4 トレモロの為に生きている

「ねえ、警部。コリンの居場所を教えてくださらない?」

 トレモロ町長ヴィーナス・ワンダーベルは、ぐっと乳房を近づけて警察署長におねだりした。

 ゴフ・ロズ警部は、一切その顔面を崩さなかったが、背中につぅーっと汗をかいた。行動力のある彼女のことだ。凶悪犯を包囲するどころか、直談判しに行きかねない。

「……居場所を知って、どうするおつもりですか? 警察として、勝手な行動は困ります」

「もちろん分かってるわ、 “慎重に” 動くわよ。あなた方のジャマはしない。ただ町長として情報は知っておきたいの。準備なり覚悟なりいるでしょう?」

 ヴィーナスは両手を振って、肩をすくめた。彼女の言い分は町長として至極もっともだったが——

「…………そうですね」

 警部は眉をひそめ、しばし迷った。もし判断を誤れば、サウザスのような災禍を招いてしまう。

 トレモロ郵便局員の息子として生を受け、警察学校を平凡な成績で卒業し、先代の失態のドブさらいとして署長職を引き継いだこの自分が、果たしてヴィーナスを御せるだろうか……。


「難しいですが……分かりました。お伝えしましょう」

 ……どうせ、警察内にもヴィーナスの密偵がいる。いくら隠そうとも、秘密はすぐに、彼女の耳飾りを揺らしに行くだろう。今ここで拒絶すれば、亀裂がはしり互いの立場が悪くなるだけ……そう、先代たちのように。

「ただし、これを聴いても、無断で行動しないと誓いますか? ヴィーナス町長」

「ええ、誓うわ。トレモロ町および崖牛族の第一信奉神【地の神 マルク・コエン】に誓って、警察の指示通りに動きます」

 彼女は白い右の手袋を上げて、宣誓した。

 現トレモロ警察署長として、自分がやるべきこと——それは事前に釘を刺しておき、そして協力体制を取っておくことだ。

「全く、そんなに信用が足りないかしら? 残念ね」

「いえ、ヴィーナス町長の才覚には、一定の敬意を称しております。……行動力にも」

「あらやだ、猪突猛進なことはしないわ、あたくしの得意は牛歩戦術なのよ?」

 彼女はふふっと笑って——


「あたくしはね、出来ることなら何でもやるの。トレモロの為に生きている」


 真剣な顔で断言した。

 ここは彼女の正義を信じよう。

 ゴフ・ロズ警部は改めて向きなおり、重大な秘密を伝えた。

「いいでしょう、お伝えしましょう。コリン・ウォーターハウスの行方を——それは町一番の木工所、レイクウッド社の敷地のどこかです」





「オリバーさーん、どうしてここに居るんですかっ。何かご用事でもっ?」

「ええと……お、お菓子を買いに……」

「ええっ、『グッドテイル』なら逆方向ですよ、送りましょう」

 マチルダは後ずさるオリバー設計士を、ギャリバーの荷台に引っぱり、紅葉はエンジンを掛け、もと来た道をUターンした。

「あの店、今は休店中なんですけどぉ、あたしたちが行けば売ってくれると思いますっ」

 マチルダは手短に、店で高額カードの窃盗犯が捕まったことを説明した。

「な、なるほど……それでこんなに噂話が多かったんですね……」

 理由が分かったオリバーは、少し胸をなでおろした。


 ギャリバーはゴトゴトと板畳を移動し、菓子屋がある路地に出た。

 狭い道幅に多くの人が集まり、ライラック夫人の子供たちが、ウロチョロと『ギャリバーチョコ』を売りさばいている。3人はギャリバーを降りてエンジンを切り、ノロノロ徒歩で移動しはじめた。

「お菓子って何をお買いに? オリバーさんも甘いものがお好きなんですねっ」

「……いえ、その……贈答用に……仕事先の……」

「やだ、そっかぁ! 大人ならそうですよねぇ~」

「………………」

 紅葉は、店内にアンナがいることを伝えるべきか迷ったまま、ドアの前まで来てしまった。

「チョコの在庫、もう少しで終了ですわ。さあ子供たち、売ってき——え」

「君はアンナ……、ど、どうしてここに……っ」

 腰を抜かして逃げようとするオリバー設計士を、

「——待って、捕まえてっ! 捕まえてください!」

 紅葉とマチルダは、双方から羽交い絞めにして、アンナの前に向きなおらせた。



 3月22日地曜日、時刻は午後1時半。

 アンナはすぅーっと深呼吸し、玄関先に立つ、オリバーの前に向きなおった。

「あの……逃げないで……少し話をさせてください」

 両脇にいるマチルダと紅葉は、肩をすくめて身をかがめた。アロナ婆さんは、周囲にいるライラック夫人の子供たちに、自分の羽根の傍へ来るよう指示した。


「もう一度聞きます。オリバー・ガッセルさん。あなたは、私の、お父さまですか……?」

 オリバーは何も答えなかった。深くうつむき、ぽたぽたと汗を垂らしている。

「私、ついさっき妹のエミリアに言われました。私が貴方に恋をしてるんじゃないかって。だから、父親だと思い込もうとしてるのだと……。」

 それを聞いて「——恋っ?」「シッ!」と、脇役2人がヒソヒソ叫んだが、アンナの目にも耳にも入らなかった。

「でも違います……! 感じるんです。私、小さい頃はお父さまは亡くなったのだと思ってました。亡くなってるから仕方ないと思い込もうとしてきたんです。でも、6年前、貴方がトレモロに越してきて、アルバート社長に紹介してもらった時、何かがビビッと牛角に感じたんです。不思議でしょう。母……ヴィーナスも隣に居ましたが、母は何も感じてないようでした。でも、私は感じたんです! これは私の中に僅かに存在するマナが反応し、地父神マルクが共鳴させて下さったのです! そうとしか言えません!!」

 アンナは本人しか納得してない謎の理論を展開し、正面の人物に迫った。

「……ぼく、は……」

 オリバーは両手を拘束され、磔刑に処されたような格好で、何かを告白しようとした。


「こんにちは~、子供たちがお世話になってまぁーす。お昼ご飯をもってきたの! 皆さんで食べましょうよ~…………あら」

 魔女の大鍋のようなコルドロンを背負って、全ての子供たちの母、ライラック夫人が『グッドテイル』に来店した。

 そして玄関に背中を向けていた、崖牛族の中年男の背中を見て——一言つぶやいた。

「貴方は…………ロイ坊ちゃん……?」

 大鍋コルドロンは地面に落ち、中身のピーナッツバターサラダがぶちまけられた。

 子供たちがこぞってむさぼり喰い、紅葉とマチルダがドン引きし、

 アンナが呆然としている間、

「おお……ロイおぼっちゃま! おいたわしい、生きてらしたのですね……!!」

 ゴブレッティ家の元メイド、ライラック夫人は涙を流して跪いていた。

 オリバー・ガッセル設計士——


 いや、ロイ・ゴブレッティに。


絵 https://kakuyomu.jp/users/hourinblazecom/news/16817330659693385897

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