6 熱くヴィーナス

 3月17日風曜日、午後7時。トレモロ到来1日目の夜を迎えた。

「ふぃー、疲れた……」

 トレモロ駅から出てきたショーンは、さすがに肩を落として腰を揉んだ。

「お腹空いたねー、もう帰ろうか」

 紅葉がグーッと伸びをしながら、駅からほど近い宿屋の方へ顔を向けた。

 町で一番大きい宿屋『カルカジオ』——ここに居る間、2人が世話になる宿だ。太い丸太屋根が特徴で、1階が酒場となっており深夜でも食事が取れる。酒場『ラタ・タッタ』のオーナーとも親しく、ファンロン州のお茶を特別に仕入れてもらった。

「今日はお休み? アルバ様、じゃあ明日また」

 エミリア刑事が挨拶をし、踵を返そうとした……が、

「まあ——アルバ様ですって!」

 甲高い声が夜道に響き、全員、声のする方を向いた。

「えっ、と……貴女は……!」

 トレモロ通りの真ん中で、豪華なロングドレスを着た40代の女性が立っていた。美しくセットされた金髪の横からは、崖牛族の二本角が生えており、豊満な白い胸がアイスクリームのように盛られている。愛想のよい笑顔を周囲にふりまき、後ろには部下を従えていた。

「ごきげんよう、アルバ様。あたくしはヴィーナス・ワンダーベル。第37代トレモロ町長を務めております」

 夜7時、すっかり暗くなった街道の真ん中で、まるで昼12時のような笑顔を見せたヴィーナス町長は、優雅に白手袋を差しだした。



「はっ……初めまして、ヴィーナス町長。サウザスのアルバ、ショーン・ターナーと申します。お初にお目にかかります」

「ふふ、新聞でお姿は拝見しておりましてよ、ショーン様。ステキね、この町に来て下さって嬉しいわ!」

 ヴィーナスは優美に微笑み、信じられない握力でギュッと握った。

「でも残念だわ。こちらにはご旅行でいらしてる訳ではないのよね」

「ええ……僕は今、帝国調査隊として、サウザスで起きた事件の犯人を追っています。トレモロには、捜査でしばらくご厄介になります」

「例の事件についてはトレモロ町民一同、心を痛めておりましたのよ。恐ろしい犯人が潜んでいるかもしれませんもの、諸手をあげてご協力しますわ。何でもおっしゃって下さいまし!」

 しどろもどろに挨拶するショーンと違い、心を痛めたヴィーナス町長はハキハキと流暢に答えた。

 第37代トレモロ町長、ヴィーナス・ワンダーベル。古くからトレモロで町長職を務めるワンダーベル家の現当主である。彼女の父親や祖母も町長であり、トレモロ町民からの信頼は厚い。サウザス町長オーガスタスと違い、横暴な面はないが、どことなく “圧” を感じる喋り方は、似たものを感じる。



「ショーン様にご紹介しますわ。こちら第1秘書のナッティと、第2秘書であり娘のアンナ。アンナは次期町長を目指していますのよ、よろしく」

 円猫族の秘書ナッティが頭をチョビンと下げ、娘アンナは丁寧にヒザを折って挨拶した。

 アンナ・ワンダーベル。ヴィーナスと同様にロングドレスを着ているが、母親よりだいぶ地味な格好をしていた。胡桃色の髪をシンプルにまとめ、胸も露出していない。髪と同じ色の瞳は、少し愁いを帯びており、紹介されなければ町長の娘とは気づかなかっただろう。

「よろしくお願いします、ショーン・ターナーです。こちらは僕の相棒の紅葉。そして捜査に協力して頂いてるエミリア刑事……」

「——フン!」

 エミリアは嫌そうにツインテールを振り、刑事にあるまじき態度をとった。

「まあ~っ、エミリア、捜査協力ですって! ステキね、がんばって武勲を立てるのよ」

「……私の双子の妹ですわ、アルバ様」

 はしゃぐヴィーナス町長の隣で、娘のアンナがボソッと補足した。


「ふ、双子……?」

 アンナとエミリア。髪色や服装はかなり異なるが、よく見ると、たしかに顔や背格好、崖牛族の角の形がそっくりだった。

「エミリア刑事も、町長の娘さん?……そういえば苗字が一緒か」

「——ハン!」

 トレモロ警察の若き刑事、エミリア・ワンダーベルは、町長の母と双子の姉に対し、思いきりプイと顔を背けた。

「……あはは……美人なご姉妹でいらっしゃる……」

 仲の良くない他人の家族を見るのは、気まずい。ショーンの背中に汗が滲んだ。双子姉妹はともに目をつぶり(それでも瓜二つな顔をしていた)、紅葉から冷たい視線を受け、ヴィーナス町長だけがニコニコしていた。



「とにかく、お食事をご一緒にどうかしら。ナッティ、予定はどお?」

「ハイ、明日の夜7時半以降でしたら空いておりマス。ショーン様のご予定はいかがでしょうか?」

 背の低い秘書ナッティは、チャキンと丸縁メガネを光らせた。

「ぼ、僕はいつでも大丈夫です……」

「ステキ! あたくしの家でゴージャスなディナーをご用意しますわ。場所が分からなければ、エミリアに尋ねてくださいな」

「りょ、了解です……」

「ではまた、ごきげんよう!」

 町長たちは颯爽と去っていき、エミリアも黙って正反対の方角に消えていった。

「なんか凄い親子だね~」と、呑気に紅葉が呟いている。

 ショーンはあの町長に紹介状をどう頼もうか、今から胸がキリキリしていた。


絵 https://kakuyomu.jp/users/hourinblazecom/news/16817330648039477463

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