2 双子の謎
「もーあのバカ! 何でギャリバー持っていくんだよ、グッドテイルのほうが図書館より近いのにっ」
「駅に行けば、流しのギャリバーに乗せてもらえますよ。ショーン様、もうすぐです」
一足先に、受付でチェックアウトした紅葉たちは、ギャリバーの鍵まで受け取り、勝手に乗っていってしまった。ショーンとテオドールは、もの悲しげにテクテク足早に歩いている。
温泉施設『ボルケーノ』は、州鉄道の最終地点である『トレモロ駅』のちょうど真東、徒歩10分くらいの距離だ。駅には乗合馬車やギャリバー屋がたむろしていて、町中まで案内運転してくれる。
ちなみに、ショーン所有のギャリバー【ニーナ】は、あれからタイヤを修理した後、ずっと宿屋『カルカジオ』の納屋で寝ていた。
「テオドールが運転してくれるなら、いっそ僕の【ニーナ】を取って来てもいいけど——待ってくれ、あの尻尾は!」
駅からつかず離れずの道端で、トランシーバーで電信符号を打っている男がいた。トトト、ツツー、トトトツートトトトト、と、常人ではありえないスピードで、煩雑かつ意味不明な文字列を打刻している。頭より太くて長いフサフサ尻尾が、ゆさゆさと樫の木の横で揺れていた。
「な、何でしょう……あれ」
「——シッ!」
州警察の私服警官、森栗鼠族のラルク・ランナー刑事だった。誰と何を喋っているのだろう。ショーンは離れた位置から、脳みそを水甕のようにして、警察の暗号電信を聞き取ろうとした。
『なるほど、それでOが州警察を呼んでいると。しかし、その話は本当か? Cの居場所は——』
——バッ、とショーンの気配に気づいてしまった。刑事の勘というヤツだろうか。『また後で連絡する』と、あえなく電信を切ってしまった。
「こんにちは、ラル……」
「初めまして、ラルフ・ルーベンです。ここでレイクウッド社の御曹司にお会いできるとは光栄だな。ショーン様もお久しぶりで」
彼はショーンの手を華麗に交わし、テオドールの右手を、小さな拳でグッと握った。
「ルーベンさん、初めまして。ショーン様とはサウザスでのお知り合いですか?」
「いえ、私はクレイトの者でして、トレモロには商談でね。ターナー家とは家族ぐるみでお付き合いを」
「ごめんテオドール、少し2人きりにしてくれないかな。えーと、ラル……ラルフさんと」
無論テオドールは、異様にギラギラした自称商社マンの、白々しい嘘に気づいていたが、「先に駅に行っています。ギャリバーを押さえておきますよ」と紳士的に立ち去ってくれた。
「ラルクさん、あなたがなぜ駅へ? もう帰るんですか? 何か事件の進展は? ОとCとは? ロナルド医師のご家族の様子はどうだったんです?」
「風呂上がりかな、アルバ様」
ラルク刑事は鼻を斜めにひねって、次々に質問するショーンを見上げた。
「まあ、ここで会えて良かった。例の書類がさっき駅に届いてね。受け取りに来たんだよ」
ショーンの質問をすべて丸無視し、コートの胸元から、厚めの茶封筒を押しつけてきた。
(書類って、逃走中の警護官がらみか? それとも『設計図』の盗難の件か?)
あわてて中身を確認したが——
「町長ヴィーナス・ワンダーベルの件だ。確かに21年前、『クレイト大産院』で双子の姉妹を出産している。父親の名前は未届」
「あ、こっちですか……」
ショーンはグッと肩を落とした。2日前の晩、ラルク刑事に頼んでいた情報とはいえ、正直今は必要としていない。父親の名前も載ってねえし。
「……報告ありがとうございます、ラルクさん。後で見てみます」
「待ってくれ。気がかりな点がある」
ラルク刑事は、もっさりと覆い隠していた前髪をくいッと上げた。
「クレイトの大産院には、多胎専門の分娩室がある。双子、三つ子……八つ子まで対応可能でね。ヴィーナス町長もそこで出産した」
「……は、はぁ」
民族や家系によっては、多子が産まれやすいケースがある。確かゴブレッティ家もそうだったが、それがどうした。
「で、調査を依頼した警官は、ついでにゴブレッティも調べてくれた。ゴブレッティ家は崖牛族では珍しく、多胎部屋のお得意様でね。幸運なことに、300年近く家系を遡れるくらい記録が残っていた」
ベラッと、ラルク刑事がショーンの持っている書類をめくった。
「ありがたいですけど……そんな昔の記録は要らないですよ」
「いや、重要なのは一番最新の記録だ。マルグリッド・ゴブレッティ。彼女は43年前、『クレイト大産院』の多胎専門部屋で、双子の男子を出産した」
「えっ…………双子?」
ロイ・ゴブレッティは一族最後のひとりだ。
ヴィーナス町長と同い年で、
娘のエミリアが自分の父親だと主張している人物——
——双子?
「兄の名前はロイ、弟の名前はツァリー。難産で3日3晩かかった。特に弟ツァリーの分娩に時間がかかった。出産後はすぐに別の小児病院へ。そこは既に廃院していて、カルテ記録などは無し」
「……難産……弟…」
「出産後マルグリッドは、しばらくクレイト市の実家で療養し、半年近く経ってから、赤ん坊を連れて戻ってきた…… “一人息子” のロイを連れてね……弟ツァリーの名はトレモロでは住民登録されていない。州の人名簿にも載ってない、死亡記録すら存在しない」
「……嘘だ」
目の前のラルク刑事が話す間、なぜか頭に、別の人物の顔が浮かんでいた。
オリバー・ガッセル設計士。
分家であるガッセル家の出身で、
なぜかアンナが自分の父親だと主張している人物——
「ロイに謎の弟が………じ、事件となにか関係してるんでしょうか?」
「さあてね」
ラルク刑事は、一仕事終えたかのように、白ハッカの飴玉をしゃぶった。
ショーンはその場で立ち尽くし、マルグリッドと双子の息子たちの資料を見つめていた。
(ゴブレッティ家の謎の断絶、『ゴブレッティ家の設計図』の盗難、ノアの大工事の介入……それら全てが、この双子の弟と関係してる?)
頭の中ではぐるぐると、陰気なオリバー・ガッセル設計士と、幼少期のロイ・ゴブレッティの淀んだ顔が回転していた。
「調べてくれたのはペーター・パイン刑事だ。粉砕骨折の治療中で、時間と体力が有り余っている。感謝したまえ」
急にぽよん、と浮かんだペーター刑事のウサ耳が、彼らの陰鬱な顔をかき消してくれた。
「あのペーター刑事が、粉砕骨折? あんな屈強な彼がですか?」
「ああ、骨折させたのは、さらに怪力で凶悪な人物だ」
「本当ですか!? なんて恐ろしいヤツなんだ!」
クッシュン! とギャリバーに乗った紅葉が、湯上がりで盛大にくしゃみした。
「じゃあ、そういう事で。失敬」
「ええ、ちょっ、待ってください——まだ聞きたいことがっ!」
スパイが姿をくらますかのように、ラルク刑事が目の前から忽然と消えていた。
「ったく……OとCってなんだよ」
(『Oが州警察を呼んでいる』ってことは、電信相手は州警察じゃない。それなら相手はトレモロ警察かな……)
「——まあいいや、今は図書館に行くぞ!」
気を取り直して、当初の目的に戻ることにした。
あちこち
絵 https://kakuyomu.jp/users/hourinblazecom/news/16817330659327606082
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