君のプリクエル

瑞原えりか

君のプリクエル

 まるで神様が世界を指で一掃したみたいに、澄んだ青空が広がっている。空はどこまでも青く、高く、僕達の世界を包んでいる。僕はカメラのファインダーを覗いてぐるりと空を見渡した。どこかに君がいるような気がして。



 中学最後の一年、僕は青春の残り時間を投げ打って、机にかじり付くようにして勉強した。そして勝ち取った念願の高校で、僕は天使に出会うことになった。そう、君と出会ったんだ。僕は本当に運が良い。そのとき、すでに二つの奇跡が起きていたんだ。一つは君に出会ったこと、もう一つは、君が僕の隣の席だったこと。


「なんて綺麗な子なんだろう」

僕は君の横顔を初めて見た瞬間、心を奪われた。君がいる教室は、今まで見たどんな景色よりも美しくて、それまで無彩色だった僕の世界は急に彩られ始めた。

 でも、君の良さは単に見た目だけじゃない。君の気さくな性格は、周囲の人を楽しい気持ちにさせる。どんなことでも真剣に、一生懸命に取り組むその姿はつい応援したくなる。君がいる場所は、いつもそこだけ輝いているんだ。


 それに比べて、僕は特に取り柄もない、今まで彼女がいたこともない、背もそんなに高くない、どこにでもいる至って普通の男だ。

 そんな僕だから、これまでだったら、きっと高嶺の花の君に話しかけることなんてできなかった。でも、いわゆる高校デビューってやつ。不思議な力で、僕は君と席が近い地の利を使って君に話しかけた。

 そして、僕と君はすぐに友達になったね。当然だけど、君は他のみんなとも仲良くなって、すぐにみんなのアイドルになった。しかも、本当にティーンモデルをしていた。


「撮ってくれるのはアマチュアのカメラマンさんが多いんだけどね」

と言って笑う君。僕はこっそり嫉妬した。君を独り占めする顔も知らないカメラマンに。僕だって、いつか君を独り占めできたらどんなにいいだろう。

 だから僕は、僕なりの方法で、今のかけがえのない君を独り占めする方法を考えた。君や他の友達を誘って映画部を立ち上げたんだ。もちろん、僕が部長。


 そして僕達は映画を撮り始めた。ミステリーやら、怪奇ものやら、青春ものやら。僕は必死に本を読んで、映画の撮り方を勉強して脚本を書き上げて、君は主役だったり、ヒロインだったり、死体やゾンビ役のときもあったね。上手くいかない時は、夜遅くまで撮影することもあったし、意見が対立して喧嘩みたいになることもあった。そんなとき、君は真剣で一歩も譲らなかった。案外、頑固だよね。

 でも、君はどんな役でもいつも心から楽しんで、全力で演技に臨んでた。僕も本当に楽しかった。

「見ている人の心を揺さぶる女優になりたい」

 いつか、君は夢を語ってくれたね。僕は言った。


「君は絶対に本物の女優になれる」


 だって僕は確信してるんだ。ファインダーの中で動く君は、いつも誰よりも輝いていて、テレビで見るどの女優さんにも負けてない。君は絶対に世界中の人の心を揺さぶる女優になれる。物語の中に入った君は七色に変化して、君にしか作れない七色の世界を作り上げる。

 君がゾンビになったら、ゾンビにすら愛おしさを感じられるんだ。君が空を見上げたら、空がこんなにも青くて、遠くて、胸が痛くなるほどに美しいんだってことに気づくことが出来たんだ。

 僕はその、一瞬一瞬の君を世界から切り取って、フィルムに閉じ込めた。君が振り向いて笑ったら、その度に僕は何か大切な仕事を任されているような気持ちになったんだ。


「今度の映画で着る衣装を選んでくれない?」

 ある日、君がそんなことを言うから、僕達は一緒に買い物に出掛けた。僕はまず、自分がどんな服を着ればいいかを必死で考えたよ。

 駅で待ち合わせをして、白いワンピース姿の君を見た時、君はやっぱり天使だと思った。その姿は、僕の頭の中のフィルムに焼き付けたけど、それくらい許してくれるよね。なんとなく、君も緊張してるみたいだったけど、ショップを回るうちにいつもの二人の空気になったね。君はよく笑って、よく喋って、一緒にカフェで休憩した。


哉太かなた君は将来何になりたいの?」

君は僕に尋ねた。本当は映画監督になりたいって言いたかったけど、そのときの僕は自信が無くて

「さぁ……、普通にサラリーマンになって、普通に働くんじゃない」

大人ぶって、心にも無いことを言った。その瞬間、君は下唇を噛み締めて、何故か泣きそうな顔をした。

 そしてその帰り道、僕達は声を掛けられた。相手は芸能事務所の人で、前から君に目をつけていたって言った。僕達の楽しい時間の終わりはすぐそこに迫っていたんだ。

 やがて、君は卒業を待たずして、一学年終了とともに東京の高校に転校して本格的に芸能活動することを決めた。

 君は夢に向かって大きく動き出したんだ。僕は胸が痛いけど、君を応援するって決めたから、黙って送り出した。でも、最後に、君と思い出の映画を作ったよね。僕は監督でカメラマン、そして君はもちろん主演だ。

 東京に行ったら、雑誌でグラビアなんかして、僕はそれを見て、ついには映画に出る君。テレビに番宣で出たり、流行りのドラマにも出たりして、君はどんどん人気が出て、本当にみんなのものになってしまうんだろう。


 今だって君は学年一の人気者で、「僕のものになって」なんて、そんな大それたこと言えやしないけど、ファインダーを通して、この広い世界から君だけを切り取る瞬間は、君が僕だけを見ているこの瞬間だけは、君は僕のものって錯覚してしまうんだ。


 切なそうな顔で手元を見つめる君は、もう立派な女優だ。カメラマンの僕は満開の桜の下に立つ君を徐々にクローズアップする。君の白い頬、意志の強そうな美しい瞳が、画面に力を持たせた。君の手元には一通の手紙。君はそれを読んで泣いた。本当に涙を流していた。

 そのシーンで僕達の映画はクランクアップ。君は笑った。爽やかな風の吹く日だった。はらはらと舞い散る桜の花びらが幾重にも重なって、君のいる世界を一層優しく彩っていた。


 数日後、君は東京へ旅立った。僕は想いを告げることなく、君の背中を押しただけ。

 君が本当に遠くへ行ってしまってから、僕は後悔した。「好きだ」と、ただその一言を言えなかった。本当は言いたかった。最初からずっと好きだった。出会った日から、仲良くなってから、ずっとずっと好きだった。君と過ごす瞬間はいつも眩しいくらい輝いていて、君のことを知れば知るほど、胸は苦しくなって、君への想いが溢れ出した。誰にも渡したくなかった。君が誰かに告白されるたび、断る君を見てホッとし続けて。でも、

「哉太君は好きな人いないの?」

って君が聞いてくれたとき、僕は君の目を見れなかった。ファインダー越しにしか君を見つめられない。弱い僕は、傷つくことからずっと逃げていた。

 最後のシーン、映画の中の僕は君に手紙を送った。


「ずっと君が好きだった」


 それを読んで、君は涙した。君はどんな想いだっただろう。いつか……聞けたらいいな。

 君が夢を叶えて、僕が夢を叶えて、立派な女優と立派な映画監督になったら、そのときは。

 今度こそカッコ良く、君に主演をオファーするよ。

 だからこの映画は、君の夢のプリクエル。君の夢が現実となり、君が大空へ羽ばたいた時、僕は君の扉を叩く。

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君のプリクエル 瑞原えりか @erie1105

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