第9話

「なんだよ、このお通夜みたいな空気は?」


「こらこら。デロフ、縁起でもないことを言うでないぞ」


 続々と王族が顔を出す。


 謹慎が解かれた次兄デロフが、舌打ちしながら俺の隣の席に座る。

 そして最後に、長兄グラトニアがアンナの横に座った。


 しばらく待っていると、部屋の扉が開き、父――エニクランド国王陛下が入ってくる。


 病弱なユーリーを除き、席から立ち上がった我が子に目を光らせた。

 俺の側を横切ると、長兄グラトニアと長女ステルノに挟まれるようにして、主席に腰掛ける。


「楽にせよ」


 陛下は手を上げて、やや威圧的な声を響かせる。


 特に家族同士の語らいもなく、エニクランド陛下は話を切り出した。


「急な用件ゆえに、挨拶は省く。お前たちを集めたのは、他でもない。市中を騒がせている仮面騎士『マスク』についてだ」


 誰彼が明確に声を出したわけではない。


 だが、確実にその時空気がざわついた。


「反応を見る限り、すでに名前は知っているようだな」


 その空気と、兄妹たちの反応を見るように陛下は再び目を光らせる。


「市中を騒がせる謎の仮面騎士ですか」


 長兄グラトニアが神妙な顔で顎に手を載せ、黙考する。


 一方、デロフは円卓に退屈そうに頬杖を突き、吐き捨てる。


「ケッ! くだらねぇ。緊急の呼び出しって聞いて、来てみればそんなことか。そんなの衛兵に任せておけばいいんだよ」


「相変わらず単純な脳みそをお持ちなのね、デロフ」


 ステルノは不敵に微笑むと、たちまちデロフの不興を買った。


「んだと、ババァ! やんのか、あ゛あ゛!」


「事はそう単純なことではないということよ」


「あ゛あ゛ん??」


 デロフは椅子を蹴って凄んだが、ステルノには暖簾に腕押しだ。

 不敵に笑みを湛え、青筋を浮かべるデロフを愉快げに見つめた。


 こうなるとはわかっていたが、早速兄弟同士の腹の探り合いが始まる。


「デロフ兄さん、ステルノ姉様の言う通りだよ。『マスク』の話はぼくも聞いてる。幸い死者は出ていないけど、一歩間違えれば大惨事を招かねない事件を引き起こしている。ぼくたち王族が、手をこまねいて見てるわけにはいかない」


「病人のお前に何ができる、ユーリー!」


 デロフは矛先をユーリーに変更する。


「そ、それは……」


「暴力は無理でも、王族として毅然とした声明を出すことは重要だと思いますわ。実際、もっともらしいことを言って、王族批判を繰り返しているようですし」


 小さくとも、ルヴィの意見はしっかりしている。


 妹の頼もしい援護に、ユーリーは深く頷き同意した。


「どうやら、デロフ……。あなたのおつむよりも、8歳児の頭の方が有能だったようね」


「ああああ! うっせぇ! ケッ! やっぱり来るんじゃなかったぜ」


 デロフは腕を組み、黙り込む。


 口よりも手が出る次兄だ。口論では妹にも勝てないと思ったのだろう。


「アンナはどうだい? ずっと黙ってるけど」


 グラトニアが、黙ってやりとりを聞いていたアンナに意見を求める。


「確かに『マスク』がやったことは、許せないわ。でも、悪い側面ばかりじゃない。実際、レインダー伯爵は王国法を違反する10歳以下の奴隷を、何十人と囲って、愛玩道具にしていたわ。……しかし、『マスク』の介入のおかげで、貴族や商人の違法行為などが暴かれたのは事実よ」


「アンナの言う通りだね」


 グラトニアがよく通る声を響かせ、アンナの意見に同調する。


「本来であれば、貴族や同等の権力を持つ大商人たちを戒めるのは、僕たち王族だ。しかし、いつしかそう言った統制機構は形骸化し、それが当たり前だと思っていた。その点は我々も反省せねばならないだろう」


「とはいえ、兄上。……だからといって、私たちに何ができますか? 私たちも市中に出て、神出鬼没の仮面の騎士を捕まえろと言うのですか?」


「それは――――」


 ステルノの指摘に、グラトニアは言いよどむ。


「その通りだ」


 口を開いたのは、エニクランド陛下であった。

 わずかに笑ったような気がする。


「仮面騎士『マスク』とやらは、貴族や商人、この国そのものと、我ら王族への批判を続けている。我が子らよ、これは我ら王族への宣戦布告と受け止めよ」


「宣戦布告ですか……」


 グラトニアが汗を垂らしながら、その言葉を喉に押し込む。


「お言葉ですが、父上。『マスク』がやっている所行には、一部同情を挟む余地があり、民衆の支持も集めています。その点を無視し、『マスク』を捕まえ断罪すれば、あたしたちは民衆の支持を失う可能性も……」


 アンナはまくし立てる。


 キレが良く、陛下相手でも物怖じしない良い意見だ。さすがアンナだな。


 だが、当のエニクランド陛下はビクともしない。

 それどころか薄らと黄ばんだ歯を見せ、笑う始末だった。


「故にだ、アンナよ」


「え?」


「確かに王族の目を盗んで、貴族どもは私腹を肥やしてきた。我々が招いた緩みが原因だと言われれば、そうだと認めるしかない。だが、我々が『マスク』を捕らえれば、そうした貴族や大商人たちの牽制にもなる」


