第二話 らうか

 スマートフォンを片手に、ひんやりとした床を両足でしっかりと掴んだ。私は壁を伝い、歩数を数えながら歩みを進めた。一歩、二歩、三歩、四歩、五歩———十...ぽ...。普通ならもう着いても良いはずだが、なぜか便所には辿り着けない。私は、奇妙で生ぬるい恐怖を覚えた。慌ててスマートフォンの光で周囲を照らした私は、先ほどまで歩いてきた『廊下』は、私の知っている『廊下』とは全く奇異なものであったのを悟った。便所の扉は、たしかに廊下の突き当たりに確認できる。しかしそこまでの道のりが、計り知れぬほど遠いのだ。そして、出てきた部屋までもが同様に遠のいていた。不気味な空間に囚われた私は便所まで走ろうとしたが、それにより腹におさまるダムがただちに決壊してしまうのは明らかであった。しかし、ここに立ちつくしていても、そのうちダムは決壊するし、深夜二時—丑三つ時—に入ってしまう。煩悶した私はとにかく震えた。震え、考えた。どうすれば、この状況を理解し、苦境を脱する事ができるだろうか、と。そして二分ほどあれこれ考えたのち、私はしゃがむと(ダムの方が)案外楽になるのに気がついた。ちらりとスマートフォンを覗くと、そこには一時五十九分の文字。「あと、一分」

 私は、まさに今思いついた最後の切り札を繰り出す事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る