第20話

 『マスク』からの犯行予告状……。


 三族会議を襲撃するという内容に、反政府組織『ホープル』たちは興奮を隠せない。


「さすがオレたちの『マスク』だ」

「三族会議を襲撃するなんて」

「大胆不敵だな」


 口々に称える様子を、俺は少し離れたところで見つめる。


 まず三族会議とは、ドラガルド王国の成り立つ要因となった3つの部族、すなわちドーラ族、ガル族、ルドー族の部族の代表者が集い、各部族間で起きてる問題を話し合う会合である。


 年に1度、王都から少し離れた所にあるエニア離宮で行われる。そこには世界でも有数の名園が存在し、度々重要な政治劇の舞台になっていた。


 3部族は傍目から見れば、安定していると思われがちだが、実際はほど遠い。


 終始和やかに会合が進んだ例はあまりなく、最後には罵り合いに発展することもしばしばである。


 なのに部族間戦争にならないのは、棲み分けがうまくできているからだ。


 どの部族も現状の領地に満足しており、他の部族が侵犯しない限りは何もしないというスタンスをこれまでとってきた。


 前にも述べたが、どの部族も1枚岩というわけではない。それぞれ各部族のとりまとめに腐心しているため、余所の部族に手出しする暇がない――といった所が現状だろう。


 外から見れば、ドラガルド王国は大国で、豊かな国だと思われがちなのだが、大きな爆弾を抱えていることも、また事実だった。


 エニクランド陛下が、睡眠時間を削っているのも、安定しない治政をどうにかバランスをとるためであった。


「『マスク』、すごいです! まさか三族会議に目を付けるなんて」


 半ば興奮気味に鼻息を荒くしたのは、ルルジアである。


 ダイヤでも詰めたようにその瞳は輝き、他の者と一緒に俺を称える。


「ああ……」


 俺は生返事をするだけだった。


 この反応は必然だ。


 何せこの予告状に、俺はさっぱり見に覚えがないからである。


 そもそも三族会議は、毎年回ってくるドラガルド王国の爆弾の1つだ。


 そこに正体不明の『マスク』が現れ、反政府組織がなだれ込む。まさに地獄絵図である。確かにドラガルド王国を転覆させるには、絶好の機会かもしれないが、さすがに戦力が違い過ぎる。


 それに当然と言えば当然だが、三族会議の警備は厳しい。予備役も含む全兵力が投入され、離宮周囲の警備に付くことになっている。


 そこに他部族が連れてきた護衛も合わせれば、軽く5万人規模の警備になる。まさに鼠1匹入ることができない鉄壁の守りである。


 そんなところで騒ぎ起こすなんてあり得ないのだ。


 そして、もう1つ弱ったことがあった。


 この日、俺は騎士団の一部を率いて警備に就くことになっている。つまり、『マスク』として活動することは難しくなる。


 やれやれ……。


 喋れば喋るほど、マイナス要因しか見当たらない。いっそ俺が書いた予告状ではない、と暴露して、団員たちを留めるか。


 いや、これほどの士気が昂ぶっているのだ。ここで俺が拒否するような姿勢をとれば、今後の活動に影響を及ぼすことになるかもしれない。


 いずれにしろ、これを仕掛けた奴はとんでもなく大馬鹿野郎だ。


 何せ『マスク』にも、反政府組織『ホープル』にも、マイナス要因しかない。この予告状には、何のメリットは見当たらないのである。


 仮に乱入して、ガル族の代表でも始末しようものなら、間違いなく泥沼の内紛に突入するだろう。折角、3部族が手を取り合って、長期の和平を謳歌しているのに、いつ終わるともわからない内紛など、国民も喜ばないだろう。


