来サラはあんまり口をきいてくれなくなった。

 警戒されているようで距離を取られ、誤解だと説明しても帰ってくる言葉は「変態」で。

 ミィナには「あと少しだったのににゃー」と頬を赤らめられ、サラから蔑みの視線をいただくことになり。

 加えて修行も難航していた。

 どうにも体に流れるマナとかいうやつを認識しづらい。

 魔法を操るのは外のマナを使うんだー。体の中にあるマナを操るんだーって言われても、よくわからなかった。

 魔法が使えないからね!

「マナを操作するのはそう難しくないのにのー。小生はスキルのサポートがあったとはいえ簡単にマスターしたんだけどのー」

 おまけにたびたびジジイが煽ってくる。先日、酒をたらふく飲ませて酔いつぶれたところをす巻きにして転がしておいたのがよくなかったようだ。


 あの時、家の中からジジイの叫び声が聞こえたので戻ってみると。

「すみません。ほどいてください」

 ジジイが震えていた。

「トイレに、行かせてください。さもないと老人がここで粗相いたします」

 などと言っていたので、お気に入りの家を汚されてはたまらないとほどいてやった。

「ヒャッホー! バカンスゥ!」

 ジジイは器用に服を脱ぎ去ると、トイレに駆け込んだ。俺に一撃を入れてから。


 こういう小さなイベントを重ねつつ、特訓を行ってはいるのだが。

 身体にマナを取り入れてエネルギーに変えているジジイはやっぱり化け物だ。

「今日もやっているな、佑人」

「ミリアか」

 いつも通り四苦八苦していると普段着姿のミリアがやってきた。

 手にはバスケットを抱えている。

「ほら、少し休憩したらどうだ?」

「……なんか調子狂うな」

 顔を合わせれば挨拶とばかりに下ネタをブッコんでくるミリアらしくない。

「私だって年中発情期ではない。いや、発情期があるわけではなくて、物のたとえというやつでな」

 本当にらしくないな。なにがあったのだろうか。

「あー、そのだな。とりあえず飲め、食え」

 バスケットの中から食料を取り出すと、押し付けるように渡してくる。

 サラミと果実酒というあたりが何ともおっさん臭いが。

「あ、酒はダメだったな。こっちだ」

「ありがと」

 ジュースを渡され口に入れると、甘酸っぱい果実の味が口の中に広がる。

 最近のお気に入りで、これに何とか炭酸を入れられないだろうかと試行錯誤している。

「私はな佑人。お前がうらやましいんだぞ?」

「どうした、急に」

 ミリアは膝に顔をうずめながら言う。

「シロウ殿の所で世話になってからずっと思っていたのだがな。スキル無しとは言え、それでも『勇者』としての資質は与えられているからな。今やっているスペリオルだったか。それを私が習得することはできないからな」

 スペリオルはマナを感知することが出来ないと使えない。つまり魔力の素養が無いと使えないのだ。

 なら俺も使えないってことになるんだが。

 同じ魔法が使えない亜人たちは、長い歴史の中で自然とハルクを使うことが出来るようになっていったそうだ。

 力のないものが強者に対抗するためとか、マナに触れる機会が多かったとかいろいろあるようだが、亜人であることがハルクを使える素養につながると言っていい。

 それと同じように、魔法が使えない俺でもマナに触れる機会ときっかけさえあれば使えるようになるだろうと考えているのだ。形だけだが『勇者』であるから。

「近年、ステータス魔法というものが開発されただろ? 自分が持っているスキルがはっきりとわかるようになって、得手不得手がわかりやすくなった。自分が得意なことを活かせるようになり、不得意なところも吸収しやすくなった」

 勇者たちが大量に召喚されるようになり、どんな適性があるのか、スキルがあるのか知ることが必須となっていったようで。

 結果として開発された魔法がステータス魔法という、どんな能力があるのか魔法で数値を出すというものだった。

 そのおかげでどんなスキルを持っているのか。レアなスキルが生まれつきあったり、何も持っていないけどいろんなスキルを所得出来そうだったり。

 中でも勇者が持っているスキルはレアなものが多く、人が一生をかけて磨き続けないと得られないようなスキルも存在しているらしい。

 極めた技術――スキルには名前が付くこともある。師匠のスペリオルのように。

「そうだなぁ」

 俺はぼんやりとした返事しか出来なかった。

 他人から、というかこの世界にいる人たちから見たら、勇者という適性を与えられているだけですごいことなのかもしれないが、普通は一つ以上持っているはずのスキルが無し。

 ほかの勇者はスキルを使って無双しているのに、俺は一から基礎を叩きこんでいった。

 おまけにほかのステータスもすべてフツー。恩恵ゼロ。

 そのことを考えると素直に喜ぶことも胸を張ることもできない複雑な思いだ。

「あぁ、違うんだ。佑人が努力してないとかそういうことではなく、なんというか、無理しすぎてはいかんぞということでだな」

 勇者の恩恵が無いのにも関わらず、自らの努力のみでランキングに食い込んでいるミリアの忠告だ。ありがたく受け止めよう。

「うん。大丈夫。ありがとう」

 今しなきゃいけないことでいっぱいいっぱいだったから、努力とか疲れるとか、あんまり深く考えなかったな。

 それに、たまにいじけてると師匠のゲンコツが飛んでくるものだからね。

「勇者が万能っていうのはそれだけで特別なことだしね」

 後で聞いたのだが、勇者というのは本職が極められるレベルまでは習得できないものの、あらゆる職業のスキルが使えるんだそうだ。

 だから師匠からはやれ『あのスキルを手に入れろ』だの『このスキルを使いこなせ』だの言われてきた。

 おかげで器用貧乏を地でいってると思うけれど、出来なくて困るということは少ない。

 そう考えると、たとえ魔法が使えなくても勇者としていろんなスキルを習得する素地はあるってことなのか。ちょっと希望が湧いてきたな。

「佑人は、偉いな」

「……おいどうした。少し気持ちが悪いぞ」

「その言い草はさすがにどうかと思うが、うん。まぁなんだな。そんな佑人だから、私は遺伝子が欲しいのかもしれないな」

 俺は口に含んだジュースを勢いよく噴き出してしまった。

 ミリアにかからなかったのが幸いだが、初めて噴き出すということを経験したよ。マジでこういうことあるんだな。

「だから、今晩当たりどうだ?」

「いつもの調子が戻ってきてうれしいが、うれしくないな」

「お前の遺伝子を受け入れれば私もスペリオルが使えるようになるかもしれない!」

「んなわきゃねぇよ!」

「ふふ。そっか。そうだな」

 ミリアは立ち上がると。

「邪魔したな」

 らしくない笑顔を浮かべて家に戻っていった。

 その晩、ミリアが消えた。


 翌日、昼食をはさみ、師匠とスパーリングをすることとなった。

 ミリアが消えたことが心配ではあったが、ここではいろんな奴が出たり入ったりする。まぁ、そのうち顔を見せるだろうと思っているところもあった。

「ほれほれ。小生に勝てないようではハーレムなんて夢のまた夢だぞ」

「求めてねえしッ!」

 片手で鼻をほじりながらジジイにいなされているという屈辱。

これほどまでに実力差があるのは自覚していたつもりだったが……お前ひとりで十分じゃねえかと思ってしまう。

「お二人ともそれくらいにしたらどうですか?」

 稽古場にサラがおやつを持ってきてくれた。

「ふむ。そうですな。一休み挟んだら訓練がてら探索にでも――」

 師匠が言いかけた時だった。ドォンという爆発音とともに地面が揺れた。

「走れ佑人!」

 師匠に言われるまでもない。俺は剣を取り走り出す。

「サラはミィナたちと避難してくれ!」

 サラに言い残し、師匠と爆発音をたどっていった先で。

「隠すようなゴミはまとめて焼却処分だぁ!」

 魔法使いのローブを着たモヒカン野郎によって、里が焼かれていた。

 知性があるのかないのかどっちなんだその恰好。

「やらせん」

 飛び出そうとした師匠の前に、ミィナの母親、ミミさんが立ちはだかった。

「……行かせてはくれませんかの?」

 ミミさんは首を振ると。

「あの人たちはあなたたちを探しているようです。ここにたどり着くまで、結界ごと森を焼いてきたようですし、私どもの案内が無くても逃げることはできるでしょう。どうか――」

