4 子供に見せてやりたい
【気力回復はこれで充分! 《ソーセージ入りのパイ》】
ショーンはドンボイ老人のボロボロの包帯を取り、患部をじっくり観察した。そして気力回復呪文 《ソーセージ入りのパイ》——コンベイの治癒師トーマス・ペイルマン直伝の、改良呪文を施した。
「おお……! よくなった、痛みが引いたぞ!」
さすが未認可だ、威力が違う。ドンボイの顔からあっという間に気力体力が戻ってきた。
「待ってください、もういっちょう」
【千の葉は散り、
キラキラと薄いシートのような、大量の緑の光の層が、ドンボイの患部を覆った。瑞々しい緑の葉っぱが、彼の左脚に降り積もる。
「おおっ、こりゃなんだ!」
「緑が光ってる間は、なるべく動かないでくださいね、傷が開いてしまいますから」
創傷治癒呪文 《ミル・フイユ》。一流医術師にして呪術師、メディゴダイバによる10の治癒呪文の3番目だ。ショーンが得意とする(数少ない)治癒呪文の一つで、効果はもちろん、なにより見た目が美しいので気に入っている。
「ずっと光っているのか、どれくらいだ?」
「傷の程度によりますが、これだと6時間くらいかと」
「おぉう、そうかそうか……レシーに見せてやりたかったが」
ドンボイ族長が目を細めた。隣の寝床には、息子レシーが巨大なイビキをかいて幸せそうに眠っている。
「この瞬き……ワシが子供の頃に見た、魔術師の作り出した光に似ている。星が落ちてきたかのように輝いていた……夢かと思う日もあったが、本物だったのだな……」
「マナの光ですね、また機会があればお見せできますよ。しばらくトレモロに居ますから」
「むぅ……頼む、ぜひ息子にも……」
目を閉じて眠りにつくドンボイに、ショーンは優しく話しかけた。
(理想の父親って、こんな感じなんだろうか)
ショーンの身近にいる優しい父親、ヴィクトルやオスカーとも少し違う。もちろん自分の父親とは大ちが…
「魔術師さまとやら! わあっしの両親も診ていただけないでしょうか?」
「失敬、オレの嫁さんのケガも頼むよ! イタチに噛まれてしまってね!」
ウワサを聞きつけた狩人たちが、続々と治癒の希望にやってきて……ショーンはしばし手当に追われた。
3月18日風曜日、時刻は夕方6時前。
結局、この日は太陽が暮れるまで狩人集落に留まった。ショーンはひたすら呪文で治癒を行い、その間、他4名は手分けして事件の聞き込み捜査を行った。
「すみません、先約があるのでもう行かないと!」
大事な先約──今夜7時半からトレモロ町長ヴィーナス・ワンダーベルの自宅へ、夕食に呼ばれている。
今なら森を出てギリギリ間に合う。ショーンは狩人たちに惜しまれながら、大量の干し肉と、なめした革のジャケット、頭骨のアクセサリーを持たされて帰路についた。
「なかなか似合ってるわよ、アルバ様」
「……そう」
ショーンは、アルバの服の上から革ジャケットを着て、首にジャラジャラの骨アクセサリーを吊り下げ、木工所のギャリバーの荷台に揺られていた。
「なるほど。ああいうやり方が『いざって時の呪文』って事なのね」
「……成り行きだよ、いつもそうって訳じゃ」
「ま、おかげで証言が集まったわ」
ニヤッと笑ったエミリア刑事は、ずらりとメモが書かれた警察手帳を見せてくれたが……夜闇で何も見えなかった。彼女は手持ちの懐中電灯を掲げて、調査報告を読み上げた。
「まず、自動車と警護官の件だけど、さすがに目撃証言はなかったわね。事件の3日前、現場のキノコ群生地を通った狩人がいたんだけど、特に変な所はなかったそうよ。車輪の跡はもちろん、人が通りかかった形跡もなし」
「そうか……」
さすがに、うまくはいかないか。残りの森の民——木こりか木炭職人が何か見つけてくれてたら……
「あとはそうね、『湖を走る妖精を見かけた』とか、『巨木くらい大きな角を持つシカを見かけた』とか、『酒樽をカラにする飲んだくれ爺さんの精霊を見かけた』とか……」
「!? 何それ」
「それが、狩人さんってかなり嘘つきみたいで……それも悪気があるわけじゃなくって、面白おかしく話を広げたいタイプなの」
エミリアの隣にいた紅葉が、困ったようにショーンを見つめた。聞き込み班もなかなか大変だったようだ。
「与太話のなかで、気になるのはコレよ。ここ半年の間で『見慣れない鳥族が、森の上空で飛んでるのを見かけた』。複数人から同じ証言を得ているから、本当の話だと思う」
「——何だって? 鳥族?」
ショーンはハッと顔をあげた。ジャラリと頭骨の鳴る音が、夜道に響いた。
「目撃者は全部で6名、時間帯はバラバラだけど夜が多い。黒い大きな羽根を持ち、羽根の先が黄金色に光っている……」
「ショーン。私はその光、《ヘルメスの翼》じゃないかな、って思ってるんだけど、どうかな?」
紅葉がふたたび口を挟んだ。彼女は列車の爆破事件のとき、ショーンが使った俊足呪文を直接見ている。呪文の文言は——
【黄金を抱いて飛び立て。 《ヘルメスの翼》】
「あとね〜、黒いのは羽根じゃなくて、マントじゃないかって言ってる人もいたよ! その人は、最初に友だちにそう話したらバカにされて、今までずーっと黙ってたみたい」
マチルダも身を乗りだした。確かに人間が空を飛んでたら、普通は鳥族だと考える。羽根を持たずに飛べる人間は、アルバのような魔術師だけだ
「黒マント、黄金の光……顔は、顔はどうだったんだ!?」
そこが一番大事だ。例の木の葉の仮面を被っていたのか、それとも剥き出しの素顔のままか——
「ハッキリと顔を見た者はいないわね……みんな遠目から目撃している……ッ」
そろそろ荷台の揺れに酔ってしまったエミリアは、「また後で資料にまとめるから」と懐中電灯を切り、パタンと警察手帳と瞳を閉じて、ツインテールを揺らしていた。
「——みなさん着きましたよ、町長宅です」
運転席のテオドールは3人を下ろし、マチルダと一緒に木工所へ帰っていった。
エミリア刑事はフラリと夜道に消えた。警察署へ戻るのだろう。
時刻は夜7時半の2分前。
紅葉とショーンは、立派なワンダーベル邸の門扉前で、お互いドロドロの土まみれの服をみて、肩をすくめた。
絵 https://kakuyomu.jp/users/hourinblazecom/news/16817330649982254704
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