第7話 人は見かけによらないもの <終>

 苛立ちながらレイモンド家を目指してキコキコと必死で自転車をこいでいた私は、これからさらに腹の立つ出来事が待ち受けているかと思うと、余計にイライラが募ってきた。


「全く・・・・自転車に乗れば少しは気分転換が出来るかと思ったのに・・!そうだわっ!この先にあるハーブ園にいってみましょうっ!きっと少しは心が穏やかになれるはずだわっ!」


そして今まで一度もしたことが無い、「寄り道」を初めてすることにしたのだった。



***



 ハーブ園の入り口で自転車を止めると、入場券を買ってさっそく園内へと足を踏み入れた。


「ふ~・・・素敵な場所ねえ・・・。」


人気もまばらなハーブ園をぶらぶら歩いていると、どこからともなく得も言われぬ良い香りが風に乗って漂ってくる。そしてラベンダー畑が目に止まった。


「わあ・・・とっても綺麗!」


もっと近くで見たくなったのでラベンダー畑へと近づき・・・足を止めた。

私の目の先にはラベンダー畑の方を向くようにベンチが数台並んでいる。そしてその左端のベンチにノーラ嬢が座っていたのである。そして彼女の隣には見たことも無い若者がノーラ嬢とぴったり寄り添うように座っているではないか。


「何・・・一体どういう事・・?もしかしたらノーラ嬢は浮気をしているのかしら・・?でも相手があのジェイクなら、そろそろ嫌気がさしてくるかもね~。」


盗み聞きをするのはいけないことだと分かっているけど・・・あの2人が何を話しているのか聞きたいっ!そうすれば・・・きっとジェイクを追い詰める情報を得ることが出来るかもしれない・・・。そろりそろりと2人に近付き、おあつらえ向きに彼らの背後には垣根があったので、垣根に身を隠すようにしゃがみこむと2人の会話を盗み聞きした・・・。



「聞いてよ、パトリック。私・・・もう限界よ。いつまであのジェイクに付き合ってあげなければいけないの?」


ノーラ嬢の涙声が聞こえてくる。


「ノーラ・・・。僕だって辛いよ。全くジェイクの奴め・・・!いつまでこんな茶番劇にノーラを巻き込むつもりなんだ・・・!」


パトリックと呼ばれた男性が悔し気に言っている。


「でも、信じてくれる?私が好きなのは・・パトリック、貴方だけよ?それに・・・もう見ていられないわ。ジェイクがこれ以上リリアン様を侮辱する姿を見るのは・・。」


え?今のセリフ・・・一体どういう事?


「ああ。全く・・いくら何でもやりすぎだ。しかもノーラを無理やり自分が通う学校に転校迄させるなんて。」



「ちょっと待ったーっ!!」


私は茂みから立ち上った。


「うわああっ?!」


「キャアアッ!ル、ルチアさんっ?!一体何故ここに・・・っ?!」


ノーラ嬢は完全に顔が青ざめている。


「お2人とも・・・今の話・・・最初から詳しく教えていただけますか・・?」


私は腕組みをしたままニッコリ微笑んだ―。




***



「お姉さまっ!今すぐジェイク様の屋敷へ行きましょう!」


あまりにも慌てていた為、私はノックもせずに姉の部屋へ駈け込むと言った。


「まあ、ルチア。随分早く帰ってきたと思ったら、またジェイク様の処へ行くの?」


姉は本をパタンと閉じると首を傾げた。


「いいえ、お姉さま。先ほどはジェイク様のお屋敷までは行ってません。ある事情があって、途中で引き返してきたのです。でも今からまた伺います。お姉さまと一緒にね。さあ、参りましょう。」


私は姉の手を引っ張った。


「え?ええ・・それは構わないけれども・・・でもいつも門前払いされていたけれども・・。」


「いいえ、大丈夫です。今回に限り、決してそんな事はございませんから。」



そして私は不思議がる姉を連れて馬車へと乗り込んだ―。



***


ガラガラガラガラ・・・・。走り続ける馬車の中。車内は奇妙な空気に包まれていた。


私たちの真向かいにはパトリックとノーラ嬢。そしてその向かい側には私と姉が並んで座っている。実はジェイクの屋敷に向かう途中、ハーブ園にいたノーラ嬢とパトリックを拾ってきたのだった。


