3 名探偵マチルダ

「図書館長室……変わったところは、何もないみたいだね」

「変わったトコしかないですけどねー、図書館でこんな金キラ空間なんてっ」

 3月22日地曜日、午後5時。

 図書館の館長室に入った、紅葉たち御一行は、ギラギラした金ピカだらけの室内を見回していた。この部屋の壁で唯一にぶい灰色をした、地下倉庫への扉はずっしりと閉まっている。

「待って。絨毯にあぐらを搔いたような跡がある……それに温泉の匂いも残ってる……ショーンがここに来たんだよ」

 真っ赤な絨毯のわずかなヨレは、ちょうど数字盤の前に色濃く残っていた。

(パスワード、イシュマシュクルから聞き出したのか、それとも自力で解いたのかな……)

 扉が開いていないか確かめてみたが、内部で歯車が嚙み合わさっているのか、強固に閉じられていた。

「イヤだわ、もしかして地下倉庫内に誰かいらっしゃるのですか?」

 図書館職員ヤドヴィ・ビヴィーは、せわしなく円梟族の羽根をはばたかせた。チラチラ抜けていく白い羽毛を、何となく拾ったマチルダは……ふと良いことを思いついた。

「そうだ、コレで指紋を調べましょうっ!」

 胸元から木工職人の命を削ったカケラ——おがくずの粉を取りだした。



「ふっふっふ、指紋の取り方は『名探偵シェリンフォード・ホルムの華麗なる帝国調査』で読んだんですよ。あっ『黒爪のゾック 零の証明、闇の密約』でも出てきましたしねっ!」

「いいから早く!」

 紅葉たち他のメンバーは、捜査のジャマにならぬよう、その場から離れて壁際に立っていた。

 マチルダはおがくずの粉を数字盤の鍵に振りかけ、ヤドヴィから拝借したフワフワ羽毛で、慎重に粉を払っていく。

「うーんむ……ひときわ強く、指紋が残っている数字がありましたっ」

「やった! どれ?」

 この方法は警察の指紋捜査と違って、正確な指紋がとれる訳ではない。だが僅かに残っていた汗と油脂に、微細なおがくず粉がこびりつき——鍵盤の位置を割り出すことに成功した。

「1、4、5、9、0ですねっ」

「……5つ? こないだ私が聞き耳たててた時、確か数字は6桁だったよ」

「イヤだわ、数がちょっと少ない」

「どれか重複してるってことでしょうか……」

「ちょっと計算してみましょうっ!」

 マチルダは工具の中から算盤とメモ帳をひっぱりだし、計算式を求めはじめた。

 

 もし6桁のうち、6つの数字が使われ、それがすべて異なる場合、

 計算式はシンプルで、(6×5×4×3×2)=720通りである。

 これは数字盤で5秒に1通り試すとしたら、約1時間で調べ終えられる回数となる。


 だが6桁のうち、5つの数字が使われ、その内1つが重複している場合、

 これはちょいと厄介だ。

 仮に1つ目の数字が重複してるとしたら、(6×5×4×3)=360通りとなる。

 もし2つ目の数字が重複してたら360通り。3つ目だとしても360通り……

 つまり5つの数字のどれかだとして、360通りが5パターン考えられる。

 なので計算式は、(6×5×4×3)×5= 答えは——


「1800通りですっ、調べるのに2時間半かかります!」

 キラキラと目を輝かせて算出した。初めて探偵っぽい捜査ができて、すっかり満足した名探偵マチルダに、紅葉たち御一行はハァーっと脱力して壁にもたれた。

「そんなの試してらんないよ……ヴィーナス町長が知ってるはずだから、とっとと答えを聞いちゃおう」

「……了解ですわ」

 町長の娘アンナは、館長室から出て図書館の外まで走りつつ、腰の鞄からトランシーバーを取りだし、ダイアルをひねった。



『地下倉庫のパスワードは1、5、4、0、1、9よ。壊したり悪用しないで頂戴ね』

『お母さま、他にも聞きたいことがあるの! ロッ』

 ヴィーナスはブチっと切って、通信を終わらせた。

「町長……どうされマス? 先に偵察しましょうか?」

「いいえ、ナッティ。あなたは外で待機してて。あたくしの身に何かあったら、すみやかに各所に連絡して頂戴」

 ギャリバーから降りたヴィーナスは、黒メットとゴーグルを着けたまま、つかつかとヒールを鳴らし、単身で建物に入っていった。右手には日傘、先端は矢じりのごとく鋭く、厚い白手袋の裾は、銀の刺繍が光っている。

「ご、ご武運を~」

 第1秘書ナッティは丸めた猫の手を、にゃっにゃっと宙に向かってパンチし、見送った。

 風が強く吹いている。遠くのルクウィド森の木々が、ざわざわと騒いでいた。町長のドレスのレモン色を、赤と橙が色濃く混ざった黄昏色に染めていた。



「1、5、4、0、1、9…………いけええっ!」

 ショーンがたどり着いた数字の鍵と、同じ場所を、紅葉は正確に打刻した。

「やったわ、これで扉が開くのですね!」

 アンナは両手をあげて歓喜したが……はたと気づいた職員ヤドヴィが、またしても羽根を広げて取り乱した。

「イヤだわ! 数字盤が分かっても、扉のカギが無いと開きませんのよ!」

「待って……今ので内部の歯車は外れたっぽい! これなら……」

 ゴゴゴゴゴゴゴと地響きの音が鳴っている。

 紅葉は倉庫扉の取っ手を、あらんかぎりの力をこめて、ぐぬぬぬぬと引っ張った。ルドモンドで最も重たい鉱物を持ち上げられる腕力の持ち主とはいえ、堅牢な扉はさすがにビクともしない。

「キャー! 紅葉さん、まさか壊す気ですのッ? 無理ですわよ!」

「大丈夫、だいじょうぶ、8ビート……ダンダン、タンで合わせて……ダンダン、タァぁああああん!」

 紅葉は壁に両足をかけ、筋肉を灼熱の鉄のように伸ばし、慣れ親しんだ太鼓のリズムに合わせ、全身全霊で力をこめた。

「ダンダン、タアアアあああああんっっ!」

 彼女の咆哮と同時に、ズズ……と数ミリずつ、着実に扉が剝がれていく。

 鍵穴のボルトが耐え切れずに、ばちっ、ばちん! と外れて飛んだ。


「うわっ……本当に少し開いてしまった……!」

「オリバーさん、あたしたちも加勢しましょうっ」

「紅葉さんのように、全員で掛け声に合わせて! ダン、ダン……」

「「「タアアアアああーーーーあんっ!!」」」

 かくして5人は協力して取っ手を引っぱり——鋼鉄で作られた地下倉庫の扉も、ついにその堅牢な牙城を明け渡した。

 腕力は全てを解決するのだ!

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