「ほっとけるわけないでしょ!」

 敵を追い払おうと飛び出しかけた俺の肩を、師匠がつかんで止める。

「佑人。逃げるぞ」

「このままで!?」

 俺の言葉にミミさんが笑う。

「あら。私たちの戦士では頼りないですか?」

「そういうわけではなくて……」

「佑人。今、小生たちが出ていくことでこの里を攻撃する口実を作るだけだ。わかるな?」

「でも……」

「サラ姫と合流しよう。すぐに退かねば退路が無くなるやもしれん」

 里が焼かれていくのを放っておいて逃げ出すわけにはいかない。いかないんだ。

「恨むなら小生を恨め」

「……くそ!」

 自分の力のなさが恨めしかった。

 サラたちと合流すると、そこにミィナの姿はなかった。

「ミィナは?」

「残られるそうです。引き留めたんですけど」

「なら――」

「ならん」

 戻ろうとする俺の肩を師匠がつかんだ。

「どうしようもないのだ」

「……ホント、どうしようもないな」

 頭をガシガシとかきむしると、俺たちは里を出た。


 森を抜けて街道に出ると、そこには地平線を隠すように大軍が待ち構えていた。

 大軍の中から一人、こちらへ歩いてくる奴がいた。

「やあ。ようやく見つけましたよ。誘拐犯」

 アズマだ。

「こういう時はアレかな。命が惜しかったら身ぐるみすべて置いて消えろとかっていうべきかな?」

「群れねば何も出来ぬ盗賊ごときに怯える小生ではないわ」

「おい。発言には気を付けろよ老害」

 師匠とアズマの間にピリピリとした空気が流れる。今にも戦闘が始まりそうな気配が漂っていたが。

「佑人……」

「ミリア……」

 アズマの横からミリアが出てきた。

「なんでそいつの隣にいる」

「……事情があってな」

「決まってるだろ、僕の仲間だからさ!」

「お前に聞いてないんだよ。ちょっと黙ってろ世界最強」

「あ?」

「ミリア。話してくれ」

「この状況で悠長にしゃべらせるとでも――」

「黙ってろって世界最強。後で話を聞いてやるから。ミリア」

「私は――」

「僕を無視するんじゃないよ!」

 アズマがキレた。なんだ、あとで話を聞いてやるっつってんじゃないか。

「いいのか、こいつの家族を人質に取ってるんだ。余計なことすると殺すよ!」

「それはミリアにしかきかねえし」

 こいつ……ミリアの家族を人質にとってんのか。どんだけ外道なんだよ。

「え? 味方の家族だぞ?」

「そうだな。普通はそういうリアクションになるんだろうな。でもこの場合『黙って死ね、じゃないと家族を殺す』って、どっちにしても皆殺しパティーンじゃん」

「いやいや、勇者の言葉だぞ。そこらへんは約束を守るに決まってるだろ!」

「勇者は人質を取らない。ゆえにお前は勇者ではなく、約束は守られない。だから抵抗する」

 当たり前だろう。どの口が勇者とか言ってんだ。

「まあいいや。どうせ皆殺しだし。あぁ、サラ姫だけは飼ってあげるよ。生きてたら」

 アズマはそういうと右手を上げ。

「攻撃開始」

 俺たちに向かって手を振り下ろした。

「佑人、走れ」

「師匠、また!」

「まずはミリア殿の家族を助けるのだ」

「それよりもあいつを倒せば!」

 これ以上逃げ続けるわけにはいかない。何よりアズマをここで倒せば万事収まるのだ。

 決着をつけてやると剣を抜こうとしたのだが。

「ほれ。女性を助けるのは勇者の仕事じゃろ?」

 師匠が残像を残し消えたかと思うと、目の前にミリアが振ってきた。

「ひやぁぁぁぁぁぁ!」

 両手でミリアを受け止めようと思ったが、鎧を着こんだ人間はやっぱり重く。

「ぐへぇ」

 軟着陸させるのが精いっぱいだった。

「佑人。すまぬ」

「いーよー別に」

 重いからどいてとだけは言わなかった。俺、偉い。

「さぁ、走れバカ弟子!」

「……くそ!」

「あ、待て、逃げるとお前の家族を――」

「貴様の相手は小生だバカ者!」

「ギャーー!」

 アズマの悲鳴を遠くに聞きながら、俺たちは逃走した。


 佑人たちを送り出し、伊達志郎は満足げに笑った。

「仲間にも見捨てられたみたいだね老害」

 先ほどまで、志郎の攻撃で悲鳴を上げていた勇者が立ち上がって言う。

「黙れ盗賊風情が。御託はいいからかかってこい。それとも群れなきゃ剣も振るえないか?」

 不敵に笑う志郎の横に、リュシカが立つ。

「お前なぜ」

「あたしゃもう二度と、誰にも目の前で死んでほしくないだけさ」

 そういうとリュシカが笑った。

「……恨んどるか?」

 今までを。姉を奪っていったことを。選ばなかったことを。選べなかったことを。

 最愛の姉を守ってやれなかった自分を。

 志郎は今までの、どこから話したらいいのかわからない思い出を持って、聞いた。

「恨んじゃないさ」

 それらすべてを指して、リュシカは言った。

「救われるよ」

 志郎はそれだけ言うと、嬉しそうに笑う。

「いつまで無視してやがる!」

 飛びかかったアズマの剣は志郎にあっけなくいなされ、地面に突き刺さった。

「先達の言葉は心して聞くものだぞ?」

「レディの扱いがなってないガキだね。あんた、モテないだろう?」

 アズマは頭に血を登らせ、でたらめに剣をふるうが。

「甘いな」

 志郎にいなされ、蹴り飛ばされる。

痛む体をかばうようによろよろと起き上がったアズマは、集団の中に紛れ込むかのように消えていった。

「おや、逃げ出したようだね」

「根性無いのぉ。これだから今どきの若者は。小生が若いころはだなぁ」

 そう呟いている二人に、集団が殺到してくる。

「くらえ、スキル『蜘蛛縛り』!」

 敵の勇者だろう。手から黒い糸を投網のようにして放出すると、志郎たち目掛けて飛ばす。

「……なめられすぎだの」

 志郎は剣を数回ふるうだけで糸を切り捨てていく。

「なっ。俺の糸は触れたものすべてを――」

「魔力も捕らえられるようになってから転生して来い」

 横を通り過ぎると、敵は血を吐いて倒れる。

「スキル『巨大化』!」

「スキル『神速』!」

「スキル『実体分身』!」

「ぬるいわ」

 志郎は巨大化した敵には剣を投げ、神速で迫る敵の首を掴み、分身してくる敵の盾とした。

 分身した数だけ一気に切り裂くと本体だけが残ったので、一突きで倒す。

 手の中でくたばっていた神速野郎を群れの中に投げこむと。

「一人二人程度で襲い掛かってきてどうする。全員で襲い掛かってこい。準備運動にすらならんだろうがな」

 挑発された敵が殺到してくる。

志郎が剣で攻撃をさばくと、その後ろからリュシカの魔法が敵を吹き飛ばしていく。

 周囲を囲むようにして殺到したはずの群れは、少しの間隔を開けて硬直してしまった。

「おや。小生たち二人相手に手を休めてよいのか?」

 志郎はニヤと笑うと、剣を鞘に納め腰を低く構える。

「居るな、ミト、オウ、モンド! 好きに暴れろ!」

 志郎の声に、三つの影が敵の間を走った。影が敵に触れるたび、一人また一人と人数を減らしていく。

「あたしらもなめられたもんだねぇ。一万くらいかい? この程度、朝飯前だよ」

 リュシカが手を開くと、炎の塊が両手に発生する。

「「さぁ、年寄どもより先に逝きたい奴ぁかかってきな!」」

 二人の声が重なると同時に、群れが再度攻撃を始めた。

 斬りかかってくる敵を志郎が受け止めリュシカが魔法で迎撃する。

 仲間が飛ばされてできたスペースを埋めるように、敵が殺到してくるが。

「甘いわ!」

 志郎に斬られ次々と倒れていく。

 剣で貫かれ、自分にもたれかかり絶命した敵を蹴り飛ばし、倒れたことで出来た隙間に潜り込むと目についた敵を斬りつけていく。

 敵も志郎を囲むが、後ろからリュシカの魔法が襲ってくる。

 ならばとリュシカが狙われるが。

「小生に後ろを見せていいのか?」

 その一言で、敵はリュシカを標的とすることが出来なくなる。

 一斉に攻撃をすれば確かにリュシカを打ち取ることが出来るかもしれない。

 だが、その間に何人の味方が殺されていくだろう。そして、その中に自分が含まれている可能性はどれくらいあるだろうか。

 圧倒的な数を有しているにもかかわらず、いやだからこそ倒れたくないという気持ちが強く働き、動けないでいる。

「なんじゃつまらん。だらしないのぉ」

「動かないってんならいい的さ。吹っ飛びな!」

 二人が動き出すと、敵は恐慌に陥った。

 次々と攻撃され、目の前で仲間たちが倒れていくのだ。次は自分であると思わない人間はいなかった。

 実際に相対している人数は多くはないのだが、恐慌はすぐに伝播していき、集団はあっという間に瓦解してしまった。

「はぁー、ふぅ。だらしがないな。これくらいで逃げ出すとは」

「いいじゃないか。あぁ、しんどい。ほらほら、逃げるならさっさとしなよ!」

 逃走していく敵に向けて魔法を放ち、烏合の衆と化した敵は潮が引くようにいなくなり。

「お前は残っとったか。アズマ」

 アズマとゴジョウが立ってた。

「うるせえ。お前はここで死ぬんだよ」

「死ぬも何も、小生に勝てぬだろ。お前では」

「っは。何を言うかと思えば。僕にはね、いるんだよ。仲間が!」

「たった今潰走していった集団のことを言っておるのか? あんなものが仲間だなどと」

 志郎がため息をつくと、アズマがにやりと笑った。

「んなわけないじゃん」

 その瞬間、志郎の体に何かがぶつかった。

 志郎が顔を後ろに向けると、背中に何かが居るのがわかった。

「仲間の為に、アンタ本当に勇者だったよ。でも、こっちも冗談じゃないんでな」

