第5話
一振りの剣である。
目撃した者の話では、夜――人気がなくなった大広場にいきなり空から振ってきたそうだ。
謎の剣は、その持ち主も出自もわからない。
唯一手がかりといえるものは、剣の側に書かれた文字である。
『この剣を抜きし者は、ドラガルド王国に永遠の繁栄をもたらすであろう』
如何にも神の啓示といった内容である。
この現実に起きた不可思議な出来事は、たちまち国内外問わず広まった。
噂を聞きつけた猛者たちは、こぞってドラガルド王国王都を訪れる。
我先とばかりに剣を抜く者が現れた。
「ぬおおおおおおおおお!!」
巨漢の男がこめかみに血管を浮き上がらせていた。
顔を真っ赤にし、間違いなくフルパワーを以て、謎の剣を抜こうとしている。
だが、それでも剣は1ミリも動く気配がなかった。
当たり前だ。
俺が渾身の魔力で固め、固定している聖剣なんだからな。
そんじょそこらの力持ちが抜くことなど不可能だろう。
俺は大広場の側にある野外カフェから様子を見守っていた。
大広場は今やお祭り騒ぎだ。
噂が噂を呼び、国内外から人が集まってきた。
王都を訪れる観光客が増え、宿屋はほぼ満室状態らしい。
おかげでドラガルド王国の経済が潤っているそうだが、俺にとって些細なことだ。
問題はあの剣を誰に抜かせるかということである。
聖剣を作った時、俺は1つの疑問に当たった。
俺を倒せるほどの聖剣を、兄弟たちが素直に受け取るかということである。
王族のほとんどが用心深いヤツらばかりだ。
あのデロフですら、俺の言葉を信じず人質を取った。
昔から次期国王を巡って、決して表に出ない程度に騙し合いを繰り広げてきた連中である。
すんなりと聖剣を受け取るはずがないだろう。
現に「次の国王は君だ」というニュアンスのことがでかでかと書かれているのに、2日経っても王家に連なる者は誰も現れない。
「そろそろだな」
しかし、俺も考え無しに、こうして回りくどいことをしているわけではない。
俺たち兄弟の中でもっとも目立ちたがり屋。
否――。もっとも目立ちたいと思っているあの王女様なら必ずやってくれるはずだ。
変装した俺は、カフェで紅茶を飲みながらその時を待った。
「そこをどきなさい、皆の者……」
よく通る声がお祭り騒ぎの大広場を貫く。
視線がすぐ側で止まった馬車に集中した。
豪奢な客車から現れたのは、1人の少女だ。
軽くロールした金髪を揺らし、ラムネの瓶を思わせるような薄青い瞳は純真な輝きを帯びる一方、薄い唇は自信に溢れていた。
真っ赤なドレスから出た細い足首が動き、1歩1歩聖剣に近づいていく。
周りを囲んでいた王国民たちが、彼女の姿に気付くと、自然と道を譲った。
人に見られることを意識したような歩き方は、ランウェイを歩くモデルのようである。
やがて謎の少女は聖剣の前に立つ。
すると国民たちは指を差しながら、首を傾げる。
「なあ、あれ?」
「誰だ?」
「俺、どっかで見たことあるんだよなあ」
「オラも、オラも……」
考えるのだが、どうしても出てこないといった様子だ。
結局、誰としてわからず、「誰だっけ?」を首を傾げるだけだった。
「アントアルナ! アントアルナ・ヴィクトール・ドラガルドよ!!」
周りの囁く声が聞こえていたのだろう。
アントアルナと名乗った少女は喚き散らした。
アントアルナ――通称『アンナ』は、間違いなく王族である。
そして俺の
優秀なライハルトの双子の姉と言えば、聞こえはいいだろう。
しかし、それがアンナの悲運の始まりでもあった。
端的に言うなら、俺があまりに目立つおかげで、アンナの認知度がほとんど皆無になってしまったのだ。
そんなわけで、俺とアンナはすこぶる仲が悪い。
まあ、どっちかと言えば、アンナに一方的に嫌われているだけで、俺自身は特にどうも思っていなかった。
むしろ人間としては『好き』なタイプだ。
アンナは俺という存在がありながら、それでもひねくれることなく、俺を追い越そうと懸命にもがいていることを知っている。
言わば、努力家なのだ。
