6 頼む、ランダムは止めてくれ

「あいよっと、トレモロ図書館ね。代金は6ドミーだがぁー……未来の社長サマからにゃー、もうちっと貰いたいねえ」

 流しのギャリバー運転手は、ニィッと皺だらけの右手を揉みこんだ。

「分かったわかった。これでいいか?」

「さっすが社長サマだなぁー、今後もご贔屓にヨロシクー♪」

 テオドールは、ポケットから倍の駄賃を手渡し、ギャリバー屋が陽気に去っていくのを、うんざりしながら見つめていた。

 ……彼も今まで、他人からタカられるばかりの人生だったのだろう。先ほど奢らせて嬉しそうにしていたのは、そういう事情に違いない……とショーンは自分を納得させた。

 2人は気を取り直し、トレモロ図書館へ向き直った。


「さて、これからどうします、ショーン様。さっきみたいに侵入しますか?」

「いや……侵入はまずいよ」

 神殿の裏手ににあったイシュマシュクルの私室と違い、図書館長室は玄関近くにある。付近は職員や利用客がウロウロしており、今もちょうど司書のメリーシープが、昼休憩をとるために通りがかった。

「あら、先ほどのアルバ様。またいらしてたんですか」

 すっかり顔を覚えられたメリーシープに挨拶される。

 どう返事しようか一瞬迷ったショーンの胸に——ふと、灼熱の溶岩がぼこりと噴き出すものを感じた。テオドールに軽く目配せし、

「はい。僕たち、イシュマシュクル氏に依頼されて参りました。館長室に入ってもよろしいでしょうか?」

 アルバ様は、懐から例の鍵束をジャラっと取りだし、大きなまん丸の無垢な瞳で、彼女に訊ねた。

 これは断じてウソではない。大義のための嘘は、純然たる真実なのである。



「どうぞお入りください、アルバ様」

 司書のメリーシープが、図書館長室の扉をギィーッと開けてくれた。

 初来訪のときは、何とも豪華絢爛でギラギラしたインテリアだと思ったものだが……彼の私室を知った今では、これはかなり抑えた方だと理解した。

「ンメエエ、それにしても、館長がお倒れになったなんて心配ですわ」

「ああ、それについては大丈夫ですよ、マジリコ通販のロンゾ氏が傍にいますから。彼らは旅営業をする関係で、体調不良には詳しいのです」

「まあ……ならば一安心ですわ」

 嘘しかついてないショーンに対し、メリーシープはンメェ~と、安堵の声を漏らした。

「それより、僕らには大事な使命があります。地下倉庫に入り、『ゴブレッティの設計図』を取ってくるよう頼まれたのです。メリーシープさん、あそこに入る方法は分かりますか?」

 彼女は司書制服の襟をグッと正したが、それでも表情は暗いままだった。

「わたくしくらいの勤労実績があれば、倉庫の入り口である金庫扉の鍵までは存じております。ですが——数字盤! ここが問題ですわ、ンメエエ…。図書館長とトレモロ町長だけの秘密なのです」

「数字盤ね……」


 ショーンは金庫扉の数字盤と向き合った。0から9まで、数字が規則的に並んでいる。

 たしか記憶では6桁だった気がするが……試しに鍵を打刻してみると、バチャン、バチャンと鈍い金属音が鳴った。

「ヴィーナス町長もご存知なんでしょう、聞きにいってみますか。ショーン様になら教えて下さるんじゃないでしょうか」

「う、うん……ちょっと待ってくれ」

 テオドールはひそひそと耳打ちしたが、ショーンは腕組みしたまま、数字盤をじっと見つめた。

(かりに盗難犯が存在するとして、自力で鍵を入手し、数字を解いて入ったのかな? どうしてそんな事が……)

 ショーンはがりがりと羊の角をひっかき、猿の尻尾をゆらゆら揺らした。バチャン、ガチャン、バチャンと音が鳴る。



 アルバ様がなんとか自力で解こうとする間、司書メリーシープは鍵束から一番小さな鍵を見つけ、本棚をコチョコチョやり、倉庫扉用の大きな鍵を取りだした。

「数字盤を正しく入力した後、これを鍵穴に差しこみ回転させれば、地下倉庫への扉が開きますわ、アルバ様。ンメエエ〜」

「んめええ~、分かんない……! 数字盤のパスワードは、扉が作られてからずっと同じ数字ですか?」

 メリーシープの口調が移ったショーンは、うめきながら質問した。

「いえまさか、定期的に変えてますわ! 一番最近では、イシュマシュクル館長の就任時に変わりましたの、先代の警察署長と相談して、数字を変更されたのです。8年前でしたかしらね」

「……ンめ?」


 警察署長がパスワードの製作に関わっている……

 警察の暗号が使われている……?