 ザトーだった。

 気配どころか姿そのものを消し、志郎の背中を貫いたのだ。

「……さて、冗談はこれくらいにするかの」

 が。いつのまにか志郎はザトーの後ろに立っていた。

「な!?」

「遅いんじゃよー」

 ザト―を切り上げるが、攻撃を回避されてしまう。そしてそのままの勢いで距離を開けられた。

「……シロウ?」

「……意外と早かったの」

 そう言うと志郎が剣を構えるが。

「仲間ってさ。仲間のためにサポートするから仲間っていうんだよね」

「なんじゃこいつ。バカなのか」

「およしよ!」

「だって『頭痛ってさ、頭が痛いから頭痛っていうんだよね』っていう感じでしゃべっとるぞ?」

「だからおよしって!」

 アズマがプルプルと震え始める。

「あぁ、すまんの。少々ひどかったの。すまんのー。覚えたての言葉を使いたかったんじゃのー」

 志郎の煽りでアズマが爆発した。

「僕は知ってんだぞ! お前が引退した理由も、その原因も!」

 アズマの言葉に志郎たちの顔色が変わる。

「だから、対策だって方法だってあるんだからな!」

 アズマの足元に魔方陣が広がる。

「隠ぺい魔方陣!? あやつこんなものまで」

「くらえ!」

 魔方陣が広がり結界が張られる。が。

「とう」

 その前にリュシカを掴み、志郎は結界の外へ脱出した。

「「……」」

 何とも言えない沈黙があたりを支配する。

「あれだな。小生を抑えておくために数がいたんじゃろうな」

「だろうね」

「で、結界を張ったらボコスカ殴る予定じゃったんだろうな」

「だろうね」

「失敗、したんじゃろうなぁ」

「およしよ」

 かなり広範囲であったはずの結界の外に、志郎たちが出て行ってしまった。

 つまり。

「……何の意味があったのかのぉ?」

 まったくの無駄になった。はずだった。

「広域魔法結界発動」

 アズマが笑った。

志郎が逃げた先。それよりはるか後方から、アズマを中心にして結界の光が満ちていく。

「……なるほど。逃げたやつらは結界を張る役目があったのか」

「今更気づいても遅いんだよバーぐぁ!」

 志郎がアズマを切りつけた。しかし、遠く離れていたことと。

「ようやるのぉ」

「速さだけなら見切れなくもないからな!」

 ザト―が近くにいたことで攻撃を逸らされた。そのせいで傷は浅く、アズマに致命傷を与えることはできなかった。

「ゴジョウ、モンスターに回復させろ!」

 どこから出したのか、小さなモンスターを出すと、アズマの傷を癒してく。

「なんじゃぁ、その程度でピーコラしおってからに。うちの弟子なら、その程度、なめといたら治ると、言うぞ?」

「っは。息が上がってんぞジジイ」

 いつの間にか志郎の額には大粒の汗が光っていた。

「はぁ。マナを、薄くさせる、結界か」

「その通りだ!」

 傷がいえたアズマが立ち上がる。近くにはザト―とゴジョウがいる。志郎一人ではどうすることも出来ず、リュシカの魔法は。

「っく。うまくマナが集まらない!」

 使用不能になっていた。

「シロウ!」

「来るな!」

 志郎がリュシカを止める。

「僕はね。動けばなんて、陳腐なセリフは使いたくないんだ。だから動きなよ。殺してやるから」

 アズマが笑う。マナが薄くなり、呼吸も出来ないほど憔悴している志郎に向けてゆっくり歩き、剣を抜く。

「雑魚、雑魚ザコザァーコ! はははははは。僕に剣を向けんな雑魚のくせに!」

 志郎は大きく息を吐くと。

「これくらいで、小生が弱ったと、そう判断したのか」

「あ?」

 その声にアズマの動きが止まる。

「俺に勝ったと、そう思ったのかと聞いているんだ」

「何言ってんだ? どう見たって致命傷――」

「死んでもいねえのに致命傷とか言ってんじゃねえよ。日本語理解してんのか」

 志郎は剣を息を整えると構えた。

「俺を誰だと思っていやがる。世界最強ってのは伊達じゃねえんだよ」

「っは、抜かせジジーー」

 一息で距離を詰めるとザト―を蹴り飛ばしアズマに迫る。

「ふぁあ!」

 驚いたアズマがたたらを踏んでさがるが、志郎が振り上げた剣はアズマの体をかすめる。

「浅いか」

 振り上げた剣をすぐさま振り下ろし斬りつける。そのたびにアズマの体をかすめる。

「痛てぇ! 痛てぇよ! 何てことしやがる。ひでえやつだ。犯罪者だ!」

 小さな傷をいくつも作り、アズマが痛みにこらえきれず地面を転げまわった。

「シロウ!」

 志郎の後ろではリュシカが魔物を連れているゴジョウと戦っている。

 魔法をうまく使えない中、空を自由自在に動き回る敵に苦戦を強いられているようだ。

 地面を転がるアズマを見下ろしながら、志郎が言う。

「小僧。お前の全力はその程度か」

 肩で息をしながら、志郎が剣を構えた。

「なんでこんなことするんだよ。僕は悪いことしてないのに!」

 志郎を見上げるアズマの目にはしかし、底意地の悪い光が宿っていた。

 アズマがニィと口を歪めると、志郎の周りをいくつものワイヤーが飛び回った。

 ザトーが操るワイヤーだ。ワイヤーはきつく志郎の体に食い込むと、地面へ引きずり倒そうと力が込められた。

「どうだ、動けないだろう。この僕が、まさかおとりになるとは思わなか――」

「しょっぺえな」

 だが、ワイヤーを操るザトーごと、志郎は斬って捨てた。

「さて、言い残すことはあるか?」

 再びアズマを睨む志郎。しかしアズマの表情はいまだ余裕がうかがえた。

「もう勝ったつもりなんだ。おい、ゴジョウ! こいつを倒せ!」

 だがリュシカと争っているゴジョウには志郎を狙う余裕はなかった。

「っち。なんだよ。使えねえな」

「最後まで仲間に頼りきりで、自分では何もできんとか。これが勇者とは質が落ちたな」

 志郎の言葉にアズマが笑った。

「そうだね。僕は何もしてないよね。してないのに勝った気になってるんだよね」

 その言葉に志郎が眉をひそめた、その時。

「ぐぅ」

 光が、志郎の胸を貫くと地面に突き刺さった。それは鈍く輝く剣の群れだった。

「あはっ。あはははははは。調子に乗ってんじゃねえよカーーース!」

 ひざから崩れ落ちた志郎の体をアズマが蹴りつける。

「シロウ!」

 ゴジョウの攻撃をはじくと、リュシカが志郎のもとへ駆け寄る。

 抱きかかえ傷の様子を見ようとするが、明らかに手遅れだ。

「リュシカ。すまんな」

「何を言って、あんた一人死なせやしないよ」

 志郎を抱きしめるリュシカを、アズマが笑う。

「キモィ。あははははは。じゃ二人して死んでもらおうかな」

 アズマが振り下ろした剣はしかし、二人に届くことはなかった。

「なっ」

 志郎が素手でアズマの剣を受け止めていた。

「リュシカ。ちょいと離れてくれんか」

 志郎の言葉にリュシカが首を振る。

「今度は最後までいるさ。なあに、姉さんがいるんだ。あっちも楽し――」

「いやぁ、すまん。それは無理だ。なにせ小生はジェントルマンだからな」

 志郎はリュシカの言葉を遮ると。

「最後のわがままだ」

 そう言って額に手を当て、何事かを呟くと魔法を発動させた。

「まって。あたしは――」

「ミト、オウ、モンド。ちゃんと送り届けろよ!」

 リュシカの言葉は最後まで発せられることはなく、体ごと光となって消えていった。

 後に残されたのは瀕死の志郎と。

「っは。ババアを逃がしたか」

 志郎がつかんだ剣を振りほどいて笑うアズマだけだった。

「さて。じゃあ片付けるかな」

 剣を振りあげたアズマに、今度は志郎が笑った。

「……ジジイ。なんで笑ってやがる」

「ふふ。ふはっはは。いやな。胸に穴が開いてもしゃべれるんだから、この世界はやっぱり面白いと思ってな」

「はぁ?」

「お前には何も教えてやらん。だがそうだな。最後にこれくらいは知っておくといい。この世界ではマナが無くなるとどうなるか。周辺のマナが急速に失われると、空いた穴を埋めるようにマナが集まってくるのだ。その速度は光を超える」

「あぁ、何を言ってるんだ?」

「ご丁寧にお前さん方が結界でマナを押し出し、この中に残っているマナすべてを小生が消費するとどうなると思う?」

 志郎の言葉にアズマの顔色が変わった。

「やべえ。逃げ――」

「逃がさんよ」

 志郎の体が薄緑色の光に包まれる。光は胸に空いた穴に集まるように凝縮すると、強く光を発した。

「勇者の、最終奥義が自爆ってのもまぁ、面白いか」

 光は強く発光した後、志郎の周囲から光と音を奪った。

 マナが枯渇した中心点に向けて、周辺からマナが強制的に引き寄せられる。

 中心となった志郎めがけて、光の残滓めがけて殺到し、破滅的な爆発をもたらした。


〈あいつはちゃんと勤めを果たせるかの……大丈夫かの〉

〈大丈夫ですよ、あなた〉

〈おお……〉

〈だってあなたの弟子ですから〉

〈いーや。絶対無理だ〉

〈ふふ。相変わらず偏屈なんですね。そうだ。あなたには罰を与えないといけませんでした〉

〈なんじゃ、こわい。小生は悪いことなんぞしておら――〉

〈ミニスカート〉

〈すみませんでした〉

〈ふふふ。じゃあ、一緒に来てください〉

〈どこへでも。姫〉


 目を覚ますと、見知らぬ天井があった。

「目を覚ましたか佑人殿」

「ミリアか」

 窓際に座り、ミリアが本を読んでいた。下着姿で。

「なに、これから襲ってもらおうかと思ってな」

「やめんか」

「では襲ってしまおう、そうしよう」

「そうするなアホが!」

 なんなんだもう!

