第7部 反政府組織 暗躍編

第17話

 その後、俺は反政府組織を裏で操りながら、悪徳貴族たちを成敗していった。


 調べてみると、ワラワラ出てくる。水戸〇門を見てると、悪代官がぞろぞろ出てきて、江戸幕府大丈夫かと思ったものだが、異世界とはいえ、実際の結果に愕然としてしまう。


 エニクランド陛下が、苛烈な人間だと十分わかっているはずなのに、よくそんなことができるものだ。


 とはいえ、あの社畜にも弱点がないわけじゃない。


 エニクランド陛下に見えているのは、まず異民族との外政、そして国をどう発展させていくかという内政である。


 基本的に家臣や貴族が何をしているかは気にしないタイプの人間だ。ワンマン経営の社長みたいなものだろう。


 故に貴族たちが何をしようが、知りもしない。悪いことが見つかった時に、裁けばいいと思っている。


 君主制という点においては、それは正しい判断だろう。王がやるべきは国事であって、家臣を疑うことではないからだ。


 仮に俺が玉座に座っても、似たような対応をしたはずである。ただでさえ、睡眠時間を削らなければならない仕事量だというのに、貴族の裏事情なんていちいち調べてられるか。


 一方、俺の反政府組織生活は、順風満帆にスタートしたかと思われたのだが、どうやら虎の尾を踏んでしまったらしい。


 反政府組織の活動を通じて、俺はあることに気付いた。


 それは巨大な違法奴隷売買の市場があることだ。


 レインダー伯爵は、その窓口だったらしい。その後、伯爵家にあった顧客を中心に俺たちはしらみつぶしに、叩いていった。


 そして、ついに虎の尾を踏んだというわけである。


 その虎とはご承知の通り、我が姉ステルノ・ヴィクトール・ドラガルドのことだ。


 今のところ確証はない。


 だが、取引場所を知っていたり、必要以上に『マスク』を追いかけたりしていたところを見ると、容疑者から外せないだろう。


 それに違法奴隷市場が、ここまでエニクランド陛下の足下で成長していった理由も付く。


 王族が1枚噛んでいるとしれば、興味がある貴族は必ずいる。悪徳代官が水戸光圀公の黄門を持っているようなものだからな。


「ステルノはどうした?」


 仮面騎士『マスク』の対策として、王族会議は定例化していた。


 円卓の上座に座ったエニクランド陛下は、鋭い視線を空席へと向ける。


「体調が悪いとのことで、今日の会議は欠席すると、使いのものが」


 応じたのは、長兄グラトニアだ。


 それを聞いて、鼻で笑ったのは、アンナだった。


「あの女が体調が悪い? そんなことあるのかしら。毒を食らっても、けろりとしてそうな女よ」


「そういうことを言うものではないよ、アンナ。ステルノは君のお姉さんなんだから」


 グラトニアは妹の1人をたしなめる。


「お兄様方は、お噂を知っていますか?」


 ルヴィが会話の輪に交じる。


「なんでも、雨の日に傘も差さずに、王宮の外を歩いていたそうですわ」


「ええ……。何それ、こわい……」


 アンナは震え上がった。


「それも早朝に庭師が目撃したとか。昔からよくわからないお姉様で、奇行も絶えないお方でしたけど、いよいよ極まってまりましたわね」


 ルヴィは「やれやれ」と肩を竦めた。


 おそらく俺の別荘に来た時だな。本当に歩いて帰ってきていたとは思わなかった。


 あの勝負、俺が圧勝したが、ステルノ姉さんはどうやらまだ俺への疑いを解いていない。


 巧妙に隠してはいるが、使い魔を使って、常に監視している。とはいえ、俺の部屋までは追跡してこないため、脱出はさほど難しくない。


 おそらくレインダー伯爵家が反政府組織の隠れ蓑になっていることも知られていないはずである。


 あそこにいるのは、全員レインダー伯爵の家臣ということにもなってるし、俺も極力訪れないようにしている。


 こっちのガードも硬いが、向こうのガードも実に堅牢だ。


 こっちがレインダー前伯爵が残した顧客名簿から当たっていることを知ると、めぼしい取引場所は引き上げてしまったらしい。


 おかげでこちらは完全に手詰まりな状態だ。


「確か……。今日も襲撃予定があったな」



 すでに俺の思考は、今夜の襲撃へと向けられていた。



 ◆◇◆◇◆



今回の襲撃場所は旧スタッフス子爵邸跡地だ。


 調べたところ、スタッフス子爵家は7年前に跡継ぎがおらず、老齢の当主を最期に滅亡した。


 その後子爵位は売りに出されたらしいが、買い手までは辿り着けなかった。


 爵位を売りに出すことは、借金を抱えた貴族がよくやる手ではあるのだが、その買い手がわからないということは、闇マーケットに流れたのだろう。


