されてしまった?

紀之介

いきなり。

(─ 最悪だ)


 いつもは、鞄に折りたたみの傘が入っているのに。


 たまたま忘れた放課後に、大雨に見舞われるとは。


(── どうやって帰ろう)


 私は一人っ子だし、両親は共稼ぎ。


 家に電話したところで、傘を持って迎えに来てくれる人などいる筈もない。


 校舎の玄関の軒下で、私は立ち尽くす。


 ふと背後に、人の気配。


「北さん?」


「えーとぉ」


「悲しいなぁ。クラスメートなのに、名前を覚えてくれてないんだ」


「…ごめんなさい」


「大吾だよ。里見大吾」


 傘が、私の目の前に差し出される。


「貸してあげる」


「え?!」


「僕は別に、折りたたみの傘も持ってるから」


「でも、男の人から傘は……」


「はい。え・ん・りょ、し・な・い」


 強引に傘は、私の手に握らされた。


「こ、これって──」


「そのうち返してくれれば、い・い・か・ら。」


 鞄から取り出した、折りたたみの傘を広げる里見君。


「じゃあねぇ。また、あーしーたー」


----------


(名前も覚えてない クラスメートの男子から、いきなり──)


 校門に向かって遠ざかる、里見君の傘。


(…愛の告白をされてしまった)


 見送りながら、私は考える。


(……私………どうしたら良いの?)


----------


「さ、里見君──」


 校内の穴場。いつものベンチ。


 並んで座っているウチらを目指して、見知らぬ女が近寄ってきた。


「ダイ。あの子 知り合い?」


「えーとぉ、同じクラスの北さん」


 つかつかと歩いてきたその女は、大吾の前で立ち止まる。


「これ…受け取って下さい!」


 差し出されたのは、明らかに本命なチョコレート。


「─ 私からの愛です」


 成り行きを見守っていたウチの口から、声が漏れる。


「は?!」


「あなたには、関係ありません。」


「いや、ちょっとまってくれる!?」


 ウチと大吾は、明らかに今 じゃれ合っていた。


 それも、いちゃいちゃオーラを盛大に 周囲に撒き散らしてだ。


「アンタ、一体どういうつもりで──」


「里見君。これが 先日あなたがしてくれた、愛の告白に対する私の答えです!」


----------


「ダ・イ?」


 ウチはゆっくりと隣を見た。


「─ コイツに、そんな事したの?」


 目を大きく見開いた大悟は、激しく頭を左右に振る。


「まあ…そうだよねぇ」


 この子は、うちにベタぼれだ。


 それには、絶対の自信がある。


「ねえアンタ。この子 身に覚えがないって言ってるし──」


 迷惑女を、ウチは睨める。


「…他の誰かと、間違えてない?」


----------


「さ、里見君?!」


 迷惑女は、一歩踏み出した。


「つい…先日、私にしてくれた事を 忘れてしまったのですか?」


 ベンチから立ち上がったウチは、大悟を守るべく ふたりの間に割って入る。


「この子が、アンタに何をしたって言うの?」


「私の手に、傘を無理やり握らせたじゃないですか??」


----------


「えーとぉ、北さん?」


 ウチの背後で、大悟の立ち上がる気配がした。


「それって、この前の雨の日に 傘を貸してあげた事を言ってるのかな?」


 頷く迷惑女。


「はい。あの日のあなたは、無理やり私の手に 傘を握らせました」


「それは…遠慮した北さんが、受け取ろうとしなかったから仕方なく……」


「あれこそは紛う事なく、私への愛の告白じゃないですか!?」


----------


(─ こいつ、おかしい)


 状況を見ていたウチは、得も言えぬ恐怖に襲われた。


(── 多分 この女には、普通の理屈は通じない)


 この厄災に、どう対処したら良いのか判らない。


(─── ダイの事は ウチが守らないといけないのに!)


----------


「みーちゃん」


 里見君はいつの間にか、無関係女の横に立っていた。


「手、出して」


 女の手首を取って、自分の方に引っ張る。


「これ、貸してあげるね」


 何と、傘を握らせたのだ。


 私は怒りに震えた。


「あ、あなたは…な、何て事を……」


「北さん。僕って、誰にでも こんな事をしちゃう男だから」


 こんな最低な男を愛する事など、私には出来ない。


「─ 残念ながら あなたからの告白、お断りさせて頂きます。」


----------


「ごめんね。みーちゃん」


 遠ざかる迷惑女を見送りながら、ダイは呟いた。


「─ なんか、変な事に巻き込んじゃって」


 ウチはダイの腕を引いて、ベンチの隣に座るように促す。


「理屈は良く解らないけど、とにかく、あの迷惑女が引き下がってくれて良かった」


「そうだね」


「これに懲りたら…ウチ以外の女の子には むやみに優しくしない様に。」


「…ヤキモチ?」


 わざとらしくウチは、怒ってみせた。


「今年のチョコ、あげるの 止めよーかな」


「何でぇー みーちゃんの手作り、毎年 楽しみにしてるのにぃ」


 一通り、拗ねるダイの様子を堪能するウチ。


 頃合いを計り、気合を入れて準備した包を あくまでも渋々な感じで差し出す。


「はい、はい。じゃあハッピーバレンタイン」


「やったぁ。みーちゃん大好き♡」

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されてしまった? 紀之介 @otnknsk

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