第四話:さようなら

 正直。

 どうやって家に帰ったか覚えていない。


 帰った矢先。母親にご飯だと言われたけれど、独りにしておいて欲しいと告げ、部屋に引きこもった。


 着替えもせず、怪我もそのまま。

 ただベッドの上に横になり、布団に潜ってうずくまり続けた。


 舞華ちゃんの事を思い出して、感情がたかぶる度。呼吸が荒くなり、朦朧とし。涙を流し。

 心の痛みに耐え続け。


 ……結局。

 何もする気力も沸かず。布団の中にいたら朝が来た。


 日曜。快晴。

 カーテンの隙間から覗く光がそんな爽やかさを感じさせるけど。そんなのどうでもいい。


 明日からまた学校。

 だけど、彼女と一緒に学校に行くことはもうない。


 顔を合わせたくないし、普段より早く出なきゃな。

 クラスが違ってて良かった。気にせず、見もせず、独りで帰れるし。


 そんな鬱々とした事を考え、情けなさに呆れながら笑う。


 未だお腹も空かない。

 とはいえ流石に寝られてないせいか。僅かに眠気はある。

 そうだ。今日はもうこのままでいよう。

 寝て。全て忘れよう。


 そう思って布団を被り直した時。


  ピンポーン


 家のチャイムが鳴り。

 少しして一階が騒がしくなったかと思うと。ドタドタと荒々しく階段を誰かが上がってくる音が、眠りを妨げた。


「待って、夏菜かな! 一体何があったの!?」


 聞き覚えのある声。

 それは母さん。そして呼び止められているのは……。


 俺が布団から上半身を起こし、ドアの方を見たその瞬間。


「こらぁぁぁぁっ! 疾風ぇぇぇぇっ!!」


 突如。俺の部屋のドアが激しく蹴破られた。

 文字通り、激しく。


  ガシャーン!


 俺の脇を掠めたドアが壁に当たり、激しい音を立てた。

 お、おい!? 直撃してたら死んでたんじゃないか!?


 思わず顔を青ざめさせながら、恐る恐る部屋の入り口を見ると。鬼の形相で立っていたのは、金髪のヤンママっぽい女性だった。


 勿論誰か知っている。

 舞華ちゃんの母親、夏菜かなさんだ。


 その目を見て正直思った。俺、殺されるって。

 思わずその場に固まっていると、夏菜かなさんは、鋭い眼光で俺を睨みつけながら、強い怒りを露わにし、叫んだ。


「あんた! 何でうちの子に呪いかけたの!!」

「……へ?」

「だ、か、ら! あんた舞華に呪いかけたでしょうが!!」


 思いっきり怒鳴り散らされたけれど、俺は拍子抜けした顔しかできなかった。


 何で夏菜かなさんが、呪いを知っているんだ?

 家に戻った彼女が俺を忘れてて、夏菜かなさんが不思議がることはあるかもしれない。


 だけど呪いだぞ?

 その存在を知っている人なんて……。


「疾風ちゃん。それ、本当なの?」


 彼女の言葉に心配そうに尋ねてくる母さんに、俺は首を縦に振る。


「どうしてそんな事したの!?」

「いや、えっと……」


 夏菜かなさんの剣幕に気圧けおされ、俺はバカ正直に話した。

 昨日の公園前であった出来事を。

 俺が呪いの言葉をかけた理由を。


 話を聞く内に、夏菜かなさんの表情がみるみるバツが悪そうな顔になり。ひとしきり話を聞き終えると、今度は母さんを見た。


「あんた、まだ話してなかったの?」

「あのねぇ。成人するまで話さないって二人で約束したでしょ? なんでそうなるのよ?」

「あ、いや。紗里さりならうっかり口滑らしてるんじゃないかな~って……」

「そんな事あるわけないでしょ。もう」


 返事を聞き苦笑する夏菜かなさんに、母さんが呆れた顔をする。


「つまり疾風ちゃんは、舞華ちゃんを魔法で助けちゃったから、掟に従ったわけよね?」

「そう、だけど……。何で夏菜かなさんが呪いの事……」


 母さんに答えながら呆然とする俺に、申し訳なさそうに夏菜かなさんが話しだした。


「ごめん。うちも魔女なのよ」

「え?」

「昔はこれでも紗里さりと二人で魔法少女してたんだから」

「魔法、少女……」

「そ。だから私と旦那から生まれた舞華も、勿論魔女」

「へ? でもだって、呪いに……」


 正直、頭がついてこない。

 紗里さりと俺の母さんが魔法少女!?

 で、舞華ちゃんも魔女!?