「でなければ、私はどうしてよいかわからない」

「なんもしなくていいんだよ。もう忘れろ」

「志郎殿は逝ったのだぞ!」

 あー。うん。

「そだね」

「そだね!?」

「いや、死ぬべき時に死ねたんだ。ジジイも、師匠も本望だよ」

「その引き金を引いたのが私――」

「原因作ったのはあいつらな。お前のせいじゃない」

「……どうしてそう、ドライなのだ。師匠だろう?」

「だからだな。亡骸抱きしめて師匠――! とか言ってやればまぁ、俺も泣いただろうよ」

「なら!」

「で、一言ジジイに言われるわけだ『きもちわりぃ』と」

 それでいい。すべてが終わった時に、華をぶっ刺してやろう。墓でも作って。

「しかしそれでは」

「気が済まねえってんなら自称世界最強様のケツにバラでもぶっ刺してやれ」

「……あぁ」

 あの後。離れた丘から、戦場で爆発があったのを見た。

 以前マナバーストとかいう自爆技について教えられたことがある。おそらくそれだろう。

 ジジイが勇者パーティーを組んでるときに、魔王を倒すときに使った技らしい。

 あの時はヒーラーがいて、魔法使いがいて、しっかりと準備が出来たから生き延びたそうだ。

 今は魔王の呪いがあって、前ほどの耐久力も備えもなかった。おそらく、あのジジイでも逝ってしまっただろう。

 そしてミリアはそれを自分のせいだと思っているようだ。

 家族を人質にとられ、アズマに手を貸していたから。まぁ、少なくとも誰が悪いのかって話になったらアズマなので。

「それに、こうして家族まで助けてもらっておいて……私にできることは、初めてをささげることくらいしか……」

「やめんか。あと後半趣味が入ってないか。むしろご褒美をねだられてないか。なんでもするというならそういうのをやめるという――」

「無理だ!」

「ええい!」

 ミィナの村を脱出した後、ミリアの故郷にやってきた。ミリアの家族を助けるために。

 で、まぁ、案の定というかなんというか。お粗末勇者様なので、護衛というか刺客というか、手勢は雑魚だった。

 数だけは多かったので、住宅に多少の被害は出てしまったが、それでもほぼ無傷でミリアの家族を救い出した。

 で、昨日はミリアの家に泊まったわけだ。

「ご主人、目が覚めたにゃ」

「ミィナ」

 話し声がしたからだろう。ミィナが扉を開けて顔を半分だけ出してこちらを覗いている。

「えっと……」

「ずいぶんと、いい雰囲気だにゃぁ?」

「あ、ハイ。すみません」

「ミィナも、お家焼けちゃったにゃぁ?」

「いや、あっさりと撃退したんで追ってきたって言ったじゃないかぐはぁ!」

 ミィナがベッドに飛び込んできた。みぞおちあたりに膝が入った……。

「そういうことじゃ、無いにゃ」

 えぇー。どういうことー。

「心配ばっかかけて。怖かったにゃ」

「……うん」

「ほんとバカにゃ。おバカさんにゃ」

 ミィナが布団に顔をうずめて震えている。

「あ、うん。でも俺は、大丈夫だったから」

「嘘はいけないのにゃ。つらい顔してるのにゃ」

 ミィナの手が、俺の頬に触れる。それでなぜか涙があふれてきた。

「あ、あはは」

 後は声にならなかった。ミィナにしがみついて泣いていたような気がするけど、眠ってしまって覚えてなかった。だから目が覚めた後。

「いやぁ、ご主人は激しかったんだにゃー」

「いろんな意味でやめて!」

 それからしばらくミィナにからかわれたり、サラにすごい目で睨まれたりした。


 ミリアの実家に泊まった俺は、そこで両親を紹介された。

「というわけで、私の母と父だ」

 二人ともすごい笑顔をしている。

「まぁまぁ、ミリアが男を連れてきたと思ったら勇者でいい男で。よかったですねパパ」

「ようやく、ミリアにも春が来たのか!」

 父親には泣かれてしまった。

「いや、俺はそういうのじゃなくて」

 助けに来ただけだっつの。

「将来を誓い合った仲だ!」

「誓ってねぇ!」

 俺の反論もむなしく。

「佑人、そういう関係なの?」

「違うからねサラ。ミリアとはジジイの訓練所で一緒だっただけで何もないんだから!」

 慌てて否定するのだが、今度はミリアの両親が。

「え? 何もないのですか?」

「ミリア。お母さんはちゃんと押し倒してから来なさいってあれほど言ったでしょ。既成事実より強力なものは無いんですからね?」

 そんなことを言い出した。

 あぁ、この親があっての娘か。

「大丈夫です。私は今日、結ばれてきます! なので部屋を覗くのは事後にしていただき」

「お前ふざけんなって。そういうことを言うと周りに誤解を与えるんだから!」

「そうですにゃ。ご主人はミィの物ですにゃ」

 バ家族の会話にミィナまで参戦してきた。

「ちっげーし! 俺は誰のものでもないですから!」

 皆、俺のことをからかうことに全力が過ぎると思うんだ。

 なんで何もなかったのにありましたとか言うのか。冤罪にもほどがある!

「え? 未経験、なのですか?」

「わかるよー。初めてって怖いよね。私も妻に奪われた時はちょっと怖かったけど、あれはなかなかに良いものだ」

「もーあなたったら!」

 うるせぇよバカップル!

 クソぉ、俺の周りこんな奴らしかいねぇ!

 と思って気が付いた。

「サラ、さん?」

 サラが死んだ魚のような目で俺を見つめていた。

 何かこう『深淵を見つめるとき、深淵もまた君を見つめているのだ』という言葉を思い出してしまって体が震える。

「タダレテル……」

 サラはそう呟くと、明後日の方を見てため息をついた。

「違うから。俺そういうのなかったから。あいつらがふざけているだけだから!」

「でも女の子に囲まれた生活だったんでしょ? お幸せそうに」

「ジジイと盗賊とモンスターに囲まれた生活でした! それにこいつは男よりですし」

 恋愛対象として見てはいないんだよ。だから無実だよ。そう言いたかったのだが。

「私を、異性として見れないほど近くに感じてくれていたんだな」

「やだ、パパ。今日はお赤飯よ」

「娘をどうかよろしくお願いいたします!」

 ダメだ。伝わらない。

「助けなきゃ、よかったかなぁ!」

 心の底からの叫びだった。


 ようやく落ち着いて話が出来るようになり、ここまでの経緯をミリアの両親に伝えると。

「本当に大変でしたね」

 ミリアの母にそう言われた。

「でも、もう倒されたのでしょう?」

「そうだとよかったんですが……」

 あの後のことをミィナに聞いたところ、アズマは重傷を負ったものの生存しており、王国で治療を受けているんだそうだ。

 ミィナの里は大きな被害を出さずに済んだのも、アズマが撤退していったおかげだったらしい。

 あの爆発で生きてるとかどんな奴なんだと思うが、腐っても勇者なんだろう。魔法とかなんか使って生き延びたんだろう。

「なるほど。勇者が大量に召喚されているのは聞いていましたが、そんなことに」

 両親曰く、通常この世界に危機が訪れた時にだけ勇者が召喚されるのだそうだ。

 魔王が現れたので師匠が召喚された、というように。

 しかし、実際にはポンポンと召喚されまくっており、それらは今、盗賊のようなふるまいを見せ始めている。

 具体的には人のうちに入ってツボを割ったりタンスを開けたりするやつがいるのだ。

 このままアズマたちを放っておくことは出来ない。サラの命が狙われているのだから。

「伝承では、そんな大量に呼び出せるなどどは……」

 ミリアの父がうめいた。

 この村には古い勇者信仰があるらしく、いろんな勇者が召喚された伝承があった。

 2千年ほどの歴史の中で、幾度となく魔王と呼ばれる存在が出現し、召喚された勇者が何度も危機を救ってきたと。

 しかし、そのどれにも勇者が大量召喚されたというものはなかった。したがって対策もわからない。

「パパ、もしかしたら」

「あぁ、アレか」

 二人はそういうと、タンスの床板を外し始めた。気でも狂ったのか?

「これをお持ちください」

 中から取り出したのは金色に光るメダルだった。

「これはキンのメダルと呼ばれる勇者のしるしです」

 ……なんだろう、そのふざけたネーミングは。

「世界を救った勇者への記念品です。家宝として大切にしてまいりました」

 記念品かよ!

 何かの重要アイテムかと思って期待しちゃったよ。

「これは装備したもののステータスを初期値に戻してしまう効果がありまして。数多くの勇者がこのメダルによって命を奪われてきたと言います」

「呪いのアイテムじゃねえか!」

「ええ。魔王の最終トラップで、玉座前の待合室中央に置かれた宝箱から見つかるそうです」

「あからさまなトラップじゃねえか!」

「宝箱と一緒に『これは勇者のメダル』と書かれた説明書があり、騙された勇者たちがこれを装備してはくたばっていったと、伝説にはあります」

 勇者、全員バカばっかりか!

「このトラップを初めて打ち破ったのが志郎様でした。以来、我が家にて厳重に封印、管理をしてまいりました」

「今、床下から取り出しませんでした? 割と簡単に見つかるところにありませんでしたかね?」

「細かいことはどうでもよいのです。ともかく、これを使えば勇者の能力値を一時的にですが、完全封印することが出来るそうです」

「でも、装備させなきゃいけないんですよね? さすがに無理があると……」

「いえ。マナを込めてメダルを砕けばワンフロア分くらいには効果があるそうです。気を付けるのは勇者にだけ効くものなので、佑人様も初期値に戻ってしまうことですね」

「お父様。それでは意味がないではないですか!」

「初期値に戻ったところをミリアたちが攻撃すればいいんだ。勇者にしか効かないのだからね」

 確かに、アズマの能力がすべて初期値に戻れば勝ち目はあるかもしれない。

 だが、うまくいきそうな気はしない……。

「このメダルの存在は志郎様と私たち家族しか知りません。何せこのアイテムの存在を知ったものは、今まですべて死んでしまったものですから」

 そういわれて笑顔で受け取れるわけはないと思うんだが。

ミリアの父親に笑顔で手渡されるが……伝説だろうと呪いのアイテムなんだよなぁコレ。

「……このトラップがあるのに、よく今まで魔王を倒したりして来れましたね」

「えぇ。あからさますぎて引っかからない勇者様が魔王を倒していったようで」

 何人いたんだ勇者。そして魔王。

「……勇者が死んだ場合、どうなってたんですかね。教会でよみがえったりとかしたんですか?」

「いえ、新しい勇者を召喚してたようです」

 元からガバガバじゃねえかこの世界。なんだ、その勇者召喚システム。いけにえじゃねえか。

 おもちゃのようなメダルを眺めていると、何やら外が騒がしくなってきた。

「ご主人。ちょっと見てくるにゃ」

 ミィナが外に出ていくと、すぐに部屋の中へ飛び込んできた。

「大変にゃ、王都が占領されたにゃ!」


 飛び込んできたミィナからもたらされた情報に驚いた。

「占領って」

「なんか、アズマがいきなり王都に攻め込んで俺の城だって言ったらしいにゃ」

「あぁー」

 やりかねないな。でもなんだってこう、敵を作るような真似をしたのだろうか。

「王国軍のすべてを使ってミィたちを探そうとしたらしいんだけど、王様に反対されたから乗っ取ったそうだにゃ。王都から逃げてきた人たちから聞いたにゃ」

「……えー」

 なにその子供の癇癪みたいな理由。

 アズマの行動がわからない。読めないというより理解が出来ないというほうが正しい。

「それと、王様の処刑をするみたいにゃ。重税を課して贅沢してたとかなんとかで」

「……えー」

 お前がやらせてたんじゃねえのかよ。っていうかあれだろ。王様洗脳とかしてたんだろ。で、少し城を開けてたら洗脳が解けて耐性が付いたとか、おつきの魔法使いが洗脳されないよう強化したとかそんなところじゃねえか?

