5 船長気取りのカブジ駅長
「コリンのヤツ、ただじゃおかねえ! 州鉄道の大汚点だ」
彼はモジャモジャの黒髪に黒ヒゲ、黒マントに身を包み、なぜか駅帽ではなく海賊船長のような帽子を被っている。バニラウイスキーの瓶を振りまわし、駅構内に酒の匂いが充満していた。
町の中心地にある警察署から出てきたショーン一行は、道の向かい側にいたライラック夫人に会った後、30分ほど歩き、町の南端に位置するトレモロ駅を訪れていた。
「カブジ駅長は、コリン駅長について何かご存知ですか? 例えば出身地とか、これから行きそうな所とか……」
「ハン、出身はクレイトだと言っていたな、息子が2人いるともよう。たしか兄のほうが庭師で、弟は商店員だったか——だが、クレイト出身は嘘だったらしいじゃねえか、息子も存在するとは思えねえ!」
カブジ駅長は切符台をドンドン叩き、思いきり咽せていた。トレモロの駅客はこの光景を見慣れているのか……ホームの端にいる土栗鼠族の家族連れが、気にせずベンチで瓶ジュースを飲んでいた。
「……ええとぉ」
「駅長になる前のコリンについても教えてください」
若干、カブジに臆しているショーンに代わり、紅葉が冷静に質問した。
「運転手時代か、フン、クソ真面目なヤツだった。オレ様が運転前日に酒飲んだら、すげえ怒ってきたもんだ! 当日なら分かるが、前夜にチョイと引っ掛けただけだぞ?」
「……やっぱり、昔から酒が苦手だったと」
「そうだ! コッチがこっそり飲んでもすぐに察知してきやがった!」
カブジはバニラウイスキーに赤唐辛子を浸けては、細長いアゴで齧っている。紅葉は探偵のような顔つきで、さらに聞きこみを続けた。
「じゃあ飲みの席には居なかったって事ですよね。一番親しくしていた人をご存知ですか?」
「オウ、確かに宴会じゃあ見たことねえな。コリンはあまり男連中と絡みがなかった。やたら女性職員から人気があってな——そう、花だ」
「花……?」
紅葉の瞳が固まる。彼女の額に咲く、白いヒナギクの花も固まった。
「コリンは珍しい花をよく持ってきたんだ。差し入れでな、駅員室の花瓶に生けてた。アイツは森栗鼠族だろ。森栗鼠族ってのは花収集が好きな民族で、何かそういうネットワークがあんだとよ」
「珍しい花の……ネットワーク」
「……そんなの初耳なんだけど」
後ろにいたエミリア刑事が口を開いた。顔はあくまで冷静だったが、声には苛立ちが混じっている。
「フン、警察の聞き方のモンダイよ。そっちの嬢ちゃんの方が一枚上手だってこった、シッシシシ」
カブジ駅長はニヤリと笑い、唐辛子の芯まで喰いちぎった。エミリア刑事は細い眉をムッと上げたが、褒められた紅葉は表情を崩すことなく、しばし考えこんでいた。
「うるせえなあ、さっきからゴチャゴチャ、何でえカブジ! 誰のことでえ?」
「サウザス駅長じゃねえか、ほら、1週間前に爆破事件おこしたヤツじゃい」
「んだ、まだ聞かれてんのかい、ケーサツに何度も話しちょったろ!」
駅の構内に、髭だらけのボサボサな爺たちが4、5人集まり、酒瓶を片手にカードゲームに興じていた。岩牛族に、土栗鼠族に、砂鼠族か土鼠族かよく分からないネズミ族…… みんな酔っ払って頬を赤くさせ、どう見ても駅客ではない。
ショーンは唇を斜めにして質問した。
「……いつもこんな感じなんですか?」
「おうよ、オレ様のダチよ。トレモロ駅のことなら何でも聞いてけ。オレ様より前から居るんだ、何でも知ってる」
1ゲーム終えた彼らは、ゲラゲラ笑ってドミー硬貨の勝ち分を取りあい、また空き缶にジャラジャラと賭け金を投げ入れていた。
「ってことは……カブジさんも駅長就任を機に、この町へ越して来たんですか?」
「おう、オレ様はノア出身さ。鉄道に就職してからはクレイト住みだ。トレモロにはまだ5年しかいねんだ」
「なるほど」
コリンは7年前、駅長就任でサウザスにやって来た。カブジはその2年後という事か……
「じゃあ、州鉄道の運転手さんって、皆さんクレイト在住なんですか?」
「んなことねえ、借家が割りふられんのよ。ま、クレイトが圧倒的に多いけどな」
「コリン駅長も、当時の借家はクレイトに?」
「おうよ、近所だった。駅のそばの三日月街の端っこよ。星影の41番地だ。あいつは13座、オレ様は15座」
「へえー」
紅葉が背後で「カブジのことまで聞いてどうするの」という顔をしていたが、納得顔でメモるショーンは気づかなかった。
「……ま、ヤツのプライベートな事は知らねえからよう。もう言えることは何もねえ。そろそろ列車も来るし、帰ってくれ」
酒が切れたカブジ駅長は、ウイスキー瓶の底で切符台を静かに叩いた。
「そうだ、けーれけーれ!」とご友人たちが、カードを切りながら野次を飛ばす。
「すみません、最後にひとつ……コリン駅長は事件当日、トレモロ駅に来るはずでした。実際には来てないんですよね?」
「あたりめえよ、コリンが少しでもシッポを見せたら生け捕ってやる。このカブジ様の目は誤魔化されねえ!」
カブジの船帽がグイッと傾き、鋭い眼光を飛ばした。夜が更け、駅構内に石油ランプの光があちこち灯る。彼の赤ら顔も白く染まった。
遠くから汽笛の音が聴こえる。爆破事件から約1週間を経て、ようやく再開したばかりの州列車に、土栗鼠族の家族連れが、乗車せんと椅子から立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます