第34章【Venus】ヴィーナス

1 別行動

【Venus】ヴィーナス


[意味]

・美と愛の女神、美女

・金星


[補足]

ローマ神話の女神「Venus (ウェヌス)」のラテン語読み。もとは先史時代の豊穣と生殖を司る地母神であったとされる。ローマ神話では菜園の神とされていたが、のちに、ギリシャ神話の女神アフロディーテと同一視され、美と愛の女神として知られるようになった。金星や金曜日の名前の由来でもある。日本では美少女戦士として知られている。




「店員さん、我々は先に帰ります。その食事は、あとで来る女性2人にあげてください」

「僕らは『トレモロ図書館』に行ったと伝えてください。そいじゃーよろしく!」

 3月22日地曜日。時刻はちょうどランチの時間。

 VIPルームに、豪勢な昼食を届けにきた給仕に、町一番の社長令息テオドールと、謎のお連れアルバ様は、伝言を残していってしまった。

 ——だが、ショーンたちがバタバタと部屋を飛びでた同時刻、

「すみませ~ん、VIPルームにいるヒトたちにぃ、先に帰ったと伝えてくださいっ」

「私たちは菓子屋『グッドテイル』に行ったと、伝言お願いします!」

 紅葉とマチルダも、早々に着替えて温泉施設『ボルケーノ』から脱出していた。

「カード強盗……私が昨日捕まった例の!……何かヤな予感がする、エミリア刑事に聞かなくちゃ!」

「あーん、ランチ食べたかったのにぃ~」

 かくしてショーン御一行はみな水鳥のように去ってゆき、後には酔っぱらって鍵を取られたイシュマシュクルと、4人分の豪華なランチが残された。



 紅葉は、木工所のギャリバーをぶっとばし、マチルダを荷台にのせて、裏通りにあるなんでも菓子屋『グッドテイル』に急いで向かった。

「——うわっ、人がいっぱい集まってますよ!」

「あれは……ライラック夫人の子供たちかな?」

 小汚い子供たちが集まり、野次馬に何か売りさばいていた。

「おねーさん、チョコいる? おいしい『ギャリバーチョコ』だよ〜」

「綺羅タイムカードが出るかもですよ! キラキラ☆タイムです~」

「例の窃盗犯はこれを狙ってたんですよ〜!」

 昨日まで店内にあった大量のチョコを、すべて放出する勢いで売っている。

「……な、何でこんな事に」

 店の中を覗くと、アンナ・ワンダーベルが指揮をとっていた。すっかり子供たちのリーダーとなり、人を動かしてちゃきちゃきと店を片付けている。


「アンナさん、どうしたの……これは」

「まあ、紅葉さん! みんなでお手伝いしていますのよ」

 一番目立つ場所にあった『ギャリバーチョコ』のコーナーを切り崩し、別のお菓子を搬入していた。

「おや、昨日エミリアちゃんが連れてきたお客さんだね……好きなだけ持っていきなよ。もうこのチョコは売らないって決めたんだ。あんなのお菓子じゃないからね」

 紅葉とマチルダは、アロナ店長から、盗難事件の子細を聴いた。

「うわぁー、犯人は店長のオシリアイだったんですね。怖い~っ」

「エミリア刑事が逮捕したんですか? さっきまでここに?」

「それが……」

 彼女は急に飛び出し、どこかへ消えてしまったそうだ。


「……とりあえず、エミリア刑事に話を聞かなきゃ。警察署にはいるよね、きっと!」

「お願いです。もしエミリアに会えたなら、このパネトーネをお渡ししてくれませんか。それと、ショーン様にも同じものを……ナッツもフルーツもたくさん入ってますから、元気が出ます」

「ありがとう、分かった。ちゃんと渡すね!」

 紅葉とマチルダは、パネトーネの箱を片手に、『グッドテイル』からおさらばし、警察署へギャリバーを走らせた。

「あ、このケーキ美味しいですよ、紅葉さんっ。ママが作ってくれた味がしますっ」

「ほんとうだ、すっごく美味しい!」

 高級ランチを食べ損ねた2人は、アンナから持たされたパネトーネを、道中ガツガツ頬張り、もちろんすべて平らげた。





「まあ、待てまて、刑事さん……こっちにも情報がある、司法取引といこうじゃないか、ッテ!」

 あれから警察に連行され、【コルク・ショット】の弾丸を摘出されたオパチは、痛みに悶えながら、尋問室で取り調べを受けていた。

「なにが司法取引だ!」

「っくく、そんな慌てんなよ、チンケな町警察のお前らじゃあ相手になんねえ。そうだな……州警察サマを連れてきてもらおうか」

「ふざけるな‼︎」

 警官がドン! と脅しで机を叩いたが、開き直りスイッチが入ってしまったオパチは、悠々と両足を机に乗せていた。マジックミラー越しから様子を見ていたゴフ・ロズ警部は、見かねて取り調べ室に入り、彼の前にドスッと座った。


「——オパチ君、」

 ゾッとするような低音が響いた。グワンとかかる群青の重圧に、「お……おう」と、彼はつい足を降ろしてしまった。

「キミがどんな情報を持っているのかは知らないが、州警察を呼ぶにしろ、どんな内容なのか具体的に知っておきたい」

 頑鸛族ゴフ・ロズの圧に負けて、オパチはだいぶ弱気になってきたが、

「……ふ、ふん。ダメだ、呼んでから話す」

 そこは同じ鳥族同士、文鸚鵡族の矜持を見せて、根負けせぬようギョロリとにらんだ。

「それは難しいな、オパチ君。トレモロ警察も立場が弱い存在でね……内容を伝えなければ、州警には来てもらえぬのだ」

「ハッ……そう言って聞きだす気か⁉︎ ここでぜーんぶ喋っちまったら、取引にならねえだろ!」

「詳細までは語らなくていい」

 警部は灰ベージュの厚紙をパラっと出し、契約事項の紙を差しだした。


 窃盗犯オパチ・コバチは、商売人らしくじっくりと書類を読み、細部をキチンと警部に確認し……フム、これならと納得した。

「っし、わあーった、言うよ! 耳かっぽじってよく聞けよ?」

 警官たちが固唾を飲んで見守っている。ゴフ・ロズ警部は鼻を膨らませた。

「どんな内容だ?」

「コリンの行方についてだよ! サウザス事件の極悪犯だ‼︎ どうだァ? 喉から手が出るほど知りてぇ内容だろう⁉︎」

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