宇宙時代の何気ない運び屋生活の一コマ(奈落の淵を駆け抜ける編)

和泉茉樹

宇宙時代の何気ない運び屋生活の一コマ(奈落の淵を駆け抜ける編)

     ◆


 操縦席へのっそりと入ってきたエルネストの方を見やると、疲労が半分、苛立ちが半分という表情をしている。

「補助スラスターは元気そうだったか?」

 からかい半分にそう水を向けてみるが、奴は副操縦士の席にどっかりと腰を下ろし、素早くパネルのいくつかのスイッチを入れた。

「おい、エルネスト、どうだった?」

「補助スラスターの七番がイカれている」

「直ったんだろ?」

「完全とはいかない。他の七つのスラスターとバランスをとるように物理的に調整した。飛ぶことはできる」

 それはよかった、と俺は応じて、休眠状態だったサイレント・ヘルメスの航行装置を起動する。主機関のコアクラッシュ半永久機関を始動するキーを回そうとすると、その俺の手首を素早くエルネストが掴んでいた。

 顔を上げると、奴がサングラスの向こうで、目を細めている。

「問題はもうひとつある」

「問題はひとつで十分なんだが?」

「反発ラダーがオシャカになりそうだ」

 思わず相棒の顔をまじまじと見るが、目元も口元も、真剣そのものだ。

「俺の勘違いじゃなければ、反発ラダーがないと方向転換に重大な問題が生じるはずだが、どうだったかな」

「その通りだよ、相棒、頭がいいな。一応、三つのうちの一つだから、大事故にはならん」

「大事故もひとつで十分だ」

 すでに俺たちはのっぴきならない状態にあった。

 ヴァルーナ星系の惑星ファルで、我が船、サイレント・ヘルメスにはリキッドクリスタルのカプセルが二十個入ったケースを、全部で二十ケース、積み込んである。

 闇組織の連中が資金源にすることで有名なクリスタルは、俺たち運び屋の格好の荷物だ。

 もちろん、銀河連邦の警察も兼ねる地方軍と呼ばれる宇宙軍の一部に察知されると、かなりマズイ。

 ただ、今はそれよりはマシだが、どれほどマシかわからない事態が、出来しているのだ。

 惑星ファルを離脱し、準光速航行を起動したはいいものの、二日の行程の半分で唐突にエラーが起こり、ヘルメスは緊急停止した。

 俺も相棒もリビングスペースにいたので、慌てて操縦室へ行って船の状態を見たが、補助スタスターのエラーだった。そこで船を一度、整備することになったのが今、終わった形だ。

 終わったが、はっきり言って、荷物を届ける期限が逼迫している。

 通常の行程でいけば、短くても半日は遅れる。

 歓迎できる事態じゃない。

「それで」

 まだ俺の手を掴んでいる相棒をじっと見据える。

「俺たちがこの窮地を脱出する計画があるが、聞く気はあるか? 蛮人テクトロン」

 舌打ちをして、エルネストが口元を歪める。

「ブランクブルーとは、今のところ、何も諍いがない。余計なトラブルを作る必要はないよな? どうだ?」

 ブランクブルーは闇組織の一つで、よそと似たか寄ったかの暴力主義者だ。そしてしつこい。

「敵わんな」

 結局、相棒は折れた。

「なら、決まりだ。手を離してくれ。航路を割り出してある」

 まだ手首を握り続けていたが、我が相棒は物分りが良いようで、俺の手首を解放した。

 これ見よがしに振って見せてから、電子端末を取り出す。

 既存の航路図が交錯している中に、点滅する点線がある。

「これが俺がとりあえず、安全だろうと計算した航路になる。通常の航路より、十五時間は短縮できる」

「そんな都合のいい航路が、都合よくあるとも思えないな」

「まさに。問題はここだ」

 俺は手元にあるペンで、さっと航路の一部を叩く。部分的に拡大され、そこにあるものを見て「冗談言うなよ」とエルネストが低い声で言う。

「冗談じゃないぜ。準光速航行でこの筋を突っ走ると、今、示している座標で巨大恒星の重力に引っかかる。引っかかるが、その強力な引力を使って、準光速航行しているヘルメスの航路を捻じ曲げる。そうすることで、計算上では、お届け先のクリーディ星系には十分に間に合う」

 問題しかないな、とエルネストが呻くが、それだけだ。

「何か他にアイディアがあるか? テクトロン人」

「船ごとチリになるより、悪党どもに頭をさげる方がいい気がするだけだ」

「ギャングどもは頭を下げるだけで許すかな」

「お前、痛めつけられて死ぬより、ギャンブルで死にたい、とでも言いたげだな、ユークリッド人」

 やってみる価値はあるさ、と言ってやると、呆れたのか、もう諦めたようでエルネストは大きくため息をつき、「急ごう」とだけ言った。

 キーを捻ると主機関の中で、燃料核が点火され、核融合が始まる。エネルギーが主推進器の三連環ハイブリット推進器に注ぎ込まれた。

 その間にも俺はパネルを慌ただしく操作し、一応、三つの反発ラダーを確認する。確かに一つが怪しい。しかしもはや、どうしようもないな。

 補助スラスターの反応は全体的に鈍い。これがエルネストが言っていたバランスっていう奴だ。

 俺は電子端末を取り出し、計算をやり直した。

 エルネストは俺の代わりにヘルメスを走らせ始めていた。準光速航行を起動する座標までは通常推進で進むしかない。

 ありとあらゆる引力、重力、慣性、さらにヘルメスの状態も加味しないと、あっという間にどこかで船がバラバラになるか、明後日の方向にすっ飛んで迷子になるか、そういう結末が待っている。