 だけど彼女は呪いにかかったじゃないか。


 俺の気持ちを察したのか。ため息を漏らした夏菜かなさんが困った顔で語る。


「あの子もレアなのよ」

「レア?」

「そう。あたしに似て魔力が肉体強化に持ってかれてて、魔女としては半人前なのよね。だから呪いも効いちゃったんだと思う」


 えっと……。

 つまり俺は、魔女である彼女と結ばれることもできたって事、か?

 だけど今更……。


 自身の運のなさに、俺は心底悔しそうな顔をしそうになるのを無理矢理堪え、頭を下げた。


「……ほんと、すいません」

「いや、こっちこそごめん。舞華も助けられた記憶がなかったから、あたしも勘違いしちゃって」

「でも、呪いは残ってるんですよね」

「いいえ。あの子が寝てる間に消したわよ?」

「へ?」


 消した?


「えっと、呪いって消せるんですか?」

「そりゃ、あたし一応魔女だし」

「消された記憶って……」

「まだ寝てたから確認してないけど、全部戻ってるはずよ」

「……は?」


 ちょっと待て。


 記憶が戻ってる!?

 俺があの時言った事も、全部覚えてる!?


 思いっきり狼狽うろたえていた俺の耳に、小さな足音が聞こえ。夏菜かなさんの後ろからゆっくり、おずおずと顔を出したのは……。


「疾風、君……」

「舞華、ちゃん……」


 もう、逢う事がないと思った相手だった。

 やはり彼女は昨日の事を思い出してしまってるのか。既に顔を真っ赤にしている。

 それが俺にもあの時の告白を思い出させ。恥ずかしさで顔が赤くなるのを抑えられず、思わず頭を掻き視線を逸らした。


「あの、助けてくれて、ありがとう」

「あ、うん……」

「それで、その、ね」


 ゆっくりと歩み寄ってきた彼女は、少しもじもじした後。後ろに回していた手を前に出し、何かを差し出してくる。


「昨日、渡せなかったから。これ、チョコレート」

「え、あ。ありが、とう……」


 俯きながら上目遣いにこっちを見つめる彼女から受け取ったのは、箱に入ったチョコレート。

 上部が透明なセロファンになっていて、中のハート型のチョコがはっきりと見て取れる。


 決して綺麗とは言い難い、多少歪な感じ。

 これ多分、手作り……だよ、な……。


「後、ね。昨日言ってくれたこと、嬉しかった。その……私も……好き、だからね」


 そこまで言って羞恥心が限界を迎えたのか。

 舞華ちゃんは両手で顔を覆うと、すぐさま踵を返すと勢いよく部屋を出て、階段を下りていってしまった。


 えっと……。

 これって……。

 つまり……。


 呆然とする俺を見て。母親達は顔を合わせると、笑みを交わす。


「まあ、結果オーライよね?」

「そうね。これからも私達、腐れ縁かしら?」

「そりゃね~。じゃ、疾風君。舞華をよろしくね」


 夏菜かなさんがウィンクをした後。

 親達は嬉しそうな、だけどどこか悪戯っぽい笑みを浮かべながら去っていき。

 部屋には顔を真っ赤にしたまま固まる自分と、壊されたドアだけが取り残されたのだった。


 ってか、二人共。

 ドアどうすんのさ……。


* * * * *


 後から舞華ちゃんに聞いたんだけど。

 彼女もずっと俺を好きだったみたいで。だけど、やっぱり魔女の呪いで俺が記憶をなくすのを怖がってたんだって。

 でも想いには気づいてほしくって、一念発起して昨日は手作りのチョコで驚かそうとしたんだとか。


「思ったより時間掛かっちゃって……ごめんね」


 なんて困ったように言われたけど。俺は勿論気にしないでって言った。

 その気持ちが嬉しかったし。何よりこんなドタバタだったけど、想いを伝えあって、二人で自信を持って隣に居られるようになれたんだから。


 ちなみに。

 舞華ちゃんがもうひとつ教えてくれたんだけどさ。


 『さようなら』って、実は昔は「さようならば」っていう接続詞だったんだって。


「私達にとっては、二人を繋いでくれた、素敵な言葉だよね」


 な~んて、少し顔を赤くしながら言ってくれたのを聞いて、俺もちょっと微笑ましくなってしまった。

 勿論、その言葉を口になんてしないけど。

 ずっとずっと。忘れずに一緒にいたいし。


* * * * *


 そんなこんなで、俺の物語はおしまい。


 え? 何?

 ここまで話聞いたんだし、この先の甘々な展開、話してくれるんだろって?


 そうしたいのは山々なんだけどさ。


 俺から話しておいてなんだけど、魔法の事知られちゃったし、掟を守らないといけないんだよね。

 

 ここまで話を聞いてくれてありがとう。

 それじゃ、みんな


『さようなら』


                ~Fin~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バレンタインにさようなら しょぼん(´・ω・`) @shobon_nikoniko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