第9部 転生王子は暗躍していた

第26話

 ステルノ、そしてルルジア……。


 枷を嵌められたライハルトの瞳は、両者の間で泳いだ。


 ステルノはうっとりとして微笑み、ルルジアは舌を出して、第3王子を馬鹿にしたように笑っている。


「はあ……??」


 如何に優秀なライハルトでも、現状で起こっていることに頭がついていかないらしい。


 ぽっかりと開けた口からは、今にも魂が抜け出てしまいそうだった。


 優男の間抜け面を見て、指を差したのはルルジアだった。


「あははははは! こいつ、全然わかってないみたいですよ、ステルノ様」


 ルルジアは狐憑きにでもあったかのように態度も顔つきも豹変していた。


「可哀想なライハルト……。その表情から察するに、ルルジアをちゃんと信じてくれたのね。そ・れ・と・も、ルルジアに恋しちゃった?」


「げぇ! そんなの結構ですわ。あたいの恋人は、ただ1人――ステルノ様だけです」


 ライハルトに見せつけるかのようにルルジアはひらりと舞って、ステルノの首に抱きつく。


 互いに蠱惑的な笑みを浮かべた。


「どういうことだ、姉さん?」


「まだわからないの? ルルジアは、あなたに送ったスパイよ」


「スパイだって?」


「ついでに言うと、彼女はレインダー伯爵家となんら関わりはないわ。書類上のものも、すべて私が用意したものよ」


「じゃあ、レインダー伯爵が違法奴隷を――――」


「安心なさい。関わったことは事実よ。『マスク』は正義を実行したの。良かったわね、ライハルト」


 そう言われて、ライハルトはペタリと尻餅を着く。


 まだ何が起こっているのかわからないという表情だった。


「一体、どこから姉さんの仕込みだったの?」


「最初からというべきかしら。あなたが、次期国王を断った時からよ」


「俺が次期国王を……」


「私はね、ライハルト。前にも少し話したけど、あなたが国王になることを望んでいた」


「その方が国を裏から操りやすいからですか?」


 ライハルトは自嘲気味に笑う。


「あなたはとても聡明で、この国の光とも言うべき存在。でも、国もまた生き物……。光だけでは育たない。光があって、影があるからこそ、バランスが取れているの」


「あなたがこの国の影になると……?」


 ライハルトの質問に、ステルノはそれ以上答えない。


 ただ口元を緩めるだけだった。


「あなたでは、この国の影を統治することはできない。でも、私なら可能……。きっとあなたは私に助言を求めてくる。いつか――――」


「けれど、俺は…………」


「そう。国王になることを拒んだ。それどころか、他の王子や王女を国王に据えようと動いた。なんて愚かな行為だと、1度はライハルト――あなたを呪ったわ」


 ステルノはライハルトの真意を探ろうとした。


 何故、ライハルトは国王を拒否したのか。何故、他の王子王女に国を任せようとしているのか。


「そこで私はあなたの思考を読んだ。そうね。ちょうどあなたが、アンナに仕掛けた聖剣騒動の後ぐらいかしら。そして私はあなたが、やる気のない兄妹に発破を掛けるために、敵を用意すると考えた」


 ライハルトは「まさか」と声を漏らす。


 そう。その時からステルノの攻性は始まっていたのだ。


「あなたに偽の反政府組織の情報を掴ませ、接触させた。あなたはまんまと私が作った反政府組織『ホープル』を使って、国の敵になろうとした。そして、そこであなたは本当の犯罪というものを目撃する。……それは、この国の影よ」


「違法奴隷取引……」


「そう。この取引は貴族の間でずっと行われてきた。この取引は古くてね。実際、王族も関わっていたこともあるのよ」


 衝撃の事実を、ステルノは淡々と告げる。


「そしてあなたは本当に正義――『マスク』として動いた。でも、さすがあなたね。1度私も煮え湯を飲まされたわ」


「別荘での件ですね」


 ステルノは頷く。


 馬車の車輪が石を踏んだのか、一瞬ぐらりと横に揺れた。


「まさか反政府組織以外に、協力者を持っているとは思わなかったわ。だから、私も表舞台から去らなければならなくなった。『マスク』の真偽を確かめるために……。そしてルルジアに指揮を託し、私は裏から脚本を書くことにした」


「じゃあ、あの予告状はステルノ姉さんだったんですね」


「聡明なあなたなら、それだけで十分だと思ったのよ。違法奴隷取引に王族と、さらにガル族が関わっていると推理してくれると……。私とのこともあったしね」


「すべて姉さんの手の平の上だったってことか……」


 ついにライハルトは項垂れた。


 その頭にステルノは優しく手を置く。綺麗な金髪をかき混ぜるようになで回した。


「ライハルト、わかったでしょ。あなたはこの国の影を知らなさすぎる。違法奴隷問題だけではないわ。今のお父様もまたあなたと同じ、光の属性をお持ちよ。それはとても大きな光。それ故に影も大きい」