「おい、もう座標だぞ」

「オーケー」

 俺は電子端末にコードを差し込み、そのコードを操縦席の端末につなげる。

 先に入力してあった航路が補正され、登録される。

「これで行けるはずだ。六時間でおおよそ、遅れを取り戻せる」

「生きていればな」

 エルネストが俺に操縦権を渡し、俺は操縦桿をひねり、ペダルを踏み込む。

 主機関から発生するエネルギー量は予定通り。推進装置も時折、ぐずつくが、安定している方だ。

 こういう乗組員にギャンブルを強制する船なんて飛ばしたくない、と思うことも多いが、目的地に着くと変に頼りになる船だとも思うのだ。

 座標に到達し、俺はレバーを倒した。

 目の前のスクリーンが黒くなり、時折、白い筋となって光が走る。

「俺は飯にするよ。事故が起きる場面を見るのは趣味じゃない」

 エルネストが言いながら席を立ち、そっけなく操縦室を出て行った。

 俺はそこまで放り出せないので、たった今もサイレント・ヘルメスが突き進む航路を確認していた。

 スクリーンには様々な情報が重なって表示され、素早くそれを把握していく。

 補助スラスターの反応の鈍さが、予想より大きい。しかしギリギリであの世への奈落の縁を駆け抜けられるはずだ。

 唐突に警報が鳴り、赤い表示で反発ラダーからの信号が途絶え気味だと表示が出た。

 手を伸ばして副操縦士の席の上にあるパネルをいじる。危険だが、瞬間的にエネルギーをカットして、即座に再起動。エラー表示は消える。

 こいつはいよいよ、どこかで修理しないと、事故死する可能性が現実になりそうだ。

 船はすでに問題の巨大恒星に近づきつつある。

 スクリーンにも遠くに真っ赤な光が見え、みるみる近付いてきた。

 また警報が鳴る。

 準光速航行は基本的に、直線に進むか、銀河連邦が構築している偏向ゾーンでの進路変更かしか、想定していない。

 恒星の引力を利用する航法を実行するのは、自殺志願者か、冒険者か、そうでなければ悪ふざけでしかない。

 警報がもう一つ、重なる。さらに一つ。

 もう一つ、重なった。こいつはヘルメス自体が恒星に引きずられているためで、俺からすれば想定のうちだ。

 むしろ引きずられることで、船を全速で突っ走らせながら無理やりに曲げようとしているのである。

 恒星があまりに近い、という警告も出る。

 俺は手元の電子端末に目をやった。

 おおよそが計算通りだ。誤差は許容範囲内。

 曲がれるか。

 曲がらなかったら困ったことになる。

 メインスクリーンのいくつもの警報の向こうでは、半分ほどが赤い光に染まっている。それだけ恒星が近いことを示している。

 また警報。ヘルメスの外装パネルに異常な負荷。

 パネルの一枚や二枚でこの危険を脱する事ができれば、安いものだろう。

 ついにスクリーンの半分以上が、恒星の光と警告表示で真っ赤っかになる。

 船が激しく揺れ始める。

 積荷が荷崩れするのでは、と思ったが、固定されている。

 揺れが一度、ガツンと大きく来て、それが不意に消える。

 スクリーンの赤い表示が一つずつ消えていき、いつの間にか燃えたぎる恒星が発する光さえも消えた。

 スクリーンには準光速航行を切り上げるまでのカウントダウンが出る。

 俺はそっとレバーに手を置いて、ゼロと同時にそれを手元に引き倒した。

 スクリーンに星の光が戻る。

 クリーディ星系の外れにすでに飛び込んでいる。中継基地の信号もキャッチした。

 時計をチェック。

 いつの間にか六時間も操縦室にいたようだ。とにかく、予定通りに荷物を届けられそうだ。

 背後に気配がするので振り返ると、エルネストが呆れた顔でそこにいた。

「本当にうまくいったらしいな」

 そう言う相棒が拳を突き出してくるので、俺はその拳に拳をぶつけた。

 瞬間、強烈な衝撃が来て、俺は危うくシートから跳ね飛ばされそうだった。

 スクリーンには、反発ラダーの一つが完全に機能停止している表示が出ている。

「うまくいかなかった、ということになるのかな、これは」

 エルネストがパネルを操作するが、反発ラダーは回復しない。

「外に出て、様子を見てくる」エルネストが皮肉げな笑みを浮かべる。「だいぶ急いだようだから、少しは余裕もあるだろう」

 俺の頭の中では即座に計算がされる。

「修理に使える時間は二時間だ」

「安心しろ、相棒。おそらくこんなところじゃ修理できないだろうし、交換部品がない可能性しか俺には想定できない」

「あれだけジャンク品を買っただろ」

「ジャンク品を当てにするなよ」

 そんな言葉を残して、今度こそエルネストは操縦室を出て行った。

 俺は操縦席に座り直し、たった今、走り抜けたばかりの新しい航路を検証することにした。

 修理に関して、俺ができることはない。

 仕事の期限はとりあえず、急げばどうにかなるだろう。

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宇宙時代の何気ない運び屋生活の一コマ(奈落の淵を駆け抜ける編) 和泉茉樹 @idumimaki

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