第18話

 召喚魔法は『光』あるいは『闇』に属する魔法である。


 属性によって召喚できるものが違い、『光』であれば聖霊あるいは天使と言った存在が、『闇』であれば悪魔が召喚できる。


 いずれにしても、高等な魔法であり、特に光属性における召喚術は、世界を見渡しても10人もいないと言われる。


 その点、まだ『闇』属性は易く、使い手も多い。


 ほとんど廃墟と化した屋敷に、番犬として置いておくぐらいには、簡単なようだ。


 出現したのは、レッサーデーモンである。


 硬い鱗のような身体に、赤黒い瞳。鶏冠のような毛が臀部まで続き、獅子のような尻尾を振っている。


 口を開くと、鋭い牙が光り、その手から伸びる爪はナイフのようだった。


 ざわり……。


 思わぬ奇襲に『ホープル』の面々は、顔を青くした。一瞬、士気が下がったように見えたが……。


「恐れるんじゃないよ!!」


 ルルジアが叱咤する。


 先ほどまで貴族令嬢然とした口調ははなりを潜め、戦う女の声と顔になっていた。


「あたいたちはこれまで何をしてきた。『マスク』の下で厳しい訓練を受けてきたんだろう」


 拳を振るい、皆を鼓舞する。


 ルルジアの言う通りだ。新生『ホープル』が立ち上がってから、俺たちはただ単に王都で騒動を起こしていたわけではない。


 ゆくゆく『ホープル』は、王族と直接対決してもらおうと俺は考えている。そのために必要なのは、単純に数と、そして武力である。


 反政府組織として、政府と対抗する術を磨くため、常日頃から様々な訓練を課してきた。


 その甲斐もあって、ようやく骨格らしきものが出来上がろうとしている。


 けれど、実戦というものはそう甘いわけではない。


 ルルジアに叱咤されたからといって、目の前の化け物に突っ込んでいく者はいなかった。


 兵を率いるには、まだ一押し足りない。


 『マスクおれ』が行けば、みんなついてくるだろう。それぐらいの信頼関係は構築してある。


 でも、それだけじゃダメだ。


 みんなの士気が高まらないのを見て、ルルジアは肩を落とす。その肩に俺は手を置いた。


「大丈夫だ、ルルジア」


「『マスク』……様……?」


「行け! 君なら大丈夫!!」


「…………はい!」


 ルルジアの瞳に決意が宿る。


 ついに腰に下げていた細剣を抜いた。


 そのままレッサーデーモンへと距離を詰める。敵もぼうっと突っ立っていたわけではない。レッサーデーモンの口が開いた。瞬間、火炎弾が放たれる。


 高速で撃ち出された紅蓮の炎がルルジアに迫る。


 着弾したかに見えたが、ルルジアは見事回避していた。


 俺たちが見ていたのは、彼女の残像だ。彼女もまた高速で動いていた。風属性魔法だ。足下に纏わせることによって、風のように走れる魔法を使ったのだ。


 魔法を使ったルルジアのスピードは、さらに上がる。


 一気にレッサーデーモンの懐に飛び込んだ。


 如何に異界の魔物とて、ルルジアの動きに全くついていけていない。


 レッサーデーモンが反応した時には、その首は胴から離れていた。


 ゴトッ……。


 やたら重い音を立てて、レッサーデーモンの首が玄関ホールに落ちる。同時に首を切られた悪魔の胴体は、木の床に倒れた。


 まさに一瞬の攻防だった。


 まるで達人同時の戦いを見るように、団員たちは瞠目する。次の瞬間、ルルジアが見出した戦果に、先ほどまで憶していた団員たちは色めきだった。


「すげぇ!」

「ルルジアがレッサーデーモンを」

「1人でだぞ」

「よーし! 俺たちも――――」


 続けとばかりに団員たちは、飛び出していった。


 それぞれ得物を握り、残りのレッサーデーモンに群がる。


 レッサーデーモンは炎を吐き出し、対抗するも、魔法を得意とする団員の防御魔法に阻まれた。


 その間隙を突き、接近戦を得意とする団員が群がると、四肢を切り落とし、半ば無力化した後、悪魔の急所を刺し貫く。


『おおおおおおおおお!!』


 レッサーデーモンは雄叫びを上げる。そのまま黒い屑となって消滅した。


 ルルジアの勇気を見た団員たちは奮闘し、ついにレッサーデーモンを全滅させてしまう。


 俺も手伝いに入ろうと思ったが、その必要はなかったようだ。


 鍛えた俺が驚く程の成長を、『ホープル』の団員たちは遂げていた。


 この素直さが、他の兄妹たちに1ミリでもあればと思わないわけではないが……。


「『マスク』様、ありがとうございます」


「俺は何もやっていないぞ。ルルジアや他の団員が努力した結果だ」


「いえ。『マスク』様が後ろに控えてくれるからこそです。さっきのだって、『マスク』様が声を掛けてくれなかったら……」


 ルルジアは持っていた細剣の柄をギュッと両手で握る。


 やや不安そうに俯いた。


 つむじが向いた頭に手を置き、俺は軽くルルジアを撫でる。


「よく頑張ったな、ルルジア」


「はい。ありがとうございます」


「ふふ……」


「え? ちょっ! なんで笑うんですか?」


 仕方ないだろ。


 だって、この前ライハルトとして会った時はあれほどの剣幕で怒っていたのに。


 それと同じ口から感謝の言葉をもらうなんて……。


「い、いや、別に何でもないよ。ふふ……」


「ほら! また! どういうことですか!?」



 『マスク』様ぁぁぁぁああああ!

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