5 双子とお茶をしましょう

「ったく、タイミングが悪いのよ、 “お姉さま” ——なに、見舞金でも持ってきたわけ?」

「アラ、今回はすぐに取り押さえたんでしょう? 前回の盗難は保険金がおりてるし、お金は無くてもいいんじゃないかしら、我が町も財政難で……」

「——やめて、デリカシーないったら!」

 エミリア刑事は、青筋を立ててフゥーと息を吐き、とことんソリが合わぬ、同じ顔をした姉に怒鳴った。

「まあまあ、喧嘩しないの。そうだ、パネトーネをお食べなさい。牛のミルクがたっぷり入ってるわよ、美味しいわ」

 店主アロナは、2階の私室キッチンに誘い、双子たちの仲裁をするかのように、ナッツがギッシリ詰まった、ドライケーキの箱を見せてきた。

「これに合うお茶があるのよ、去年の秋に収穫した丘麦おかむぎ茶で……あらやだ、電信」

 お茶の時間を邪魔するように、ビービーとけたたましい音を立てていた。アロナおばさんは1階の店にドタドタと降りて行き、ワンダーベル家の双子姉妹だけが残された。



《ビー、ビー、ビー、ビー!》《ビー、ビー、ビー、ビー!》

「あらまあ、お時間かかりそうね……」

 つい先ほど大捕物があった当事店だ。噂が町民の耳に届いたのか、心配と好奇の電信が、ひっきり無しにかかってきていた。

 姉のアンナは席を立ち、シロタさん家のキッチンをうろつき出した。

「——ちょっと! 触っちゃダメじゃない!」

「あら、こういう時は手をお貸しした方がいいのよ、 “妹さん” 」

 アンナは湯沸かし器であるサモワールに水を注ぎ、火を点け、お茶を作り始めた。

「……なっ」

 エミリアにとっては、他人様のものに勝手に火を点けるなんてとんでもない事だったが、アンナにとっては、アロナさんが戻った時にお茶会の用意ができている事が、重要だった。

「ええと、ティーカップは何処かしら?」

 妹エミリアはガンとして椅子から動かなかったが……姉アンナはドレスを揺らし、妹に背を向け、戸棚から皿やカップを好きなように取り出している。

「…………あり得ないわ」

 サモワールからはシュンシュンと白煙が起き、パネトーネは3等分にナイフを入れられ、丘麦茶の芳ばしい香りが漂い始めた。


「ふふ、美味しそう。良い感じね! アロナさんのお茶会技術、見習いたいわ」

 普段、全国区である『ジョンブリアン菓子店』を贔屓にしているアンナだったが、思いがけず市中の菓子屋のセンスに唸った。

 テーブルでは、着々と無断のティーパーティーが完成しつつあったが……トレモロ署の敏腕刑事は、殺し屋のような鋭い瞳を崩さなかった。

「……アンタのそういう、ズカズカと人の懐に入っていく感じが気に食わないのよ、お姉さま」

「あら、町長たるもの、時にはそんな態度も必要だと思うわ、お母さまだってそうでしょう。妹さん」

 アンナはエミリアの眼光を無視し、ドライケーキであるパネトーネに、白クリームをこんもりと盛っている。

「へえ、アルバ様に個人的なことを頼むのが?——必要?」

「………っ…それは」

 双子の姉は、胸の痛いところをフォークで突かれ、ようやく妹の方を向いた。



 3月22日地曜日、時刻は12時のちょい手前。

 暖かみのある刺繍とパッチワークに囲まれた、菓子屋のダイニングキッチンに、冷たい嵐が巻き起きていた。

「仕方ないでしょう。アルバ様なら解けるかもしれない内容だったの。それに彼だって、私にお仕事の提案をして下さったわ。これは取引よ」

 しゃあしゃあと正当化するお姉さまに、妹エミリアは切れてテーブルを叩いた。

「捜査中でお忙しいのに、ふざけないで! 何が取引よ、バカじゃないの⁉︎ ショーン様は連日の疲労で倒れちゃったのよ? アンタのせいだかんね!」

 昨日、深夜の電信室で倒れていたショーンを、仮眠室に運んで介抱したのはエミリア刑事とゴフ・ロズ警部だ。

「まあ、本当に? 申し訳ないわ……またお菓子の差し入れしないと……!」

「差し入れだあ? 違うッ、これ以上、関・わ・る・なって言ってんのよ‼︎」

 思考回路も、配慮の方向性も、まるきり正反対の双子姉妹は、議論が平行線のまま突っ走っていた。

 サモワールはしゅんしゅん白い煙を出し、なんとか部屋の温度を温めている。


「そんな大声出さないでよ、エミリア。……ショーン様は大事な使命を背負ってらっしゃるし、個人的なお願いなのは分かってる。でも、私にとって大事なことなの。それに、もう引き受けてくださったわ。今さら反故にはできない。だからご依頼する代わりに、私も精一杯サポートさせて……」

