鬼子

うるえ

心の叫び

鬼子おにご。その名の通り、鬼の子ども。人を喰らう、鬼の子ども。



 とある国の、とある村。そこに、《鬼子》はいた。彼はまだ、幼い少年だった。

 彼はいつも、笑っていた。誰に、どんな酷い言葉を投げかけられようとも。まるで自分を奮い立たせるかのように、にっこりと。

 その絶えることのない笑みは、人々を不安にさせ、そして苛立たせた。


 誰もが彼のことを、「鬼の子供だから」という理由で、遠ざけていた。彼も、かの恐ろしい鬼のように、人をらってしまうのではないか? そんな勝手な想像で。


 誰も、彼に話し掛けようともしなかった。

 酷い言葉を投げかける以外には、誰も。


 しかし彼は、そんな恐ろしい子供ではなかった。とても心の優しい、純粋で、真っぐな少年だった。

 それに気付くことなく、———いや、気付こうともせず人々は、1人、また1人と、彼の元から去っていった。


 人々の去っていく後ろ姿を見ながら、少年はまた、笑っていた。

 とてもかなしげな笑みを浮かべながら、その後ろ姿をじっと、見つめていた。


 


 そんな、ある日。


 彼の前に、1人の少女が現れた。美しい少女だった。

 少年は変わらぬ笑みのまま、「君の名前は?」と少女に尋ねた。


「名前なんて、ないわ。」


 それが、少女の答えだった。

 しかしその答えに驚くよりも先に、少年は少女が自分の問いかけに答えてくれたことに驚き、自分が怖くないのか、と尋ねた。


 すると少女は、心底不思議そうに小首を傾げ、

「どうして怖がる必要があるの?」

と、美しい声で答えた。


「だって僕は、みんなに《鬼子》って呼ばれてるんだよ。知ってるだろう?」


「ええ、知ってるわ。」


「じゃあ、どうして?」


 少年が聞くと、少女はにっこりと笑ったまま言った。



「だって、鬼って、すごく優しいのよ、本当は。」



 その言葉は、少年の胸にすとんと落ちていった。———今となっては、その少女の答えが少年の問いかけの理由になっていたのか、分からないけれど。


 少女は知っていた。彼の父親が———人食い鬼であったのは変わりないけれど、人を喰らった後に、人知れず、涙を零していたことを。

 そして、両親を奪われた少女に向かって哀しげに「本当にすまない」と謝って涙を流し、そして———そしてその後、命を自ら絶ったことも。


 気が付けば、少年の頬は、彼の涙で濡れていた。少年の目の前にいた少女の頬も、いつしか涙に濡れていた。



 『本当はずっと、辛くて、悲しかったんだ。』



 少年がそうこぼすと、少女は何も言わずに、そっと彼の背中をさすった。

 それが引き金となったのか、少年は赤ん坊のように、人目もはばからず、泣いた。


 

 少女に背中をさすられながら、彼はただひたすら、今までの悲しみを、吐き出し続けた。

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鬼子 うるえ @Fumino319

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