『破滅の聖者』

にゃ者丸

『破滅の聖者』

昔々、この世界は災禍に包まれた時代があった。


空は暗雲が覆い隠し、聖なる輝きなど一つとして無い、暗黒の世界。


荒廃に満ちた世界の中で、一人の男が旅をしていた。


醜く、邪悪なる獣の跋扈する大地を、男は一人で歩き続けた。


骨のような鎖を纏い、邪悪なる獣の黒泥の肉を裂き、男は目的の見えない旅を続けた。


長い、長い、終わりの見えない旅路だった。


幾星霜の時を経て、男が辿り着いた先は、一輪の花を咲かせる大樹だった。


それは、あまりにも美しく、あまりにも邪悪であった。


花は不気味に輝き、黒泥を吐き出した。


男は悟る。この大樹こそ、邪悪なる獣を孕む膿なのだと。


しかし、何故か男は大樹を裂こうとはしなかった。


その顔を覆う仮面の奥にあるまなこで、大樹を見つめるだけであった。


骨鎖が揺らぎ、男の周囲で何かが渦巻いた。


混沌とした黒泥よりもなお黒く、一輪の花を咲かせる大樹よりもなお濃い瘴気。


男は藻掻き苦しんだ。渇きに罅割れた咽を掻きむしり、黒泥にも似た赤黒い血を噴出した。


男は地面に倒れ、掠れた声で苦しみの怨嗟を叫んだ。その声は徐々に言語を失い、やがて呪いと成り果てた。


男は怒りに震えて大地を叩いた。その腕は黒々として罅割れて、罅割れを赤紫の結晶が埋めていた。


男の姿は変わり果てていた。姿は人に似ていても、その在り様は人とは言えない者になっていた。


幾重にも重なった衣が、風に揺らいではためいた。衣の間からぶら下がる骨鎖が、互いを擦り合わせて音を奏でた。


男の顔を覆い隠す仮面の奥で、人であった頃と変わらぬまなこきらめいた。


その眼は、ただ一点を見つめて動かなかった。


やがて、男の姿が消える。


そこに一輪の花を咲かせる大樹を残して。


とうの昔に破滅した、滅びの大陸を闊歩する。


男が姿を消した時、入れ替わるように三人の導師が、黒泥を吐き出す大樹を訪れた。


その導師は、紅蓮に輝く錫杖を掲げて、黒泥を吐き出す大樹の根差す大地を捲れ上げた。


その導師は、銀色に輝く斧剣を振り下ろし、大地の奥底から灼熱の溶岩を隆起させた。


その導師は、鱗に包まれた腕を向けて、黒泥を吐き出す大樹の周囲の大地を凍りの結晶で包み込んだ。


捲れ上がった大地は、まるで花のように形を変えて、黒泥を巡らせる岩礁と化した。


大地の奥底から隆起した灼熱の溶岩は、灼熱の炎霊へと姿を変えて、邪悪なる獣を焼き尽くす霊獣と化した。


大地を包み込んだ凍りの結晶は、うねる海流の如く流動し、この地を白煙の漂う凍土へと変貌させた。


三人の導師が、それぞれの片手を掲げた。


暗雲が凍土を包み込む。


凍りの結晶は、暗雲さえも凍らせて、この地を覆う暗黒の大地へと作り替えた。


三人の導師は、黒泥を吐き出す大樹を滅びの大樹と呼び、この地を大樹ごと封じ込めた。


やがて、役目を終えた三人の導師は、それぞれの故郷へと帰っていく。


世界から、暗雲が消えた。


満点の空からは、太陽の光が大地を照らした。


太陽の輝きは、邪悪なる獣を焼き尽くし、その死骸を糧に自然は蘇った。


人々は歓喜した。この世界は蘇ったのだと。


ようやく、暖かな光をこの身に浴びれるのだと。


滅びの大地に芽吹いた生命いのちを、人々は守り抜くことを誓った。


だが、滅びの大地の全てが蘇った訳ではない。


たった一部の大地が蘇ったに過ぎない。


荒廃した大地を、邪悪なる獣の闊歩する破滅に満ちた世界を、男は歩いた。


何かを探すように、何かを求めるように。


男は死ねぬ身体で旅をする。


やがて終わりを迎える、その時まで。


その姿を見た者は、その在り様を知った者は、故に男をこう呼んだ。


破滅の聖者、と―――――。

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