4 アンタが犯人かい?
一方その頃、なんでも菓子屋『グッド・テイル』。
地曜日は家庭をいつもより大事にする日だ。普段は閑古鳥が鳴いてる店にも、子供たちが親の両手を引っぱり、お菓子の山を買いに来ている。
店の前では、家族づれがチラホラと、先週末に新入荷した、砂糖とシナモンとテントウ虫をまぶしたゴーフルを齧っていた。
「よお、アロナ婆さん、今日は客として来たぜい!」
「あら、オパチじゃなーい。お久しぶりねえ〜、ユックリしてって!」
同じ文鸚鵡族であり、菓子卸業の弟子でもある、オパチ・コバチが訪ねてきた。彼は店内をザッと見回し、アロナ・シロタのいるカウンターにもたれかかった。
「最近はどうだい、不景気だろ」
「そうねえ、お客さんの数は少ないけど……売り上げは悪くないのよ。ホラ、 “アレ” のおかげで。いらっしゃい」
9歳くらいの砂鼠族の男の子がチョロチョロやってきて、オパチの横をかすめるように、『ギャリバーチョコ』を3袋買っていった。
「ウゥ♪ キンバリー社もエグい商法考えたもんだぜ」
「そうねえ〜、今ルドモンドで一番儲かってる会社だもの」
少年はその場でバリバリと袋を破き、「あーっ」と顔を抱え、「オジサンにあげる!」とチョコを押しつけ、カードだけを持って行ってしまった。
「んだりゃあ、嘆かわしいねえ。最近じゃあ、綺羅タイムカード狙いの盗難まで起きてるんだって?」
オパチが、レジ横にあったキャンディ袋を一つとって、アロナに渡した。
「そうねぇ、ウチもやられたよ」
「ホントかよ⁉︎ 警備を入れた方がいいぜ、もう宝飾品の一種だもんなあ」
オパチが自分の胸ポケットから、ノンビリと財布を取り出す。
「ふふふ、ずいぶん盗難事件に入れ込むねえ。そうだ、アンタが犯人かい?」
「ははは、何言ってやがる……」と笑うオパチの、金を出す動きがクッと止まった。
その瞬間、アロナ婆さんがカウンターの下へ沈みこみ、警察拳銃【コルク・ショット】を持って出てきたエミリア刑事が、オパチに拳銃を突きつけた。
「動くな! 両手をあげて、床に膝をつきなさい!」
「くそっ‼︎」
焦ったオパチは、少年が押しつけた『ギャリバーチョコ』の中身を、エミリアの顔面に向かってぶちまけた。
が、エミリアは怯むことなく、正確にオパチの左肩に【コルク・ショット】の弾丸をブチこんだ。
「確保ーっ、確保、確保ーっ!」
銃弾のあまりの重みにオパチが床に倒れこみ、店の奥から警官たちがドタドタ飛び出してきた。
「エミリアさん、ありました! 綺羅タイムカードです‼︎」
「ままま、マリー様の水着ヴァージョンじゃねえええか! ウホォオオオ現物、現物ゥ♪」
「うるさい、署に連れてくよ!」
アイドルデュオ『デッカー』の、マリーの水着の綺羅タイムカードは、盗難届が出ていた品だった。他にもカードが数点、絵柄が一致。
これにより、3月22日地曜日午前10時20分、オパチは警察署に連行された。
最近ラヴァ州各地で起きた、綺羅タイムカードの盗難事件、
流しの菓子卸、オパチ・コバチが捜査線上にあがっていた。
彼がトレモロ入りした情報を、カブジ駅長から入手した警察は、
町の不審人物を雑多に連行し、オパチの耳にも噂が入るようにした。
犯人は、一番熱心に現場にあらわれ、事件を案じる生き物だ。
盗難事件の被害店でもあり、彼の恩師である菓子屋店主、
アロナ・シロタに協力を頼み、今回の逮捕劇となった。
「……はぁ〜、本当にあの子が犯人だったなんて……昔、ダンナと一生懸命、お菓子業界のノウハウを教えてたんだよ……」
