第11話
ライサはお茶を用意すると、空気を読んでログハウスの中へ消えていく。
折角、ライサと素晴らしい景色を見ながら、ティータイムといきたかったのに残念だ。
とはいえ、ステルノ姉さんの行動は読めていた。
ここまで早く行動するとは思っていなかったが……。
ライサの入れた紅茶を一口含み、舌を潤したところで、俺は口を開く。
「姉さん、本気で俺が『マスク』だと思ってるの?」
尋ねると、姉さんもまた紅茶で舌をしめらせる。
「この紅茶、なかなかおいしいわね」と目を輝かせた。
どうやら、それは本音らしく。唇についた紅茶を軽く舌でなめ取る。
魅力的な厚い唇で誘うような仕草に、背筋がぞわりと震えた。
「ふふ……。ええ。思っているわ」
「根拠は?」
「そうね。犯行記録を調べる限り、『マスク』はかなり高度な火属性魔法の使い手だわ。それは犠牲者が出ていないことからもわかる。あれは被害者に恐れを植え付けること、そして派手に被害が出ていることを周りに喧伝するためね」
「それだけ?」
「勿論。この件では、主に王都衛兵隊が総力を挙げて調べている。他の部署からも応援を募って、威信かけて動いているわ。それでも見つかっていないのは、『マスク』が王都衛兵隊でも調べられない人間だからよ」
「調べられない人間?」
「これだけヒントを出せば、あなたならわかるでしょ?
ステルノはカップを口の前に保持しながら、最後に小声で話しかけた。
その推理で言えば自分も含まれているというのに、ステルノは実に愉快げに笑う。
「類い稀な火属性魔法の使い手……。そして王族……。それだけで自ずと誰かが絞られる。そう言えば、ライハルトは、習得した者は王国内でも5人といない転送魔法の使い手よね。……それならば衛兵たちが血眼になって追跡しても、捕まえられない理由として、十分考察の余地があるわ」
ステルノは紅茶を飲み干し、静かにカップを置いた。
カップは空になったが、貼り付いたステルノの笑みは代わらない。
犯人はお前だとばかりに、珍しい琥珀色の瞳を歪めていた。
「それが理由? 姉さんにしては、随分と乱暴な推理だね」
俺は大げさに肩を竦めてみせたが、ステルノの表情は一切変わらない。
つまり、笑顔のままだ。
「俺も事件の報告書を見た。だけど、あれぐらいの火属性魔法なら訓練をすれば、誰だってできる。確かステルノ姉さんも、火属性だよね」
「ええ……。そうね」
「むしろ俺がやるなら、
「ふふ……。なるほど」
「王族に絞るのも早計だよ。衛兵が探していない人や場所は、まだまだ他にいくらでもある。そもそも『マスク』は王族批判をしている。仮に『マスク』が俺たち兄姉の間の誰かだとして、何故そんなまどろっこしいことをするんだい? 民衆の支持を得たいからといっても、今のようなテロまがいの行動は必ずしも民衆に受けるとは思えないけどね」
最後の転送魔法の件も、幼稚な発想だと言わざるえない。
確かに俺は王国内で5本の指に入る転送魔法の使い手だ。
けれど、たくさんの衛兵から逃げるぐらいのこと、何も転送魔法でなくてもいい。
「例えば、闇属性魔法で姿を消すとかね。確かステルノ姉さんは、闇魔法を選んでいたよね。そういうのは、得意じゃなかったかな?」
俺は詰め寄った。
それでも微動だにしないのが、第1王女ステルノという女性である。
「ライハルト、あなた今日はこのハウスに泊まるのかしら?」
「ん? ええ……」
「では、私も一緒に泊まっていってもいい?」
ステルノは空を見上げた。
西の空に雷雲が見える。
風が強く吹き、ログハウスのてっぺんに備え付けられた風見鶏が、カラカラと音を立てて、激しく回転していた。
どうやら天気は下り坂のようだ。
王都は目に見えるところにあるが、ここまで上ってくる山道はなかなか険しい。
馬車で帰るにしても、雨で地盤が緩み、崖崩れが起こる可能性だってある。
「構わないよ」
「良かった。久しぶりに姉弟水入らずというわけね」
ステルノの目は輝くが、その時だけ決して笑っていなかった。
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