第15話
そして俺はルルジアの思い通りにしてやった。
ルルジア自らスパイとなって、父レインダー伯爵の悪事を調べ上げた。もちろん彼女のような伯爵令嬢が、単独で辿り着くことは不可能だ。
俺は悪事を暴くちょっとしたヒントを彼女に与えた。
元々優秀な女性だ。やや素直さに欠けるが、ルルジアは見事俺の手駒として動ききり、詳細に父レインダーの悪事を暴いた。
その上で俺はレインダー伯爵家を強襲。仮面騎士『マスク』として華々しくデビューしたのである。
レインダー伯爵家の夫妻は処刑が決定。その他、違法奴隷に関わっていた家臣たちも、極刑あるい流刑とされた。
レインダー伯爵家は当然お取り潰しかと思われたが、その前に伯爵の悪事を暴き、国に内部告発した(ということになっている)ルルジアの処遇をどうにかしなければならなかった。
貴族の任命権は、王にある。
その処断方法も王に委ねられることもしばしばだ。
レインダー伯爵家はお取り潰し、ただし告発したルルジアは、王都からの追放が妥当な線だろうが、微妙なところだった。
仮にルルジアを追放すれば、今後の密告者が密告しにくくなること。逆に彼女を次のレインダー伯爵に据えれば、密告をすれば刑が軽くなるというような間違ったイメージを与える可能性がある。
熟慮を重ねても答えがでない選択は、君主であれば当然付きまとう命題だろう。
50近くにもなった今でも戦場に出て、昼夜問わず働く社畜王も、今回の問題は頭を抱えているらしい。
「父上……」
夜――書斎に行くと、父は執務を執っていた。家臣たちは皆眠りについたのに、王だけが精力的に働いている。
こうはなりたくないものだ。
「ライハルトか……。何用だ、こんな時間に……」
「こんな時間じゃないと、父上との謁見も叶わないので」
「確かにな。ライハルトも覚悟せよ。王になるとは、民に尽くすということをな」
「肝に銘じておくよ。ところで、レインダー伯爵家のご息女のことですが」
「ああ……。奴隷の子か」
「奴隷の子??」
「あれは、レインダー伯爵家の正室の娘ではない。伯爵家のお手つき。屋敷で働いていた獣人の給仕との間にできた娘だ」
エニクランド陛下の言葉の端々に、レインダー伯爵を卑下するような感情が見え隠れしていた。
つまりは働いていた家臣に手を出した。それも、獣人の娘に。
別に差別するわけではないが、伯爵の趣味を知っている俺としては、ついおぞましいという言葉が脳裏によぎる。
「それで彼女は、家では迫害されて」
「普通はそうだが、レインダー伯爵は正妻の子ども同様に、奴隷の子を寵愛したそうだ。皮肉だな。愛情を注いでも、裏切られるとは。まあ、レインダーの自業自得ではあるが」
話しぶりからして、父上は報告を聞いて、腹が決まったらしい。
察するに、お家取り潰し、ルルジアは追放といったところだろう。
「父上……。その沙汰、僕に仕切らせてはいただけませんか?」
「お前が?」
エニクランド陛下は掛けていた眼鏡を取ると、眉を顰めた。
しばし、父子は睨み合うと最初に引いたのは、エニクランド陛下だった。
「よかろう。お前に任せる」
「ありがとうございます」
「ふふ……」
「どうしました?」
「何……。お前も少しは国王に興味が出てきたのかと思ってな」
国王からはそう見えるか。
残念ながら、俺には1ミリもないのだがな。
◆◇◆◇◆
俺は自分の執務室にルルジアを呼びつけた。
部屋にやってきた彼女は、下水道の時とは違う。伯爵令嬢らしい振る舞いと、濃紺のシックなドレスに身を包んでいた。
伯爵令嬢らしくないのは、どこか憤然とした表情ぐらいだろう。
出会った時は、猪女騎士という感じだったが、こう見るとやはり貴族令嬢なのだな、感心してしまう。それが獣人と人間の間に生まれたハーフブリードであっても、厳しく教え込まれた気品だけはなかなか抜けるものではない。
レインダー伯爵が、彼女を寵愛したというのは嘘ではないのだろう。
「初めまして、ライハルト殿下。ルルジア・サント・レインダーと申します」
ルルジアは淡白に挨拶する。
貴族が王族に挨拶する際、それも初対面ともなれば、長い口上を使ってアピールする。仮にその挨拶だけが、自分の唯一の会話である可能性があるからだ。
しかし、ルルジアはそうではなかった。
自分に下される沙汰を予期しているのか、それとも今さら有望な次期国王の王子など眼中にないのかはわからない。
いずれにしろ、すでにルルジアのことを知っている身とすれば、彼女
「初めまして、ルルジア嬢。おっと失礼――ルルジアと呼んでも?」
「構いません」
「じゃあ、僕もライハルトでいい」
「それは……」
「いいから座ってよ」
俺は目の前の椅子に座らせる。
そしてレインダー家とルルジアの沙汰を、自分が下すことを告げた。
そう聞いても、ルルジアの表情は変わらない。彼女からすれば、裁く相手は王でも王子でも変わらないのだろう。
