ふくぼんっ!~幼馴染ざまぁってひどくない?~

くろねこどらごん

幼馴染ざまぁってひどくない?

「幼馴染ざまぁってひどくない?」




 とある休日、部屋で着替えをしていると、後ろからそんな声が聞こえてきた。




「なんだよいきなり。ていうか、いきなり人の部屋来てベッドに横になってなにやってんの」




「なにってスマホ見てんのよ。見てわかんない?暇だったから来てやったんだから感謝しなさいよね」




 相変わらずこちらを見ずに言葉だけ返してくる美鈴。


 美鈴は基本自由人なやつで、男である俺の部屋にノックせずに平気で入ってくる横暴なところがあるが、頼んでないのに来て感謝を求めるのはどうなんだろう。




「感謝って言われてもなぁ。俺着替えしてるじゃん。出かける予定あんのにんなこと言われても困るんだが」




「アンタの予定なんて知ったこっちゃないわよ」




「…………そっすか」




 うん、やっぱひどいや。


 俺の話を聞くつもりなんてどうやらサラサラないらしい。




「それで話を戻すけどさ、幼馴染ざまぁってひどいと思うのよね」




「強引に戻してきたな…まぁいいや、そもそもその幼馴染ざまぁってなんだよ」




「えーとね、適当にネット小説漁ってたら見つけたんだけど、主人公に対してひどいことしてきた幼馴染に対して、新しい彼女作ったりして反撃して懲らしめたりやり返すのを言うんだって。主人公はこんなに幸せになれたけど、主人公を振った幼馴染は逆に不幸になっていく姿みて満足するっていうか」




 うーん、因果応報ってやつか?悪が栄えた試しなしみたいなよくある時代劇の幼馴染版って感じかね。まぁとりあえずここは同意しておくか。




「ふーん、そりゃなんというか、業が深い話だな…」




「でしょ!ひどいわよね!」




「お、おう」




 す、すごい食いつきっぷりだな…なにか思うところでもあるんだろうか。


 勢いに押されてつい頷いてしまったけど、そういや俺と美鈴も一応幼馴染だったな。


 そのことに思い至ってふとこいつとのこれまでの思い出に想いを巡らせるが、ざっとめぼしい過去を思い返しても別にコイツにざまぁなんてしたいとか思わない。




 そりゃいきなり人の部屋に入ってくるのは思うところもあるが、別に暴力を働かれたこともないし、性格だって嫌いでもなかった。


 そもそもの話、俺からすれば美鈴は距離感の近いただの『幼馴染』でしかない。


 ざまぁってやつをしたくなるほど憎くもなければ好きってわけでもないし、感情的にはフラットというのが一番正しい表現であると思う。




「幼馴染には優しくしなきゃやっぱりダメよ!幼馴染っていうのはね、尊いの。希少価値なの!いない人のほうが圧倒的に多いのよ!しかもその中でも美少女が幼馴染であるだなんて、それがどれほど幸運なことか…それをわかっていないやつが、世の中には多すぎるのよ!」




 それは美鈴の同じはずだと思うんだが…なんか力説してるな、こいつ。


 幼馴染属性によほど思い入れでもあるんだろうか。そういや美鈴が読む本って幼馴染との恋愛ものが多かった記憶があるし、それが関係しているのかもしれないな。




「聞いている、世一?アンタも幼馴染は大事にしないとダメなんだからね」




 そんなことを考えていたせいか、美鈴は俺に直接同意を求めてきた。


 わざわざ否定する意味もないし、肯定するのは全然いいのだが…ここで俺はチラリと視線を机へと向ける。




(10時10分、か…うーん…)




