第2部 元社畜、次期国王をプロデュースする

第4話

 次期国王継承戦が開戦した。

 俺よりも能力が上と判断できる者が、次期国王に選ばれる。

 達成されなければ、俺が国王しゃちくになる。

 そんなシンプルなルールで始まった。


 しかし、3日が経過し、挑戦者は未だにゼロだ。

 王の間でデロフが手を上げた以来、誰も俺に挑む者はいない。


 ある程度予想していたが、ここまで顕著な反応が出るとはな。


 原因はわかっている。俺が強すぎるせいだ。


 王の間で、俺はデロフを覇気1つで圧倒してしまった。

 そこから推し量ることができるのは、俺と兄弟たちの実力差である。

 あれを見れば、誰だって尻込みするだろう。


 この問題を打開するには、兄弟らにハンデを与えることが重要だ。


「失礼しま――――あら? ライハルト様、おでかけですか?」


 俺の執務室にライサが入ってくる。

 そのトレーには茶器が載っていた。


 そう言えば、お茶の時間だったな。


 ライサは目を丸くする。

 その目には、胸当てをし、武装した俺が映っていた。

 普段見慣れぬ恰好に、驚いたのだろう。


「折角、お茶の用意をしてくれて悪いが、帰ってきてからにするよ」


「どこへ行かれるのですか?」


千年竜エンシェントドラゴンに狩りに行く」


千年竜エンシェントドラゴン!? き、危険ではありませんか? 千年竜エンシェントドラゴンは竜の中でもとにかく頑丈で、魔法防御に優れていると聞きます。最強のドラゴンと呼ぶ者も……」


「よく知ってるな」


「こ、これぐらい当然の教養です」


 ライサは頬を染める。


 赤くなった俺のメイドの頭を撫でながら、言った。


「ライサの言う通り、千年竜エンシェントドラゴンは強い」


 だから狩りに行くんだ……。


「え?」


「必要な素材があってね。大丈夫。俺が強いってことはライサもよくわかってるだろ」


「それ重々承知しておりますが……。わかりました。少しお待ち下さい」


 ライサは茶器をテーブルに置き、部屋を出て行く。

 すぐ戻ってくると、大葉に包んだ握り飯を持ってきた。


「有りもので申し訳ないのですが」


「十分だ。助かったよ、ライサ」


「どうかお気を付けて」


 ライサは手を前にして、深々と頭を下げた。


「行ってくるよ」


 そう言って、俺は執務室の窓から飛び出すのだった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 俺は転送魔法を使い、千年竜エンシェントドラゴンがいると思われる山の頂上へと一瞬でやってくる。


「確かギルドの情報では、この山の頂上に……」


 辺りを見渡した。

 標高が高いせいもあって、薄雲がかかり、視界が悪い。

 だが、俺が声をかける前に、向こうから現れてくれた。


「ぐるるるるる……」


 獣臭が満ちる。

 次いで大きな影が雲の中で動くのがわかった。

 向こうも俺に気付いたらしい。

 影が大きく横に広がった。


 突風が巻き起こる。

 周辺の雲を飛ばすと、影の正体が露わになった。


 硬い岩のような皮膚に、鶏冠のような背びれが付いた長い首。

 広げた翼は白鳥のように神々しく、美しい。

 顎門に生えた牙は獰猛という言葉にふさわしく、赤い瞳は血に濡れたように光っていた。


「怪獣感が半端ねぇな」


 思わず前世っぽい感想が漏れる。

 この身体を調べるに当たって、何度か竜種とは戦った経験がある。

 中でも、今目の前にいる千年竜エンシェントドラゴンは1番大きい。


 感心する俺に対して、千年竜エンシェントドラゴンはすでに戦闘態勢に入っていた。


「大人しくしろって言っても、聞かないんだろうな」


 俺の願望に対し、千年竜エンシェントドラゴンは敵意を以て応える。

 次の瞬間、巨大な丸太のような尻尾が俺に向かってなぎ払われた。


 小高い山ぐらいなら吹き飛ばしそうな威力の尻尾払いに対し、俺は魔法で対抗する。


風牙刃ウィングショット】!


 脳内で唱える。

 この世界では難しい無詠唱でだ。

 実は俺が初めて考案した詠唱方法である。


 正直、魔法名を唱えるのがどうもなれず、この方法を思い付いた。


 無詠唱だからといって、威力が小さいこともない。


 俺が放った【風牙刃ウィングショット】が空を裂く。


 バチッ!!


 【風牙刃ウィングショット】が千年竜の尻尾を弾く。


「さすがに、まだ切り裂くまではいかないか……」


 千年竜の皮膚は硬い。

 斬突耐性が高く、ライサも言っていたが魔法防御にも優れている。

 だが、それは最初からわかっていたことだ。


 以前戦った時と比べて、自分の魔法技術がどこまで上がっていたか確かめて起きたかった。


 千年竜の尻尾を切ることはできなかったが、弾いたならなかなかだろう。


 それが風属性における初歩的な攻性魔法であれば、尚更だ。


「なら――――」


 俺は次なる魔法を構築する。


 【鉄魔砲戟アイアン・スナイプ


 現れたのは、一丁のライフルだ。

 現代的にいえば、M16自動小銃というヤツである。


 俺が習得している魔法の属性は、『火』『風』『金』『光』。

 このライフルは金属性魔法で練り上げた。


 金属性の魔法は言わば錬金術だ。

 ある物体を、違う特性、形状のものを変換する魔法である。

 非常に汎用性に長けていて、『雷』属性という非常に厨二心をくすぐる属性を諦めて、習得した。


 独自魔法が作りやすい属性で、形状のイメージと簡単な化学式のイメージを持てば、こんなライフルを作る事ができる。


 金属性魔法を選ぶ人間は少ないのは、この化学式のイメージを付けるのが難しいからだろう。とはいえ、金属性魔法は自由度に飛んでいるため、魔法名を作り上げるのは、なかなか難解だ。


 世界が理解できるヽヽヽヽヽことが必須事項で、今のネーミングになるまで多くのワードを試したものだ。


 剣でも、槍でも、そして魔法でも難しいというなら、この世界にない武器で対抗するしかない。


 俺は構築したライフルのストックを肩口に当てて、照準器を覗き込む。


 レンズ越しに見えたのは、千年竜の赤く光った口だった。


 次の瞬間、炎が火砕流のように広がる。俺は手を掲げた。


 【耐火塞扉ファイヤクローズ】!