 だっておかしいだろアズマの行動。そんで周りの人間が止めたりしないのも変だ。

 アズマが強いからとかそういう理由……なのかもしれないけど。

 駄目だ、頭がこんがらがってくる。いきなり王様を処刑するってのもアホくさくて……。

「佑人」

サラの声に振り向くと、何かを決心したような顔で俺を見つめていた。

「いいのか?」

 たぶんそれは、とても面倒なことになると思うよ。

「お父様ならそうする」

 強い子だ。本当に。

 直接ではないだろうけど、自分の父親を殺した関係者だぞ。助けに行くとか……あぁ、勇者ってんなら俺もか。そうか……。

「よし、行こう」

 いずれにせよアズマを倒さないことにはどうしようもない。


 ミリアの実家を出た俺たちは、王都へ向けて必死に馬を飛ばしていた。その道中、勇者の残党……残党ってのもおかしい気がするが、それにからまれていた

「まてぇーい! ここから先にはいかせなげふぅ」

 止まってくれると勘違いしている勇者を馬で踏みつけ、先を急いだ。

 さすがに悪かったかなと思ったものの、とくに同情の余地はないだろうとスルーしていたのだが。

「待てと言っておるだろうが! ここから先にはいかせなげふぅ」

 なぜかもう一度目の間に立ちふさがったので蹴り飛ばした。馬が。

 そのまま地面を転がった勇者は後続の馬たちにもひかれたようで、割と無残な死にざまをしていた――

「待てと言っているのがげふぅ」

 何度も立ちふさがるので、今度は剣で切り捨てた。

「佑人……さすがに三回目ともなると、私の心も痛いのですが」

 隣を駆けるサラがちょっと気まずそうにしていた。

 大丈夫。あいつ、馬に蹴られてもピンピンしてるじゃないか。

「サラ。こういうの相手にするだけ時間の無駄だから」

 放置もしくはスルーが一番良い対処法だ。

「貴様らー! さっきから俺が止めてるのに話をきげふぅ」

 急に目の前に現れた男を切り、死体を縛って転がした。これでもう動かないだろう。

「お前も懲りないな。何度も切り伏せられてるのにどうして学ばないんだ」

「学ばないも何も、俺は無敵だからな」

 転がしたはずの敵が、いつの間にか目の前に立っている。

「俺は勇者ランク10位、不死身の角川! 俺には女神より授かった『輪廻に嫌われしもの』というスキルがあるから、何度切ったところでその場でよみがえり、俊足のスキルで――」

「封印すればOKだそうで。サラ、出来るか?」

「高度な魔法なのでちょっと時間がかかりますけれど……」

 と、いうことなので。俺は男の口をふさぎ、手と足を拘束。

 時間はかかった物の、サラによって封印魔法が施された。

魔力で出来た透明な四角い箱の中に閉じ込め、無事に男を拘束することが出来た。

「はい。おつかれ」

そのまま近くの橋の下にぶら下げておいた。口をふさいだので、頑張って騒いだとしても気が付くやつはほとんどいないだろう。

 少なくとも、今すぐに俺たちの道中を邪魔することはできないはずだ。

「復活できるから平気みたいなノリで来る奴、すぐにスキル明かしたがるよなぁ」

 この手の奴は基本バカだ。自分から『何度でもよみがえるから死なないよ!』って言ってしまったら、死ねないところに封印すればいいんだねってバレるだろう。

 

 という変なやつに何度か絡まれていた。足止めが目的だとしたら成功してると言えるな。

 道を行く商人や傭兵たちに話を聞いたが、処刑がいつ頃になるかはわからなかった。

 最悪、王都にたどり着いても処刑は終わっている可能性がある。

「佑人、大丈夫?」

 馬に乗って並走していたサラが、心配そうに言う。

「あ、あぁ大丈夫。サラこそ……」

 大丈夫か、と聞こうとしてためらってしまう。俺はアホか。

「うん。私は大丈夫。もう決めたことだし、あいつにこれ以上好き勝手させたくないし」

 サラは強いな。

 しばらくして王都へたどり着いた俺たちの目に飛び込んできたのは、廃墟寸前の街並みだった。

「ひどいな」

 城壁はおろか、街や城の至る所に攻撃痕がある。

 ところどころ煙がくすぶっているのも見て取れた。

 なんだこれ。滅ぶ際中じゃないか。処刑とかやってる場合なのか?

「オラァ、歩け!」

 王都の中は、さらにひどい様子だった。

 野盗じみた格好の男たちが、街の人たちを縄で縛り、城門の外へと連れ出していた。

 男たちは縛った人たちを地面に座らせると。

「贅沢三昧の貴族どもの腹には金貨が詰まってるって聞くけど、本当かい?」

 連れ出されていたのは王都の貴族たちのようだ。そういえばどことなく良い服装をしているようにも見えるが……まぁぶっちゃけ貴族たちとは疎遠だったのでわからない。

「そ、そんなわけないだろう。私の、か、金が目当てなら屋敷に――」

「お前の屋敷がどこにあるのか言ってみろよ」

 貴族が指さした方には崩れた建物しかなかった。

 よく見ると、貴族たちが住んでいるあたりはほとんど更地に近い状態だが、平民と呼ばれる人たちが住む住宅街やスラムはほとんど被害を受けていないようだ。

「あ、あの中からきっと」

「今すぐ差し出せるかって聞いてるんだよ。出来ねえだろ? じゃあ、俺たちの遊びに付き合ってくれや」

「あ、遊びって」

「お前の腹の中を割いて見てみるのさ」

 男たちは下品な笑い声をあげると、貴族を地面に転がした。……どこの世紀末だ。

「おい、その辺にしとけ」

 俺が飛び出していくと、男たちが振り向く。

「なんだ、お前は。ピザは頼んでねえぞ?」

「違げぇよ。なんでこのタイミングでそう思うんだよ!」

 そういや王都で宅配ピザ専門店が出来たって話があったな。もうボロボロになってるだろうけど。

「じゃあ愛の告白か? やべえな。俺、モテモテじゃねえか。勇者軍に入ってよかった」

「しねえよ! いくら貴族がデブで傲慢で自分じゃ何もできないゴミクズだったとしても、殺したりしたら自分たちも同じになっちまうぞ!」

「……ひどくなぃ?」

 ひどくはない。

 この世界に来て一番初めにあった貴族様はもう少しひどいことをしたし、何度も盗賊討伐しているときに見た貴族もクズぞろいだった。

 すべての貴族が悪いとも言わないし、それを放置してただろと言われたらその通りだが。

「俺だって貴族はむかつく!」

 正直な気持ちだった。

「じゃあ、一緒にこいつらで遊べば――」

「だが断る!」

 男たちが一斉に顔を見合わせた。

「テメェ、何を言って」

「命を奪うのも、暴力使うのも反対はしない。しないが、罪を犯したと一方的に裁くのは人のふるまいじゃない」

「……マジで何を言ってるんだ?」

 俺も言っててちょっと不安になってきた。だがまぁ。正直な気持ちだ。

「自分たちのストレス発散の為に誰かを追い詰めるのは動物以下だろ?」

「野郎……」

 自分たちは違うと言いながら、嫌いな相手にされたことを別の誰かにしているようにしか見えない。

 俺は剣に手をかけると、いつでも戦闘できるように警戒を強める。

「そうだな。俺たちが悪かったぜ! 貴族いじめなんてよくないよな!」

 戦闘になると思っていたら、男たちが急に笑いだした。

「悪かったな兄ちゃん。俺たちが間違ってた!」

 そう言って手を差し出してきた。

「あ、ああ」

絶対何かの罠だろう。

警戒しつつ手を伸ばすと、強引に引っ張られた。

まずいと思った俺が剣を突き立てるべく力を籠めようとしたのだが、そのまま抱きしめられる形となり、剣を動かせなくなった。

「いやぁ、目が覚めたぜ。今どきこんな奴がいるなんてなぁ」

 バシバシと背中を叩かれ、痛みにむせる。

 男とくっつく趣味はないと、離れようと力を籠めるが、手が外れない。

「反吐がでらぁ」

 男が隠し持っていたナイフで攻撃をしてきた。

 とっさに男の足を踏みつけ、痛みにうめいたところで距離を取る。

「やっちめぇ!」

 誰かの号令とともに、男たちが襲い掛かってきた。

「佑人!」

 サラたちも戦闘に加わり乱戦となってしまった。

 男たちの攻撃を受け止め、一人ずつ戦闘不能にしていくが、盗賊とは思えないほど一人一人の戦闘力が高い。

 ばらつきはあるものの、重く鋭い攻撃が飛んでくることがあり、油断が出来ない。

「こいつらもしかして」

 頭に嫌な予感がよぎる。

「兄ちゃん。よく避けるじゃねえか。さては俺たちと同じ勇者か?」

 やっぱりか。

 しかしいくら何でも勇者が盗賊みたいなことを……まさか。

「お前らか。最近幅を利かせているっていう盗賊は!」

 俺の言葉に男たちが笑う。

「はっはっは。何を言うかと思えば。この世界を守るために命かけてやってるんだ。タンスの一つくらい見られたってかまわないだろ?」

 そっちの輩か!

タンスを開けて物を取ってくやつらがいるって聞いたけども!

「そんな理屈通るわけがないだろ!」

「見解の相違だな」

 どこかに隠れてみていたのか、次々と男たちの仲間が出てくる。

 確かに勇者は売るほど召喚されていたみたいだが、全員が全員盗賊にでもなったんだろうか。

「お前も一緒にやらないか? アズマのおかげで何でもできるぞ!」

 アズマの、ねぇ。

「まぁ、断るわな!」

 弓矢やナイフ、果ては剣や槍が次々と雨のように飛んでくる。

 いったいどこから出したのか。

「っていうかおかしくないか? 俺たちは勝手に召喚されて勝手に世界のために命張れって言われてるんだぞ? なんで俺たちがやんなきゃならねぇんだ!」

 確かに、一方的に召喚されて命を懸けて救ってくださいってのは腹が立つよ。

 あっちでは死んでしまったのだから、こっちで生きていられるだけ良いだろとか、そういうことではない。

 まるで自分が人形か何かになったような気さえするよ。

 でも召喚の指示を出してたのはアズマだぞ!

「だからな。俺たちは自由に生きるのさ。生きて幸せになる権利があるんだよ!」

「だとしても、肥えたデブ貴族の腹を掻っ捌いても無意味じゃねえか!」

「意味じゃねえんだよ。理屈じゃねえんだ、心なんだよ!」

 うん、やりたい気持ちは非常によくわかる。よくわかるけども。

「それが他人を痛めつけていい理由にはならん!」

 どんな場所に行ったとしても、どんな扱いを受けたとしても。他人を攻撃してよい理由にはならん、と。

 そう師匠に教わってなけりゃ、俺もあっち側だったかもしれないな。

 召喚された当初はすごい腐ってたからな。まったく、こんな奴らと同じだったと思うと悲しいよ。

「この国の王は間違っている。民を苦しめ、不必要な出費を重ね、人を人と思わぬ蛮行を繰り返す。だから勇者アズマが、立ち上がったのだよ!」

 ……ん? 何のことだ?