 そこには時計が置かれており、時刻は10時を少し過ぎたところだった。


 待ち合わせの時間までまだ余裕はあるが、話が長引くのは勘弁だなぁ。できればここらで切り上げてもらえると助かることこの上ないんだが。




「世一?」




「ん?ああ、聞こえてるよ。だな、幼馴染は大切にしなきゃいけないな」




 どうしたものかと思案していると再度呼びかけられたため、とりあえず頷くことにした。


 一旦様子見をして、そこで話が終わるようならそれで良し。さっさと出かけようと思ったのだが、俺は自分の考えが希望的観測に過ぎないことをすぐに悟る。


 正面に捉えた幼馴染の顔が目に見えて喜色ばみ、喜びに染まっていくのが見て取れたからだ。




(やっべ、ミスったか)




 そしてこうなった美鈴の話に付き合うと長いことも重々承知していた。


 伊達に長年幼馴染をしてきたわけじゃないのだ。開きかけた美鈴の口元に注視しながら、手遅れにならないうちに対処するべく、こちらも口を開いた。




「でしょ!だからね、今日はこれから私と一緒に出かけ…」




「でもさ、それはお互いにそうしないと意味ないよな?」




 俺と美鈴が声出したのは、ほぼ同じタイミングだった。


 いや、実際は俺のほうが遅かっただろう。だからこそ美鈴の声に被せるよう、あえて大きな声を出したし、それによって美鈴の話した内容を途中で遮ることに成功していた。


 そのために美鈴がなにを言おうとしていたのか聞き取る余裕はなかったけど、そこに関しては勘弁して欲しい。




「ぇ…あ、そ、それはまぁ、そうだけど…」




「だよな、そうでないと対等な関係とは言えないし。てなわけで、俺これから出かけるから。大切な幼馴染だから俺が家から出ても部屋にいるのは構わないけど、戸締りはちゃんとしてってくれよな」




 そう言いながら、壁にかけていたジャケットへと手を伸ばす。


 強引に話を切り替えた自覚はあるし、なんならシャットアウトまでしてしまったが仕方ない。俺にだって予定はあるのだ。


 今日この日に限って言えば、美鈴は招かれざる客だったということを納得してもらう他ないだろう。着込む前に手に持ってさっさと廊下へと脱出しようと試みたのだが、




「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」




 ドアノブを掴んだタイミングで呼び止められてしまった。


 脱出ならず。失敗である。大事と言った手前、無視することもできないだろう。しょうがなく俺は振り返った。




「…………なんすか」




「なにひとりで出かけようとしてんのよ!そんな焦る必要なんてないじゃないの!」




 そして何故か思い切り噛み付かれた。もちろん比喩的な意味であり、実際されたわけでもないのだが、されてもおかしくないと錯覚するくらい怒気を放たれていることは確かである。




