3 町に住む者、森に棲む者

「それでですね、ドンボイ族長。つい先ほどまで、我々はキノコの群生地にいたのです。たまたま通りかかったレシーは、木の上から私を見つけて、嬉しそうに声をかけてきました。——しかし地上に降りたとたん、彼は急に気を失ってしまったのです!」

「気を失っただと!? レシーは目を覚ますんだろうな?」

「はい。ここに居りますショーン様の見立てによりますと、明日には目を覚ますそうです。ですよね、ショーン様?」

「は、はい……明日のこの時間帯くらいには」

 ショーンは恐縮して背筋を伸ばした。座り慣れぬ毛皮の敷物がチクチクする。

 狩人集団の若頭レシーは、族長宅の布団で寝かされていた。物々しい骨アクセサリーと鎧が外され、寝衣を着た彼は、森で出逢った時より幾分か幼くみえた。

「ウウム……脈も呼吸も安定しているし、ひとまずは大丈夫そうだな……。親より早く子が亡くなることは許さんからな、レシー」

 それを聞いたショーンは、とてつもない罪悪感に襲われたが、隣のテオドールは顔色ひとつ変えず、当初の予定どおり族長に交渉を持ちかけた。



「ドンボイさん、私たちが森に入った理由についてですが、2週間ほど前に起きた『サウザス町長事件』をご存知でしょうか。町長の尻尾が切断されて、駅に吊るされ、爆破まで起きた事件です」

「ああ……いちおう耳には届いている。つい1週間前も、キノコ売りがべらべら喋っていった。それがどうした」

「このショーン様はサウザス出身でして、その事件の調査にいらしたのです」

「ほう、なぜトレモロに……しかも、なぜお前たち、レイクウッド社が介入している?」

 老人ドンボイが……今まで親の目をしていたドンボイが、徐々に集落長のギョロリとした眼光に変えていった。

「はい。我々レイクウッド社は、ショーン様から森の案内を依頼されたのです。森に棲む民たちとも、お話できるようにと」

「ホホウ……なんの “お話” かね?」

 ドンボイの口髭が小刻みにピクピク揺れている。つるつるの禿額には、すでに何本もの青筋が立っていた。だがテオドールは姿勢を崩さず、頭だけをわずかに上げて、話を伝えた。

「実は8日前の深夜、『サウザス町長の殺害を企てた人物』が、この森の近辺を車で訪れたそうです——目撃した狩人がいないか、調査してもよろしいでしょうか?」

 老人はついに激昂した。



「ホホウ! つまりアレか。ワシら狩人が『そのヤカラを匿ってる』とでも言いたいのかね。レイクウッド社の坊ちゃんは」

「まさか! そんなことは一枝たりとも思っていません。私たちは目撃証言だけ聞きたいのです」

「誰もなにも見てはおらん。ウワサすら立っていない! さっさと帰れ!!」

「聞いてみなきゃ分からないでしょう。なんだってそう拒絶するのですか!」

「フン、サウザス町長が死のうが、トレモロ町長が死のうが、ワシらには関係ない!……痛ででテテッ!」

 激怒して身をよじった族長ドンボイは、痛みの走った足腰をかばった。包帯からは血が滲み、口髭の奥では苦悶の表情を浮かべている。

「いいですか族長、弊社と致しましても、仕事場に殺人犯が潜んでいたら困るのです。あなた方だってそうでしょう? どうかご協力をお願いします」

「知るかッ、お前たちが木をどんどん切り倒すせいで、獣は減りつづける一方だ。ロクなことがない!」

「今それ関係ないでしょう! それに木を切った分はちゃんと植えてますよ!」

「いちど棲家を奪われた獣はもう元の森には戻らん! 何十年も、何百年先もだ!!」

「…………っ」

 羊角が彼らの怒号を反響している。ショーンはグッと眉を歪めて、唇を噛んだ。

 長年培われた不信感、排他性——町に住む者と、森に棲む者との軋轢は、ここで何かを言って変わるものじゃない。変われるものじゃない。

「ドンボイさん、あなたの息子をここまで背負って来たのに免じてお願いしますよ……一人ずつ詳しく聞いて回らないと。もしかしたら誰か目撃してるかもしれません」

「黙れ! ワシが見とらんといったら見とらん!」

「…………すみません、もういいです」

 熱くなるテオドールとドンボイの言い争いに、ショーンは右手をあげて止めた。



「ドンボイ族長、こちらの勝手な都合に巻きこんでしまい、申し訳なかったです。……それより、貴方のケガを診ましょう。ひどそうだ」

 おもむろに膝を立てて近づくショーンに、ドンボイは思わず後ずさった。当初の目的から外れたショーンの言動に、背後に控えていたエミリアと紅葉は目を見開く。

「なんだお前は、医者か? 薬師か? そうは見えんぞ!」

「いいえ、僕は魔術師です。帝都の魔術学校を卒業しました。メスも薬も持ってませんが、治癒呪文が使えます」

「まじゅつし!?」

 おそらく【アルバ】の存在を知らないであろう族長に、魔術師である事だけを伝えた。

「この場で完治は難しいかもしれませんが、傷口を塞いで、殺菌し、痛みを取り除くことはできると思います」

「待て、魔術師なんぞ50年以上前に一度見たきりだぞ! 本物か?」

「ええ。治癒呪文をお見せできますよ」

「し、しかし……っ」

 老人の両手はまだ拒否の体勢でいたが、彼の足腰はせつに治療を望んでいた。雄イノシシにやられた傷は、奥深くドンボイの血管と神経を傷つけている。

「族長さんっ! ショーンさんはね〜、サウザスで治癒師をやってたんですよ。あたしも、あたしの家族も、みーんなケガを治してもらった事があるんです。だから大丈夫っ!」

 この場にいる全員が怖い顔をしている中、ひとり太陽のように満面の笑顔を浮かべるマチルダに……ついにドンボイは観念した。

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