「ご協力感謝いたします、全部アロナさんのおかげよ、助かったわ」
エミリア刑事は一人その場に残り、労をねぎらった。
『——容疑者かい?』
勇敢なる菓子屋の婆さんは、盗難事件が発生してからというもの、怪しそうな来訪客に対し、片っ端からカマをかけ続けていた。誰が犯人なのか、自力で探しだそうとしていたのだ。
「オパチじゃないって、ずっと信じようとしてたんだよ……でもダメだったね」
「……誰しも、目の前に獲物をぶら下げられたら、誘惑を振り切るのは難しいわ」
エミリアは、床に散らばった不味いチョコを片付けながら、アロナの話に寄り添った。
「本当に……全部キンバリー社のせいさ! こんなもの……菓子屋の道義に反する商売だよ!」
心に傷を負った老店主は、忌ま忌ましい発端のチョコ袋を、ディスプレイから次々に落とし、おいおいと咽び泣きはじめた。
「…………アロナさん……やだ泣かないで……」
「失礼! お邪魔しますわ。トレモロ役場の者ですの、話を聞いて様子を見に——あら、エミリアじゃないの」
エミリア刑事が必死に慰めていると——双子の姉アンナが、店にノコノコとやって来た。
「ここが活火山のような温泉施設『ボルケーノ』ですよっ、ショーンさん!」
「おぉ……もっくもくだ……」
先ほどの神殿とは打って変わり、白煙がモウモウとあたりに漂っていた。
温泉施設『ボルケーノ』。
建物の全景は、溶岩色に塗られたモルタル製で、活火山のような形をしている。中は木造の温浴施設で、1階は大温泉、2階は食堂、3階は休憩室と娯楽室、見晴らしのいい4階には、VIP用の露天風呂がある。
御一行はさっそく入店し、木工所の社長令息テオドールが、いかにも町の有力者ヅラして、若い受付嬢に話しかけた。
「失礼、一番上に通してもらえる? サウザスから特別なお客様を連れてきててね、大事な商談なんだ」
「まあ、いらっしゃいませ。テオドール・レイクウッド様、お久しぶりです。……大変申し訳ありませんが、上階はいま別のお客様が……」
「イシュマシュクル氏だろ? あの人とはもっと早くに合流予定だったんだけど、アルバ様を案内してたら遅れちゃってね」
テオドールは親指をふって客人を紹介し、ショーンは「エヘヘ♪」と照れたように会釈した。
「まあ、そうでしたのね! 申し訳ありません、引き継ぎが不十分で」
経営者と同じ水豚族の受付嬢は、短い指をポテポテと動かし、名簿に全員名前を記入させ、湯上がりに着る薄ガウンとタオル、VIP室の鍵をチャリンと渡してきた。時刻は昼前、ついでに一番高いランチも頼んでおいた。
「——よし、行きましょう。いちおう混浴で使える部屋ですけど、紅葉さんたち、どうします?」
VIP室用の鍵は、小さくも存在感を持って、怪しく黄金色に光っている。
「ん〜、さすがに混浴は……私たちは1階の女湯へ行ってるよ……
「1時間後にソッチに合流しま〜す! えへへ」
「……まあ、僕とテオドールがいれば、イシュマシュクルの相手は充分だけどさ」
連日の山登りのせいか、紅葉もマチルダも事件を忘れ、シッカリ汗を流すつもりのようだ。タオルを持った女性陣と別れ、受付嬢が階段まで案内してくれた。
「テオドール様、お代金はどうしましょう。会社へ御請求すればよろしいですか?」
「いや、まさか! 全額、このショーン・ターナーさんのおごりです!」
うっかり飯を奢る約束をしていたアルバ様は、パックリと顎を開け、未来あるレイクウッド社の社長令息は、頼もしい笑顔でそう答えた。
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