5 ゴブレッティオタク
「ショーン様、昨日ぶりですね。オヤ、どうなさいましたか、ずいぶん顔色がお悪いようで」
「いえ、本日はランチをお誘い頂きありがとうございます……アルバート社長」
3月19日金曜日、役場を出てしばらく経った午後1時すぎ。
ショーンは、木工所の入り口前で待っていたアルバート・レイクウッド社長に挨拶した。つい昨日、マチルダやテオドールとも出会った場所だ。
「さあ参りましょう。場所は湖のほとりですので、少し歩きますぞ」
「はい……すみません社長。そちらの従業員おふたりを、こちらの捜査にお借りしてしまって。木工の仕事のほうは大丈夫でしょうか?」
「いやなに、これも社会貢献のうちですから。最近はろくに大事業もありませんしね。どこにでもある家や店を、ただただ同じ工程でひたすら建てる……つまらんものです」
「そ、そんな……とても社会的に意義のあるお仕事ですよ」
ランチ会場まで歩きながら、社長の愚痴をフォローした。やはりレイクウッド社としては、ゴブレッティの設計建築でないと物足りないのだろうか。
(ゴブレッティ家……確かライラック夫人がメイドをしていたんだっけ)
今は邸宅すら跡形もなくなり、夫人と子供たちのアジトにされている。
「一族の皆さんが亡くなったのは、20年以上前ですよね……アルバート社長の働き盛りにはもう居なくなってしまったと……とても残念です」
「そう、そうなのですよ、ショーン様! おお、ゴブレッティにお詳しいのですね。それなら話が早い、いま向かっている場所もゴブレッティの建築ですよ!」
アルバート社長は急にセイウチみたいな髭を震わせ、青年のようにはしゃいで草原の丘を駆けぬけた。
木工所の北西にある眺望灯台。灯台というと海のそばを思い浮かべるが、ここは内陸なので湖のそばに立っている。小高い丘の上に建てられ、湖は小さめながらも、ボートや釣りを楽しめるくらいは広い。湖の周りは針葉樹が植えられ、深緑が長閑に風にそよいでいた。
「わ! ……こんな灯台、見たことないです」
「面白いでしょう。これはマーチウス・ゴブレッティの若い頃の作品ですよ」
白い木組みの灯台の壁に、『双眼鏡を持った巨大なおじさん』の上半身がくっついていた。おじさんは窓辺から身を乗り出し、湖の方を向いている。手持ちの双眼鏡で湖の水鳥を眺めるつもりが、「何を覗いているの?」と肩越しから当の水鳥たちに質問されているようだ。おじさんの丸みをおびた頬っぺたと、周りの水鳥たちの笑顔が何とも愛らしい。
「あのおじさんは誰かモデルがいるんですか? レイクウッド氏のご先祖様とか……」
「いえいえ、設計したマーチウスが創作したキャラクターですよ。ささ、こちらが灯台の入り口ですな、お入りください」
眺望灯台の中は狭いながらもキッチンとカフェになっており、ショーンは螺旋階段をあがった特別席——おじさんの腹下にある眺望テラスへ案内された。
「この灯台の例のように、マーチウスはトリッキーな造詣を得意としてましてね。人を驚かせるのが大好きなんですよ。特にこのような大きな像を建物にくっ付けるのが特徴でして、ノア地区にも変わった時計台がありますので、お訪ねの際はぜひ」
「へえ〜。そういえばワンダーベル邸も変わった作りでした。あちこち歪んでいて……」
「おお、それは兄モーリッツの作品ですね! 双子の兄弟でして、兄モーリッツは建物自体が風変わりなんですが、弟マーチウスは普通の建物に風変わりなものをバン! と置いてみせるのが特徴です。彼らはトレモロ創始者であるディートリヒの息子たちですよ」
「はあ……なるほど……」
「ただ息子たちと違い、ディートリヒは王道をいく建築デザインでして。繊細さと大胆さを自在に組み合わせた意匠を得意としてます。動植物の造詣も好きでしてね、そうそう、サウザス役場は円柱に動植物の装飾が描かれているでしょう。あそこは彼の作ですよ、まだ24歳の時に手がけましてね、天才です。ええ」