 そのため書類上では、スタッフス子爵家は残っていることになっているのだが、その屋敷に人の気配はない。


 庭は手入れをされておらず、悪戯と思われる窓は割れたままで、蜘蛛の巣がびっしりと張っていた。


「人の気配がありませんね」


 俺と一緒に屋敷を探っていたルルジアが、茂みから首を伸ばして呟いた。


 先日のドレス姿から一転、今日は戦装束だ。肩から胸の辺りまで覆うライトアーマーに、下には鎖帷子。厚めの革靴を履いている。


 腰には俺にも向けたことがある細剣が下がっていた。


「こんな所に違法奴隷売買のアジトがあるんでしょうか?」


「ないかもな……」


「え? そんな!」


「冗談だ、ルルジア。今は、君の父親が残したリストが頼りにして、つぶしていくしかない」


 すると、ルルジアは俯いた。


「すみません」


「何故、謝るんだ?」


「だって、最近アジトを襲撃しても……」


「空振りなのは、君のせいじゃない。敵だって馬鹿じゃない。漏れてるかもしれないアジトにいつまでもいないさ」


「『マスク』様、いないと分かっているなら、どうして襲撃を続けているんですか?」


「俺たちの目的は今の政府を変えることだ。だが、敵は強大。それを変えるには、多くの人員が必要になる。俺たちが活動を続けていけば、賛同してくれる人間もいると、俺は信じている」


「なるほど……」


「さあ、時間だ。ルルジア、行こうか」


 俺は茂みから立ち上がると、一斉に俺の背後で物音がした。


 現れたのは、俺と同じ仮面をしたものたちだ。


 その数60名。


 最初、ルルジアを含めて6名しかいなかった反政府組織『ホープル』は、徐々に人を増やして、すでに10倍近い人数になっていた。


 といっても、これでも少なすぎるけどな。


「行くぞ」


 俺たちは旧スタッフス邸に入っていく。


 4組に分かれたチームが、東西南北から一斉に襲撃を始めた。俺とルルジアがいるチームは、南――正面だ。


 玄関のドアをこじ開け、なるべく静かに入っていく。


 派手に登場してもいいが、出来れば屋敷に潜んでいる人間を刺激したくない。


 1度、チームは玄関ホールに集合する。全チーム、1階のクリアリングを済ませてきたらしい。


 良い動きだ。鍛えた甲斐があった。


「緑、青チームは地下へ。俺の赤チームと、黄色チームは2階を捜索する」


 皆が黙って頷く。


 合図を出すと、再びチームは分かれた。


「やはり静かですね」


 ルルジアは声を潜める。


「油断するなよ。いつ蛇が出てくるかわからないぞ」


 しかし、俺の心配は杞憂に終わる。


 地下、2階ともに捜索したが、人の気配は全くない。当然、違法奴隷の姿もなかった。


「結局、空振りか……。『マスク』、どうしましょうか? レインダー伯爵家のように屋敷を燃やして、見せしめにしますか?」


「…………」


「『マスク』様、どうしました?」


「――――なさ過ぎる」


「え?」


「人の気配がなさ過ぎる。当主が死んでから7年以上経っているが、それから誰も手を付けていないような有様だ」


「確かに……」


 ルルジアは顎に手を置き、やや物憂げに俯く。


「ダミーとかじゃないですか?」

「偽のアジトだったから、とか」


 他の団員はそう言うが、ダミーだとしてもおかしい。


 偽のアジトと書かれたリストが、レインダー伯爵のような窓口が持っていたりするだろうか。


 さらに言えば、リストに偽アジトと考えられるような記載もない。


 アジトを引き払ったすれば、何らかの痕跡が残るはずなのに、むしろ屋敷の中は7年前の痕跡が色濃く残っているような状態だった。


「前にもこんなことがありましたな」


 別の団員が呟く。


 そう。実はこれが初めてではなく、すでに3度目だった。


 そして、そういう場合決まって……。


「『マスク』様……!」


 ルルジアが声を上げる。


 俺も敏感に気配を察していた。


 俺たちが再度集まった玄関ホールが光り輝き始める。


 足下にあったのは、無数の幾何学模様と魔力が込められた文字だ。


 召喚陣だ。


「散開!」


 ルルジアが勇ましい声を上げて、団員たちに告げる。


 皆、1度召喚陣から離れると、それぞれ武器を握った。


 召喚陣から現れたのは、レッサーデーモン。


 つまり悪魔と呼ばれる種族だった。

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