11月、セブンティーンアイス、駅のホーム

綾瀬七重

美味しい話。

11月、セブンティーンアイス、駅のホーム

寒いのにどうしても食べたくなるあのアイス


20歳になったその日に終電を逃した岬は1人で始発を待ちながらアイスを頬張っていた。

11月にしては暖かかったから調子に乗ってアイスを買って食べてみたけど11月を舐めていた事を実感した。結局暖かい缶コーヒーを買うことになるという無駄な出費。これが20歳1日目の感想。

我ながら20歳1日目の感想にしては素晴らしいほどしょぼいと岬も感じていた。


20歳の誕生日パーティーを友達が催してくれて、そこまではよかった。誕生日らしかった。

結局主役の岬そっちのけのカラオケに流れ込み、酔い潰れた友達や彼氏と喧嘩した親友が泣き出すなどして集め損ねた会費含めた全てのカラオケ代を岬が支払った。

なんだこれ。岬自身そう思いながら支払った。

今日20歳になったばかりの女子大生だから酔い潰れるほど飲酒出来ないし、なんとなくこんな風に歳をとるんだなあと思ってしまう。

「つまんない...。」

思わず口から愚痴が零れた。

始発まであと1時間半、缶コーヒーもそろそろ無くなりそうだ。

昨日のケータイの中はおめでとうメッセージがわんさか来ていたが今は静かすぎる。

イヤフォンをつけて耳を塞いで現実逃避しようとしたところだった。

視界を横切る背の高い同い年くらいの男の子。

はっきりと覚えているわけじゃないのに見覚えのある横顔。

頭の中にくっきりと印字される名前。

「真白!」

思わず声に出していた。

人違いだったら大恥だ。どうしよう、岬がそう思った瞬間だった。

「あの、会ったことありましたっけ...?」

一瞬で面識があることを否定される。だけど。

低い声、高い背丈。知らない、全く知らない男の子。でも目の下の泣きぼくろ。

不思議そうにこちらを見つめている。

「あ、えと、私、坂井岬です、覚えてませんか?」

若干震える声が岬の緊張を表していた。



真白は久しぶりに帰ってきた地元で小学校時代の友達と飲み会帰り、終電を逃して夜中2時45分、メイクはぼろぼろ、片手に缶コーヒー。何とも言えない状態の同い年くらいの女子大生に名前を呼ばれた。

ちょうど思い浮かべていた、10年会ってない幼馴染。今日、いや昨日が誕生日の幼馴染。飲み会は先約があるとかで会えずじまいだった。こっちに戻ってきたら真白が真っ先会いたかった相手。今日大学のある東京に帰るから再会は諦めていた。

そんな矢先だった。見覚えのある顔、でもメイクしていて、ピアスが開いていて知らない、全く知らない女の子。でも一つだけ分かる。自分がからかった尖った耳。名前を聞いてすぐに分かった。

でも名前を聞かないと気が付かない自分に真白は一瞬自己嫌悪を覚えた。が、声が震えていて相手側の緊張が伝わった。

その事が真白にも伝わったので焦って返事をする。

「あ、ごめん!気が付かなくて...岬だったのか!」


10年ぶりの幼馴染に気がついて貰えて岬も安堵した。最近思い出してた、会いたいと思っていた幼馴染。まさかこんな再会になるとは。だけど昨日が誕生日なことは忘れているだろうな、と岬も思って話をしようとしたら真白が先に言った。

「昨日、誕生日だったよな。1日遅れたけどおめでとう!」

覚えていてくれたことに驚いた。

思わず顔に笑みが浮かんでしまう。

終電を逃して自分の誕生日パーティーの会費を全部払って駅のホームでアイスを食べてみるのも悪くないかも、に変わった20歳1日目の感想だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

11月、セブンティーンアイス、駅のホーム 綾瀬七重 @natu_sa3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