 ショーンの脳裏に、牛たちと夜空の草原、数字のランプが浮かび上がった。

 警察の暗号は、2つの文字を使って挟む。

 なら元の数字は6桁ではなく3桁……

 ……3桁の数字ってなんかあったっけ?


『フン! 全部で375冊あるのです。すべて欠けずに揃っていますよ!』


 そうだ、設計図の総数は『375』

 これを警察の暗号に当てはめれば……


『これ、挟む文字数は、1、2、3、1、2、3……という順番ですか?』


 3を1個ずつ挟むと ① 2 ③ 4 ⑤

 7を2個ずつ挟むと ④ 56 ⑦ 89 ⓪

 5を3個ずつ挟むと ① 234 ⑤ 678 ⑨


『最初の練習は、その順番どおりで行います。ですが実戦では、ランダムに変化させます』


「答えはこうだ! 1、5、4、0、1、9!」


 ガチャン、ガチャン、ガチャン、ガチャン、ガチャン、ガチャン——!!

(——頼む、ランダムは止めてくれ!)

 祈りながら打ちこんだ数字鍵盤は、滑るような鋭い金属音を立て、扉内部でゴゴゴ……と回転していた。

 テオドールは息をのみ、司書メリーシープは慌てて、数字盤の傍にある鍵穴にぶっさし、巨大の鍵をグッと回した。

 ドドドドド……洞窟にある魔法の封印が解かれたように、地下倉庫の扉がまた開かれた。





「ああもう、ランダムなんか大嫌い!」

 紅葉は最後の『ギャリバーチョコ』をびりりと破いて、ダブったカードを宙にばらまいた。

「おいおい、カードは大事にしなきゃダメなんだぜ! ほら、トランク缶!」

 ライラック夫人の息子のひとりが、カンッ! と缶をテーブルに置いた。

 この缶は『トランク缶』——ギャリバーカード専用の保管グッズだ。

 かたちは正方形で、ぴったり50枚カードが入る。上面の蓋にはキンバリー社の金箔ロゴ、横四面にはそれぞれ異なるギャリバーが描かれており、

「わ、これ【A-27型 ニーナ】だ……ありがとう、もらっておくね」

 愛車と同じ車種のギャリバーを見つけ、紅葉は嬉しくなって微笑んだ。


「あたしも、あたしも! はいどうぞ」

「はいコレあげる、はいコレあげる!」

「あはは……ありがとー……みんな」

 まわりの子供たちが真似して、次々とテーブルに置きはじめ、あっという間に10数個の缶が溜まった。

「わ〜この車種、実家のですよ懐かしい。あたしも1コ貰っていいですかねぇ」

 トランク缶は、ギャリバーチョコの購入者なら、販売店に頼めば無料でもらえる。ただし、この缶の絵柄もランダムなので、人気の物をもらうには常連にならないと難しい。

「チョコを買えば、持って行っていいんじゃない?」

「いやぁ、チョコは要らないですよぉ~」

 紅葉とマチルダが、のんきにギャリバー談義をしている隣で、青白い色をした町長の娘アンナが、ヒステリックに詰問していた。



「貴方はロイ・ゴブレッティ本人ですの? 母との関係は? 貴方どうして亡くなった事になってるんですっ!?」

「ええ……と、その…それは……」

 肝心の男は、もじもじとして何一つ疑問に答えなかった。

「すみません……い、言えません…………ぼ、ぼくだけの問題では……無いから」

「はぁ!? なんでよ、ぜんぶ貴方の問題でしょう!」

 彼の現在の名はオリバー・ガッセル。

 分家であるガッセル家の苗字を名乗っている事になる。多分そのせいで口を閉ざしているのだろうが、血が上ったアンナの頭には無いようだ。

「まあまあ、アンナお嬢様。こういうのはじっくり時間をかけて、心を解きほぐしてから、お聞きしたほうがよろしいのよ」

「あっ、なっ、た、も、関係者ですのよ、ライラック夫人! 彼が答えないなら、貴女が説明してくださいな!」

 なんで他人事なんですか‼ とアンナはすごい剣幕でまくし立てていたが……あくまでロイ坊ちゃまの心情に寄り添う夫人は、どこ吹く風で聞き流しており、一番無関係のアロナ婆さんだけが、オロオロとお茶とお菓子を淹れていた。

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