第14話
しなやかな身体だと思った。
女豹というと、なんかおっさんみたいな表現だし、とあるホラー作家を思い出してしまって、大変けしからんとは思うのだが、まあそんなところだ。
艶のある赤銅色の髪は、思いの外手入れがされており、同時に乳白色の肌もまた綺麗だった。
育ちの良さを窺えるものの、先ほど俺が褒めた髪は、肩の辺りでばっさりと切られている。
ショートボブは大好物なのだけど、この世界の貴族令嬢にしては珍しい。
大概の貴族令嬢は長く、伸ばす傾向にある。
髪は女の命と言うが、この世界では女の価値を表すからだ。
髪は長ければ長いほど手入れが難しくなるため、その家の財政状況や教育に対するお金のかけ方などがつぶさにわかる。
それをバッサリと切るなど、正直あり得ないことだった。
「綺麗なのにもったいない」
下水道にあった反政府組織のアジトの中で、独り言を呟く。
人員も人員だが、アジトもアジトだ。立て板を並べただけの壁に、藁葺きの屋根。3匹の子豚なら真っ先に狼に燃やされることだろう。
なので、俺自ら鉄筋コンクリート製の頑丈な壁と天井を補強しておいた。これなら地震にも火事にも負けないはずだ。
他のヤツらは眠らせておき、俺はリーダーらしき少女の尋問をすることにした。
一時的に二酸化炭素中毒になっただけで、命に別状はないはずだ。
「う……」
しばらくして女は目を覚ます。
ナイスタイミングだ。
少女は顔を上げる。薄い水色の瞳に、仮面をした俺の姿が映ると、忽ち少女の形相に憤怒が宿る。
「貴様……!!」
猛犬――いや、もはや狼の類いに近い。俺を噛み殺さんとばかりに、少女は突っかかってくる。
身を乗り出した瞬間、俺が女豹と称した身体は硬直した。
少女の手足には、鎖が嵌められていたのだ。
「貴様! あたいに何をした!!」
少女の顔がみるみる青くなっていく。
何をしたって……。
べべべべ、別にエッチィことは何もしてないぞ。神に、いや家の机に残してきた守護天使3人娘に誓う。
断じて、俺は何もしていない。
「心配するな。何もしてないよ、ルルジア・サント・レインダー」
「なっ! あたいの名前をどこで?」
「お仲間に訊いたんだよ」
と言っても、すんなりは教えてくれなかったので、光属性魔法で催眠状態を作り、教えてもらったんだけどな。
まさか反政府組織に貴族令嬢が参加してるとは……。まあ、ファンタジー戦記ものにはよくある展開だけど。
「あたいの秘密を知って、どうするつもりだい」
「別に、それをネタにして強請ろうとか思ってない。……でも、なんで貴族令嬢が反政府組織に?」
「お前みたいなヤツに喋ると思うか?」
「わかっていないようだな。君の仲間の生殺与奪は、俺の手にあるんだぞ」
「問題ない。他の仲間が助けに来てくれる」
「他の仲間か。この下水道を隅から隅まで調べたけど、君たち以外の形跡は見つからなかった。たとえ外部に仲間がいても、君たちがこんなことになってるなんて、すぐ知りようがないんじゃないか? その間に、君を含めた全員を殺すなんて訳がないと思うが」
我ながら、悪役をしてるな。
でも、こういうタイプには中途半端な交渉は無意味だ。利益、不利益の話をしても無駄だろう。
仲間の命を預かってるといえば、簡単に応じるはずである。
「くっ……。卑怯な!!」
しまった!