故に俺はアンナこそが次期国王にふさわしいと思っていた。
逆境にもめげない精神の持ち主こそ、
アンナが
度々民衆の真ん中に出でては、自分を売るのだが認知度はイマイチ。
王族の中で一番露出度が高いはずなのだが、そういう星の下に生まれたらしい。
周りの民衆も、その登場に対して過度に熱狂的になるわけでもなく、いきなりブースに登壇した売れないアイドルでも見るかのように白々しい視線を送っている。
平たく言えば、残念王女様なのだ。
「ふ、ふん! いいわよ! 見てなさい!! 今から、あたしがこの聖剣の主になってやるんだから!!」
アンナは今一度、目の前の聖剣に向き直る。
ついにその柄を握った。
「聖剣よ! このアントアルナ・ビクトール・ドラガルドこそ次代の国王と思うなら、あたしの声を聞きなさい!!」
ああ。そうだ、アンナ。
お前こそ次期国王にふさわしい。
今まで俺の影に隠れていたが、これからはお前が光になる番だ。
俺は剣を固定した魔法を解いた。
アンナが力を込める。
その瞬間、猛烈な光が辺りにほとばしった。
皆の目が眩んだ。
「「「「「おおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」
野次馬の声が唸りとなって伝播した。
これは魔法で作った演出だ。
剣を抜くだけだったらあじけないしな。
それにアンナにはドラマが必要だ。
『伝説の聖剣を抜いて、次期国王となった王女』
アンナ、喜べ。
このキャッチフレーズで、お前のシンデレラストーリーを描いてやろう。
主演はアンナ。プロデューサーは俺だ。
アンナを国王にして、俺は自由気ままな生活を送る。
精々頑張ってくれよ、お姉様。
「すごい力だわ! いける! この力があれば、あのライハルトに勝てる!!」
そうだ、アンナ!
その剣には俺を倒す程の力――――はないが、俺に挑むという勇気を奮い立たせるには十分なはずだ。
来い!
そして俺を斬り、お前が
白い光がさらに煌びやかに光る。
猛烈な勢いで風が地面を舐めた。
「ギィヤアアアアアアアアアアアアア!!」
突如、
はっ? なんだ?
今の声ってアンナだよな。
俺は白い光の中で目をこらす。
アンナの方を見ると、剣を抜いたまま何故か固まっていた。
「やば! アンナのヤツ、失神してる!!」
白い光の中で、白目を剥いていた。
封印から解き放たれた聖剣は、獰猛な狼のようにその力を解放しようしている。
暴走だ。聖剣が暴走している。
「まずいな!」
このままでは暴走した魔力が、被害を及ぼすかもしれない。
俺は白い光の中で地面を蹴った。
すぐさま、アンナの元に駆け寄る。
予想通り、アンナは剣を握ったまま気絶していた。
「おいおい……。こりゃあ」
アンナは努力家である。
剣でも、勉学でも、俺を抜こうと必死だった。
故に俺は努力家と称した。
だが、悲しいかな……。
世の中には努力の成果がむすび付かない人間が、大なり小なり存在する。
その1人がアンナだ。
残念だがアンナは、俺と一緒に生まれてきた故に、すべての才能という才能が、全部俺の方に食い尽くされた――というのが、王族の中の一般的な見解だった。
「アンナでも扱えるように調整したのに……」
いや、違う。
俺は1つ気になって、アンナを鑑定してみた。
そして驚くべきことを知る。
俺はアンナが習得している魔法属性が、俺からの対抗心から『火』『風』『金』『光』だと思っていた。
本人もそう言うことを度々言ってたし、確認するまでもないと思っていたのだが、きちんと鑑定してみると、その結果は違った。
『火』『風』『金』までが一緒だったのだが、最後の属性である『光』が『闇』になっていたのだ。
これでは聖剣の力に弾かれるのも当然だ。
俺は聖剣に『光』の属性を付与した。
『闇』属性魔法を収めた人間が、『光』属性の剣を握れば、自ずと反発するのは自明の理である。
確認しなかった俺も悪いが、なんで『闇』属性のお前が聖剣を抜こうとしてるんだよ。
というか、お前に『闇』要素なんてどこにあるんだ?
