2 宝物を探しだせ

『キミははっきり選択すべきだ。警察の仕事を専門とするなら、その他の依頼を受けないと。キミが私立探偵のように誰からもホイホイ受けるのなら、こちらも進言する、この件から手を引きたまえ。』

『——————!』

 3月21日地曜日から、時は巻き戻り、

 3月20日と21日の境目、ちょうど銀曜から火曜にかわる時間帯。

 宿屋カルカジオで、ショーンがラルク刑事に忠告を受けているまさにその時、トレモロ町を離れ、荒野をギャリバーでひた走る人物がいた。

 彼女は金色のツインテールを風になびかせ、口をぎゅっと真一文字にして、濃いオリーブ色のギャリバーで走っていた。



『アハァイ☆ エミリア。いい夜ね』

 目的の場所に到着した。それは少しせり出した大岩の上、トレモロ町を一望できる岩石の丘の上だった。ここは、約20年前、ヴィーナスとロイが初めてキスをした場所であり、今は娘のエミリアが、自分の恋人に深夜逢いに来た場所でもあった。

『こんな時に来ちゃダメじゃない。ここはトレモロ地区の領域なんだから、警備だって厳しいし……』

『大丈夫、だいじょおーぶ。グラニテ地区からエンジンたっぷり積んで来たからね~』

 あの子はすでに丘へ腰をかけていた。夜風に豹の尻尾を揺らめかせ、アニスエールの瓶を振っている。

『もう……』

 あの子は『うふふ』と笑って恋人の頬をそっと撫で、エミリアの厳しい眉谷が少し緩んだ。長い睫毛がばさりと揺れる。

『サウザスを通るにはね〜、北区の廃鉱を経由すれば大丈夫なんだよぉ。駅のほうはダメ、警備がキビしい』

 エミリアの眉が、再びウィスコス峡谷より深い谷を作った。

『ったく、捕まんないでよ』

『平気ヘーキ。それにワタシはちょおーっと犯罪歴のある善良な一般人だよ★ 正式な身分証だって持ってるし、偽造だってしてないんだから!』 

『……捏造と改竄はしてたじゃない』

 よっこらせと、エミリアは諦め顔で隣に座った。牛と豹の尻尾が絡みあい、互いの腰を温めあう。

『そいで、ショーンサマの捜査はどぉ?  “ホンモノ” のアルバ様のお手並みは』

『そうね、怖いぐらいに順調……来週には捕まえてるんじゃない?』

『やだー、すごぉーい!』

 あの子はキャハハと笑い飛ばし、大岩に足をプラプラさせて、辛く甘酸っぱいアニスエールを飲み干した。

『……じゃあ、これからやって欲しい事を言うね、エミリア。大丈夫、あんたならできるよぉ……』

 あの子は、喉をゴロゴロ鳴らし、頼みごとを伝え始めた。

 それが、泥沼へ沈みゆく選択だと分かっていても、エミリアに断る道はなかった。





「……やっぱりあの子……エミリアが、ショーンを……っ!」

 紅葉は怒りのあまり、風船ガムがこびりついた錠前を破壊した。胸内に溶岩流ラヴァのような赤黒い怒りが、ゴボゴポッと沸き上がった。

(親切な顔して、あの子が私たちを陥れようとしてきたんだ……)

(昨日の晩、私から組織を聞き出そうとしたのは、逆に探るため……!)

(一体ショーンをどこに連れて行ったの……?)

(ショーンを傷つけたら許せない、ゆるさない、ユルさなイ……!!)