馬車の中は誰も言葉を発するものはいない。ノーラ嬢は秘密が私にばれてしまった為、恐怖で口を開けないでいるし、パトリックも何故かこちらをチラチラ見ながら様子をうかがっている。そして一方の姉は相変わらず読書にふけっている。

私は馬車の窓から外を眺めながら、ついにジェイクを追い詰める日がやってきたので

1人、ほくそ笑んでいた―。



***


「な、な、何で・・・お前らが一緒にいるんだよ・・・。」


応接室に現れたジェイクは私たちを見ながら、青ざめて小刻みに震えている。


「ジェイク様、覚悟は出来ましたか?これから貴方を告発させて頂きますよ?」


私は笑みを浮かべながらジェイクに言った。


「な、何だよ・・告発って・・・。」


するとノーラ嬢が口を開いた。


「ジェイク様、もう全部ばれてしまったわ。でもこれで私の役目も終わり。せいせいしたわ。」


そして隣に座るパトリックにしなだれかかる。


「パトリック・・・何故、お前がここにいるんだよ・・。」


ジェイクは非難めいた眼をパトリックに向ける。


「うるさいっ!お前のせいで僕たちは3か月も引き離されていたんだからなっ?!いくら爵位が俺たちより上だからって・・威張りやがって・・・!」


「あの・・・これは一体どういう事かしら?」


一方、何も事情を知らない姉は首を傾げている。よし、ならここでもう姉の為に種明かしをしてあげよう。


「お姉さま。聞いて下さい。ノーラ嬢とジェイク様は実は恋人同士では無かったのです。実はお2人は親戚同士で、あたかもお付き合いしているかのように演技をしていただけなのです。」


「ああ、そうだ。ノーラの本当の恋人は僕だからな。」


パトリックはノーラ嬢の肩を抱きながら言う。


「くっ・・!」


一方のジェイクは悔しそうに俯いている。


「さて、ここで問題です。何故、ジェイク様はノーラ嬢とお付き合いしているように見せかけていたかというと・・・。」


私が得意げに言おうとすると、ジェイクが割って入ってきた。


「ああ、そうだよっ!俺が頼んだんだよっ!リリアンの前で恋人同士のふりをしてほしいって!それで転校迄してきてもらったんだ!」


「まあ・・ジェイク様・・・。」


姉はジェイクを見た。



「リリアン・・・俺が今まで付き合ってきた女の子たちも恋人だった子は1人もいない。彼女たちにお金を渡して彼女のふりをしてもらっていたんだよっ!」


ジェイクはやけくそのように叫んだ。


「全ては・・・リリアンッ!お前の為にっ!」


「まあ・・私の為・・ですか?」


「ああ、そうだ。リリアン。俺はリリアンと婚約したときから・・本当はずっとリリアンの事が好きだったんだっ!なのに・・・リリアンは少しも俺に興味を持ってくれなくて・・・いつも関心があるのは本の事ばかりっ!だから・・振り向いて欲しくて、やきもちを焼いてもらいたくて、今まであんな真似をしてきたんだぁっ!!お願いだ。謝るから・・・どうか俺と婚約破棄しないでくれええっ!愛してるんだよっ!リリアンッ!」


ジェイクは顔を真っ赤にして泣きわめいている。何、これ。気持ち悪い。もうドン引きだ。その証拠にノーラ嬢もパトリックも冷たい目でジェイクを見てる。こんな女々しい男ならさすがに姉も婚約解消するだろうと思っていたのだが・・・。


「ええ、知っていましたよ。ジェイク様。」


姉は静かに言う。


「「「「え・・・?」」」」


私達全員の声がハモッた。


「ジェイク様が私の事を好きでたまらないって事はずっと前から知っていました。そしてお金を払って彼女のふりをさせてきた事も・・・だって全て彼女たちはその事を報告してくれましたから。」


え・・?姉は全て知っていた・・?