「君は奴隷の子らしいね」
2、3他愛もない話題を挟んで、俺はこの質問をルルジアにぶつけた。
やっとルルジアの表情が変わる。といっても、少し眉尻が動いた程度だけど……。
「家の中で、君は父親から正妻との間にできた子どもと変わらぬ寵愛を受けたと聞いた。それは本当のことかい?」
「…………」
「判断する上で、大事なことなんだ。協力してくれないか?」
「……はい。本当です」
「ありがとう。じゃあ、もう1つ。何故、その父上から君は逃げ出した?」
ルルジアの表情が変わる。一変したと言ってもいいだろう。
先ほどとは打って変わり、まるで野兎が震えているようだった。
「わかった。すまない。君のような女性がそんな顔をするのだ。よっぽど――――」
「いえ、殿下。話させて下さい」
「いいのかい」
「はい。これは私の弱さですから。だから、克服しておきたいのです。
ルルジアは俺から視線を外す。俺の背後にある窓を見つめた。薄い水色の瞳には、伸びやかに翼を伸ばした渡り鳥が映っている。
「あの人とは?」
「知人ですわ。
「興味があるね。詳しく聞かせてくれないだろうか?」
「お断りします。彼もそれを望まないでしょう。わたくしも素顔を見たことないので」
「素顔を見たことがない? それは本音をさらけ出さないということかい? それとも本当に顔を見たことがないという意味かい」
「どっちもですわ」
そこでようやくルルジアは笑った。
その反応だけで十分だ。一応、俺は――いや、仮面騎士『マスク』は信頼されているらしい。
「じゃあ、聞かせてくれるかな。君が何故家から出ていったか?」
「単純に父親が怖かったからですわ」
レインダー伯爵は確かにルルジアを忌避することもなかったし、手を上げるようなこともなかった。
しかし、それは自分が女だったからだという。
レインダー伯爵には、非常に倒錯した女性に対する執着があったらしい。一切女性に手をかけない。その代わり彼は様々な女性を集めていった。
まるで女性が綺麗な宝石を蒐集するように……。
傷物にしない、ただねっとりねぶるだけ。さらにその宝石を磨くことも忘れない。
レインダー伯爵にとって、女とはコレクションであり、単なる物なのだ。
「父はひとしきりその
「君はその現場をたまたま見てしまった、というわけか」
ルルジアは黙って頷いた。
話し始めて、自然と胸の前で組んだ指はかすかに震えていた。
彼女のほどの人物が、ここまで怯えるのだ。相当な体験をしたのだろう。いや話に聞くだけでも、胸くそ悪い話だ。
これがドラガルド王国に巣くう氷山の一角だと思いたいが、おそらくそれは甘い考えなのだろう。
「そして、君は自分の父を告発したというわけか?」
「本当はずっと迷っていました。それでいいのか、と……。確かに歪んではいましたが、本当なら家を出てしかるべき親子を――――」
「それは違うだろ、ルルジア」
「え?」
「確かに君たちは血筋という点で親子の契りがあるかもしれない。しかし、生まれてきた子どもを養うのは、親としての当然のことだ。たとえ、それが一夜の過ちによって、生まれた子どもであっても、貴族の慣例であっても、生まれてきた子に責任を持たない親は最低だ。君がそのことに恩義を感じるのは、君が親となった時に感じればいい」
ルルジアは子どもという貴重な時代を、倒錯した父親の下で過ごした。
むしろのその時間を、親によって歪められたことに怒るべきだろう。
「ふふふ……」
「ん? 僕は何かおかしいことを言ったかな?」
「それはそうですよ。貴族の模範ともなるべき王族の方が、貴族の慣例を無視しろなどと言うのですから……」
「……変かな?」
「いえ。ただ――まるで
俺は一瞬ドキリとする。
笑った時のルルジアの瞳は半透明で、俺の心を覗き見るかの如く美しかった。
やれやれ……。
本当に俺のことが、バレていないだろうな。
俺は少し肩の力を抜き、リラックスした後、話を続けた。
「君の人となりはわかった。僕から見て、君は私利私欲のために父を弑逆し、その商売を潰したいわけではないと判断した」
「そんなことを……」
「悪く思わないでくれ。レインダー伯爵が残した裏ルートは、裏社会では口から涎が垂れるほど、貴重なものだった。中には、君が父を売り、そのルートを独占しようと考えていた――なんてことを考える輩もいてね」
「思ってもみないことです」
「だろうね。だが、今の話を聞いて、君は信頼に足る人物だと僕は判断した。よってルルジア・サント・レインダー。君に僕から沙汰を下す」
それを聞いて、ルルジアは椅子から立ち上がった。
すでにその瞳は、ある一定の覚悟を帯びていた。
次期国王にもっとも近い俺の目を見ても、ルルジアは1歩も引くことはない。
「君にはレインダー伯爵家の当主になってもらう」
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