第3話
まだまだ朝の空気が充満する駅前オフィス街を抜け、繁華街へとクロスバイクを飛ばす。街並みがちょっぴり変わってるとか、車の形状が流線的すぎるとかの情報を視覚で捉えながら、目指す先はファーストフード店。めでたく早退に成功した私はこう考えた。どこか落ち着ける場所で状況を整理しようと。
「私の日常はいつから狂ったんだ……」
「もしかして君も主人公なのか」
ファーストフード店の二階でドリンクを前に嘆いていたら、男性に声をかけられた。屈強そうな体躯にマントを羽織り、背中には大きな剣を背負っている。顔には刀傷までついてるし、関わり合いになりたくない要素が満載だ。
「どちらかと言えば脇役ですよ」
「でも終わらない今日に閉じ込められている。そうだろ?」
その言葉にビビッときた。大男はさも当然の如く私の正面に腰掛ける。いい歳したコスプレ男だと思っていたら、煩慮の答えを知るかもしれない人物だった。そんなご都合主義的な展開は嫌いじゃない。こと自分自身に関してなら大歓迎。
「もしかして貴方もループを?」
「かれこれ三年になる」
同じ境遇にある人と出会えた奇跡。これは、ホッと一息ついても良いレベル。
「私はまだループ初心者なので色々教えてくれませんか」
「俺でよければ力になろう」
大男は自然な動作で【プリプリ苺の朝シェーク】を啜った。それ私のですけど。そんなことされると、もう私が飲めませんけど。
「まずは自己紹介といこう。俺はグラハム大磯、見ての通り戦士だ」
「私は水見歩美。ただの事務員です」
風貌に加えて名前と職業も怪しさ全開。見ての通りって何?
「女性だったのか。てっきりニィちゃんかと思ったぜ」
「貴様如きが胸だけ見て判断するな。声もちゃんと加味しろよ」
「お、おぅ、スマン……」
私の剣幕に身を縮めるグラハム大磯。さっきまで唯一の理解者だと思って気を許しかけたが、ただのセクハラ戦士にランクダウンした。その急落ぶりたるや、増税し過ぎて国を不況のどん底に叩き込んだ総理大臣の支持率とどっこいだ。もう彼に敬語は必要ないだろう。
「で、一体この状態は何なのよ」
「主人公症候群と俺は呼んでいる」
「主人公症候群?」
「ああ。この世界には少なからず俺や君みたいにループを繰り返す人がいる。そんな人たちの総称が主人公だ」
「水曜日を永遠に?」
「火曜日や金曜日の人もいると聞く」
「元の世界には戻れないの?」
「少なくとも俺はその方法を知らない」
「じゃあ、このループから抜け出せないのね……」
「抜け出すのは簡単だ。前日と違う場所で深夜零時を迎えれば良い」
以外と簡単な打開策だった。深夜零時と言えば、いつもベッドで熟睡している時間。それが当然だから、当たり前すぎて試そうとも考えなかった。もしグラハム大磯に教えらえなかったら、一生その発想に辿り着けなかっただろう。答えはいつも思わぬところに転がっている。
「ありがとう、何だか光が見えたわ」
「だが一度抜け出すともうループには戻れない」
「良いことじゃない」
「選び方によっては過酷な運命が待っているぞ」
「選ぶって何を?」
「世界だよ。俺たちは自分の生きる世界を選べるんだ。何億、何兆と存在する並行世界の中から、生きる場所をセレクトできる。それが主人公だ」
面倒な不思議現象に巻き込まれたと思っていたら、まさかの特別待遇。選民意識が芽生えそうで怖い。普段ならこんな胡散臭い話は絶対に信じないけど、現状既に胡散臭い状況なので真実だと思いたい。むしろ真実であってほしいと切に願う。
「ところで貴方は何でそんなことを知ってるの?」
「戦士だからな」
…………戦士なら仕方ない。
「じゃあ俺は失礼するぜ」
「待って!」
「心細いのは分かるが、ここからは君次第だ」
「違うわよ。【プリプリ苺の朝シェーク】代、払って」
グラハム大磯が立ち去った後、仕入れた情報を反芻した。水曜日のループから抜け出すには、アパート以外の場所で深夜零時を迎えるだけ。逆に考えれば、深夜零時をアパートで迎える限りループは持続する。気持ちに少し余裕ができた今、それはそれで良いんじゃないかと思えてきた。
ループの中にいる限り、生活費がかからない。財布の中にある五千円札は復活するし、いざとなればカードもある。もっと言えば働く必要性すらない。会社に出勤しても翌日にはその行動自体がクリアになるので、行くこと自体がバカバカしい。この怪奇現象に捕らわれている限り、私は惰眠を貪れる。ずっとゴロゴロしていられる。昼からビールも飲み放題。
素晴らしきかな我が人生!
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