第3話

「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」


 瞬間、怒号のような歓声が、謁見の間にぶち上がる。

 当然のように俺に対する称賛の声が溢れた。

 拍手が鳴り止まない。

 観衆たちは10分以上もスタンディングオベーションを続けている。


 その中で、俺は――。


「(なんじゃこりゃああああああああああああああああ!!)」


 白目を剥いたデロフが担架によって運ばれていくのを見ながら、心の中で絶叫する。

 どうやらデロフは俺の闘気というか、覇気というか。

 そういうものに当てられて、気絶してしまったらしい。


「(俺、ほんのちょっとと本気を出しただけなんですけど……)」


 あれ? おかしくないか。

 ちょっとやる気を見せただけなのに。

 それだけで気絶するなんて。


 明らかに想定外だ。


 デロフが弱すぎる……。

 いや、仮にもあいつは王になるための教育課程を受けている。

 サボりがちだったが、それなりに鍛えていたはずだ。


 だが、この差はなんだ?


 もしかして、俺……。

 自分で思ったよりも強い?

 王族ともなれば、それなりに能力は高い方だと思っていたが……。


 しまった。自分と周りの強さの差を考えていなかった。

 まさか闘気だけで失神させてしまうなんて……。


 こ、今度から気を付けよう。


 そんなことよりも、問題は周りが今、次期国王は俺だとばかりに叫んでいることだ。

 このままで間違いなく、俺は次期国王しゃちくになる。

 この雰囲気を変えなければ……。


「仕方がない……」


 まさかここまで大勝ちするとは思わなかったが、想定内ではある。

 残念ながら俺の勝利はここでなくなった。


 だが、敗北もなくなった。


「これでライハルト様が次期国王で決定だ」

「ああ……。ライハルト様こそ次期国王にふさわしい!」

「ライハルト様、万歳!」

「「万歳!!」」


 観衆たちが両手を上げて、俺の次期国王を歓迎する。

 だが、それはあまりに気の早いことだ。

 他の兄姉もいるしな。

 後でどうなっても知らないぞ。


「待て……」


 観衆の声をとどめたのは、エニクランド国王だった。

 盛り場のように騒がしかった王の間が、一気に静まり返る。

 空気が凍てつき、吸うことすらあたわぬ雰囲気が醸成されていく。


 自然と皆が玉座の方を向いて、膝を突いた。

 俺もまた皆と同じように頭を垂れる。


「ライハルトよ、1つお前に尋ねたいことがある」


「何でしょうか?」


「決闘が始まる前、何やらデロフと話をしていたな。一体何を話ししていた?」


「そう言えば……」

「ああ、私も見たぞ」

「確かにデロフ様が何かライハルト様に耳打ちを」


 国王の質問に、周りの観衆が反応する。


 一方、俺は澄ました表情を崩さず、頭を垂れている。


 やっぱりそこが気になるよな……。


 国王は手を上げ、観衆を落ち着かせる。

 玉座から立ち上がると、威圧するように声のトーンを上げた。


「決闘の前……。お前にやる気は見られなかった。デロフが耳打ちした内容と何か関係があるのではないか?」


 やる気がなかったのは、本当だ。

 だが、それもまた俺の布石である。

 デロフが耳打ちしたことと、俺にやる気がないことを国王に関連づけさせるためだ。


 俺はわざとらしく「ふぅ」と一息吐く。

 やがて顔を上げ、口を真一文字に結んだエニクランド国王を見据えた。


「嘘偽りなく申し上げます、陛下。俺はデロフ兄様より脅迫を受けておりました」


「脅迫!?」

「なんと!!」

「もし、それが真実ならば……」

「卑怯な!!」


 戸惑い、驚き、あるいは罵詈雑言が並ぶ。

 再び国王が手を上げて、周囲を諫めた。


「どのように?」


「俺のメイドを人質に取った、と――。しかし、それは虚言と思われます」


「虚言……? ウソだったと申すか?」


「はい。現に彼女はさらわれたとするならば、近衛兵が王の間にすっ飛んでくるでしょう。しかし、その様子は全くありせん」


「では、何故デロフはそのような嘘を?」


「ここからは俺の推測でしかありませんが――」


「よい。申せ」


「デロフ兄様は俺に本気を出させたかったのでしょう」


「本気を……?」


 エニクランド国王は眉間に皺を寄せる。


「デロフ兄様は、俺の兄です。弟である俺が、兄様に本気で打ち込むのは容易なことではありません。故に、俺に本気を出させるために脅迫したのだと思われます」


「一理ある。だが、余の見立てでは、ライハルトとデロフでは圧倒的にライハルトの方が上だと考えていた。現に勝敗は余の予測通りだ。ライハルトの技量を封じるために、人質を取ったと思うのが、自然では無いか」