 三族会議はスルーするのが、1番なのだ。


「だが、誘った奴もそれはわかってるはずだよな……」


「……?」


 余程の大馬鹿野郎でなければ、俺たちがスルーすると予測するはずである。


「大変だ!」


 1人の団員が慌てて、会議室に入ってくる。『ホープル』の中で、情報分析を担当している人間だ。


「どうしたの?」


 ルルジアが目を細める。


「情報があった。三族会議の時に合わせて、大きな違法奴隷取引が行われるようだ。しかも2つの地点で……」


「「「なんだって!!」」」


 団員たちは声を揃えた。


「場所は? 場所はどこ!?」


 ルルジアは勢いのあまり情報分析担当の胸ぐらを捕まえる。


「り、離宮の近くだ」


「離宮って。もしかして、エニア離宮!?」


 ルルジアの剣幕に押されながら、情報分析担当は何度も頷いた。


「そのうちの1つはダミーの可能性もありますね」


「両方取引場所という可能性もある。どちらにしろ、オレ達の戦力を分散させる気だ」


 側にいた団員がその辺にあった椅子を蹴っ飛ばす。


「なるほどな」


「何を納得しておられるのですか、『マスク』様」


「線が繋がった……」


「え? 線?」


 被害にあった10歳以下の子どもの約9割がガル族出身、またはガル族育ちの奴隷だった。


 さらに、その数は年間2万人とわかっている。これは通常の奴隷取引の年間総数に匹敵する数だ。


 はっきり言うと、これはあり得ない数である。違法奴隷を王都に連れてくるなど、至難の業だ。どんなに衛兵がマヌケだとしても、2万人は多すぎる。


 摘発されていたとして、4万人もの奴隷が動けば、ガル族も黙っていないはずだ。


「三族会議にはそのガル族の長がくる。多くの兵士と従者を連れてな」


「なるほど。そこに大量の違法奴隷が紛れていてもおかしくないということですね」


 情報分析担当は鼻息を荒くする。


 だが、ルルジアの反応は違う。情報分析担当のように顔を赤くすることはおろか、むしろ青くなっていた。


「お待ち下さい、『マスク』様。それはつまり、ガル族全体が関わっている――というか」



 国家規模の犯罪なのでは?



「大げさに言うと、そういうことになるね。だが、仮にそれが事実とすれば、この違法奴隷取引の黒幕は――」


「ガル族の英雄と謳われるフェンブルシェン大公ですか?」


 ガル族の族長――フェンブルシェン・ルドス・ガルドラン。


 大公ルドスの地位を持ち、ガル族の中でも、もっとも力のあるガルドラン族の頭目でもある。


「いや、それだけじゃないだろ。フェンブルシェン大公が興味を持つのは、ガル族のことだけだ。逆にドーラ族が治めるドラガルド王国王都の内情には疎い」


「確かに……。王都の中で堂々と取引できる人物としては目立ち過ぎます。じゃあ……」


「前にも言ったと思うけど、多くの貴族が参加しているということは、それなりの保証があってのことだ。そこに仮に王族が絡んでいるという話は、この前したな」


「は、はい……。まさか『マスク』様は、エニクランド陛下を疑っているのですか?」


「ああ。国王も立派な王族だからね。そして本当にエニクランド陛下なら、これ以上の後ろ盾はない」


「はい。その通りです。……まさか『マスク』様はすべてを見越して、あらかじめ予告状を――――」


「うん? あ、ああ……。まあね」


 ここはこう言っておくしかないか。


 だが、これで俺が知らない間に予告状なるものが送られたかわかった。


 おそらく敵は離宮の方に警備を集中させたかったのだろう。あわよくば『マスク』と警備の騎士たちをぶつけて、混乱に乗じて取引を行おうという腹づもりなのかもしれない。


 いずれにしても、なかなかずる賢い。


「いかがしましょうか、『マスク』様?」


 ルルジアに問われ、ずっと椅子に腰掛けていた俺は立ち上がる。


 悪の親玉みたいに、バッと勢いよくマントを翻した。


「皆は2つの取引場所を襲撃。ルルジアがリーダーとなり、取引を阻止、奴隷を確保しろ」


「「「「はっ!」」」」


「それで、『マスク』様?」


「俺は君たちには同行しない」


「どうして?」


 場内の警備があるから、とは勿論言えないし、言うつもりもない。


「俺は離宮に行き、エニクランド陛下に信を問う」


 おお……。


 団員たちから声が漏れる。


「お待ち下さい、『マスク』様。まさかお一人で?」


「予告状を出したのは、『マスク』であって『ホープル』ではない。それにタダでさえ人員が少ないんだ。これ以上、戦力を分散させるわけにはいかない」


「ですが――――」


 反論を続けようとするルルジアの唇を、俺は指でなぞり、黙らせる。


 仮面の俺に向けるルルジアの瞳は、やや濡れそぼっているように見えた。


「大丈夫だ。俺の強さはわかっているだろう」


「はい……。『マスク』様、必ずわたくしたちの下に帰ってきてください」


「無論だ。それに『マスク』は1人ではない。きっと君たちがピンチの時は助けてくれるはずだ」


「はい……!」


 ルルジアの歯切れの良い声を聞くと、俺は再びマントを翻す。


 ついに三族会議のために動き始めるのだった。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


書きだめができたので、なるべく毎日投稿に切り替えます。

楽しんでいただければ幸いです。

昨日、フォローとレビューいただいた方ありがとうございます!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る