「アズマのおかげでぇ! 奪われ続ける人生を! 止められるんだよぉ!」

 男がブンブンと剣を振り回し暴れる。勇者というだけあって重い攻撃だが、ステータスに依存して振り回しているだけだ。ジジイの足元にもおよばねぇ。

「そうやって誰かの所為にしてれば楽だろうよ!」

 飛んでくる武器を叩き落とし、盗賊の懐へもぐりこむと斬りつける。

「がぁ!」

 盗賊が倒れ動かなくなるのを確認すると、仲間たちの様子をうかがう。

 みんな無事みたいでよかった。

「お、お前ら。わしをここから逃がせ!」

 貴族が、足元でわめいている。

 ……説得が面倒くさいな。

 俺はしゃがむと貴族に言う。

「今すぐ俺の背丈の二倍を超える金貨を用意できるなら考える。出来ないならあきらめろ」

 俺の言葉に貴族がポカンとしている。そりゃそうか。たった今、こういうセリフが間違ってるぞと言っていた人間だからね。

「佑人。いくらなんでもそれは無いわ……」

「ごめん、サラ。でも面倒で」

「あなたには、あとで少しお話をしなきゃいけないようね」

 サラにあきれられてしまったが、この手の連中の相手は本当に面倒くさいのだ。

「先を急ごう」

 貴族には悪いが、ここから逃げるくらいは自分でやってもらおう。


 一度だけ来たことのある、記憶の中にある城とだいぶ様子が違っていた。

 場内はところどころ剣や斧でつけられたであろう傷がついている。何か大きなものをぶつけたような破砕痕もある。

 カーテンや調度品は黒く焼け焦げており、天井にあった豪華な照明が地面に落ちている。

 なによりあたりに立ち込める焦げ臭さがキツく、換気をしても臭いが薄れるには時間がかかりそうだ。

「ひどいな」

 何をやったらここまで破壊することが出来るのか。

 俺はこれと同じ光景を一度だけ見たことがある。サラの、フィリア国の城でだ。

 あの時も同じような傷が至る所にあり、照明を消した薄暗い部屋にサラが居た。

「サラ」

「だい、じょうぶです」

 隣を歩くサラの顔がすぐれない。やっぱり置いてくるべきだったろうか。

「私が一緒に来たかったのです。それに、一人になったところでアズマが来たら、誰が守ってくれるのですか?」

 冗談で返すサラの笑顔がどこかぎこちない。無理をしているのだろう。

「ジャァーン! ここは通さねぇゲフっ」

 飛び出してきた敵を一瞬で切り捨てる。

 さっきからこんな調子で襲われるのでたまったものではない。地味に精神と体力が削られていく。

 師匠から教わったスペリオルが使えればいいのだが、気休め程度しか効果を発揮することが出来ていない。

 はっはっは。すごいだろ。少しだけ使えるようになったんだぞ。初めての異世界っぽい技だ! ほら、これがマナだよ。認識できるよ!

と、少し前に、地獄にいるであろうジジイに自慢しておいた。

 あのジジイのバケモノみたいな能力が使えるようになればよかったのだが、無いものねだりをしても仕方がない。

「佑人殿、無理をするな」

「そうにゃ。適度に休憩を取るのをお勧めするにゃ。枕はミィの膝にゃ」

 ミィナの膝枕はうれしいが、今はそれどころでない。

「あまり人をからかうんじゃありません!」

 こういうイジリが増えてきているようでよろしくない。

 俺たちが向かっているのは玉座の間と言われる、この城でも一番大きく豪華な部屋だ。

 舞踏会や晩さん会を行うため、見栄え良くしてあるのだろう。

 先ほどからやってくる盗賊、もとい勇者たちに丁寧に聞いたところ、アズマはその玉座の間にいるそうだ。

 やがてアホみたいに豪華な扉の前にたどり着いた。

「ここか」

 扉を開けると。

「やあ、待ってたよ」

 玉座にアズマが座っていた。

 足元には亀甲縛りにされた王様が転がっており、アズマの足が背中に乗せられている。

「え、あんな趣味があるの?」

 俺は思わずそう呟いてしまった。

「まさか、佑人殿。仮にも勇者だぞ?」

「いや、そういう趣味のあるお偉いさんって多いって聞くし。日本だと戦国時代の偉い人たちは見目麗しい男の子をだな」

「その話、詳しく聞かせて欲しいにゃ」

 俺たちがひそひそと話し始めたところへ。

「違うから! なんでそうなるんだよ!」

 アズマが叫んだ。

「あ、聞こえちゃった?」

「アズマ殿の趣味を悪く言うのは良くなかった」

「ミィはアブノーマルでもいいと思うにゃ」

 サラの反応が無いなと思ってみてみると、絶句しているようだった。

 いろんな意味で、衝撃的な光景だったからだろう。

「趣味じゃない! 判んないのかな? こいつ人質だよ?」

 そういわれて気が付いた。

「ピンチじゃん!」

「そうそうピンチなんだよ。お前らこいつを助けに来たんだろ? 殺されたら――」

「あ、でも。よく考えたら助ける必要なくない?」

 だって俺たちにいいことなんて何一つしてくれなかった奴なんだし。

 そもそも俺はいらない子扱いで放り出されたんだし。

「佑人……あなたさすがに無いわよ」

「佑人殿。私もどうかと思う」

「そんなご主人様も素敵だとは思うにゃ」

 ミィナ以外にけなされた、そう思うだろ。

違うんだぜ。全員から白い眼を浴びているんだぜ。

さすがにこれだけ一度に突っ込みと白い眼を向けられると精神的に来るものがある。

「わかってるって。おいアズマ。そいつを放してやってくれ」

「キミ本当にわかってるのか!? 人質だっつってんだろ!」

「あーうん。その価値があれば――」

 その時、仲間から無言の圧力が。

「わかってるってば。どうすればいい?」

「ようやく理解したか。まずは武器を捨てろ」

「それは出来ない」

「次に――はぁ?」

 アズマの声が裏返った。

 まぁ、変な話をしている自覚はある。

「聞こえなかったか? 武器は捨てられない」

「人質がどうなってもいいのか?」

「よくないが、ここで俺たちが死ねば人質も死ぬんだろ? こういう状況を作る場合さ、絶対に殺されちゃまずい奴ってのを捕まえなきゃいけないんだよ。例えば首相とか」

「こいつ王様だぞ!」

「王様ってのはな。民のためにはいつでも殺される覚悟があるから王様なんだよ。それにここで俺が死ねばな。その守るべき民が死んでしまうんだ。だから王様は死んでもOKさ」

 すまきにされた王様がびくんとはねたような気がした。気のせいだな。

「お前、何しに来たんだよ!」

 愚問過ぎるだろ。

「お前を倒しに来たんだよ」

 そういうとアズマが顔を真っ赤にして立ち上がった。

「ふざけんな、てめぇ、絶対殺す!」

 頭に血が上ったアズマが剣を振りあげる。攻撃しようとしたため王様から足が離れ、少しだけ間合いが出来た。

「それが欲しかった」

 俺は勢いよく地面をけると、一気に間合いを詰めた。

 といっても魔法もスペリオルだって使えない。だから単純なかけっこだが。

 それでも前より早くなってる気がするのはマナを認識できるようになったからか、スペリオルでも発動してんだろうか。だだっ広い部屋の端と端だからな。一方的に攻撃できると油断していたアズマを蹴り飛ばし、王様を抱き上げ離脱。

 ……この親父、重いなぁ!

「ぐはぁ!」

 アズマは壁に激突すると肺から息を絞り出すような声を上げた。

 サラたちの所へ戻ってくると、縛られた王様を地面に転がした。

「いやぁ、成功してよかった……」

 しかし、反撃できないくらい油断しすぎじゃねえか、アズマの野郎。

「ご主人様、かっこよかったにゃ!」

「でも、あのセリフはダメですよ。さすがに……」

 サラに怒られてしまったが、結果オーライとしよう。

「っはぁ、お前ら。なんてことしやがる」

 アズマが立ち上がる。距離を開けるためだけにやったんだからそうだろうな。

 あれで失神でもしてくれたらうれしかったんだが。

「そいつ、敵なんじゃないのかよ! お前らにとって――」

「少し、黙ってなさい」

 サラがアズマに言う。

「助けたいと思ったから助けるの。憎いとか悲しいとか、そういうことより、自分が後悔しない生き方を選ぶの。それが人間なの。私なのよ」

 サラの目に涙が浮かんでいる。

 なんか、泣かせてばっかりだな。

「っは。きれいご――」

「はい、逃げますよ!」

「「「えぇ!?」」」

「いや、だってそうでしょ。このジジイが処刑されるってんで助けに来たんですから。アズマをどうにかする必要ないですから」

「そ、そうですけど佑人、ここでアズマを倒さないと」

「いやぁ、このチャーシューがいたら邪魔でしょうがないッスよー」

「「「いい加減にしなさい!」」」

 みんなに怒られてしまった。むぅ。

「おい、雑魚勇者」

「なんだ、その雑魚に一撃もらう世界最強の雑魚」

「あ?」

「お?」

 なんだ、やんのか。世界最強が訓練相手だったんだテメェなんぞに後れを取るかバァーカ!

