初夏の風

 マイヤー、タウゼントシュタイン、クラクスが乗った“エンデクン号”は、捕えたスザンネと執事と一緒にズーデハーフェンシュタットに到着した。

 スザンネと執事は監視をつけて船に残し、マイヤーは人質だったヒュフナーを連れて警察本部に向かう。アーレンス警部にスザンネと執事を捕えた報告と人質として囚われていたヒュフナーの保護をお願いするためだ。


 一方、タウゼントシュタインはクラクスを連れて城へ戻る。そこで、クラクスを見つけたことと、スザンネと執事を確保したことを、傭兵部隊隊長のクリーガーと司令官ルツコイに報告する。

 クラクスは一旦、謹慎となり兵舎として利用している傭兵部隊の大部屋から出ないように命令された。彼に対する追加の処分はクリーガーとルツコイが検討して今日中に通告されるようだ。

 そして、警察本部に到着したマイヤーは、アーレンス警部と数名の警官を引き連れて “エンデクン号” に戻って来た。スザンネと執事を警察本部へ連行する。


 執事の罪状は以下の通りとなる。

 ハーラルト・ヴェールテの殺害

 エストゥス・ヴェールテの殺害

 アデーレ・ヴェールベンの殺害

 クリスティアーネ・ヴェールテの殺害

 内務局長官の殺害

 ユルゲン・クリーガーに対する殺人の教唆

 弁護士ハルトマンの殺害

 エリカ・ヒュフナーの誘拐

 政府や内務局、帝国軍への贈賄

 都市間の移動禁止令の違反


 この事件は殺人だけでなく、政府、軍の内部の大規模な贈賄事件の発覚ともなった。

 ズーデハーフェンシュタットのではルツコイ司令官の指揮で大規模な汚職調査が行われている。その結果、約八十名の兵士が買収されていることが分かった。うち二名はユルゲン・クリーガーを襲い、六人がスザンネと執事の逃走を手伝った。残りの者の多くはヴェールテ家の屋敷近くの通りを監視している兵士とその上官で、屋敷の出入りしている者を報告しないように口止め料をもらっていた。だから、内務局の長官が屋敷を訪問しても、長官や召使いの遺体が運び出されても報告されていなかったのだ。


 帝国首都から法律の専門家でパーベル・ムラブイェフという人物が共和国の法律の調査で訪問していたのをルツコイが引き止め、一時的に内務局長官に任命し、法務局とも連携させ贈賄を禁じる法律の整備を依頼した。彼は二週間という短期間で法律を整備し、軍だけでなく共和国から引き継いだ官僚制度の内部の汚職にも切り込んでいる。

 法律を整備したため、旧貴族から政府への干渉は少なくなるだろう。税制でも旧貴族を対象に、財力を背景とした権力を削ぐための裕福税を導入した。また、他の都市の帝国軍内部でも同様に汚職の調査が始まったという。


◇◇◇


 そして、事件が一段落し、執事とスザンネが捕まってから三週間経った。

 傭兵部隊はヴェールテ家の事件の後処理はすべて警察に任せて、通常の任務に戻っている。


 そんなある日、クリーガーはカフェ “ミーラブリーザ”にいた。目の前の席には軍医のザービンコワもいる。先日、一週間の休暇を取らされたが、その後も彼女の命令でちゃんと定期的に休むように言われている。それで、今日は休日なのだが、なぜか、ザービンコワも休日を合わせて休んでいる。そして、一緒にこの店に足を運んだ。

 ヴェールテ家の事件の時、彼女がクリーガーに近づいてくるのは、毒を扱っているクリーガーを犯人と疑っているのかと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。


「ヴェールテ家の連続殺人の件だけど」。ザービンコワは飲んでいた紅茶の入ったカップを置いて話し出した。「国を巻き込む大事件になったわね」。

「亡くなった方々には申し訳ないですが、政府内の汚職に切り込むことができて、結果的には良かったのかもしれません」。

「共和国に汚職が多かったとは意外な気がするわ」。

「大金持ちが多いですから。しかし、法律や税制が変わったので、少しはましになるでしょう」。クリーガーは紅茶を一口飲んで話を続ける。「でも、こんな短期間で、ここまで法整備をするとは」。

