6 いる意味ぜんぜんないじゃない

【宙に残るマナは馬の通ったわだちのようだ。 《ロストラッペ》】 


 昼食後、ひとまずショーンは周囲にマナ視認呪文をかけてみたが、さすがに日数が経ちすぎていて、マナは一粒も残ってなかった。呪文痕——残留マナは大抵2、3日か、長くても4日までしか残らない。

「10日夜の発見から18日現在まで、ここの周囲5kmと、オックス州境までの車道近辺を捜索したわ。乗車していた犯人はもちろん、盗難自動車さえ見つかってない」

 エミリア刑事はペラリと、サウザス警察が提供した車写真を見せてくれた。ギニョール社製、紺色の屋根付き四輪車【ロバート】。お値段はギャリバーの新作【アリス】よりも、さらに高い。

「ま、代わりに10年前に失踪したカップルが見つかったけどね」

 エミリア刑事はペラリと、薮に埋もれた2名の骨の写真を見せてくれた。彼らはボロボロの服をまとい、手を繋ぐように寄り添っていた。両方とも額から2本角が生えている。ショーンは写真に向かってデズ神の祈りを捧げた。

「そんで、これが現在までの捜索範囲の地図よ」

 ルクウィドの森の地図をバラッと見せられた。車跡が合った場所にグリグリと丸が付けられ、その周辺と車道周りに赤鉛筆でメモが書かれている。

「……この黒鉛筆で塗られてる所は何ですか?」

 地図上には、黒々と塗られている箇所が点在していた。インクのようなシミが広範囲にあるせいで、きちんと捜査ができていない。

「それがレイクウッド社長の言っていた、アンタッチャブルな森の民だよ。排他的でトレモロの人間を嫌っている。警察なんぞ見かけたら、たちまち矢を打ってくる……」

 警察帽を脱ぎ、制服を着崩したエミリアは、一見刑事にはとても見えない——なぜ彼女を寄越してきたのか、ショーンはゴフ・ロズ警部の意図をようやく理解し、全身の体毛がゾワッとなった。



「テオドールさぁあんッ! 僕たちどうすれば良いんですか!?」

「えっ、は、ハイっ!」

 社長の息子テオドールは、急に呼ばれて前に出てきた。

「そうですね……ひとつひとつ集落をまわって話を聞いてみましょう。何か目撃してるかもしれませんし、もしかしたら車の行方も知っているかも……」

「それって、大丈夫なんですかッ、矢を射かけられませんか!?」

 ショーンの猿の尻尾はすっかり丸まっている。

「一応、レイクウッド社は彼らの取引相手です。私の姿を見せればひとまずは……ですが取引日は事前に決まっているので、突然来訪したら不機嫌になるかもしれません」

「…………」

「ニコニコしてれば大丈夫ですよーっ!」

 全員が青い顔をする中、マチルダだけが、会社の作業着姿でぴょんぴょん飛び跳ねていた。



「あのさぁ——正直に言って、彼らに接触する前に、呪文でなんとかして欲しいんだけど。アルバ様」

「…………えっ」

 急にエミリア刑事からアゴでお願いされ、ショーンは鞄を持って固まった。

「ホラ、捜索呪文とか探索呪文とかさ、便利なのあるんでしょ?」

「あるにはあるけど……こんな広い森の中で車を見つけるっていうのは、砂漠の中から砂粒を見つけるようなもんで……」

「じゃあ人間相手なら簡単でしょ。自白呪文とか、洗脳呪文とか、時間停止して物色できる呪文とかは?」

「…………そんなの、無いです。」

(急に何を言ってるんだ!?)

 まずいぞ、呪文が万能だと思いこんでるタイプの相手だ。ショーンは思わず紅葉のほうを振り向いた。が、紅葉は「私じゃ無理だよ」と、無情にも首を左右に振った。

「どうしてよ。列車の爆弾を呪文で止めたって話じゃない。だったらこれも呪文で解決してよ」

「呪文ってそんなパンパン気軽に打てるものじゃ……基本的には、足で探すのが大事で、呪文はその、いざって時に……」

「はあ? 何それ、アルバ様がいる意味ぜんぜんないじゃない!」

 ザワザワと森の木々が鳴っている。

 エミリアの風船ガムが、パァンと小爆弾のように破裂した。

「ったく、州政府はなんでこんな頼りない人を寄越してきたんだか」

 最悪な雰囲気の中、森のピクニックが始まった。





 同時刻、トレモロ町からはるか西へ離れたクレイト市。

 高い四角塔のステンドグラス越しに、青い満月湖のきらめきを覗きながら、アルバ統括長フランシスは、電信機をタタンと叩いた。

『やあ、オーガスタス。調子はどうだ、尻尾はそろそろ生えてきたかね?』

『ハッハッハ、ご冗談を。なあに、かえって腰の調子が良くなりましたよ』

 これまた、はるか遠く離れたサウザス役場の町長室から、オーガスタスが返答する。彼はおやつの干しぶどうを、房ごとムシャムシャ食べていた。

『どうだ、あれから変わった事はあるかね』

『いえ、今のところ特には。そうそう、町長室の窓にも鉄格子を嵌めることになりましてね。それも刑務所仕様の堅牢な物になるとか、まったく無粋になりますよ』

 オーガスタスは椅子をグルリと回し、窓越しに美しく花咲ける中庭を眺めた。もう明日には工事が始まる。

『それはゾッとするね。有事の安全より、平生の美観のほうが何より大事だ』

『同感ですな、ワタクシ一人の問題でしたらそうしますがね。フランシス様はいかがお過ごしですかな?』

『相変わらずさ、毎日誰かしらとお喋りしている。帝都に政府に魔術学校……電信鍵盤を叩きつづけて指が痛いよ』

 世間話を交えて談笑しつつ、徐々に情報を明け渡してゆく。



『——そうそう、ショーンがトレモロに入った話は聞いているか?』

『もちろんです。苦労するでしょうね、あすこの情勢は少々複雑ですから……』

『どうなってる?』

 フランシスは2杯目のお茶を淹れた。シュタット州産の李瓜りうり茶だ。深緑と黄緑の液体が、ゆっくりと渦を描いている。

『先代がどれもとにかく強硬派でしてね。トレモロ町長、警察署長、木工所社長……おまけに神官長まで。各人が派閥争いと足の引っぱり合いでメチャクチャでしたよ。いやはや、小さな町の権力闘争は見てられませんなあ。建築士の名家・ゴブレッティはその余波で没したそうです』

『それはもったいない事をした……』

 フランシスは李瓜茶のカップに、黄金色と胡桃色の金平糖をポチャンと入れた。

『現在はみな穏健派に代替わりしましたので、小康状態を保っております……が、まだなにやら不穏な動きがあるようです、レイクウッド社のほうで……』

『ほう……?』

 2つの金平糖がお茶の中でザラリと溶けて、森の色に染まっていく。フランシスは薄紅の唇をもちあげ、ニヤリと笑った。


絵 https://kakuyomu.jp/users/hourinblazecom/news/16817330649016222927

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