折角のリアル「くっころ」のシチュエーションを逃してしまった。
俺もまだまだだな。
「話してくれるかい?」
ついにルルジアは観念する。
大きく溜息を吐いた彼女は、訥々と自分のことを語り始めた。
「そうだ。あたいは、ルルジア・サント・レインダーの娘だ」
レインダー伯爵家は王宮の中では古参の家系で、古くは典礼儀式における準備やしきたりの指導などを担ってきた家柄である。
それが今や奴隷商まがいのことを始め、しかも大当たりし、伯爵家でありながら広く顔の通った貴族となった。
貴族の副業は、ドラガルド王国では許されている。もちろん、課税の対象になっているが、領地の経営よりもずっと実入りが良いため、今やほとんどの貴族が何らかの商売をしている。
密かに俺も綿の相場に手を出していて、割と結構儲けていたりしている。
主婦が財テクを活かして、家計の足しにするのと一緒で、副業もまた貴族の嗜みの1つなのだ。
奴隷商と言っても、この世界では人材派遣会社みたいなイメージで、奴隷自体も期間従業員であり、別に身分というわけではない。
奴隷の中にも特殊技能者もいて、中規模の商店を営む商人並みの年収を持つものもいる。
そこまでは良かったのだが、レインダー伯爵は調子に乗ってしまった。
奴隷商が許可されていない10歳以下の子どもを商品として、売りに出したのである。
基本的に10歳以下の子どもを扱った奴隷商は、死罰と決まっている。また11歳以上で成人していない子どもは、2年以上の教育・行儀見習いを終えないと、職場に入ることは許されていない。
どうやらルルジアの父親はその規約すら無視し、さらに国に届け出をしていない扱い方をしていたらしい。
それを聞いた時は、さすがの俺も義憤を感じずにはいられなかった。
「月並みなことを聞くけど、君はその情報を持って、何故国の民政局に告発しなかった?」
「答えは簡単よ。密告したけど、何もしてくれなかったのよ」
そういうパターンね。
レインダー家は、ドラガルド王国に昔から巣くう病巣みたいなものだ。顔も広いし、悪友も多い。
衛兵の上の方の連中や、高級家臣、王族に連なる者ということも十分考慮に入れなければならない。
本当に王族が絡んでたら、ダメージを蒙るのは俺だ。
仮に誰かを王様にして、そいつが裏社会の悪党だったりしたら、目も当てられないからな。
はあ……。
ここまでするつもりはなかったが、聞いたからには仕方がない。
それに華々しいデビューとしては悪くない話だ。
「わかった。それは俺がなんとかしよう」
「……はっ? あんた、何を言ってるのよ!」
「君は父上を止めたい。だから、反政府組織に入った。……えっと、名前は?」
「さっきも言ったでしょ、ルルジア」
「違う違う。組織名だよ。名前ぐらいないのか?」
「え? ほ、ホープル。ホープルよ」
確かこの世界では「希望」って意味だったか。
ホープルね。
組織の実体を見たら、絶望しかないけどな。
「『ホープル』に入って、父上の所行を断罪したい。俺の認識は間違っているか?」
「そ、そうよ。でも、無理よ。レインダー家は、伯爵だけど色んなところに顔が利くのよ。きっと誰かが父を助けるわ」
「それは任せてくれ。それよりも、伯爵家が管理する子どもを助ける方が先決だ。その調査は君に任せてもいいかな?」
「父の書斎を探れば出てくると思うけど……」
「なら、お願いしよう。他のものには屋敷襲撃の準備をしてもらおうか。一先ず、装備だな。そっちは俺が買いそろえよう。訓練もしなきゃ。忙しくなるなあ」
「ちょ……。勝手に決めないでよ!! あんたを仲間にするなんて誰も了承してないのよ。あたいだって」
「じゃあ、父親のことを放っておくか?」
「それは――――」
「といっても、聞いたからには、俺1人でもやるけどね」
「あなた、1人で……? 無茶よ」
「無茶は承知だよ。……さて、これが最後の質問だ、ルルジア」
「最後って……」
ルルジアは急にしおらしくなる。
俺とのお喋りが名残惜しいのか。狼のような獰猛な瞳は、まるで小動物のように震えていた。
「君は俺の手足となって、当事者として父を断罪するか。火の粉のかからないところで、父親が断罪されていく姿を見るか。君はどっちがいい?」
ルルジアは即答しなかった。
だが、大して時間もかからなかった。
再びギラギラと瞳を光らせた後、ルルジアははっきりと答えた。
「決まってるわ……」
前者よ……。
こうして数奇な運命の下、俺は反政府組織の仲間に入り、ルルジアと手を組むことになったのだ。
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