「紅葉さーん、ちょっとどいてくださぁーい! 『設計図』をお借りしますね~」

 憤怒で我を忘れて立ち尽くしていた、紅葉の位置をチョイとどかし、マチルダがガラスケースを開けて、『トレモロ図書館』の設計図を取りだした。


「さあ、オリバーさんっ、どこに隠し部屋があるか分かりますか!?」

「ええっ……と」

 設計図の最初のページ——全体の縮小図面を見せつけてきたマチルダに、オリバー設計士は困惑しつつも、冷静に疑問に答えた。

「大がかりなものでないなら……ここの図にはまず載っていません。中規模のものでしたら、各階の図面ページに載っている場合があります。ほんの小さな子部屋でしたら、部屋ページにのみ記載があります」

 オリバーはまず、全体図面と各階のページをそれぞれ見比べ、相違点がないか潰していった。最初はのんびりしていた彼の動きは、徐々に速度をあげ機敏になり——消えていた彼の魂にようやく火が点き、瞳の内部にある丸い光を強く輝かせていった。

「フゥ、どうやら中規模のものでは無いようです……かなり小さな部屋かもしれません」

 分厚い設計図のうち200以上ある部屋ページを、一枚ずつ確認していく作業に移った。


「あのう、お父さま、隠し部屋って本当にあるんですの?」

「はい。ゴブレッティ家の設計した建築なら、全てにあります。現在使われているかは分かりませんが……」

「イヤだわ、当時建てた方に聞いてみるのはいかがですか? レイクウッド社に問い合わせればッ」

「問い合わせても構いませんが……大工は隠し部屋だと知らずに建てているケースもあります。分業化が進んでいますし、部屋をつくる作業、鍵をつける作業、壁を固める作業……担当者はすべて異なりますので」

 町長の娘アンナや、図書館職員ヤドヴィに話しかけられてる最中にも、オリバーの瞳は、設計図を詳細に見比べ、異なる箇所が無いかチェックしていた。

 その指は止まることなく、紙をめくる音を地下倉庫中に響かせ、先祖が昔つくった秘密を、数分のうちに暴こうとしていた。

 木工所の新人・マチルダもまた、設計図をじっと見ていた。オリバーと同様に図面を見比べ、自分でも隠し部屋を見つけ出そうと。宝物を探し出すかのように、三つ編みを揺らし、瞳をキラキラさせて——



「お父さまもマチルダさんも、なんて頼もしいのかしら! このスピードでしたら、問い合わせる前に見つかりそうですわね」

「イヤだわイヤだわ。私ったら早まる所でしたわ。あの方たちもレイクウッド社の方々ですのに、失礼でしたわ」

 アンナとヤドヴィが横でソワソワお喋りする一方で、紅葉は黙って待っていた。火山から湧きでた赤いマグマが、冷えて黒く固まるように、床に座りこみジッと耐えた。

(大丈夫……落ち着いて。ショーンを助けなきゃ……今は力をいれちゃダメだ、消費しちゃダメ)

 紅葉は、エミリアと出会った最初の日、森のなかで狩人レシーに襲われた時を思い出した。自分が【鋼鉄の大槌】を振り上げた瞬間、エミリアがすかさず差し止めてきた。あの反応速度——ショーンは対峙できているだろうか……

(エミリアには留置所で会ったとき、警察の稽古場を使うことも断られてる……確かに警察は組織のスパイまみれだもんね、アハハ……)

 紅葉がククッと独りで冷たく笑う一方、設計図につどう面々は、興奮と焦りで盛り上がっていた。

「イヤだわ、もうかなりページが減ってるのに、隠し部屋は無いのですか?」

「まあ、見逃してたらどうしましょう。また一からやり直しですの?」

「そんな事ないですっ、ちゃんと見てます! 黙っててっ!」

「…………っ」

 オリバーの額に汗が滲みでている。紅葉もまた同じ汗を流していた。

(どうしよう、強くなりたい。戦闘術を手に入れたい。プロの指導者に頼めるならそれが一番だ。誰か居ないだろうか……信頼できる人が……!)


「——あった!」

「——ありましたあっ!」


 ついにオリバーとマチルダは、宝物を見つけ出した。

 それは、分厚い設計図のほとんど最後のページ、地下倉庫の西半分のページにのみ、ひっそりと記載されていた。

 発見時、オリバーは全身をすっかり強張こわばらせていたが、顔だけは満面の笑みで、はしゃぐマチルダと手を叩いた。

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