「陛下は思い違いをされております」


「ほう……」


「デロフ兄様は何よりも玉座を欲しておりました。しかし、策略や計略によって玉座をかすめ取るような真似をする方ではありません」


 そんなおつむもないしな……。


「デロフ兄様は、ただ正々堂々と俺の実力を最大限に引き出した上で、俺の上を行きたかったのではないでしょうか? それこそがデロフ・ヴィクトール・ドラガルドの矜恃であったと、俺は考えます」


 俺は恭しく国王の前で頭を下げる。

 国王も、それ以上何も言わなかった。

 子どもの言葉を噛みしめるように、髭を撫でる。


 自然と周りの空気も変わっていった。


「嘘を突いてまで、ライハルト様に本気を出してほしかったのか」

「なんと潔い」

「デロフ様は確かに野蛮だが、少々不器用なところもある」

「確かに……。ライハルト様に本気を出させた上で、その上をいけるのか」

「己を試したかったのか。なんと勇ましいことか……」


 デロフに対して、好意的な意見が並ぶ。

 中には、デロフの決断を称賛し、彼を王として後ろ盾となろうという者まで現れた。


 いいぞ……。

 もっと盛り上がれ。

 デロフの株が上がれば上がるほど、俺の王位脱出計画の成功率は上がる。

 なんならここで決めてくれてもいいんだぞ。


 俺は今一度、玉座の方を向く。

 目を瞑り、しばし黙考するエニクランド国王を見つめた。

 そしてついに決断は下される。

 静まり返る中で、王の声だけが響き渡った。


「あいわかった。今回の勝負は無効とする。同時に、次期国王の選定についても保留とすしよう」


 一瞬、周囲がざわつく。

 なおもエニクランド国王の言葉は続いた。


「どうやら余の目は少し眩んでいたようだ。ライハルトという太陽ばかりを見て、他の星々こどもたちの成長を蔑ろにしていたのかもしれぬ」


「では、陛下――」


「ライハルトよ。余はお前を次期国王にすることを諦めたわけではない。基本路線としては、お主がベストであるという考えは変わらぬ。だが、デロフにも言ったが、お主以上の才気を他の子どもたちが見せてくれるというなら、余の考えも変わるかもしれぬ。それも嘘偽りなく余の本心だ」


 そう言い終えると、エニクランド国王は再び立ち上がる。

 王の威厳ある姿勢を前にして、皆が一斉に膝を突いた。

 俺も、他の王子や王女も頭を垂れる。


「励め、我が子らよ。ドラガルドの未来のために!」


 エニクランド国王は外套を翻す。

 そのまま王の間を後にした。


 同時に次期国王指名式は閉会となる。


 次期国王を決めぬまま……。


 異論を唱える貴族もいたが、ほとんどが国王の決断を支持した。

 俺の思惑通り、デロフを次期国王に指名されることはなかったが、あの状況で今ある空気まで持っていったのだ。


 勝利とは言わないが、ひとまず痛み分けと言ったところだろう。

 それにデロフにも貸しを与えることができた。

 デロフの人質計画がそのまま進み、明るみにでれば、王家からの追放もあり得たかもしれない。


 それを口八丁だけで、俺が誤魔化してやったのだ。

 この貸しはでかい。

 いくらデロフの頭が悪くても、恩に着ないわけがないはず。

 いつかこの代償は払ってもらうことにしよう。


 それに王族にはまだ6人の王子王女がいる。

 焦ることはない。

 ゆっくりと計画を温め、俺は影で暗躍する。


 この次期国王継承戦――勝つまけるのは俺だ!

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