 っは。いかんいかん。こういうところで調子に乗ると後でろくな目に合わない。

「お前、このまま逃げる気か?」

「オフコース」

「それでいいのかよ、雑魚が!」

「さよならー。さよならー。さよならぁーぁぁー」

 ジジイを抱えて扉をくぐる。

「っちょ、佑人!」

「佑人殿!」

「ご主人様、それはないですにゃ」

「だって十中八九罠があるじゃん。戦うの嫌じゃん」

「佑人。さっきその罠のありそうな部屋を縦断したんですよ?」

「何もなかったではないか」

「ご主人様、チキンですにゃ?」

「チキンで構いません。生き残るのが最優先です」

「「「はぁー」」」

 うっ。三人分のため息は堪えるなぁ。

「私の決意、返して欲しいんですが」

「私はまぁ、佑人殿に助けられたしな。うん」

「帰りますかにゃー」

 すまんねぇ、みんな。じゃ帰ろうか。

「って、待てよ!」

 無視。

 扉を閉めるとそのまま撤退。するとでも思ったか。

「ミリア。ジジイを抱えて柱の陰に」

「え?」

「早く!」

「あ、あぁ」

「サラも一緒についていって。ミィナは扉の横で待機!」

「は、はい!」

「了解にゃ」

 剣を構えると、息を殺して待つ。すると、バカでかい足音を立てて。

「お前ら、俺を無視する――」

「「せぃ!」」

 勇者様がやってきたので二人分の攻撃をぶつけた。

「ぐはぁ!」

 飛び出してきた勢いを打ち消し、アズマを広間の中に転がす。

 起き上がる前に攻撃を加えまくる。四人で。

 ステータスのおかげか、皮膚が鋼鉄みたいに固いので、遠慮なく剣を振り下ろすし、サラは魔法をぶつけまくる。

 ミィナのスタンピングはうらやましいなぁ。そこから見える景色はどうだい? 地獄かな?

 どこから持ってきたのかわからないが、ミリアがハンマーを振り下ろしている。だというのに骨が砕けたりする音は聞こえない。

「ぐあぁぁぁぁ!」

 なんか勇者が痛がってる声しか。おかしいなぁ。

 動けない勇者を袋叩きにしていると、ゴジョウが操るモンスターが襲い掛かってきた。

「ッチ」

 全員が距離を取り攻撃を躱す。アズマが起き上がってしまった。残念だ。

「この、スキル無しの雑魚勇者が調子に乗ってんじゃねえぞ。お前なんて片手で――」

「うるせぇ。もう一回フルボッコにしてやるからかかってこいやぁ!」

 剣を握り直し、アズマに斬りかかるが、あっさりと受け止められてしまう。

 だよなぁ。不意打ちじゃなきゃあんなに出来ないよなぁ。

「っは。さっきの勢いはどうしたんだよ!」

 しっかりと剣を握り抵抗するアズマを、押し込むことが出来ない。

 やっぱり自力の強さでは敵わないな。

 大した剣術じゃないっていうのに、一振りされただけでバランスを崩されるし。

 適当に蹴られただけで吹き飛ばされ、剣を振れば斬撃が飛んでくる。

 っていうかなんだよ。飛ぶ斬撃って。スキルか。スキルの力なのか。それともその無駄に豪華な剣の力ですかねぇ!

 気が付けばあっという間に劣勢になってしまう。

「大体、お前らゲームに何マジになってんの。これ、僕のゲームじゃん。しょせん脇役のくせにさぁ!」

 アズマがいら立ちをぶつけるように剣を振るう。

「おまえ、何を言ってるんだ!」

 この世界がゲームだから、何をやっても良いってか。反吐が出るぜ。

「ゲームだっていってんだよ!」

 アズマの剣を受け止めるも、衝撃を受け止めきれない。吹き飛ばされて体制を崩してしまう。

 とどめとばかりに襲い掛かってくる剣は。

「あなたみたいのが!」

 サラの魔法によって止められる。

 アズマが二発、三発と襲い掛かる魔法の弾をよけ、受けている間に距離を取る。

「っくの、邪魔するな!」

 しびれを切らしたアズマがサラへと襲い掛かろうとするが、ミィナとミリアが立ちはだかる。

「邪魔は」

「おまえにゃ!」

 ハルクによって強化されたミィナのこぶしがアズマをとらえる。痛みに一瞬だけたじろいだが、すぐさまミリアの剣を防いだ。……皮膚で。

 こいつマジで人間かよ。

「お前ら……お前らぁぁぁ!」

「もういい、黙っていてくれ」

 剣を握る手に力を籠めると走る。

 奇襲による混乱も、もうすぐ収まってしまうだろう。そうなったら後は『勇者様』の力で一方的にボコられることになる。

 そうなる前に、届くかどうかもわからいこの剣を突き立てねばならない。

 アズマへと迫った剣はしかし。

「さすがに、な」

 いきなり目の前に出現したザトーに止められる。

「っく」

「俺たちを忘れてたのか?」

 ザトーの短剣が目の前を行き来する。

 目で追えない速度ではないものの、アズマより洗練された動きはステータスだけによるものではない。

「ははははは。残念! ざまぁ!」

 アズマが笑う。ゴジョウとザトーが仲間たちへの攻撃を開始する。このままでは全滅する未来しか見えない。しかし、ここには厄介な勇者様がそろっている。使うなら今しかない。

「くらえ!」

 俺はメダルを手に取り砕いた。

 あたりに衝撃波が走り、アズマたちが動きを止めている。どうやら成功したようだ。後はアズマたちを取り押さえれば――。

「あはっあはははははは」

 アズマが、心底おかしそうに腹を抱えて笑っている。

「くらえだって! もしかしてそれが奥の手?」

 アズマは自分の懐に手を伸ばすと俺が今砕いたものと同じメダルが出てきた。

「これね。勇者召喚に使うメダルなの。確かに砕くとステータス初期化されるけどさ。スキルは残るし対策法もあるんだよ」

 アズマが手に取ったメダルはひびが入ると砂になって崩れていった。

「身に着けるのもダメだけど、ポケットに入れておく分には問題ないんだ。しかも、ステータス初期化も防いでくれる。どこで手に入れたメダルかわからないけど、ザマァ!」

 見ればザトーたちも同じメダルを持っていたようで、取り出したコインが砂に変わっている。

「そんで勇者のお前だけステータスが初期化されておわ……あれ、お前ステータス変わってなくね?」

 ……何の話だ?

「アズマ。お前、自分からばらすなよ」

「あ、やべ。俺がステータス見れるのバレちゃった。隠してたのに」

 ……どういう、ことだ?

「あー、あれですねー。そこの勇者モドキさんは正式にモドキだったんですねー。召喚、されたんでしたっけ? だけど勇者じゃなかったってわけですよぉ!」

 あ、そう。別に今更だわ。

「まぁ、ザコステータスのわりに頑張ったんじゃね? ってことでさよならー」

 剣を構えたアズマが突進してくる。俺は攻撃を受け流すべく剣を構えたが、直前でアズマが進行方向を変え。

「サラ!」

ゴジョウたちと戦っていたサラへと攻撃を仕掛けていた。

 俺はサラを守ろうと飛び出したところでアズマに切られ、意識を失った。


 アズマの笑い声が響いてくる。

 もうだめだ。ここまで、まぁよくやったと思う。スキルを持たない勇者のくせに、世界最強をどうにかしようと頑張ったと思う。それでいいじゃないか。

 ……勇者ですらなかったですケドぉぉぉぉ!

 そんな声が聞こえてくるようだった。

 確かにそうかもしれない。この世界に来てからというものろくなことはなかった。

 師匠はクソジジイだし、盗賊団の数は異常だし。

 スキルは持ってないし女神さまにもあってないし、そもそも死んだことすらわかってなかったし。

 それでも立ち上がろうとしているのは師匠の所為かなぁ。おかげであきらめだけは悪くなったような気がする。体はダルイし力は入らないけど、何もしないのは嫌だ。

 ――誰がクソジジイか。

 俺の師匠だよ。女勇者の下着制作にすら取り掛かろうとした男だよ。

 ――そんな奴の弟子なら勝てないでしょ。あきらめよう! さぁスパッツを作ろう!

 しねぇよ。っていうか邪魔すんなよ。

 ――ねぇ、いい加減気づかないか、このバカ弟子。

「は?」

 反響して囁くような声に顔を上げると、玉座の間ではなかった。

 いつの間にか真っ白な空間にいた。

 あたりを見渡しても何も見当たらなかったが、白い世界にポツンと一つだけ椅子があるのを見つけた。そこに。

「ようやく気が付いたか。バカ弟子」

「生きてたんですか!」

 思わず叫び、涙を流していることに気が付いた。しかし。

「んなわけるかバカ弟子。ホレ」

 そういって師匠が自分の頭を指すと、金色に光る円盤状の蛍光灯が乗っかっていた。

「……え、ふざけてるんですか? どこ社製の製品ですか?」

「お前、存外神経図太いな。もう少し別のリアクションがあってしかるべきだろ?」

「師匠こそなんですかその、トレンディ俳優みたいなガウン。キモイです」

「なにぉう。これぞ嫁を口説き落とした時に身に着けていた――」

「それきっかけで口説き落としたわけじゃないと思います」

 俺としては正論を言ったつもりだったのだが、師匠はぐぬぬという顔でこちらを睨んでいる。

「そんなこと言うバカ弟子は助けてやらん!」

「そうですか」

「おい。もう少し付き合いというものが」

「今、サラがピンチなんですよ」

 俺も切られたはずですし。

何らかの力でこの空間に居るんだろう。真っ白な周りの景色を見てもそうとしか思えない。だが、ここでの出来事が現実と同じ時間の流れではないと言い切れない。

 一刻も早く戻って、アズマを倒さなければ。

「ピンチねぇー。あんな中ボスにねー」

「あんた中ボスに殺されたんですよね?」

「違いますぅー。自爆して引き分けたんですぅー」

 口をとがらせて煽ってくるジジイ。めんどくせぇ。

「おい。さっさと要件を言え」

 死んで身も心も自由になりすぎだジジイ。

「まあ、そうだな。実はここは異世界転生の際に訪れる最初の部屋でな」

「え? 女神様いないんですけど?」

「そこはほら、小生と交換して――」

「チェンジ」

「お前な。小生の話を聞くか聞かぬのかはっきりとしろ!」

「聞くよ。だらだらしてんのはそっちだ!」

 よし、師匠を言い負かした。ぐぬぬっていう顔しているぞ。

「なんかー助けたくなくなってきたぁ」

「いまさら。ほら、謝るから続き!」

「ええー。小生に対する尊敬の念とか感謝とか、ぜんっぜん、感じないんですけど」

「感謝はしてますって。尊敬はあんまりですけど」

「それひどくない? 小生傷ついたぁー」

「早くしろよ!」

 トレンディドラマガウン着て女子高生みたいに体をくねくねし始めた師匠を尊敬できる弟子がいるなら見てみたい。

 師匠はニヤと笑うと。

「そうだな。これが最後となる。心せよ」

「……はい」

 真剣な表情へと変わり、最後の会話が始まるのだった。


「小生はどこまで、この世界について語ったかな」

「勇者が召喚されまくってることとか、こういう転生の部屋とかですかね」

「なら十分か。小生、死んでわかったことなのだが、勇者に配られるスキルはな、ランダムではなかったのだ」

「まぁ、俺だけスキル無しですからね」

 勇者ですらなかったけどね?

