第三話 ろをりんぐ

 私は膝を抱え、徐々にスピードを上げながら転がり始めた。そう、『前転突撃』だ。それは突拍子もないアイデアで、私は思わず笑いそうになった。この時私の心と体は、眠気と膀胱の痛み、そして何より、お化けに対する恐怖によってとうに疲弊しきっていた。しかし止まるわけにはいかない。おそらく二時までは、あと一分もないだろう。もっと早く、転がれ、転がれ...!

 「うおぉおぉおおお」私は猛り、必死に転がり続けた。すると背後から、明らかに人ならざるモノの足音が近づいてきた。顔がちょうど後ろに回ってきたとき、そこにモノの姿は確認できなかった。私は激しく混乱した。何なんだこの足音は。いいや考えるな。今はとにかく転がり続けろ!タイムリミットは、あと五秒ほど。四秒前、三秒前、二秒前、一秒前—————

 ——現在時刻は深夜二時一分。まあ、二時ぴったりではないが、私は今、安らかに用を足している。もちろん便所で。なんとも言えない安心感と同時に、一抹の疑問を私は抱いていた。いったい何故、廊下があのような異質なものになってしまったのだろうか。私が寝ぼけていました。その一言で片付けられる現象では無かったはずだ。ま、まぁ、でも、実際にお化けを見たわけではないし、丑三つ時が終わる二時三十分まで篭っていれば良いだけのこと...おっと、私は扉の鍵を閉め忘れていたようだ。こんな状況でも、エチケットというものは守らねばならないな。私が、ドアノブに手を伸ばそうとしたその時だった。ひとりでに鍵がかけられた。

「え...」

私は、不穏な螺旋を転がり落ちた。

『上に...いるよ』       —END—

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