6 アンナの頼みごと

「いいですか、ゴブレッティ家が没したのは22年前のことです。当時の当主ヴォルフガング、妻マルグリッド、一人息子のロイが相次いで亡くなりました。同じ年にですよ、不可解だと思いませんか? 当主ヴォルフガングは、前町長のグレゴリー・ワンダーベルと揉めていました。わたくしはワンダーベル家がゴブレッティを死に追いやったと思っております。あの才能を殺してしまったのです、きっとそうに違いありません!!」

 ドン! と拳をテーブルに叩きつけ、アルバート社長が吠えた。呼応するように強い風が吹き、湖には大きなさざなみが立っている。

 3月19日金曜日の午後3時。

 ランチの時間はとうに終わっていたが、木工所社長との会合は続行していた。



「ええと……皆さんの死因はなんだったんでしょう。警察には言ったんですか?」

 ショーンはウンザリと猿の尻尾を垂らしながらも、アルバート社長に付き合っていた。

「死因は3人とも違いましてね、病死だったり事故死だったりです。当時の警察署長には何度も訴えましたよ! 一笑に付されましてね、まったくトレモロ警察は当てになりませんな。ダラダラと駄弁って周辺警備しかしてないっ!」

 現署長であるゴフ・ロズ警部は、もうすこし信頼できる人に見えたが……だが昨日のエミリア刑事の口ぶりから、州境警備に労力が割かれてるのは想像に難くない。

「ではグレゴリー前町長は、どんな人物だったのでしょう。ヴィーナス町長のお父さんですよね」

「ええ。ですが、グレゴリーは入り婿ですから、ヴィーナスと違って創始者キャロライナと血の繋がりはありませんがね。そう、あんな男を町長にすべきではなかったのです。駅にたむろしてる酔っぱらいジジイを町長にした方がマシだ!」

「…………」

 そうとうお怒りのようだが、ヴィーナスの両親はデズ神の胸元にいったし、22年前のことなんて……まだショーンですら産まれる前だ。

「グレゴリー氏は既に亡くなっていますし、今の町長に不満はないんですよね?……だったらもう良いのでは」

「よくはありません、わたくしは真実を知りたいのです! それに、ヴィーナスだって腹の内では何を考えてるか、分かった物ではない!!」

 ダダン! と両手のひらを丸太テーブルで鳴らし、アルバート社長が駄々をこねた。

「ショーン様は呪文が使えますでしょう。息子から聞きましたよ、魔法のような呪文を次々と使って見せたとか! どうか22年前の真実を明かしてください。これにはトレモロの未来がかかっているのです、お頼みしますぞぉぉ——!」





「ショーン、ただいま! あのね凄いよ、報告したい事がいっぱいあるの——」

「ヤダヤダヤダ、働きたくない、働きたくないっ‼︎ 食事会なんてもうウンザリだ、どいつもこいつも勝手なことばっかり言いやがって! アルバは何でも夢を叶える魔法使いじゃねーんだぞ、トレモロの未来なんて知るかっ! バァーカ‼︎」

「…………後にしとくね」

 紅葉はそっと部屋のドアをしめた。

 宿屋『カルカジオ』2階の宿泊ルーム。ショーンのベット周りは、サウザスの下宿時代くらいグチャグチャになり、菓子箱と脱いだ服と雑誌まみれで、羽毛がふわふわ舞っていた。

「うーん、どうしよ……先に夕飯一人で食べちゃおうかな。あとで部屋に持っていけばいっか」

 3月19日金曜日、時刻は夜6時半を回ったところ。

 登山帰りの紅葉は、さすがにショーンに付き合いきれず、1階の食堂に向かおうとしたら……

「なに食べよう、お肉とポテトにしようかな。れ?」

「あら……紅葉さん……」

「え——アンナさん?! どうしてここに、あ、服を届けてくれたんですか!」

 宿屋には不釣り合いなロングドレスを着たアンナが、ふうふう言いながら階段を上っている所に出くわした。2人分の服にしては、なぜか両手いっぱいに紙袋を抱えている。

「わざわざ宿までありがとうございます。どうしたんですか、その大荷物」

「いえ当然のことですわ。ショーン様にもご挨拶したいのですが、いらっしゃるかしら。お食事中?」

「しょ、ショーンですか?……今はちょっと……」

 部屋で暴れてるだなんて言えない。

「私の方から、ショーンによろしく伝えておきますよ!」

「実は……内密にお頼みしたい事がありまして、お会いできませんでしょうか」

 アンナは深刻な顔をして立っていた。火鉢の中で燃えるような胡桃色の瞳に、青白い頬。よく見ると服以外のかさばる荷物は、ジョンブリアン社のお菓子箱のようだ。ショーンのために持ってきたのだろうか……



 ——トン、トン、トン。

 宿屋の薄いドアを優しく叩く音が、ショーンのベッドに響いた。

「ショーン。ごめんね、アンナさんが用事があるんだって」

「…………紅葉が代わりに聞いといて」

 電気を消し、真っ暗なベッドでうつ伏せになり、すっかりふてくされている。

「お疲れのところ申し訳ありませんわ、アルバ様。手短に済ませますので、どうか直接聞いて頂けないでしょうか」

「…………じゃ、何ですか?」

 腰をあげる気も、体を起こす気もなく、ショーンは尻尾と耳だけを上に立てた。猿の尻尾が、窓から差しこむ街灯の明かりのもと、ふよふよと天を向いて動いている。

「木工所にオリバー・ガッセルという崖牛族がいるんです。レイクウッド社で最も腕のある設計士です。ご存じでしょうか?」

「……ええまあ、一回会っただけですけど……」

 散らかりまくった宿の部屋で、こんな態度を取られても、アンナは真剣な顔を崩さなかった。暗い緊張感のなか、ジョンブリアンの菓子箱から甘い匂いが漂っている。紅葉は隣で、静かに行く末を見守っていた。

「彼、オリバーが、私の父親かどうか、アルバ様のお力で確かめて欲しいんです」

「はあ、父親……?」

 尻尾の先端が、蛇の頭のようにヌクッとアンナの方を向いた。

「そんな小さな事だったら——」

「私にとっては大きな事なんです。どうかお願いします。アルバ様」

 悲壮なるアンナのお願いに——

「————いいですよ」

 考える力を無くしたショーンは、生返事でYESと答えた。


絵 https://kakuyomu.jp/users/hourinblazecom/news/16817330651271700911

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