「牽制?」


 アンナは目を細めた。


「つまり、貴族や大商人たちすら手をこまねいた『マスク』という輩を、我々王族が捕まえることができれば、王族の監視体制の復権がアピールすることができる――そう言うことですか、陛下」


 皆の視線が、ずっと何も喋ってこなかった俺に向けられた。


 特にエニクランド陛下の眼光が鋭い。

 未だ北方平定に尽力し、暴風雪が吹き荒れる戦場へと赴くだけはある。


「その通りだ、ライハルト。さすがだな……」


「さすがは兄さん」

「さすがライハルトお兄様ですわぁ」


 側にいるユーリーとルヴィは称賛してくれたが、アンナを含めた兄姉たちはムクッと顔を膨らませた。


「しかし、陛下……。それだけでは、我々が動く理由として些か小さすぎると思われます」


「ほう……。王族が侮辱されているのにか?」


「故に泰然とすることも肝要なのです。我らが相手をすべきは、北方の異民族や、将来的に国に仇成す敵です。市中を騒がす賊1匹に、王族が大鉈を振れば、その沽券を疑われることになります。蟻に罵倒されたからといって、暴れ狂う象はいないでしょ」


「むぅ……」


 陛下は唸る。


 その反応を見て、ステルノが口角を上げた。


「初めてライハルトちゃんと意見があったわ。父上、弟の言う通りです。王族の仕事ではありません。むしろ衛兵たちの邪魔に――――」


「ステルノ姉さん、俺の意見を最後まで聞いて欲しい」


 年長の姉の言葉を遮り、俺は説明を続ける。


「しかし、1つ条件が加われば、俺たちは動き出せる。何かは言わずともおわかりでしょう、陛下」


「次期国王の座――――か……」


 ざわり、と再び空気が揺れた。


 若干眠たげに頬杖をついたデロフが、顔を上げる。

 ステルノの目の色も変わった。

 他の姉弟たちも息を飲む。


「はい。確かに象が蟻を倒すことに意義はないかもしれませんが、親離れする子象ぐらいには、多少意味があるかもしれません。次代の王が賊を捕らえることは、君主としての能力を示すことになり、貴族や大商人に対する牽制にもなる。何よりも、この事件は市中で注目度が高い。次代の王として印象づけるのには、良い舞台かと」


「なるほど。次代の王として目立てるってことね!」


 目を輝かせた。勿論、反応したのはアンナである。


 皆にとっても寝耳に水だろう。

 まさか市中の賊を捕まえることが、次代の王の条件になろうとしているのだ。

 実現すれば、玉座を狙う者たちにとって、これ以上の条件はない。


 ライハルトと直接戦うのではなく、賊そのものを捕まえればいいのだから。


「さすがはライハルトだな」


 陛下からお褒めの言葉を戴く。

 突然のことに、俺は頭を下げるのを忘れて、3秒ほど惚けてしまった。


「よかろう。ただし、他の者がそれに同意すればの話だが」


「オレ様はOKだ。確かにライハルトの野郎をぺしゃんこにできないのは残念だけどよ。その方法で王を決めるって言うなら、悪くねぇ」


 デロフがさっきまで死んでいた目を光らせる。


「あたしも異議無し。理由はデロフ兄様と一緒ってところが引っかかるけど、弟に手を上げるよりはずっといいわ」


 アンナも手を上げる。


「ルヴィも参加しますわよ」


「え? ルヴィ、本気なの?」


「本気ですわ、ユーリーお兄様。ルヴィとて、王族の端くれです。直接現地に向かわなくても、ルヴィには優秀な家臣がおりますわ。人心を掌握し、その能力によって人を動かすのも、王族としての器量。異論はございませんね、お父様」


「父としては心配だが、折角ルヴィがやる気になっているのだ。止めはせんよ」


 その時、やっと陛下の顔が綻ぶ。

 やはりルヴィだけは別なのだろう。


「わーい。ありがとうございます、お父様。大好き……!」


「ふごっ!!」


 突然、陛下は気勢を上げて仰け反った。


 危なく椅子から転げ落ちそうになるが、自らの足で踏ん張り、何を逃れる。


「あ、あまり危険なことをするでないぞ、ルヴィ。嫁入り前なんだからな」


 陛下らしい威厳ある言葉を響かせたが、鼻から血が垂れていた。


 もしかして陛下がルヴィを猫かわいがりしてるのって、単純にロリ――いや、これ以上は言うまい。


 残りのステルノとグラトニアも、条件に賛成する。

 2人はどのようにアプローチするかは、明言を避けた。

 すでにこの時から、駆け引きが始まっているというわけだ。


「ユーリーはどうする?」


「ぼくはルヴィのサポートに回るよ。仮に王様になったとしても、この身体じゃ執務に耐えられないからね」


 そうだな。

 仮にユーリーみたいな虚弱体質が、ブラック企業に勤めたら、3日と保たないだろう。

 まあ、実際のところ身体が弱いことを理由に、会社を辞め続け、結局内定が出るのは、ブラック企業というところを……履歴書、経歴――――う、頭がッ!!


「どうしたの、ライハルト兄さん。突然、頭を抱えて」


「な、なんでもない。ユーリー、強く生きろよ」


「?」


 俺はユーリーの細い撫で肩を叩く。


「では、我が子らよ」



 健闘を祈る……。



 こうして俺たちは、それぞれの特技を生かし、『マスク』を探すことになった。

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