 結構びっくりしました。えぇ。勇者に効くって言われたのにね。無効化するスキルってことですかね! そしたら魔王城の宝箱開けても俺だけ効果なかったんですね! すっごーい!

「それに関係しておる。異世界召喚の際に、この部屋で女神からスキルの受け渡しが行われる。そしてスキルが入ってるボックスのようなものをアストラルという」

「アストラル?」

「うむ。死んだ魂が帰る場所で、何かを極めたもののエネルギーが、スキルとして残るのだ。このアストラルからスキルを得た状態で勇者は転生する」

 どういうことだってばよ。

「お前が召喚された時、スキル、枯渇しておったそうだ」

 は?

「それはつまり、ガチャの中身がなくなったからチュートリアル含めた演出がスキップされたっていう……」

「ガチャとか何かよくわからんがまぁ、初期設定スキップされたってことだな」

 師匠が残念そうに頷いた。

「それって人為的ミスっていうやつじゃないんですかね? 詫び石はよ」

「詫び石が何かはわからんがな。そうだな。ップ」

 今度はうつむいて笑いをこらえてやがる。もう一度、今度は俺の手で天国に送ってやろうか、アァン?

「まあそういうわけだ。喜べ。今から世界最強の勇者のスキルをくれてやる」

 師匠はそういって笑うと、光に包まれていく。

「小生は楽しかったぞ。まるで孫のようだった」

「俺には迷惑な祖父ですがね」

 女子にはセクハラしかしねぇし。良いところだけ持っていく主人公体質だし。

「ふはは。感謝しろよ。世界最強のスキルだ」

 そういってジジイは笑った。

「感謝はしますけど、役に立ちますかね?」

 精一杯の強がりだった。涙が止まらない。

師匠の体が光となって消えていく。

 薄く、陰すらも残さず消えていく最中、ジジイはニイと笑うと。

「小生を誰だと思っている?」

 と聞いてきた。だから。

「世界で一番バカな勇者ですかね」

 と答えた。

師匠は満足そうに笑うと。

「違いない」

 そう言って消えた。


 目を開けるとそこはアズマが笑っているところだった。

 これから一方的になぶることへの笑みだろう。サラに向けて剣を振り上げようとしている。

 ――いけ。

 声に、従った。

 俺は剣を構えると、アズマとの距離を詰めて剣を横に振る。

 ただそれだけで、空気を震わせた。

「あぶね!」

 師匠が磨き続けた剣術だ。

剣の腹で何とか受け止めた程度では、止まらん。

一呼吸で体に力がみなぎっていくのがわかる。筋肉が悲鳴を上げちぎれ、片っ端から再生していくのがわかる。

体がギシギシと痛い。切られた傷さえ、一瞬のうちに修復していく。

 これがスペリオルを、マナを操る力を極めた師匠のスキルか。

 体は軽く、呼吸の乱れもない。体中に走る激痛も一瞬のうちに癒えていく。が、体は使用に耐えきれないのであろう。やっぱり何度も激痛が走る。最初はその感覚がひっきりなしに襲ってきたが、次第に収まり始めている。

 体がスキルに慣れて来たのだろう。

 改めてあのジジイがたどり着いた境地に驚き、感謝する。

 これまでの、修行の延長線上にこの境地があるのだ。きっと。

 師匠のような『勇者』に近づくにはこの山を登ればよいのだ。そう思うと気が楽になる。

 そして、敵を討つ力になる。

「これが、この世界がゲームといったな。面白いかこの野郎!」

 何度も、剣をふるう。

 師匠の剣術は、この程度ではないと証明するかのように。

 急激な体の変化と、今まで培った技術が少しずつなじんでいく。それと同時にアズマの体へ傷をつけ始める。

「なんだよ、なんだんだよ!」

 アズマが泣きながらでたらめに剣を振り回す。そんなことで防げるわけがない。

 遅い。軽い。雑。でたらめ。読むまでもなく見て躱せる。ただ敵を目掛けて飛ぶしか能のない、チャンバラごっこ。

 そんなの師匠とやったら何発もの致命傷が飛んでくるぞ。

 ゲンコツは何十発では済まない。飯だって抜かれることになる。

「急に、攻撃があたんねえ! チートじゃねえか!」

 あぁそうだよ、チートだよ。お前らが大好きな奴だよ。

 師匠の力を借りている以上チートに違いない。

 けれど。今まで何もなかった俺にしてみれば、これでようやく同じ土俵だ。

 だが剣をふるうのは俺だ。体に染み付いた技術だ。ジジイから教えられたなぁ!

 スキルに頼りっきりで何も磨いてこなかったから。

「お前には技術が足りねえんだよ!」

「うるせえチート野郎!」

 アズマが俺に向けて剣を突きだした。剣先から光が伸び俺をめがけて飛んでくる。

 だが遅すぎる。

「せっかく、俺の世界に来たのに! 誰も俺に逆らわない世界なのに! なんでお前がいるんだよ!」

 お前がいるからだよ。

 でたらめに振り回される剣は、適当でもたしかに、致命傷になる一撃に相違ない。

 壁を削り地面を割り、空気を切り裂き剣戟が飛んでくる。

 おかげでサラたちに飛んでいかないよう飛び回ることになってしまう。だが。

「やっぱりお前の剣は遅いよ」

 素直すぎる。

 すごく強い攻撃でも、上から下に降りてくるしか能がないなら横に飛べばいい。それの繰り返しだ。

 今まではステータスに差があったのだろう。だから楽に勝てた。それほどまでに力と、速さがあったんだ。そのおかげで技術が無いのだが。

「メダリオン!」

 どこから取り出したのか、アズマがあの初期化メダルを使った。

 メダルが砕けて勇者のステータスが初期化される。しかし。

「これは勇者の能力じゃねえからな」

 ジジイの、師匠の培った技術を消し去ることはできない。

 後、俺は勇者ですらなかったわけですが!

 さっき効かなかったんですが!

「終わりだ!」

 おびえて大振りをしたアズマの体を、師匠の剣術で貫いた。

 俺はアズマが動かなくなったのを見届けると、体から力が抜けてしまい、気を失った。


 アズマを倒した直後のことは、実はよく覚えていない。

 ザトーたちはアズマが倒されたのを見てどこかへ行ってしまったらしい。ずいぶん素直だと思ったが、ババアたちの援軍が来たということで、旗色が悪いと撤退したのだろう。

 今は2人とも指名手配されている。

 それから結果的に救えた王様にはしっかり働いてもらっていた。

 指名手配を取り消したり自治領への賠償をさせたりと、まぁいろいろ動かしたらしい。

 ここら辺はババアが対応してくれた。

 師匠の弟子とかいう『ミト、オウ、モンド』の影使い三人衆っていうのも手伝ってくれたらしい。

 姿を見たことは無いんだけど、魔物が大量発生した原因の特定や、諜報活動をメインにしているそうだ。ちなみに大量発生の原因はアズマの仲間だった魔物使いの勇者、ゴジョウが原因だったそうで。

 ババアには師匠の最後を伝えると、笑って『らしいね』なんて言っていた。

 俺としては、師匠がババアを助けていたことの方が『らしい』が。

 ちなみにアズマのスキルについてもはっきりした。

 王様によると、アズマのスキルは『クリエイト』という伝説のスキルだそうだ。

錬金術スキルの極致だそうで、好きなものが生み出せたらしい。

 同価値のものであればなんにでも変化させることが出来るので、勇者召喚に必要な素材をすべて金でそろえて解決していた。チート過ぎるだろ。

 また、アズマが振るっていた剣や防具はすべて伝説にあるようなものだそうで、変化に必要なお金は重税で賄っていた。

 その延長線上に、他国への侵略があったそうだ。自分の所では賄えなくなったので他国から奪うということだ。

 これにサラの国も巻き込まれた。

 それを聞いたサラの悔しそうな顔は忘れられそうにない。

 これまで、レアな勇者を召喚することにはまっていた王様だが、アズマが居なくなったことで召喚は難しくなるだろう。

 というか、方々への賠償やらなんやらで国ごとなくなった。

 すべてを終わらせた後、王様は放逐されることとなった。

 好き勝手やった挙句生きて放逐とか甘いなと思うかもしれないが、今までえばり散らしてただけの人間が簡単に生きていけるほど世界は甘くない。

 国自体は分割されてよその国に併合され、その中の一つを、サラが相続した。

 これによってフィリア国が再建されることとなったのだが、裏に政治的思惑があったらしい。

 とはいえ。安定した生活を手に入れたわけで。

「ちょっと、いつまで寝てるの!」

 こうしてだらだらとベッドの上に過ごすことも出来るようになったわけで。

 あぁそうそう。結局師匠のスキルは使えなくなりました。訓練次第ではどうにかなるかもしれないけど、あの時のような力を出すことが出来なくなってしまった。

 こう、一時的なパワーアップに過ぎなかったようです。ステータスも見てもらったんだけど、あんま変わってなかったので二重にがっかりでしたよ。

「さっさと起きなさい!」

 おかげでとても眠い。

「昨日の狩りで忙しかったからぁ」

「知るかぁ!」

 俺は再建中のフィリア国でサラと一緒に生活することになったのだ。

 というか「忙しくなる私を見捨てるのね? 人事やら何やらで忙殺されろというのね?」と半ば脅されたというか。

 まぁ、手伝うつもりではあったけれど。あぁ、それから。

「ご主人様ー今日も狩りにいくにゃー」

「こらミィナ! 今日は城内の補修だ!」

 ミィナとミリアをついてきてくれたのはうれしかった。

 ミィナの故郷は一応健在だし、ミリアの両親も街も無事。今はサラの国を復興させるのが先だ。

 と、穏やかな空気を切り裂いて、兵士の悲鳴が響いた。

「たいへんだー! 森の中から魔物が!」

 俺たちは顔を見合わせると。

「行くか」

 今日も狩りに出かけるのだった。



 

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勇者ガチャで召喚されたゴミレア勇者 弱腰ペンギン @kuwentorow

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