第19話
「ふ~む……」
執務室で俺が首を捻っていた。
手にはレインダー伯爵家から応酬した顧客リストと、違法奴隷売買の取引場所――つまりアジトが書かれた紙を摘まんでいる。
昨日、ついに最後の場所を強襲したが、スタッフス子爵家と同じくもぬけの空だった。
顧客はすべて衛兵に突き出すことに成功したが、取引場所となったアジトを抑えることはできなかった。関係者は綺麗さっぱり消えていたのだ。
顧客の聴取は衛兵が勧めているようだが、めぼしい戦果はない。
件の取引場所に行き、金と奴隷を交換する。それぐらいの関わり方しかなく、レインダー伯爵のような元締めとなった貴族の情報はなかった。
俺の推理は間違っていない。
これほどの大規模な違法奴隷売買を仕掛けるには、伯爵程度ぐらいの貴族には手が余る。地方ならまだしも、エニクランド陛下が目を光らせる王都で起こっていた。
余程、王宮内の情報に精通した人間でなければ達成できない。
そうなれば、公爵以上の地位でなければ説明がつかないのだ。
「ふー」
もう1度書類を掲げて、精査を続けた。それはレインダー伯爵家が抱えていた違法売買された奴隷の性別や年齢、出身部族の名前が書かれた紙だった。
「ライハルト様、失れ……?」
ライサが茶器を運んでくる。部屋に入ってくるなり、凍り付いた。
何か得体知れない魔物にでも出会ったかのように、唇が震えている。
「あ、あの……。それは?」
「ああ。これ?」
俺は開発した魔導機械を止めた。
足をおいていたゴムのベルトが止まり、さらに回っていた歯車が止まる。その周りには安全を配慮した手すりが置かれていて、魔導機械を制御するための制御盤が付いていた。
「これはね。ルームランナーという機械だよ。これさえあれば、部屋の中で走ることができるんだよ」
「え? 走りたいならば、外で走ればいいのではないですか?」
ライサはパチパチと目を瞬く。
彼女にとって、何故こんな器具が必要なのかわからないのだろう。だが、俺からすればぐぅの音も出ない指摘だ。何でこういう器具って流行ったんだろうか。
「雨の中じゃ走れないだろ。無理に走れば、風邪を引くかもしれない」
「なるほど。これなら、雨の日でトレーニングできるというわけですね。さすがです、ライハルト様」
なんとか納得してくれたらしい。
「良かった。休憩は如何ですか?」
「ありがとう。ちょうど休憩しようと思っていた頃なんだ」
俺はルームランナーから降りて、執務席に座る。
こんな時、紅茶を差し入れてくれるライサは最高のメイドだ。
お疲れ気味の脳に、紅茶の香りはよく効く。
飲むとさらに身体が温まり、無意識に力が入っていた場所がほぐれていくようだった。
「おかわりいかがですか?」
ティーポットを構えたライサが、極上の笑みを見せてくれる。
それだけで疲れが吹き飛びそうだった。
「ありがとう」
俺はカップを返す。トポトポと音を立てて、カップに紅茶を注ぐライサを見つめた。
ふと彼女が黒髪であることを思い出す。
「ごめん、ライサ。立ち入ったことを聞くんだけど、もしかしてライサの親族に、ガル族の人がいる?」
ガル族の特徴は、黒髪と褐色の肌である。
ライサの肌は褐色というほどではないけど、その黒髪はこの辺ではガル族か親族の中に血縁者でもいなければ、いないはずなのだ。
「えっと……。親族というか、わたくしは元々南のガル族の出身なのですが……」
「え? でも、肌は、そのぉ……」
「ああ。もう10年近くこちらに住んでいまし、それに最近はその……化粧を――――」
ライサはポッと頬を赤くする。
そ、そうなんだ。ライサって化粧を。すっぴんかと思ってた。
いや、それにしても盲点だ。こんな所にステルノ姉さんと同じ部族の出身者がいたなんて。
「ライサ、昔の話を聞いていい?」
「え? ええ! もちろん?」
「確かライサの両親は……」
「幼い時に部族間の争いに巻き込まれまして、亡くなりました」
ガル族はドラガルド王国に併合された以降も、種族間の争いが絶えない。
そのため毎年多くの孤児を生まれるのだそうだ。
「なるほど」
俺は書類を捲る。
違法奴隷の餌食となった子どものほとんどが、実はガル族なのだ。
本来ならば、ドラガルド王国の孤児救済制度によって教会や養護院に預けられるはずの子どもが、そのまま違法奴隷取引の場に引きずり出されていて、売買されていたようだ。
「両親が亡くなった後、私は孤児院に……。そこで行儀作法や字の読み書きを習ったんです」
「それで王宮勤めで、おいしい紅茶まで淹れられるなんて、ライサは相当優秀だったんだね」
「た、たまたまですよ。そもそもライハルト様が、わたくしを選んでくれたのではないですか?」
そう言えば、そうだったな。
まあ、俺としては日本人に近い女の子が手元にいると、落ち着くってことで採用したんだけど。
だけど、これでピースがハマってきた感があるな。
レインダー伯爵家。
違法奴隷取引。
そこに関わる者たち。
第1王女ステルノ。
そしてガル族……。
だいぶ足踏みしてきたけど、ようやく何かが見えてきそうだ。
というより、何となく相手の出方がわかってきたような気がする。
なら、次なる一手は……?
俺なら――――。
突如、コンコンとノック音が響く。
ベストタイミングというより、まるで俺の動きが見透かしたような手際の良さだ。
「入れ」
入ってきたのは、近衛だ。
「失礼します、ライハルト殿下。伝言です。王族全員、至急円卓に集合せよと、エニクランド陛下からのご伝言です」
「わかった。すぐに参上するとお伝えしてくれ」
近衛は軍靴を鳴らし、敬礼すると、すぐに部屋を出て行った。
「また緊急ですか。ここのところ会議が多いですね」
「仕方ないさ。諸悪の根源が捕まっていないんだからね。さて、行ってくるよ、ライサ」
「はい。いってらっしゃいませ」
ライサは頭を下げ、執務室から出て行く俺を見送った。
早速、円卓の間に行くと、すでに父――エニクランド陛下が座していた。
遅れたことを詫びたが、陛下は席に着くように勧める。その後、続々と王子王女が入ってきた。
久々にステルノの姿もある。
俺を含めて、さらっと円卓会議に参加したステルノの動向に注目が集まったが、本人は不敵に微笑むだけだ。
父上も2、3他愛もない言葉をかけただけで、すぐに本題に入った。
「そなたらを集めたのは、他でもない。これのことだ」
エニクランド陛下は円卓の上に、1通の書状を投げ捨てる。
横に座っていたグラトニアが確認すると、息を飲んだ。
「よ、予告状だと……」
「はあ? 予告状だぁ?」
「お兄様、誰からですか?」
「まさか――――」
その不吉な言葉を聞いて、兄妹たちはそれぞれ反応する。
小心者のグラトニアは声を震わせ、予告状を読み上げた。
「『この国に巣くう害虫どもに告ぐ。私、『マスク』はお前たちに天誅ならぬ、人誅を与えることにした。三族会議にて相まみえん。仮面の騎士『マスク』」
それは『マスク』からの襲撃予告状だった。
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