「んなこと言われてもなぁ。俺着替えてたのお前見てたじゃん。上半身裸になった時なんてガン見してたしさぁ。出かけるつもりだったのはわかってたろ?」




「み、見てないし!意外と筋肉ついてるなーなんて思ってないし!」




「いや、それは別にいいし。関係ないし。つーか口に出すな、恥ずいわ」




 論点はそこじゃねーわ。なんかズレてんな。これ以上触れられたくないこと言われても困るし、さっさと話進めるか。




「とにかく出かけっから。じゃあなー」




「だ、だから待ちなさいって!私も行くから!」




 今度こそ部屋から出ようとしたところで、またしても俺は止められた。しかも今度は聞き捨てならない言葉とともに、だ。


 美鈴はベッドから降りてこちらにこようとしてきたが、その前に俺は浮かんだ疑問を投げかけた。




「ハァ?なんでだよ。絶対嫌なんだが」




「ぜ、ぜった…!?なによ、さっき言ったでしょ!幼馴染は大事にしなきゃって!なのに、なんでそんな…!」




 いや、そんなこと言われてもな。だって…




「それとこれとは別だろ。彼女とのデートに他の女の子連れてくやつがどこにいるよ」




 これから俺、始めてできた『彼女』との初デートだし。


『幼馴染』には関係ない話だろ。








「……………………………………ぇ?」






 俺がそう言うと、美鈴はさっきまでの勢いはどこへやら、何故かベッドの上で起き上がろうとした体勢のままフリーズしていた。




「美鈴?」




「ぇ、ぁ、か、彼女…?彼女って、ぇ、わ、私のこ、と…?」




 そして口を開いたかと思えば、なにやらとんちんかんなことを言い出す始末。


 なんなんだ、こいつ。よくわかんないな…




「いや、違うし。駅前で待ち合わせしてんだよ。お前は今日いきなりノーアポできただろうが。言ってなかったけど、俺彼女できたんだよ」




 口に出して伝える最中、そういえば美鈴には言っていなかったことにふと気付く。


 単純に彼女ができた事実に浮かれていたのと、それを幼馴染とはいえ同性でもない女子である美鈴に話すことに言いようのない気恥ずかしさがあったからだ。


 始めてのデートを終えるまでは周りに秘密にしていようと彼女に口止めされていたのも大きな理由ではあったが、それに関しては当日になった今となってはあえて言う必要もないだろう。




「嘘…」




「ほんとだって。6組の三宅と付き合い始めたの。お前だって知ってるやつだろ」




 クラスこそ違えど、小学校からの友達だから美鈴も知っている相手だ。


 昔からの付き合いだし、告白された時は驚きもあったけど嬉しさが勝ったのが告白を受け入れた理由だった。




「そういや小学生からの付き合いでも、一応幼馴染ってことになんのかな…ま、それはどうでもいいか。じゃ、そういうわけだから、今度こそ行ってくるな」




 あの時のことを思い出すと自然と顔が赤くなってしまうため、それをごまかすようにドアノブを強く握り締める。


 そんな照れた顔を見られるのが嫌だったため、すぐにドアを開くと隙間に滑り込ませるように、俺は体を押し入れた。




「ぁ、まっ…」




「戸締り頼むな」




 いつものことだから、そこは心配はしていないけど念のため。


 勝手知ったる『幼馴染』の仲とはいえ、言い残していくのは大切だ。




「『幼馴染』は大事にしなきゃ、だもんなー」




 長い付き合いだし、きっとこれからも腐れ縁の関係は続くだろう。


 あ、でも『彼女』いるしもう部屋には入れないほうがいいのか?そこらへんデートの最中に聞いてみるか。


 でもデリカシーないって思われるかも…それは嫌だなぁ。嫌われたら泣いてしまうかもしれん。




「『彼女』のところに急ぎますかね」




 今は早く、好きな子の顔が見たかった。










































「ぅぇ…ぐすっ、なんでぇ…なんでぇぇぇぇ……」






 私は誰もいなくなった部屋の中、好きな人のベッドの上で膝を抱えてうずまっていた。




 ここには世一の匂いで溢れてる。世一の気配が確かにするのに。


 ここはついさっきまで、私にとって世界でもっと安らげる場所であったはずなのに。




「ぁぁぁ…ぅぇぇぇぇ…」




 どうして今私は泣いているんだろう。好きな人の部屋に包まれながら、どうして泣かないといけないんだろう。




 彼がいないからだろうか。世一が好きだと相談していた相手に裏切られた悲しさからだろうか。


 それとも、それとも


 わからない、もう頭の中がぐちゃぐちゃだった。




「よいちぃぃ…ぅぇぇぇぇ…」




 だけどなによりショックだったのは、私に彼女ができたことを、本当になんでもないことのように言われたこと。


 ざまぁのつもりなんて、きっとカケラもなかっただろう。だけど、悪意なんて微塵もなかったからこそ、どうしようもないほど私の心は抉られてた。






「ぅ、ぐっ。ぅ、ぁぁぁぁぁぁぁ…………」








 私が先に好きだったのに




 私はどこまでも彼にとって『幼馴染』で




『女の子』では、なかったんだ

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