「ルツコイが言うには、法整備をした人物は、かなりの“やり手”のようよ」。

「そうですか」。

 クリーガーは、法律にはさほど興味が無かったので、それ以上は尋ねなかった。


 ザービンコワも紅茶を一口飲んでから尋ねた。

「継母のスザンネは罪に問われるのかしら?」

「どうでしょう。執事の犯罪はすべて知っていましたが、どの程度、実行役として加担していたかは裁判の行く末を見守るしかありませんね。おそらく、殺人に関しては…、ええと、手助け?なんと言いましたっけ?」

「“幇助”?」

「そう、それです。“幇助”。法律に詳しいソフィアによると、今回の場合、罪が多いので “幇助”のみの場合でも、それなりに重い判決が出るかもしれないとのことです」。

「でも、スザンネと執事が親娘だったなんで驚きね」。

「まったくです。だれも予想していませんでした。執事の息子、すなわち彼女の兄弟二人がモルデンで戦死したので、執事同様に恨みを持っていたのでしょう」。


 クリーガーはあることを思い出して、少し笑いながら言った。

「そういえば、ルツコイ司令官が最初に犯人は、“執事”だと言っていたんですよ」。

「本当?」

 ザービンコワは驚いて目を見開いた。

「マイヤーによると、彼が捜査を頼まれた初日に、司令官は“小説では大抵、犯人は執事だ”、と言っていたそうです」。

「なにそれ。推理でもなんでもないじゃない」。ザービンコワはあきれて笑う。「あと、残されたマルティンはどうしているの?」

「彼の集めた汚職の情報も軍や警察に提供されて役に立ったみたいです。しかし、新聞の検閲は今まで通りなので、不満を言っているようです」。

「それは、仕方のない事ね」。

「しかし、結局はヴェールテ家の貿易会社などの遺産の多くは彼の手になるでしょうから」。

 まあ、彼は遺産に興味が無いとは言っていたが、一体どうするのだろうか。


「それにしても、あの事件はマイヤーがよくやってくれました」。

「そのようね。部隊を抜け出したクラクスは謹慎処分に?」

「そうです、彼は一か月の自宅での謹慎処分です。誘拐された召使いを救出したので、少々、温情的な処分となっています。来週、その謹慎処分が終わって隊に戻ってきます」。

「よかったわね」。

「ええ」。

 クリーガーは紅茶を飲むためにカップを持ち上げ口をつけた。クラクスの家族は戦争中にズーデハーフェンシュタットに逃げて来たと聞いていた。クラクス自身もここに逃げてから、あまり家族に会っていないと言っていたので、この機会に家族水入らずもいいのではないかと思っていた。余計なお世話かもしれないが。


 クリーガーは、ふと窓の外に目をやると、通りの少し離れたとことに見慣れた顔が見えたので驚いた。それは、自宅謹慎中のはずのオットー・クラクスと、どこかで見覚えのある小柄で赤毛の女性。

 彼女をどこで見たか…。そうだ、ヴェールテ家の屋敷に一度だけ行ったことがある。その時、我々の馬車を見送りに外に出て来ていた召使い。ということは、オストハーフェンシュタットでクラクスに助けられた女性か。名前は確かエリカ・ヒュフナーと言ったか。二人は仲睦まじく通りを歩いて去っていった。


 なるほど、そういう事かと、クリーガーは思わず微笑んだ。しかし、同時に自宅謹慎を破ったオットーは部隊に帰ってきたら、きつく言わなければと思った。

「どうかした?」。

 急に微笑んだクリーガーを見て、ザービンコワは尋ねた。

「いえ、なんでもありません」。

 クリーガーはそう答えた。


 カフェの外は初夏の日差しが明るく輝いている。

 開かれた窓は、近くの海から潮の香りがするさわやかな風が吹き込んでいた。


(完)

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傭兵部隊の任務報告2~ヴェールテ家連続殺人事件 谷島修一 @moscow1917

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