 金属性魔法で作り上げた鋼鉄の扉が、目の前に展開され、炎息ブレスをシャットアウトする。けれど、すべてを受け止めるまでにはいかない。


 炎を防いだ金属製の扉が、みるみる赤くなると溶け始めた。


 普通の竜の炎息なら防げるのだが、千年竜の炎は鉄すら溶かすと言われている。おそらく1500度以上を超えているだろう。


 けれど【耐火塞扉ファイヤクローズ】が通じないのは、初めから予想していた。


 あくまで時間稼ぎ。


 10秒、いや5秒保てばいい。


 俺は2個の弾丸を金属性魔法で構築する。

 そこに魔力を込め、さらに魔法式を描いた。


 2個の弾を改めて弾倉に込め、再び照準器を覗き込む。

 狙いを付け、銃把を引いた。


 【暴風烈弾ゲイル・ブリッド】!!


 自動照準が火を吹く。5.56mmが射出され、猛火へと突撃していく。

 いくら現代世界の弾を構築したとはいえ、1500度以上の炎には耐えられない。

 突っ込んだ瞬間、千年竜の皮膚を貫く前に溶けてしまう。


 しかし、この弾は竜を殺すために用意したのではない。


 ヴォンンンンンン!!


 強い破裂音が耳朶を打ち、周囲の空気を震わせた。


 炎を吐き出していた千年竜の動きが止まる。

 加えていうなら、その吐き出した炎が弾け飛んでいた。

 今、放ったのは風属性魔法を極限に圧縮させた弾だ。


 それが炎を弾き飛ばしたのである。


 そして何が生まれたのか。

 道だ。

 千年竜へと続く道。

 炎も何も阻むことがないクリアな道である。


 その先にあるのは、空圧で仰け反った千年竜のあられもないヽヽヽヽヽヽ姿だった。


 俺は続いて次弾を放つ。


 銃口が火を吹き、5.56ミリが再び発射された。

 初弾で用意された道に、弾が吸い込まれるように伸びていくと、千年竜の硬い鱗を貫通し、肉を抉る。


 瞬間、弾の中に込められた魔法が起動する。


 【炎爆破弾ブラスト・ブレッド】!


 瞬間、千年竜の内部から炎が立ち上る。

 体内に現れた炎は、大蛇のように千年竜の中で暴れ回った。

 その激痛に千年竜は胸の辺りを掻きむしりながら、悲鳴を上げる。

 巨体を振り回し、大口を開けて激痛にあえいだ。


 その口から何か吐き出そうと努めるも、出てきたのはまたしても炎だ。


 その炎に巨体が巻かれると、ついに竜の命すら飲み込んでいく。


 ついに巨竜は膝を突き、地面に沈んだ。


「よし」


 俺はすぐに風属性魔法を使って、周囲の空気を操作する。

 炭化した千年竜の周りだけ酸素をゼロにすると、炎は一気に鎮火してしまった。


「さて――――」


 俺は早速、倒れた千年竜エンシェントドラゴンに近づく。


 凄まじい熱気を吐く竜の鱗を、軽く叩いた。

 金属音に似た音が返ってくる。

 高温の熱によって、言わば焼き入れした状態になり、さらに硬くなったらしい。


「うん。良い感じだ」


 これも俺の狙い通りである。


 俺は硬くなった鱗と、さらに千年竜の牙をはぎ取り始めた。

 ライサに「素材」と言っていたのは、千年竜の一部のことである。


 適当に集めると、俺はしばし考え、今から作り上げる者を詳細にイメージしていく。


 俺が今、千年竜の鱗から作りだそうとしているのは聖剣だ。

 と言っても、本当の聖剣ではない。

 それっぽく見えれば十分だ。


 基本の形は決まっている。

 構成する材質も、今決定した。

 込められる魔法性質は、材質と同調する形で『炎』ということでいいだろう。

 むろん聖剣ということで『光』属性も付与しておかなければ。


 あとは使用者が耐えられるかどうかだが、それも問題ないように設定する。


「こんなもんか……」


 一振りの剣が、俺の魔法によって生み出される。

 山の頂上で神々しく輝き、眼前を白く染め上げた。


 炎と光の属性を帯びる千年竜エンシェントドラゴンから作られた剣には、強い魔力が秘められている。

 加えて、千年竜の硬い鱗と牙を素材にしているため、魔法金属ミスリルなどよりも遥かに硬い。

 鉄ぐらいなら、豆腐のように切ることができるはずだ。


「我ながらよくできたな。自分用にもう1本ぐらい作っておくか」


 俺はもう1本聖剣を作る。


 ぐぅ……。


 魔法を使い散らしていたら、お腹が空いてきた。


 ちょうどいい。

 ライサからもらった握り飯をいただくとしよう。

 口元についたご飯粒まで平らげた俺は、転送魔法で自分の執務室に戻っていった。

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