アルバート社長は、楽しそうにゴブレッティの蘊蓄を続けている。ショーンはというと、わりと興味をもって拝聴していた。
「なるほど、同じ一族でも、人によってそれぞれ得意分野が異なるんですね。……そういえば、オリバー設計士はいかがでしょうか。木工所で一番の腕がいいと聞いていますが、彼の特徴は?」
ふと、あの可哀そうな目をした設計士を思い出して、社長に聞いた。
「ああ、オリバー・ガッセルですか……もちろん彼もいい腕ですよ、客の細やかな要望を叶えるのが得意でして。ですが独創性には欠けますね。やはりイマジネーションでしたらゴブレッティ一族が——」
ここで料理が運ばれてきたが、アルバート社長はフォークに手をつけるのも忘れて、喋り続けた。
「ディートリヒがこの地で、まず初めに設計したのがレイクウッド邸でした。そう、昨日ショーン様もいらっしゃったあの家ですよ。あそこは作戦会議の場でもあったのです。3人の創始者は毎日深夜まで討論し、開拓計画を練っていました。長時間いる場所ですから、一番居心地が良いように設計されているのですよ」
「へえ、どおりで……」
ショーンは、灯台ランチの『青草と赤紅葉のスパゲッティ』をすすった。丸太テーブルがしつらえた眺望テラスは、小ぢんまりした木のウロのような個室で、秘密会議にピッタリだ。
「それでですね、ようやくサウザス役場の建築に入ったのは、3代目クリストフになってからなのです。彼は細い木材を積み上げ、クリスタルのような多重構造を……」
「役場も凄いですよね……ええ」
……社長に呼びつけられたのは何かしら意図があると思ったのだが、たんに親睦を深めるためなんだろうか。それとも本来の目的を忘れてゴブレッティトークに耽っているのか……捜査の進捗状況は、息子のテオドールから聞いているだろうし、ショーンやサウザス事件に興味がある風でもなさそうだった。
「そうだ、クレイトの中央駅もすごいでしょう。5代目であるオットマーとラインハルトの双子兄弟の大事業です。彼らはガラスを使った多面体装飾を得意とし、駅のホームにもふんだんに……」
「ああ、州鉄道の駅もそうなんですね」
カブジ駅長が飲んだくれてたトレモロ駅は、そんなに凝った作りではなかったが……地元より都会優先なのは世の常か。
「それででしてね、7代目である双子のテオとロベルトは、帝都のコンペティションに落ち続けた父の無念を晴らすべく、なんとコンテスト会場に10作品もの設計図をもって殴りこみを……!」
「——双子多いですね?」
先ほどからやけに双子という言葉が出てくる。ヴィーナス町長の娘である、アンナとエミリアも双子だっけか。
「ひょっとして、トレモロは双子が生まれやすい土地なんですか?」
「トレモロ?……まさか! ゴブレッティ一族がそういう家系なのですよ! トレモロ創設以前から、数代に1組は双子が産まれてました。そう、まさか断絶するなんて……仕事に熱中しすぎたせいか、独身も多かったですのでね……」
アルバート社長が、夢から覚めたようにスンとなって、冷めたオリーブティーを啜った。湖畔に春の風がそよいでいる。笑顔の双眼鏡おじさんの下で、暗い顔した男たちが、まもなくランチを終えようとしていた。
「ふぃー、失礼しました、ショーン様。建築の話が長くなりまして」
「いえいえ。興味深いお話の数々、とても有意義な時間でした」
ショーンは内心せいせいしながらティーカップをコトンと置いた。
(こんなにゴブレッティを愛するアルバート社長が、『ゴブレッティの設計図』を盗むはずがない!)
……ヴィーナス町長にはそう伝えよう。
「じゃあそろそろお暇を……」
「お待ちください、ここからが本題なのです」
——もう本題は嫌だよ!
ショーン渾身の拒否感に関わらず、トレモロ町のお家騒動はショーンを巻きこみ、否応なく発展していった……。
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