「ごちゃごちゃ言い訳しないで、アンナ。『オリバー・ガッセルが父親かどうか』なんて、どこが大事だって言うのよ‼」

 アンナは唇に指をあて、眉をひそめながら詰問に答え、エミリアはツインテールを揺らして吐き捨てた。

 その時、ようやく店の電信が鳴り止んだアロナが、よっこらせと階段を上がってきたが——

「やめて、エミリア! どうしてその件を知ってるの? ショーン様から聞いたの⁉︎」

「…………あらやだ」

 勃発した姉妹喧嘩に、思わず途中で足をとめ、手すりを握り、息をひそめた。



「そうよ‼︎ ショーン様がアタシに相談してきたの。身内の恥に対処してくださる為にね!」

「恥よばわりしないで! 何か…なにか事情があったかも知れないじゃない!」

「大体なんでアイツが父親だと思い込んでいるのよ? どこにも似てないじゃない!」

「似てるわ! 髪の色とか、角のつき方とか……」

「アンタさぁ……前から思ってたけど、オリバー氏のことが好きなんじゃない?」

「えっ」

 ヒェッと、アロナが首をすくめて、踊り場から羽毛を揺らした。


「そうよ……解ったわ、すべて辻褄が合う。貴女はオリバー氏のことを好きになったのよ。でも母親と同じ年頃の人を愛してしまった。自分の倫理観として許せなかったのね。だから父親疑惑なんかをかけて、彼に近づこうとした。身内だと思い込もうとしてるのよ。迷惑だわ、多方面にね」

「おぞましいことを言わないでッ! 彼は間違いなく私たちの父親よ! 私には分かるの。どうして貴女は感じないの? 妹なのに!」

「アッンタとアタシの父親は『ロイ・ゴブレッティ』よ、もう死んだ‼︎」


 エミリアはその場で立ち上がり、テーブルを叩いて牛の咆哮した。

「父のロイはシチューに喉を詰まらせて死んだの! アンタもパネトーネを喉に詰まらせれば?」

「——もうやめてええええっ!」

 その声は双子の姉アンナから——ではなく、階段の下から顔を覗かせている、菓子屋『グッドテイル』の店主のものだった。

「!……アロナさ、…………ヤダ、ごめんなさい……お願い、忘れて……」

 急に罪悪感に襲われたエミリア刑事は、ツインテールを火花のように揺らして、お茶会の席から去っていった。

 残されたアンナは、しばし悲しそうな目をしていたが……数十秒後、ドレスをつまんで席につき、何事も無かったかのように「お茶にしましょう」と、アロナに向けて微笑んだ。





「ンフフフッ、んっふふふふ〜ん♪ フフフフン♪」

「楽しそうですね」

「トーゼンですなっ、下界を見下ろす瞬間は、小生のゼータク……ううぁー⁉︎」

 裸でブラブラと鼻唄をうたっていたイシュマシュクルは、背後にいた全裸姿のショーンとテオドールに気づいて、悲鳴をあげた。


「ギャーッ、ヒビャーッ! ああたたち、小生を暗殺する気ですかな⁉︎」

「暗殺? 何のことです。私たちはただ、温泉に浸かりに来ただけですよ」

「そうそう、テオドール君が来店したら、店の方がこのVIP室に通してくれて」

「ぐぬぬぬぬ、まっさっか!……この時間はいつも小生が独占していて……!」

「おや? おかしいですね。先ほど図書館に行ったら『この時間はいつも神殿でお祈り中だ』と司書の方が」

「ぐ、グヌウ! そ、それは……ッ」

「まあまあ、ゆっくり湯を楽しみましょう」

 溶岩のような顔を浮かべるイシュマシュクルに、テオドールとショーンは、両側を抑えるように湯船に浸かった。

 そして、部屋の豪奢なバーカウンターに置いてあったシダワインを、華麗なる図書館長兼神官長サマに、注いで飲ませて乾杯した。

「——うん、確かにこれは贅沢だ」

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