第8部 三族会議 襲撃編

第21話

『女帝エニア』。


 300年以上の歴史を誇るドラガルド王国において、3度女王が国の治めた時代が存在する。


 その中で1人突出した治政を発揮し、栄華を極めたのが、エニア・ヴィクトール・ドラガルドである。


 在位50年。さらに隠棲して死ぬまで影響力は続き、『女帝』という渾名を残してこの世を去った。


 離宮エニアは、隠棲したエニアが政治活動を行った場所である。ちなみに正式には「ポルカ離宮」と名が付けられているが、エニアの死後――その功績を称えるために、人知れず『離宮エニア』と呼ばれるようになった。


 普段は静かで美しい離宮と、その周りに広がる庭園だが、今日はなかなかに物々しい。


 予備役、あるいは国境警備の一部からかり出された兵士が、離宮の至る所に配置され、篝火は普段の200倍以上もの数が焚かれている。


 そして、そこにやってきたのは、黒と銀の行列であった。


 南からやってきたのは、黒の鎧に黒の髪を揺らしたガル族。北からやってきたのは、銀色の鎧に銀髪を揺らしたルドー族である。


 どちらも、ドラ族にはない屈強な顔を見せている。装備や神輿に贅をこらしており、すでに国の威信のようなものが垣間見えていた。


 その中で一際大きな象の背に乗り、輿とした乗っていたのは、ガル族の長である大公フェンブルシェン・ルドス・ガルドランであった。


 墨で塗りつぶしたような蓬髪に、針金のように硬い髭。唇は厚く、目はギョロリとして大きい。


 しかし、人々の想像よりも遥かに小男なフェンブルシェンだが、その口元に貼り付いた笑みには、何か強い野心を感じさせる。


 対するルドー族の長と思われる人間は、女であった。


 氷から削り出したような銀髪に、ゾッとするほど白い肌。伏せ目がちな薄い水色の瞳には、覇気というか、生気そのものすら感じさせないのに、見た者をたちどころに凍らせてしまうような威圧感があった。


 北特有の羽織を何枚にも重ねた民族衣装を着て、緩い袖の部分をひらひらと動かしている。


 最後に付け加えるなら、その股下に強いていたのは、巨大な白い虎であった。


 ルドー族の長――大公テテューパ・ルドス・ルドラスであった。


 両者の陣営は、ちょうど離宮に続く格子が入った門の前でかち合う。しばし睨み合いが続くと、フェンブルシェンとテテューパを乗せた輿が列の先頭へとやってきた。


「久しぶりだな、テテューパ」


「ご無沙汰しております。フェンブルシェン様。去年の三族会議以来ですから、1年ぶりですね」


「おうよ。お前もますます美しくなるのぉ。気味が悪いほどにヽヽヽヽヽヽヽヽ


「まあ、お世辞でも嬉しいですわ」


「レディファーストという奴だ。お主が先に入るがよい」


 お? と何人かの部下が顔を上げて、意外そうな表情を浮かべる。


 フェンブルシェンは良くも悪くも『田舎の王様』だ。格を重んじ、誰よりも先に行くことを望む。女の扱いなども雑で、すでに20人以上の正室と離縁していた。


 そんなフェンブルシェンから『レディファースト』という言葉を聞くことが、意外だったのだ。


「お断りします。ここは年長者が先に……」


「いやじゃ。わしらが先に行って、背後から襲いかかられてはたまらんからなあ」


「あら、バレてしまいヽヽヽヽヽヽましたかヽヽヽヽ?」


 テテューパは薄く微笑む。まさしく氷の微笑であった。


 対してフェンブルシェンは今にも炎を吐き出さんばかりに、目の前のルドー族の長を睨み付けた。


 見て分かる通り、この2人はすこぶる仲が悪い。


 ドラ族が治める王宮を挟んで、北と南に分かれているため、今回のような三族会議でもなければ顔を合わせることもないのだが、何故か本人たちは遺伝子レベルで互いを嫌悪していた。


 世に言う犬猿の仲という奴である。


「お主ら、そんな所で突っ立っておらんで早く入ってこい!!」


 離宮の門の前で睨み合う両者の間に、大きな声が吹き抜けていく。


 フェンブルシェンとテテューパは、ハッと我に返ると、離宮の門の中から現れた人間を睨んだ。


 エニクランド・ヴィクトール・ドラガルド。


 ドラガルド王国の国王だ。


 ついでに俺はその側に控えて、犬と猿の喧嘩を国王とともに眺めていた。


「エニクランド……」


「何じゃ、お主おったのか?」


「おったのか? ではない。格子の外で待っておったのに、盛大に無視ししおって」


 エニクランド陛下は、両者に睨みを利かせる。


「……わかっておるのか? 先に通達した通り、今回の三族会議は通常の会議ではない。明確に我らの首を取りに来る者がいるのだぞ」


 次の瞬間だった。


 何かが飛来するような音がしたかと思った瞬間、エニクランド陛下、フェンブルシェン、テテューパのちょうど間で何かが弾ける。


 濛々とした砂埃が風に攫われると、鎖がついた鉄球が地面に沈んでいるのが露わになった。


 それぞれの陣営の衛兵たちは慌てて、前に出るが、杞憂に終わる。


 鉄球がついた鎖を引いたのは、象に乗ったフェンブルシェンだったのだ。


「ふん! 『マスク』だがなんだが、知らぬが、出てくるなら出てきてみろ。わしがぺちゃんこにしてやる! が――――はっはっはっはっ!」


 フェンブルシェンの高笑いが響く。


 直後、手に持っていた鉄球が乾いた音を立てて、バラバラになる。すると、俺たちの前で細い鋼線が巻き取られていった。


 その端を掴んだのは、テテューパだ。


「初めてあなたと気が合いましたわね。同感ですわ。あたくしの前に現れたら、その仮面ごとバラバラにして差し上げます。お――――ほっほっほっほっ!!」


 珍しく興奮してるらしく、テテューパは声を上げて笑う。


 何万という民を率い、一族という生き物を動かしてきた統治者たちだ。


 2人からすれば、退屈な会議を盛り上げる道化師程度にしか見えていないのかもしれない。


 やれやれ……。


 こっちはどうやって警備を抜けだそうと思案しているというのに、わかっていたとはいえ、厄介なキャラがまた現れたものだ。


 笑声が混じり合うのを聞きながら、俺は次の行動を考えていた。



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ここまでお読みいただきありがとうございます!

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