第10話 愛
帰国して数日は仕事も手付かずだった。
これから新規プロジェクトがあり、正念場だというのに。
そんなある日、海外から郵送物が届いた。
依頼主を見るとシャンだった。
その郵送物にはあのキーホルダーと手紙が入っていた。
ノボルへ
久しぶりね。
こうやって手紙を書くのは二回目ね。
私の国は通信がまるで駄目だから、アナログになってしまうけど。
これはこれで味があって良いでしょ?
今回、勇気を振り絞ったけれど、
この間あなたに会えなかったから、
このキーホルダーあなたにきちんと返しておこうと思ってね。
「何だこれは?」
僕は良く状況を読み込めずにいた。
深呼吸をしてから、もう一度同じ行を読み直してから読み進めた。
私はきちんともう一度あなたと直接話そうとしていたの。
この誕生日に。
二人の誕生日に。
初めて日本に来て、すごく綺麗な国だと思ったわ。
自宅に行ってもあなたに会う事が出来なかったから、
私は近くの公園や、レストランに行ってみたの。
もしかしたらあなたに会えるかも知れないって思ったし、
日頃のあなたの暮らしを少しでも側に感じられたら、
この風景や空気から少しでもあなたの温もりを肌で感じられたらって。
あなたともう一度あらゆるものを共有したくて。
でも、悔しいけれど、私はあなたに会えなかった。
あなたと誕生日を祝うことが出来なかった。
これが私の運命ならばそれを受け入れるしかない。
そう。
これがさだめなの。
最後にあなたの誕生日を私の誕生日と共に過ごしたかった。
日本語でもう一度あなたに『おかえり』ってしっかり言ってみたかった。
それが叶えられなかったのが少し悲しいけれど、
これで、これで前に進める決心がついた。
あなたの宿題を聞けなかったのは少し心残りだけれどね。
お前のは何だって? それは、もうあなたはしっかり知っているはずよ。
本当に今までありがとう。
私の人生に関わってくれて、触れてくれて。
心から感謝している。
同じ空の下、あなたの幸せと、成功を心から祈っている。
シャン
僕の涙は頬のはるか向こう側へ流れ落ち、手紙の文字を滲ませている。
それはまるでシャンの文字までもが涙を流しているようだった。
何てことだ。
僕が誕生日に彼女の国に行っていたその時、
まさに彼女は日本に、ここに、来ていたんだ。
今すぐ話したい、声が聞きたい。
でも直ぐには叶わない。
もどかしい。
でも、僕は! 僕は! 僕は!
シャンのもとに行くしかない!
そう思うと、居ても立っても居られず、
直ぐにシャンの元に向かっていた。走っていた。
外はとても大雨で、でも僕はそんなことは気にせずどしゃぶりの中、走り続けた。
会社の上司にはこっぴどく怒られると思う。
でも、でも、それでも、僕は、僕は、シャンのもとに向かいたい。
たった一度切りの人生、自分が思う通りに生きていくんだ。
自分がするべきことは自分自身が一番分かっている!
人生の中で何もかも全てを手に入れることは出来ない。
だからこそ、どうしても大切なものに命を懸けたいんだ。
会いたい。
僕の何気ない日常に彩りを与えてくれたシャンに。
僕は、また、あの上り坂を上っていた。
そう。
シャンに会うために。
こないだよりも長く感じる。
とても、とても、とても。
やはりこの国は暑い。
そして、もうひと踏ん張りと自分に気合いを入れて坂道を上る。
一歩ずつ、一歩ずつ、かみしめながら。
今までの想いを全て込めながら。
その時だった。
「ノボル!」
僕は聞き覚えのある声に心を奪われ、振り返るとそこにはシャンがいた。
「シャン!」
「ノボル、ノボルなのね!」
シャンは僕に抱きついてきて、僕も強く強くシャンを抱きしめた。
「シャン、日本に来てくれていたんだね」
「うん。あなたと私の誕生日を一緒に祝いたくて」
「実はその日、僕もここに来ていたんだ」
「え?」
シャンの驚いた表情を見ながら僕は続けた。
「そう。僕たちは同じ事を考えていたんだ。だから互いに会う事が出来なかった。
君が日本にいる時に、僕はここにいたんだ」
「そんな……まさかそんなことがあるなんて……」
「僕も君の手紙を読んで本当に驚いたよ。
そして、心から運命を感じた、僕はやっと宿題を君に伝えることが今日出来るよ。
本当に、待たせたね……」
「宿題……あなたはこの人生で何をしたい? 何を残したい?」
「僕は、この人生で君を幸せにしたい。
君と幸せになりたい。
君と生きた証を共に残したい。
君と彩り溢れる毎日を過ごしたい。
日常を輝かせたい。
そして、この国の通信技術も君と共に向上させたい。
僕は、僕は君をシャンを……愛している」
「ノボル……私もよ。愛している」
僕たちは互いに抱擁し合い、
大きな太陽の青空の下、
今までの空白の時間を埋めるように長く深いキスをした。
そして、唇をゆっくり離すと僕の目を真っすぐ見つめながらシャンはこう言った。
「おかえり」と。
おかえり 水妃 @mizuki999
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