男の子目線

持久走で一位を取ったら告白する。

そう決めて臨んだ今日の6限目。


準備運動も終わり、スタート位置の前の方に進みながらちらりと女子の方を見ると、まだ体操中らしい。

真剣に体を動かす彼女に自然と目がいく。



丸山は、一際綺麗で大人びた女の子だった。

艶のある黒髪や造形の整った顔はもちろんのこと、中身も美しいと感じる。

よく周りを見ていて、どんな時も置いてけぼりの子がいるとさりげなく歩み寄っている。


かく言う俺も、勉強についていけず補習になった時教えてもらったことがある。

丸山は両親が仕事で帰りが遅い為、部活にも入らず急いで帰宅し、妹の面倒を見ながら家事をこなしているらしい。そんな彼女は早く帰りたいだろうに、1時間も俺に付き合ってくれた。



そんな彼女を、いつの間にか目で追う回数が増えていた。

席替えで隣になった時はたくさん話しかけた。



でも彼女は俺のことをまるで意識していないみたいだった。

俺がまだ男になりきれていないからだろうか。

周りの奴らは声変わりして身長もぐんと伸びているのに、俺の声はまだ高くて身長は低いまま。



だから、かっこいいとこをみせれば少しは意識して貰えるんじゃないか――そう思ってふいに冒頭のことを思いついたのだ。




位置について、と先生の低い声がして彼女から目を離す。

俺のクラスには陸上部の奴が一人いるから、負けるわけにはいかない。



ピーーーっと笛の合図が俺の背中を押した。





初めは先頭の方を走りながら体が徐々に温まってくると、ぐんぐんスピードを上げていく。


いつの間にか足音は自分一つになっていて、よし、とスピードを緩めることなく走る。



一周目が終わり校庭に戻ってくると女子も既に出発したらしく姿がなかった。



丸山は大丈夫だろうか。

なんでも出来そうに見える彼女は、運動だけは壊滅的にダメらしい。

短距離の時はスタートダッシュで転び、バスケではドリブル一つ出来ずにボールが離れていく。


それでも懸命に取り組む彼女を、心の中で全力で応援していた。

長距離ではどうなんだろう。まさか転んでないといいけど――そう思っていると人が見えて来た。


後ろに一括りにした黒髪が揺れている。

丸山だった。

俺の早歩きの方が早いんじゃないかってくらいの速度で走っているので、制限時間内に終わらないんじゃないかと心配になる。


小さかった背中はあっという間にそばに来ていて、酷い喘鳴が聞こえて来た。



「がんばれっ!」



心の中の声が外に飛び出す。

慌ててガッツポーズまでお見舞いしてしまった。



「あ、りが…と」



呼吸で精一杯だろうに、感謝の言葉を告げる彼女に俺は恥ずかしさと嬉しさがいっぱいになって逃げるようにスピードを全開にした。



身体中を血が駆け巡って、心臓がバクバクと鳴る。

どうやら無理に走りすぎたらしい。

少しペースを落として走っていると、一つ、足音が聞こえて来た。



「帆波お先っ」



陸上部の奴だ。

長い足で軽やかに走っていく彼に追いつこうと懸命に足を進めるが、どんどん背中が小さくなっていく。



かなわねぇな。



そう思ったら足が止まった。

膝に手をつき目を閉じると、彼女の姿が浮かんだ。

遅いながらも止まることなく進む彼女の姿が――



途端、駆け出していた。

丸山はきっと今も頑張って走っている。だから俺も諦めちゃいけない。



陸上部の彼の背中がまた現れて、どんどん大きくなってくる。



「うっそまじかよ」



追いつこうとする俺に気づいたのか、彼もスピードを上げる。



流石陸上部、差は縮まらない中ゴールが見える。



「山本一番……二番帆波…頑張ったな」



先生にわしわしと髪の毛を掻き回される。

確かにいつもと比べれば格段にいい成績だ。

しかし、悔しかった。



「くっそ…やっぱはえーな」



「帆波もはえーよ。短距離なら負けてた」



息を上気させながら笑う彼は、なんだか大人びていて羨ましかった。





次々と男子も女子も集まりつつあり、授業時間も残り5分となった。

丸山の姿がまだない。



彼女は帰宅部なので、チャイムが鳴るまでにかえってくればいいはずだが――



なんだか嫌な予感がして、立ち上がって先ほど通って来た道を引き返す。



先生が何か叫んだ気がしたが、構わず全力で走る。




程なくして丸山の姿が見えて来た。

ずりずりと足を引きずっていて、走るどころかもはや歩くのがやっとみたいだった。




「丸山っ!」



叫ぶと彼女の顔が上がる。

ほとんど涙目だった。



彼女の元まで辿り着くと、息は途切れ途切れで逆に彼女に心配されてしまう始末。

かっこつかないよなぁ、と心の中で苦笑しつつ歩くのも辛そうな彼女を背中に乗せる。



思いがけない柔らかさと匂いにドキっと胸が鳴る。

俺、かなり大胆なことしてるんじゃないか。



制限時間は残りわずか、頑張った丸山のそれを無駄にするわけにはいかないと一旦思考を外において全力でゴールへと向かう。



あっという間に校庭にたどり着くと、みんなの視線がこちらに集まったのがわかった。

恥ずかしくて、でもなんだか誇らしくて誰のことも見ないようにゴールまで行く。



滑り込みセーフでチャイムが鳴り、心の中でガッツポーズを取りながら先生に叫んで保健室へと向かった。





そっと椅子に座らせた時、背負っているのに全力で走ってしまい負担がかからなかっただろうかと思い至り謝ると、思いがけず笑顔が返ってきて釣られて笑う。



そして早く足を診てもらおうと保健室を出て行こうと足を踏み出した時、手を掴まれた。

その力は弱く、どうしたのかと顔を覗き込めば、潤んだ瞳で見つめられる。




丸山。そんな顔しちゃ俺、期待すんだけど。

一位じゃなかったけど、あんましかっこいいとこ見せられなかったけど、今なら応えてくれるだろうか。




俺、丸山のこと好きだよ。

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"好き"への道のり 七海 @nanami-kuno

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