第27話

 突然、見知らぬ男の声が聞こえる。


 ステルノとルルジアの視線は前を向いた。


 そこには御者が座っているはずだ。


 ルルジアは気になり、前へと歩いて行く。幌の布を解くと、手綱を握りしめた御者が座っていた。


 目深に麦わら帽子を被った御者はルルジアの方を向く。つるりとした丸い餅のような顔。つぶらな瞳がルルジアの目と交差した。


「ひぃ!!」


 見覚えのある顔だったのだろう。


 ルルジアは思わず腰を引いた。


「お前は――――」


 続いて言葉を失ったのは、ステルノである。御者の顔を見て、顔面を蒼白にし、口元を抑えた。


 たとえナイフを持った悪漢が現れても、眉一つ動かさない女傑が、突如現れた如何にも冴えない男を見て、動揺を隠せないでいる。


「お久しぶりです、ステルノ様」


 御者は手綱を緩めて、馬車を止める。ゆっくりと幌の方に翻り、客車の中に入ってきた。


 ルルジアはすとんと尻餅を付く。まるで幽霊でも見るかのように、カタカタと歯を鳴らした。


「嘘でしょ! あんたは処刑されたって……。ね、ねぇ、ステルノ様? そうでしょ?」


「わ、私もそう聞いてるわ。……何故、あなたがここにいるのよ」



 レインダー伯爵……!!



 ステルノは叫んだ。


 夢か幻か。それとも化けて出たのか。


 生憎と外はまだ夕暮れにも遠い。夕闇の怪異というわけでもなかった。


 しかし、そこに立っていたレインダー伯爵で間違いない。ステルノが運営する商会の経理役だ。


 そのレインダー伯爵は、まず幌の床に倒れたルルジアを見つめる。薄暗い幌の中で、つぶらな瞳は真夜中の野犬の目のように妖しく閃くと、ルルジアはまた小さく悲鳴を上げた。


 心なしか下着が濡れているように見える。


「君が私の娘役か。なるほど。私と全く似てヽヽヽヽヽヽいないヽヽヽ。君、良かったねぇ」


「近づくな、変態が!!」


 ルルジアは近づいてきたレインダー伯爵を威嚇する。


「初対面の人間に変態呼ばわりされたくないなあ。……ああ、そうか。焼き討ちされた時のことを言っているのかな。あれはね。元々うちで預かっていたんだよ。違法奴隷市場で売りさばかれそうになっていた奴隷を……」


「はあ……?」


「孤児院のベッドに空きがなくてね。数が数だったし。さるお方に頼まれてね。うちで預かっていたんだ。変なことはしてないよ。興味もないし。どっちかというと、年上が好みなんだ」


「ふ、ふざけるな。カミングアウトしてるんじゃねぇよ」


「そういう言葉遣いはよくないな。君、ステルノ様のお付きのメイドでしょ。伯爵家に行儀見習いで来ていたから覚えてるよ。大変な劣等生だったこともね」


「てめぇ!!」


「ルルジア、そこまでよ」


 殴りかかろうとしたルルジアを止めたのは、ステルノだった。


 激昂し、すでに獣人化の兆候が現れ始めていたルルジアに対して、ステルノの肌は蒼白なままだった。


 何かを考えるようにぶつぶつと呟く度に、その青さが際立っていくような気がした。


「どうやら、ステルノ様はお気づきのようですよ。そろそろネタばらしをされてはどうですか?」




 ライハルト様…………。




 瞬間、光が差す。


 一斉に幌を覆っていた布が切り裂かれ、蕾が開くように中身が剥き出しになった。


 新鮮な外気が流れ込み、眩い光に目が眩む。


 徐々に視界が慣れてくると、ステルノとルルジアは驚愕の光景を見ることになる。


「ここは……」


「馬鹿な!!」


 2人が見たのは、大きな庭園だった。


 湖のような大きな池泉に、巨大な絵が描かれた切り立った崖。風光明媚を地で行くような景色が広がっている。


 当然、2人には見覚えがあった。


 離宮エニアの側にある庭園だ。あの三族会議の舞台になっていた場である。


「そんな馬車は王都を目指していたんじゃ」


 ルルジアは顔から血の気がなくなる。


 横でステルノも口元を手で覆って、必死に考えていた。


「おかしい。私は馬車の行く方向にはずっと気を遣っていた。ライハルトが何かまだ隠し持っているのではないかと……。だけど馬車はずっと王都へ向けて、真っ直ぐ走っていたはず。ゆっくりとカーブしながら、元の場所に戻ったとしても私なら気付いたはず」


「さすがは姉上……。あなたなら、そこまで用心していると思いましたよ」


 横ですべてを聞いていたは立ち上がった。


 警備隊がすぐやってきて、俺の縄と解呪の魔法を唱え、拘束を解く。


「惜しかったですねぇ。そこまで用心されているのはさすがです。まあ、僕も用心されることはわかっていたので、ちょっとだけ細工させてもらいました」


「細工……」


「馬車の車輪の下をご覧下さい」


「下?」


 ステルノは覗き込む。


 そこにあったのは、俺が金属性魔法で生成したゴムのベルトと戦車のキャタピラのようなローラーだった。


 俺、ステルノ、ルルジア、そして御者役のレインダー伯爵を乗せた馬車は、ずっとこのローラーの上を走っていたのである。


 何故、こんなことをやったのかって? 決まっている。それはステルノやルルジアの話を、多くの人間に聞かせるためだ。


 そう。ローラーの上に乗せられた馬車の周りを、たくさんの人間が囲んでいた。


 グラトニア兄様、三族会議に参加したガル族のフェンブルシェン様、ルドー族のテテューパ様、さらにこの警備に当たった兵士、すでに捕縛されたステルノの兵士と反政府組織『ホープル』の団員たち。


 そして――――。


「すべては聞かせてもらったぞ、ステルノ……」


 その多くの群衆の中から、進み出たのは、ドラガルド王国国王エニクランド・ヴィクトール・ドラガルドだった。


「お、お父様……」


 ステルノは声を絞り出す。


 対するエニクランド陛下は笑った。


「ふん。皮肉だな、ステルノ。お前に『お父様』と呼ばれたのは、随分と久しぶりな気がする。それが、こんな場所で聞く事になるとは……」


「ど、どういうこと!?」


 ステルノは頭を抑えて考える。


 すでにルルジアは頭を項垂れ、戦意を失っていた。虎の子の戦力だったステルノの私兵も、金をちらつかせてごろつきを集めただけの反政府組織の団員たちも、敗着を認めてあがくこともなかった。


 最後の最後まで戦ったのは、結局ステルノただ1人だけとなった。


「私の計画は完璧だったはず。一体どこから狂っていたの? どこで間違えたというの?」


「ステルノ姉様……」


「ライハルト! あなた、一体どこから計画をしていたのよ」


 ついにステルノは、俺の胸ぐらを掴んだ。


 警備員たちはステルノを離そうとするが、それを止めたのは俺自身だった。


「最初から……。ああ、この場合――――」



 冒頭からヽヽヽヽとでも言えばいいのかな?

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