「リリアン・・・俺を捨てないでくれ・・・。」


姉の足元に縋りつくジェイクを姉は慈愛に満ちた目で見つめると言った。


「ええ。捨てませんわ。だって・・・こんなに私の事を一髄に思ってくれる可愛らしい人なんですから・・・。その代わり・・。」


「うん、何だい?リリアン」


いつの間にかジェイクの鼻の下はだらしなく伸び切っている。


「これからは・・・私の言う事は・・・一生聞いてもらいますからね?」


姉はこの上なく美しい笑みを浮かべる。


「ああ・・もちろんだよ、リリアン。」


そして恍惚とした表情でうなずくジェイク。

そんな彼らを見ながら私とノーラ嬢、パトリックは背筋を寒くさせるのだった。



***


「ふう・・・今日は疲れた・・・。」


私が屋敷に帰ってきたのはすでに夕方の時刻だった。姉はまだジェイクの屋敷から帰ってきていない。きっと今頃は2人きりの時間を楽しんでいるのだろう。


「全く・・2人の婚約を破棄させようとしたのに・・・とんだ茶番劇だったわ。でもジェイクの本心を知ることが出来たから・・・まあ、いいか。」


そして自室へ、戻り・・。


「キャアアッ!」


私は思わず悲鳴を上げてしまった。何と薄暗い部屋の中にカウチソファに座っているセルジュがいるではないか。


「セ・・セルジュ・・・。い、いつからいたの?」


するとセルジュは立ち上がり、この上なく悲し気な顔で私を見た。


「酷いじゃないか・・・ルチア。」


「え・・・?な、何が・・・?」


「僕は朝からルチアに会いに来たのに・・・ずっと今まで僕の事を待たせておいて・・ジェイク様のところへ・・・しかも僕がここに来ていたことすら忘れていたでしょう?」


「へ・・・な、何の事・・・?」


いつものセルジュと違う。何だか怖くて声が震えてきた。


「ルチアのお母さんから待っていて下さいって言ってたと伝言をもらったのに・・。」


う、嘘だ・・・私、そんな事言った記憶ない・・・。またにしてくださいとは言ったけど・・え?ひょっとして聞き間違いされたの?!


「ルチア・・君は本当はジェイク様の事が好きだったの?」


「え?何でそうなるの?」


「だって・・君はいつもいつも僕を置いて、ジェイク様のもとへ行ってたから・・。」


「まさかっ!だって結局・・・・2人は両想いだったんだよ?だから婚約破棄も無しになったの。こんな結末で終わるとは思わなかったけど・・これでめでたしめでたしよ。」


私は肩をすくめた。


「え・・?そうなの?それじゃ・・解決したって事でいいんだよね?」


セルジュの目が怪しく光った・・・・気がする。


「うん、まあね。」


すると突然セルジュが近づいてくるといきなり強く抱きしめてきた。


「!な、な、な、何するのっ?!」


あまりにも突然の抱擁で身体が固まる。


「ねえ・・婚約破棄では無かったけど・・・丸く収まったって考えていいんだよね?」


耳元で息を吹きかけながらセルジュは囁くように言う。


「そ、そうね・・・。」


駄目だ、セルジュが何を考えているのかさっぱり分からない。


「覚えてる?穴埋めしてくれるって言ったこと・・。」


セルジュはますます強く抱きしめてくる。


「お、覚えてるよ・・・。」


「それじゃ、今穴埋めさせて。」


言うや、否や、いきなりセルジュは唇を強く押し付けてくるとそのまま私を抱き上げてベッドまで運び、キスしたままベッドの上に押し倒してきた。そしてより深いキスをしてくる。


「!」


 もう私の頭の中はパニックだ。生まれて初めてのキスの上、あの気弱なセルジュにベッドの上に押し倒されているのだから。

呼吸をふさがれそうな激しいキスの後、やっと解放してくれた。


「な、な、何するの・・・。」


息も絶え絶えにセルジュに尋ねた。


「穴埋めしてくれるって言ったでしょう?だからルチアをぼくに頂戴。」


「ちょ、頂戴って・・・!」


耳まで顔が赤くなる。信じられない、あのおとなしいセルジュが・・こんな・・ただの男の人に見えてしまうなんて!


「僕はルチアが大好きだよ。ルチアは僕の事・・嫌いなの?」


髪を撫でながら尋ねてくるセルジュ。


「き、嫌いなはずないじゃない。」


声が上ずるも何とか答えられた。


「そっか・・なら・・いいよね?」


セルジュはにっこり微笑む。


うん、そうだね・・・。セルジュは私の事が好き。私もセルジュの事が好き。

なら・・何も問題ないよね?

目を閉じると、今度は優しくキスしてくれた。


2人でベッドの上でキスをしながら私は思った。


人って・・・見かけによらないものだな―と




<終>


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私の姉には姉の事が大嫌いな婚約者がいる 結城芙由奈@12/27電子書籍配信 @fu-minn

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