「その中で、あなたという王女が生まれた……。あなたはその影のなんですか?」


「私はただ影を知っているだけ。あなたやお父様よりも……」


「それはあなたの中に、ガル族の血が流れているから?」


 ステルノは顎に手を置き、少し考えてから喋った。


「ちょっと違う。血は関係ない。でも、私が抱える孤独と、この国の暗い部分の相性が良かったことは認めるわ」


「わかりました。それで? ここまで僕に対してネタをばらしてくれた理由はなんですか? 何か考えがあってのことなのでしょう?」


「逆に聞くわ、ライハルト。あなたはどうなると思う? この国の王子が政府を名指しで批判する仮面の騎士『マスク』だった。それも架空とはいえ、反政府組織と手を組んだ」


「極刑ですか?」


 半ば投げやりに、ライハルトは答えを返す。


 しかし、ステルノは首を振った。


「そんなことするはずがないでしょ。幸いあの場にいたのは、王国の政府のトップと王族、各部族の長……。そして数百人ほどの兵士のみ。その中には私の私兵が混じっているわ」


「まさか……」


「おそらくお父様はすべて闇に葬るでしょ。あなたが『マスク』であった事実も、あなたが見てきたすべてに蓋をし、あなたを自慢の王子として育てる。でも、若干の制限を加えるでしょうけどね」


「そんな!!」


「あなたが思っている以上に、この国はあなたの手腕に期待している。『マスク』がしたことは、確かに大罪であるけれど、情状酌量の余地はいくらでもあるし、王族ならばそのすべてを闇に葬ることができる」


「あり得ない! 全部、なかったことにするつもりですか!」


 ライハルトは拘束されたままの状態で、ステルノに掴みかかろうとする。


 それを1歩手前で止めたのは、ルルジアだった。


 ライハルトの顔面を蹴り、喚き散らす。


「ステルノ様に近づくなよ、獣」


「こらこら。ルルジア、将来の旦那様に何をしているの。折角、顔だけはいいのに」


「な、何を言っているんだ、姉さん。旦那? 彼女と僕は……」


「あなたが王様になった時、私の計らいということで、あなたとルルジアは結婚してもらうわ。彼女は、表向きは伯爵家の娘ということになっているし。それに事件関係者を、一気にまとめるという意味でも、お父様は納得するでしょう」


「彼女を僕の枷にするつもりか!」


「その通りよ。あなたが変な事を考えないように……。あなたはね。私の言うことを聞く駒であればいい。それ以上は求めない。勿論ルルジアとセックスしろと言ったら、セックスするのよ。是非彼女と幸せな家庭を気付いてちょうだい? ルルジアもいいわね?」


「ライハルトのことはとても嫌いだけど、ステルノ様のご命令なら……」


 ルルジアはモジモジさせながら、応じた。


 ステルノはライハルトの髪をひっつかみ、自分の方に顔を向ける。


「ライハルト……。あなたの敗因はね。調子に乗ったことよ。自分が王様になりたいからって、敵を作ろうとするなんて。あまりに大逸れてるわ」


「ああ……」


 ライハルトの瞳から涙がこぼれる。


 1滴、2滴と馬車の床に落ちて、広がり、そして染みこんでいく。


 これまで自信満々の王子は赤く腫れ上がっていた。


「ぎゃははははは! ステルノ様、こいつ泣いてますよ!」


「よっぽど悔しいのね。……でも、ライハルト」



 あなたの負けよ……。



「認めなさい、ライハルト。自分の敗北を。私はね。負けることが決して悪いことではないと思ってるの。ほら、よく言うでしょ。敗北を糧にしてって……。あの日、雨に打たれながら帰った時、私わかったのよ。人は負けた時に、1番成長できるんだって。私ね、姉としてあなたに味わってほしかったのよ」


 ステルノはライハルトの顔を覗き込む。


 すると、ライハルトの口が動いた。


「姉さん、最後に聞かせてほしい」


「何かしら?」


「2万人の奴隷はどこへ行ったんだ?」


 ライハルトの質問を聞いて、ステルノはさらに禍々しく笑う。


「そう言えば、その答えを言うのを忘れていたわ。あのね、ライハルト。2万人の奴隷なんていないの。あの奴隷はね。すべて書類で作った架空の奴隷よ」


「まさか――――脱税??」


 ライハルトは信じられないとばかりに、瞼を大きく広げて、姉を見つめた。


 その青い瞳に、蛇のように目を細めたステルノの顔が映っている。


「さすがライハルトね。そこにすぐ気付くなんて。あれはね。全部水増しされた架空の奴隷なの。それらをすべて経費計上して、節税をしていたのよ」


「何故、そんなものがレインダー伯爵家に?」


「レインダー伯爵には、私が人を介して経営していた商会の経理を頼んでいたの。レインダー伯爵は、元々国の祭礼を取り仕切る役目を負っていたから、王宮の事務にも詳しい……。さて、もういいでしょ。今、言ったこともすべてお父様は蓋をする。あなたを守るために……」


「なるほど。俺を巻き込んで、すべての罪をあやふやにする。それがあなたの狙いだったわけか……」


「その通り。今さら私を告発しても遅いわ。あなたは国際会議級の場で盛大にやらかしてしまった。つまらない脱税事件よりもずっと大きな事件をね」



 私の完全勝利よ、ライハルト……。



「さすがステルノ様ですわ。


「ふふふ……」

「ははは……」



 あ――――っはっはっはっ!!



 ステルノとルルジアは揃って声を上げて笑い始める。


 それは幌を突き破り、外の方まで広がっていった。


 そして、その声の中に1人の声が混じる。



「なるほど。初めに私の家を襲撃されたのは、それが理由ですか……」



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


次回からライハルトの反撃が始まります!

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