どこからどう考えても、アンナは『光』だろう。
ここまで残念とは……。
仕方がない。一旦仕切り直すか。
俺は剣を取り上げる。
すると、アンナは俺にもたれかかるように寄りかかった。
アンナの肩を抱きながら、俺は聖剣の力を抑え込む。
ふう。これで大丈夫だろ。
俺は息を吐く。
すると、アンナが目を覚ました。
「あれ? あたし……どうして……。確か剣の制御ができなくて」
ほう……。
どうやら自分の力が合わず、暴走させた自覚はあるらしい。
自分の魔力で抑え込もうとしたが、魔力が枯渇して最終的に気を失ったといったところだろう。
「大丈夫か、アンナ」
「ライハルト! あなたが助けてくれたの?」
「ま、まあな」
「ら、ライハルト……」
「うん?」
「ありがと。やっぱりあなたには叶わないわね。」
アンナは目を逸らしながら感謝の言葉を述べる。そして随分としおらしい。
その頬は赤くなり、青い目が揺れているように見える。
改めて見るまでもないが、やっぱこうしてみるとアンナって可愛いんだよな。
今なら仲直りできるだろうか。
良い感じだし。
俺はアンナともっと仲良くしたいと思っている。
そもそも俺の双子の姉だしな。
やがて光が収縮していった。
周囲の人間の目に、俺とアンナの姿が映り込む。
「おお! ライハルト様!!」
「え? ライハルト様?」
「見ろ、ライハルト様が」
「剣を……。聖剣を抜いておられるぞ!!」
「誰か少女を介抱しておられる」
「なんと慈悲深い光景だろうか」
…………あ。なんか、やばい雰囲気だ!
気付いた時には遅かった。
聖剣を手にした俺。
その側には助けられたアンナ。
これだけを見れば、俺が聖剣を抜き、アンナを暴走から助けたように見えるだろう。
だが、それ以上に民衆の心を打ったのは、例の文言であった。
「ということは、次の国王はライハルト様か!」
「やはりライハルト様でなければ」
「これでドラガルド王国は安泰だな」
「ライハルト様、万歳!!」
あ、あれ?
なんかすごい既視感を生むのだが。
最近、こうやって称賛されたような気が……。
「ねぇ……。これはどういうこと?」
すぐ側でアンナの声が震えていた。
その目は鋭く閃き、顔がさらに真っ赤になっている。
「あんた……。あたしから剣も人気も奪うつもり!?」
「いやいや、お前には元々人気が……」
「は?」
「お、落ち着け、アンナ!」
結局アンナは俺にお株を奪われた形になる。
だが、神様はそれで良しとしなかったらしい。
アンナにさらなる追い打ちがかかる。
「お!? 少女が目を覚ましたぞ」
「少女じゃないぞ、確か王女の……」
「えっと……。名前なんて言ったっけ?」
「確か……」
うーん、と考え始める。
おい、皆の衆。
そろそろやめてやれ。
死体打ちは、さすがにマナー違反だ……。
「ぐすっ!」
アンナは俺の胸の中で泣き始めた。
「ちょっ! アンナ、落ち着け!! 泣くな!」
「う、うるさいわね。べ、別に泣いてなんかないんだから」
いや、今完全に泣いてただろ。
なんなら今も絶賛頬から涙が流れているし。
アンナは俺の手を払い、すっくと立ち上がる。
何度か目尻を拭った後、赤く腫らした目を俺に向けた。
「い、いーい! いつか絶対アンタより目立ってやるんだから!」
いや、そこは国王になってやるんだから、だろ?
お前、主旨を間違えてないか。
「べー、だ!!」
喧嘩に負けた子どもみたいに舌を出す。
そして自分の弟を称賛する声が響く中、アンナは逃げるように大広場を後にするのだった。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
アンナが何故、闇属性の魔法を覚えたかは次回以降。
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